一人目ー第一章 15話 アレフスの使用人事情
事件解決翌日。修太郎は旅に出るために地区だけでなく国も調査することにした。修太郎のいた世界の地球には無数の国が存在していたがこの世界の地球はどうなのか。それを調べたいと思い、アレフス家が所持している書籍を調べることにした。
カスミに案内されて訪れた書庫を漁ると、お目当ての地図はすぐに見つかったが、そこで修太郎は驚愕の事実を知る。
「国が一つしかないのか……」
まさかの事実に修太郎は唖然とする。この世界では星に一つの大きな大陸しかなく、それを四つの地区で区切っているという状態のようだ。そして、その四つの地区をアレフスを含む四つの名家が牛耳っている。これを見て、アレフスが想像以上に巨大な家であったことを知り、修太郎は軽くめまいがした。同時にこんな家に喧嘩を仕掛けようとしていた狩野の救いようのなさにわずかばかり同情もした。
いくらなんでも、勝てるわけがないというのは分かるだろう。それだけ狩野のアレフスに対する憎悪が根深いのか、それとも単に馬鹿なだけなのか。どちらにしても、狩野がこの世にいない以上その真意は永遠に分からないが。
まぁ、それだけ大きな家だからこそ件の事件で疑いを向けられてしまったのだろう。十七人も殺されてしまっては警察も黙っているわけにはいくまい。世論というものがある。もっとも、それだけ殺される前に捕まえることができなかったのかという疑問もあるが、警察内部に犯人がいてはそれも難しいのかもしれない。
そういう意味ではもし黒幕がいるとしたら、その人物の計画は大成功だ。修太郎が解決していなければ、失墜しないまでもアレフスにとってかなり面倒なことになっていただろう。
だが、他人の心配ばかりもしていられない。まずは自分の心配だ。当初は適当に離れてチーレムでも作りたいと考えていたがそう楽観的に構えていられなくなった。修太郎に与えられた特典が乱戦などに弱いのもあるが、一番の問題はいるかどうかも分からない黒幕の存在だ。
現時点では存在すると断定はできない。ひょっとしたら、事件を解かれたことに対する仕返しのつもりで木更津が適当なことを言っただけかもしれない。だが、もし本当だとしたら悠長に構えていては惨事を招く。
言語の方も心配だ。このカザシ地区ではたまたま日本語が通じたからよかったが他の地区がどうなるかまでは分からない。修太郎が分かるのは日本語の他には英語と中国語とドイツ語。それに、フランス語とイタリア語が少々といったところだ。たった六ヶ国語しか分からず、しかもそのうちの二つがかなり拙いとあれば不安しかない。
場所によってはこの世界特有の未知の言語を話す地区もあるかもしれない。そう考えると鬼胎を抱かざるを得なかった。
「いや、不安がっていてもしょうがねえ。どのみち、決めるのは俺だ」
修太郎は地図を閉じると元の場所に戻す。それにある意味好都合だ。この星にある国境の全てが陸続きだというのならば、船や飛行機を使う必要はない。当然相応の時間はかかるだろうが、その気になれば自分の足で国境を渡ることもできるかもしれない。
だが、それらを確信するためにもう少し調べる必要がある。修太郎はこの世界をあまりに何も知らない。もちろん、彼に魔王を何としても倒すなどという使命感はないが、人並みに暮らすつもりなら情報は必要不可欠だ。それは現実世界で嫌というほど思い知らされている。だから、できる限り情報を得たい。
ひとまず思いつくのは地図や歴史書、あるいは観光に役立つガイドブックなどか。まずはこの国とカザシ地区、他の三地区についてから調べていきたい。地図やそれぞれの地区の文化、言語などが分からなければ話にならない。何も知らず、あてもなく彷徨うのも旅としてはいいのだろうが、修太郎はそんなことができるほど旅に慣れているわけではない。そんな行き当たりばったりな真似をする気はない。事前に知れることは全て知るべきだ。
まぁ、最悪は事前情報なしで旅するのも悪くはないと思っているのも事実ではあるが。
「とはいえ、地図と歴史書はともかくガイドブックらしきものはほとんどないな。さすがにそんな軽いものは置かないか?」
「ガイドブックをお探しなのですか?」
「うぉっ!」
突然声をかけられ、修太郎は思わず声をあげる。修太郎を驚かせた張本人は彼の反応にパチクリと目を瞬かせている。
