架空妄想日記
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「今度、動物園行こうよ」
これが今、私の悩み。
ああ、
何も考えずベース弾いてたい。
スタジオで音に揺られたい。
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この間、私の所属する音楽サークルの合宿で仲良くなった1つ上の矢野先輩。
ギターも上手だし、顔もかっこよくて、サークルでも副部長。
そんな矢野先輩とサカナクション、SHISHAMO、スピッツまで色んなコピーバンドを
組むときに、いつも私をメンバーに誘ってくれた。
私は大学2年で、先輩は3年生。
そんなちょうどいい先輩後輩関係のせいもあって、よく同じ場にいることが多かった。
サークルの合宿の飲み会の夜。
矢野先輩が突然私を見て、言った。
「えみは、どんな音楽好きなんだっけ」
え、
今、名前で呼ばれた?
ちょうど、可愛がってもらってた先輩と4人で円になって缶チューハイとか飲みながら、
音楽を始めたきっかけについての話で盛り上がっているとき。
「そういえばあんま、えみたその好きな音楽知らないな」
「いつも言ってるじゃないですか、、、一番は、aikoです」
「aiko!!好きそ〜〜〜、えみたそがaiko聴いてるとか可愛い〜〜!!」
そうやって、適当なことを言いながら楽しそうな一番年上の元部長の
4年生の恵比寿先輩。
だいぶ酔っ払っていた。
「ごめんね、元部長がうるさっくて」
「いやぁ、えみたそいいね〜〜〜女の子って感じ」
「こりゃだめだ、部屋連れてくね。私も寝るかなあ、おやすみ〜〜」
「おやすみなさい」
あ、
どうしよう。
2人だ。
するとあるものがカサカサ動いてるのに気づく。
Gだ。
「キャッ!!」
どうしよう、どうしよう。
世界で一番苦手だ。
気づいたら、矢野先輩の後ろに隠れていた。
「待ってて」
そう言って、矢野先輩は近くにあった新聞紙でGを倒し、
「ティッシュくれる?」
「は、はい!」
私がティッシュを差し出すと、すぐGを外に出してくれた。
か、
かっこいい……
「これで、大丈夫?」
「ありがとうございます……すみません、盾にしちゃって」
そう言うと笑いながら、矢野先輩は言った。
「可愛かったよ」
ズキュン。
心臓の鼓動が、ベースのスラップのように一気に弾けた。
先輩が、きらきらし始めた。
その夜、みんながどんどん寝落ちしていく中、
私と先輩は朝まで、2人で音楽の話をしたり、
過去の甘酸っぱい胸キュン話して、
あっという間に時間がすぎた。
つまり、楽しかった。
合宿の終わり、みんなで集合写真を撮り終わって、
友達と恵比寿先輩の車に乗って、最寄りの駅へ帰ろうとしたとき。
「えみ」
そう言って、先輩が走ってこっちに来た。
「えみ〜、呼ばれてるよ」
「あ、うん」
友達にちょっとからかわれて恥ずかしい真っ白な気持ちと、
ちょっとだけ期待していたから真っ赤な嬉しい気持ちが入り混じって、
心のパレットには、頰の色と同じ桃色が出来上がっていた。
「……ごめんね、呼び出して」
「いえ、どうしたんですか」
「……今度俺と、出かけない?」
え
「え」
「だめ?」
だめじゃない。
すごく嬉しい。
「……ぜひ」
「よっしゃ!! ありがとう」
なんか、わくわくして、
頭の中で鍵盤が弾けた時の音がした。
それから翌日、私は桜木町の駅にいた。
デートに誘われると、早くついちゃってる女優さんの演技がいつも
ちょっとかっこ悪いなって思ってたけど、
10分前についちゃう私って、そんな感じなのかなって
思いながら、少し照れ臭くなる。
何、ばっちりおしゃれしてんだろう。
いつも着ないような、ファッション雑誌の大きな写真に載ってるような
服着ちゃって。
「えみ」
この声は、
「お待たせ」
「いえいえ」
あ、これ
よくある流れ。
いつもよりちょっとおしゃれな矢野先輩は、
やっぱりかっこよかった。
二人で桜木町を歩いた。
「俺さ、ミスチル最初に聴いたときびっくりしちゃってさ」
「へぇ」
「ミスチルの歌詞って、どこか主人公が悲しげだけど、その中で前を向いてるってかさ。
