一人目ー第一章 12話 急転直下
修太郎は犯人と断定している人物をようやく見つけ出した。結論から言って闘技場へ行ったのは無駄足だった。その人物を見つけたのは闘技場から数キロ離れた路地裏だったのだから。
(見つけたのはいいが、絶賛休憩中って感じだな)
息と気配を殺しながら、その人物を壁越しに見ているが気付かれている気配はない。あまりジロジロ見ていれば、まずいかもしれないが、念のため今は注視しておく。
目的の人物はたばこを吹かしながら壁にもたれかかっていた。見ようによっては一仕事終えた殺し屋にしか見えない。修太郎の推理が合っていれば、その認識は間違っていないのかもしれないけれども。
(にしても、こんなところで油売ってていいのかね。あいつも一応連続不審死に関する捜査にあたってるはずなんだが……)
修太郎が考えても詮無いことだが思わずそんなことを考える。というより、そもそも刑事とは最低二人で行動するものだと思っていたがその認識も間違っていたのだろうか。その人物は明らかに一人で行動している。まぁ、今、やっていることを考えればその方が都合がいいのは間違いないだろうが。
件の人物はたばこを右手に持ちながら何かを考えているようだ。そして、不意に口元を歪めて笑うと、胸ポケットから携帯電話を取り出す。
(携帯……か。そういえば、この世界で見るのは初めてだな)
修太郎はその人物を凝視する。携帯を取り出してこの事件の協力者と連絡を取るかもしれないからだ。協力者に関しては予想がついている。案の定、その人物は修太郎の考えていた通りの人物に電話をかける。
(奴の反応からして相手はあの男か。だが、一体何の話をしてるんだ? 闘技場がどうのと言ってるようだが……)
闘技場と言えば先ほどまで修太郎がいたところだ。そんなところで一体何をしようというのか……。
そこで修太郎は予想外の単語を耳にすることになる。
(なっ!)
思わず声を出しそうになったが、何とか耐えて話の続きを一言一句逃さず聞き取ろうとする。だが、話を聞くにつれて徐々に修太郎の顔色が悪くなっていく。恵比寿の時同様悪い予感が当たってしまった。いや、こっちはあの時よりもさらに可能性は高かった。前回は放置したが、さすがに今回は別だ。モタモタしていると取り返しのつかないことになってしまう。もうすでに手遅れの可能性も高いが。修太郎は自分の動き出しの遅さを戒める。
(ごちゃごちゃ考えてる暇はない。とりあえず、動かねーと)
修太郎は音を立てないように気を付けながら、速やかにその場を離れた。それゆえに彼は気付けなかった。その人物が修太郎のいた方向を不気味な笑みで見つめていたことに……。
○○○○○
父親に説得されたものの、カスミは未だに納得できずにいた。命の恩人である修太郎のおかげで事件解決の見通しが立った。おまけにその犯人はよりにもよってあの男なのだ。何もせずにいられるはずがない。
あの救いようのない男がアレフスを陥れようとしているのならば何としてもそれを阻止しなくてはならない。あの警察官を名乗る資格のない卑劣な男が裁かれるに足ることをしでかしているのならば、断罪しなくてはならない。
カスミはほぼ反射的に動いていた。専用の携帯を懐から取り出すとある番号に電話をかける。そして、件の男を呼び出してもらい、カスミは迷わずに口を開いていた。
「カスミです。折り入ってお願いがあるのですが、今日の夜九時に街の東側にある闘技場に来ていただけませんか? もちろん、あなた、お一人で――」
カスミはそれだけ言うと電話を切る。そして、今晩の準備を始めるべく自室へと戻っていった。今夜のことを誰にも言うこともなく……。
夕飯を食べた後、カスミは身支度を整え、屋敷の外に出る。修太郎が食事の場に顔を見せなかったことに不思議さを覚えたが、今の彼女の頭にあるのはどうやってあの男に懲罰を下すかということだけだ。彼女はそのための切り札としてとあるものをクリーム色のワンピースのポケットに入れる。後は行くだけだ。
カスミが時計を確認すると、時刻は午後八時十五分だった。闘技場には歩いていっても二十分ほどで着くが、九時ちょうどに行く必要はない。早めに行っていろいろと仕掛けをしておいた方がいいだろう。
「申し訳ありません、修太郎。此度の事件。私が今夜決着をつけます」
カスミは小さな声で修太郎に謝罪すると、街の暗闇へと消えていった。
あの男と会うよりも三十分以上早い時間にカスミは闘技場に着いた。カスミは中に入ると、廊下を歩き、待ち合わせ場所である闘技場のフィールドへと足を運ぶ。
カスミは扉の陰に隠れて、中の様子を窺う。
「まだ来ていないようですね……」