「も、申し訳ありません。そこまで驚かれるとは思ってもいませんでしたので」
「いやいや。あれは驚くでしょ。シャイナさん」
修太郎はアレフス家の使用人であるシャイナにジト目を向ける。彼女は足音も気配もなく修太郎に近付き、何の前触れもなく話しかけた。それで驚かないという方が無理だろう。修太郎は強力な特典こそ持っているが、戦闘などの非日常なことに関しては完全な素人だ。気配を絶たれて近付かれては反応できない。
しかし、その事情は伝わらなかったらしくシャイナは探るような目を修太郎に向けてくる。
「十七人もの人間を殺害した大罪人、木更津剛を無傷で撃退した方の台詞とは思えませんね」
「いやいや。偶然だよ。偶然、木更津の能力が俺やカスミに効かなかっただけの話さ」
嘘はついていない。修太郎の特典はそういう能力だ。確かに彼自身の身体能力も飛躍的に上げることはできるし、さまざまな能力を扱うこともできるが、本質的には彼に相応しいものでしかない。
彼に相応しいおぞましくて、救いようがなくて、禍々しい忌み嫌われるべき力。この力を使えば修太郎は容易に目的を達成できるだろう。しかし、だからこそ彼はこの力を無闇に振るうことにちょっとした忌避感を覚えていた。
無論必要ならば何のためらいもなく使う。別にこの力を使って自衛することを厭っているわけではないからだ。
彼が厭っているのは特典で自身の願望をあっけなく叶えることだ。この力を使って目的を早急に達成したところで修太郎は意味がないような気がしていた。最初はそのつもりでいたが、この世界で日を重ねていくうちに、それでは彼の本当の目的を真に達成したとは言えないと薄々感じはじめていた。だからこそ、修太郎は極めて整った容姿を持つカスミやシャイナにこの能力を使っていないのだ。まぁ、使う理由があまりないというのもあるだろうが。
「それで納得しろという方が難しいと思いますが……。まあいいでしょう。それよりも、ガイドブックをお探しになっているご様子でしたが……」
「ああ。やっぱり、行ったことのない場所を調べるのならそういうのが一番いいかと思ってな」
修太郎は見知らぬ場所に旅に行くとき、その場所に関する情報をもっとも効率よく得られる手段は何かと聞かれれば、ネットワークを除けばガイドブックしか知らなかった。一応、この世界にもネット環境はあるようだが、元の世界に比べれば全然拙いし、傍受される危険もある。紙で調べるしかない。
それらの事情をぼかして伝えるとシャイナは一つ頷き、少々待っていてください、とだけ告げてどこかへと立ち去ってしまう。修太郎はその行動に首をかしげながらもおとなしく彼女を待つことにする。シャイナは二分ほどで戻ってきた。
「この国全土を網羅したガイドブックです。それほど詳細には書かれていませんが、重要なポイントは押さえられているので、どうかご活用下さい」
そう言ってシャイナが手渡してきたのはそこそこ分厚い本だった。表紙には『ワールドガイドマップ』と書かれている。いかにもなタイトルだが、受け取って軽くページを捲ってみると、確かに欲しい情報が手に入りそうではあった。
「これはもらってもいいのかな?」
「構いません。それの複製本は山ほどありますから。それも数多い複製の一つです」
「なるほど。分かった。じゃあ、ありがたくもらっていくよ」
「はい」
シャイナは一礼すると部屋から出て行こうとする。その背を修太郎は呼び止める。
「あ、シャイナ」
「何ですか?」
修太郎の呼びかけにシャイナは振り返る。修太郎は彼女にかねてから考えていたことを口にする。
「これだけもらうってのも悪いから、何か手助けさせてもらえないか?」
「いえ。客人にそのようなことをしていただくわけには……」
「まぁ、ここは受け取っておいてくれよ。これでもこの数日タダ飯食わせてもらってて、少しは申し訳ないと思ってんだからさ」
これは半分本当で半分嘘だ。カスミを魔物から助けたという理由はあるとはいえ、無償で食事にありつくことに微塵も申し訳なさを感じないかと言われればさすがに嘘になる。
といっても、それはあくまでついでだ。本命はもう一つの目的の方だ。それはアレフス家の使用人の事情を調べることだ。これだけ大きな家の使用人ならば相当優秀なはずだ。彼らのことを知り、うまく彼らの力を使えるところまでこぎ着ければ大きな助力になるかもしれない。
だが、修太郎の提案にシャイナは首を横に振る。
「いえ。修太郎様の待遇はあなた様の今までの功績を考えれば当然のことです。何らかの形での返礼など考えなくても構いません」
「そうは言われてもな……」
修太郎は顎に手をやって考え込むフリをする。この反応は当然修太郎にとっては予想の範疇だった。むしろ、こちらの方が常識的な対応だ。断じて、彼の目論見がバレているわけではない。そちらは心配しなくてもいい。
問題はどうやって彼女を納得させるかだ。別に手伝う必要など欠片もないのだが、せめてどんな使用人がいるのかくらいは知っておきたい。
まぁ、正直これはそこまで優先度は高くない。あくまでアレフス家から出るまでに、やれることをやっておこうというだけの話だ。彼女を言いくるめる理屈でも思いつけば話は別だが、そうでないのなら素直に引くべきだ。変にゴリ押しして怪しまれては意味がない。
「……そういえば、修太郎様はまだ我々のことをご存じありませんでしたね」
「ん? ああ、そうだな」
フリではなく、本当に考え込んでいると突如シャイナが話しかけてくる。修太郎はそれに生返事で返してしまう。
「ならば、もしお時間があるようでしたら我々使用人についてある程度紹介いたしましょう。もちろん、修太郎様がよろしければのお話ですが」
「いや、全然構わないよ。どんな人間がいるのか知りたいしな」
それどころか、渡りに船だ。これでどんな使用人がいるかある程度把握することができる。そこから利用価値などを考えていけばいい。
「でしたら、ご案内いたします。どうぞ、こちらへ……」
シャイナの誘いに乗って修太郎は部屋を出ていく。この判断が結果にどう結びつくかは誰にも分からない。
○○○○○
修太郎が案内されたのは屋敷のとある一室だった。クラシカルな扉の前でシャイナが立ち止まる。
「ここは?」
「我々使用人にあてがわれている部屋でございます」
シャイナはノックをすると、一礼して中に入っていく。修太郎も倣おうとするが気にしなくていいと言われ、得に何もせずに中に入っていく。中にはソファや椅子、机に本棚などが置かれており、初老の男と中年の男、そして、クラシカルなメイド服を着用した若い女性が二人いた。
ソファに座っていた初老の男が立ち上がり、シャイナを迎える。
「戻ったか、シャイナ。そちらの方は確か……」
「櫛山修太郎様です。カスミ様のお命を救っていただいたばかりか、件の事件によるアレフス家への不当な疑惑までも払拭された方です」
「そうでしたか。私はノブツ・カスライと申します。一度ならず二度までもアレフス家を助けていただいてありがとうございます」
「いやいや、お礼を言われるほどのものじゃないっすよ。人として当然のことです」
「そうご謙遜ならずともよろしいでしょう。貴方のおかげでアレフス家だけでなく、カザシ地区の民全員の命が救われたのですから」
命が救われた。その台詞に修太郎は内心笑ってしまう。黒幕がいる可能性を仄めかされて動じてしまったとはいえ、下手人を逃がしてしまったのだ。確かに事件は解決したかもしれないが、木更津が再びカザシ地区に牙をむいてこないとも限らない。解決しただけで何も救えてなどいない。
「続いて紹介しますね。カスライさんの右隣にいる男性がゼツアワ・コバヤシさん」
シャイナの自己紹介にコバヤシが頭を下げる。四十代後半くらいのいわゆるナイスミドルで顎の下で整えられている髭がトレードマークだそうだ。シャイナはさらにその隣で手を前で組んで立っている女性二人に目を向ける。
「そして、その隣にいるのが雪山霰ちゃんとセノ・ベロウちゃんです」
霰とセノは素直に頭を下げる。二人は修太郎とあまり歳が変わらないくらいの少女だった。霰は雪のように真っ白な髪をポニーテールにまとめ、ご丁寧にその大きな目の中心を彩る瞳も真っ白だった。彼女はこちらをにこやかな笑顔で見ている。セノは反対に黒髪のショートヘアに切れ長の黒い瞳を持ち、どこか近付きにくい雰囲気を醸し出していた。こちらは逆に探るような目を修太郎に向けている。
「他にも大勢いますが、今、ご紹介できるのはこの四名です」
「なるほど。よく分かった」
修太郎は比較的人を見る目がある方だ。今の紹介で四人の人となりはある程度分かった。これだけでも充分収穫だ。
「それでこのようなところにどのような御用ですかな?」