フィールドは見晴らしのいい広大な場所だ。隠れる場所などない。ついでに言えば、修太郎たちがこちらに召喚された際に現れた場所でもある。
「ならば、好都合。手早く済ませましょう」
カスミはそこから離れ廊下を歩いていく。途中には仰々しい台に乗せられた龍の像があった。カスミは少しの間だけその前で立ち止まる。
「見守っていてください……。龍神様」
カスミは両手を合わせて一礼する。この像はカザシ地区で守り神とされている龍神を祀ったモノだ。目と口は大きく見開かれ、鋭い眼光とそれ以上に鋭利な牙がむき出しになっている。色は青銅色で、逆鱗と見られる場所には赤い宝玉が埋め込まれている。カザシ地区どころか、この国でも国宝として認定されており、国はカザシにこの像の引き渡しを求めているがカザシはそれに一向に応じようとしない。それだけ大切な像なのだ。
カスミは再び一礼すると、像に背を向ける。
「……首を洗って待っていなさい。狩野惣一郎!」
カスミは今宵呼び出した男――狩野の名を憎しみを込めて呼び、奴に引導を渡すべくその場から姿を消した。
午後九時になった。カスミは瞑目し、フィールドの真ん中に無言で佇んでいる。ゆっくりとした足取りで近付いてくる足音が聞こえてくる。目を開けるとカスミの正面の扉から待ち合わせの相手である狩野が入ってくる。
「随分と遅かったですね。あまり女性を待たせるものではありませんよ」
「そう言わんでください。こちとら、急な呼び出しに応じるためにいろいろと片付けてきたんですよ? ちったぁ、労ってくださいや。ねぇ、お姫様?」
狩野は飄々とした口調で言う。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべているが、その目にはうっすらと警戒の色が浮かんでいる。
カスミはそれに構わずに返答する。
「……長話するつもりはありません」
「なら、さっさと本題に入りましょう。んで、話ってのァ、何です?」
そこで狩野の表情に明確な警戒の色が浮かぶ。カスミはそんな狩野を見据えながら、本題に入る。
「近頃起こっている連続不審死事件についてご存じですよね?」
「ええ。そりゃ当たり前でしょ。なにせ、私はその事件を追ってるんですから」
「……本当に追ってるんですか?」
「どういう意味です?」
言葉こそ丁寧だが、強い視線で狩野はカスミを見る。カスミは睨みつけてくる狩野を見返す。
「此度の事件。あなたが引き起こしているのではないですか?」
核心をつく言葉だった。狩野は一瞬呆気にとられたようにポカンとした表情になる。だが、すぐにおかしそうに笑い出す。
「何がおかしいのです?」
「いや、そりゃおかしいでしょうよ! 言うに事欠いて私が犯人とはね! いやー、やっぱり私の目は正しかった。罪から逃れるために、この私に罪を被せようとは……」
「罪を被せる? 罪にまみれ、深淵に落ち、希望を自ら破壊したあなたの言葉とは思えませんね」
遮って言い放った言葉だったが、狩野には効果抜群だったようだ。押し黙り、血走った目を大きく見開いている。カスミは追い打ちをかけるように続ける。
「天に登ろうとして、地に落ちたあなたごときに罪を被せてどうなるのです? 私はれっきとした真実を申し上げているのです」
「……める……よ」
「何ですか? 聞こえませんが」
「なめるなよ!! この小娘がぁ!!!」
「!」
突然豹変した狩野はカスミに襲いかかる。これでは彼が連続不審死事件の犯人だと認めたようなものだ。客観的に見れば、物的証拠どころか状況証拠すら一切突きつけられていないにもかかわらず、感情に身を委ねる彼の行動は愚行以外の何物でもない。
それだけ彼のアレフス家への恨みは根深かったということだ。それはカスミにも分かっていた。ただ予想外だったのは、狩野のアレフス家への憎悪はカスミが思っているよりも遥かに大きかったと言うことだ。
狩野はその豊富な実戦経験を活かしたパンチをカスミに放つ。カスミはそれをいなし、かわしながら反撃の機を待つ。
「誰のせいでこんなことになったと思っている! 貴様さえいなければ、俺は今ごろ、もっと上の立場で多くの人間を従えられていたのだ! それを、貴様が!」
「あまりにも救いようがなさすぎて、目も当てられませんね。全てあなたの自業自得でしょう?」
「黙れ!」
カスミの言葉に狩野はよりいっそう頭に血が上る。攻撃も単調になっていき、カスミはそれを的確に読んでかわしていく。
「この……っ! ちょこまかと!」
「あなたの攻撃が単純すぎるのです。そんなのでは私に傷一つつけられませんよ?」
「はっ! 一度も攻撃をしていない分際で何をほざく! 攻撃が当たらないのは貴様が逃げに徹しているからだ! 戦いになれば俺が……っ!」
そこで狩野の動きが止まる。カスミはそんな狩野を侮蔑した瞳で見つめている。
「な……っ」
「あなたは相変わらず詰めが甘い。ここを指定したのは私なのですよ? ならば、何かしらの仕掛けくらい事前に仕掛けるとは思いませんか?」
「貴様……。何をした?」
体が動かない。狩野は必死に動こうとするが、少しも動くことができない。自分の体を見るが、目に映る範囲では何も異常はない。自分の体を縛っているものなど何もないように見える。だが、まるで金縛りにあったかのように四肢も首も動かすことができない。動かせるのは目と口だけだ。
「その野蛮な暴力を振るうことしかできないあなたには分からないでしょうが、こちらにもそれなりの力というものはあるのですよ。考えもなく拳を振るい、あまつさえ、挑発して私に攻撃させようとしたところを返り討ちにして正当防衛を主張しようなどという単純極まりない策略のために脳の多くを使ったあなたではこれを防ぐことも、逃れることもできはしません」
「貴様ぁ……!」
狩野はなおも足掻くが拘束はビクともしない。物理的に拘束されているわけではないのだ。どれだけ力任せにほどこうとしようが、その拘束から逃れることなどできない。
これがカスミが事前に仕込んでおいたものだ。魔力を用いて標的を定めた上で地面に仕込み、規定の時間が来たら発動する時限式の拘束。魔力を扱えない狩野ではこれを打ち破ることなど不可能だった。
「くそっ! くそぉっ!」
「無様な……。これ以上醜態を晒させないためにもここであなたを終わらせて差し上げましょう」
カスミはポケットからあるモノを取り出す。それはいわゆるオートマチックと呼ばれる自動式拳銃だった。もちろん、ただの拳銃ではない。カスミは狩野を殺すためにこの銃を用意したのだ。
けれど、カスミは当然のことながら卓越した銃撃技術など持ち合わせていない。必要最低限の訓練は受けているがその程度だ。これはユキヒコがカスミを溺愛しているために、彼女に大した戦闘技術を叩き込まなかったことにも起因している。
そのため、技術の足りなさを補うためにカスミは罠を張った。狩野の動きを止め、確実に仕留める作戦に打って出たのだ。その作戦は少なくともこの段階までは成功していた。あとは狩野の急所を撃ち抜くだけだ。
カスミは両手で銃を構えながら、餞の言葉を放つ。
「さようなら。哀れな獣よ」
「く……そ……っ!」
カスミは狩野の頭に狙いを定め、発砲しようとする。引き金に指がかかり、狩野の命が奪われようとしたところでカスミの手から銃が消失する。
「な……っ!」
カスミは突然のことに狼狽える。この場には自分と狩野しかいないはず。そして、狩野はどう考えても何もできる状況ではない。では、何が起きたというのか。
自分の両手を見ると、幾筋もの赤い線があった。手が傷ついたときに流れた血液だ。左側を見ると、拳銃が弾き飛ばされていた。
「申し訳ありませんが、あなたに彼を殺させるわけにはいきません」
カスミの背後から聞こえてくるはずのない声が聞こえてくる。比較的若い男性の声。それはつい先日、狩野とともに遭遇した男の声だった。
狩野は目を大きく見開いて、その男の名を呼ぶ。
「木更津……!」
「ご無事ですか? 狩野さん」
いつものように青いスーツジャケットを着こなしながら、木更津は額に汗を流して、そう問いかける。狩野は鼻息荒く返事をする。
「遅いぞ! ここに来いと呼んでおいたはずなのに、今まで何をしていた!」
「申し訳ありません。いろいろあって遅れてしまいました」
「ふん。もう何でもいい。とりあえず、この拘束を解いてくれ。俺一人じゃほどけそうにない」
「分かりました」
狩野は未だに正体を掴めていない見えない拘束具をほどくように木更津に要求する。木更津はそれに頷き、狩野の方へと近付いていく。
「待てよ」
「!」
今度は上の方から声が聞こえてくる。その声は三人全員がよく知っている声だった。カスミに至っては、この数日で一番よく聞こえた声だと言ってもいい。
「これ以上てめえに好き勝手動いてもらうわけにはいかねえんだよ」
声の主――修太郎は客席のフェンスから飛び出し、カスミたちから数十メートルほど離れた場所に着地する。その視線は三人の内の一人に向けられていた。
「拘束を解いて狩野を殺すつもりだったのか、それとも、不意をついてカスミを殺すつもりだったのかは知らねえが、てめえの狼藉もここまでだ。なぁ、連続不審死事件の真犯人、木更津剛さんよぉ」
自身をしっかりと見据えてくる少年を冷めた目で見返しながら、木更津は無言で修太郎の方に体を向けた。