「ああ。少しこの家の使用人のことについて知っておきたくてな。世話になってる相手のことを差し支えない程度に知っておくのは当然のことだろ?」
「なるほど、そうでしたか」
修太郎の言葉に尋ねてきたカスライは頷く。一応、本来の目的は悟られてはいないようだ。もっとも、コバヤシに関してはこちらに怪訝そうな目をさりげなく向けているので、なんとも言えないのだが。
「アレフス家の方々は私にとっては恩人なのです。両親に売られ、奴隷として虐げられていた私をカスミ様は拾って下さった」
「シャイナは奴隷だったのか?」
修太郎は言ってから後悔する。普通に考えれば、あまり深追いしていい話題ではない。だが、言ってしまったのは仕方がないと諦めて答えを待つことにする。
「ええ。もう随分と昔の話ですが。ですので、私はアレフス家の方々に生涯お仕えするつもりでおります」
「よく言うよ。あんたが忠誠心を抱いているのは、アレフス家ではなくカスミ様ただお一人でしょうに」
「そのようなつもりはありませんが……」
セノの言葉にシャイナは困ったように笑う。だが、その目には余計なことを言うなという言葉が込められている気がした。本当に深追いしてはまずいと判断した修太郎は何とか話題を変えようとする。
「そういえば、アレフス家の使用人って全員で何人いるんだ?」
修太郎の問いかけに堪えたのはシャイナではなく、この中で一番古株であるカスライだった。
「正確な数字は長いこと仕えている私にも把握しきれておりませんが、少なくとも一万人は下らないでしょう」
その途方もない数字を聞いて修太郎はギョッとする。
「一万……。そんなにいるんですか?」
「ええ。屋敷の維持やアレフス家の方々の身の回りのお世話以外にもさまざまな業務がありますからな。魔物を退治するのも仕事に入ります。一万というのもあくまで私が把握している限りというだけで、実際はその数十倍以上はいるでしょう」
「ってことは数十万人か。改めて考えなくても凄い数っすね」
「それだけの人数が必要ということです」
国を四分割し、それぞれを統治している四大名家。いわば、国を牛耳る家の一つなのだから、それくらいは必要かと修太郎は得心する。
「さて、それでは我々はそろそろ仕事に向かわなくてはならないので、これにて失礼させていただいてもよろしいですかな?」
「あ、ええ。忙しい中時間取らせちまってすみませんでした」
「いえいえ、お気になさらず。それと、次回からは我々にも敬語は必要ありませんよ。あなたはお客人なのですから、我々に敬意を払う必要などないのです」
「分かりました。次からはそうします」
そう言いながらもシャイナの時と違い、いきなりタメ口にならなかったのはカスライから感じる威厳のようなものが原因だろうなと修太郎は思う。彼は明らかに相当な修羅場を潜り抜けた猛者だ。いくらまともとは言いがたい生活を送ってきたとはいえ、たかだか十数年しか生きていない修太郎が太刀打ちできる領域ではない。
四人は一礼をすると部屋から出て行く。それを見送ると、シャイナが申し訳なさそうな表情で話しかけてくる。
「申し訳ありません。私もこの後旦那様に謁を賜っているので、失礼させていただきます」
「ああ。構わねえよ。元は俺のわがままから始まったんだ。気にせず行ってくれればいい」
「ありがとうございます。では、これにて失礼します」
シャイナも一礼すると部屋から出て行く。これで無数にいるアレフスの使用人の内の五人に面識を持てたわけだ。
「なかなか一筋縄じゃいかねえ奴らばっかりみたいだな。まぁ、それくらいでねえと張り合いっつーもんがねえか」
これが五人と接触しての簡明直截な感想だった。決して甘く見ていたわけではないが、それにしても限度がある。現実が厳しいのはこちらでも同じかと修太郎は自嘲するような笑みを浮かべる。
しかし、決してこの邂逅が無駄だったわけではない。この出会いが役に立つときは必ず来る。ただでさえ、こちらの世界の人脈は皆無に等しいのだ。どんな人間であろうとも、面識を増やしておいて損はないはずだ。まぁ、神薙のような例外はいるが。
「まぁ、最悪は特典に物言わせて何とかすりゃいいだけの話だしな」
だが、それはあくまで最終手段だ。できることならば、そのような手段は取りたくはない。
とはいっても、いずれそんな甘いことは言っていられなくなるのだろうなと修太郎は深くため息をついた。