東京って歌の歌詞が」
先輩は気を遣って、音楽の色んな話とか、外国に旅行に行ったとときの話、
サークル内での面白い話もしてくれた。
それは、もう笑ったし、
楽しかったけど、
なんか、ヒールが高くていらいらしたり、
へぇってずっと言ってる自分とか、
せっかく色々案内してくれてるのに、お腹減っちゃう自分。
なんか嫌いだな。
お店も予約してくれて、すごく夜景が綺麗で、
ディナーも美味しくて、
車も用意してくれてて、
家まで送ってくれて、
「気をつけて」って言って、
私がドアを閉めるまで見送っててくれて、(こっそり閉めるまでいるか見てた……)
本当にかっこいいんだけど、なんでだろう。
疲れちゃった。
家に帰って電気つけたら、Gがいて。
「なんで今いないんですか!!」と怒鳴ってしまった。
G見つけると、いっつも夜寝れないのに、
その日はぐっすり寝た。
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「今度、動物園行かない?」
そうラインが来たのは、私が授業をサボって、
「昨日バイト10時間労働だったし、休まないとな」
と口実をつけて、全休した日のことだった。
動物園。
私には、一つ決めていることがあった。
くだらないかもしれないけど、
心から好きになった人ができたら、
動物園に2人で行く。
ね、くだらないでしょ。
矢野先輩と動物園に行ったら、私の心から好きになった人が
矢野先輩か。
いや、ちょっと違和感が……
でも矢野先輩はすごくかっこいいし、
最近友達にめっちゃ自慢してしまっている。
いいのかな。
いいのか?
気づいたら私は、
「誰か誘います?」
と打っていた。
何やってんの私。
もうばかだなぁ。
すると、
「考えとく」
と返事が来たので、
二度寝した。
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当日。
9時に、上野駅に向かった。
正直、「ごめん、誰も空いてなくって」と言われるのが強くて、
5分間遅刻してしまった。
でも、先輩はいない。
あれ?
「あの」
「ん」
「えみさん?」
私が振り返る。
「はい?」
「あ、はじめまして。矢野の友達の、広瀬です」
「あ、はじめまして」
「てか、多分同い年」
「あ、そうなの?」
太ってて、金髪でサングラスしてて……
何この人。
本当に広瀬先輩の友達?
するとラインが来た。
「ごめん、電車遅延してて、30分遅れそう。広瀬と先行ってて」
何それ。
「あ〜〜〜矢野さん遅刻って、これじゃただのデートじゃないか」
「だね」
「しょうがないな、俺動物園検定2級持ってるから、案内するわ」
「え!何それ」
「企業秘密だよ」
何この人、面白い。
気づいたら、チケットを私が2枚買って入場した。
「ありがたい、さあ行くよ」
「えっ、ちょっと!」
あ、
私の目標。
まあいっか。
「ナマケモノって、運動すると発熱で死ぬんだよ」
「え!!死んじゃうの?」
「そう」
「さすが動物園検定2級」
広瀬くんは、本当にドキドキ代わりに、
一緒にいるとほっとした。
「じゃあキリンは?」
私がにやにやしながらそう聞くと、広瀬くんは悩んで
「1日2分しか寝ないんだよ。しかも立ったまま寝るんだよ〜〜」
「それ本当?」
「本当に決まってるじゃん」
私がぐぐる。
「あっ、ちょっとなんでぐぐってんの??」
広瀬くんがなんだか焦ってる、
面白い〜〜。
「あ!!20分だって」
「あ」
「あ」
「嘘ついた」
「20分しか寝てないの俺だった」
「あ」
「あ」
「嘘でしょ」
「え」
私はあえて真顔で広瀬くんを見た。
「……ごめんなさい。11時間寝ました」
なにそれ。
私は気づいたら、ドツボにはまってずっと笑っていた。
「あ」
「え」
「13時間だったごめん」
もっとはまった。
すると私の方を見て、
「知ってる?」
「なに」
「ナマケモノって運動すると発熱して……」
ふと広瀬くんを見ると、
ナマケモノの真似を全身で全力でやっていた。
「なにそれえ!!」
私は大声で笑ってしまった。
ああ、
この人と動物園来てから、
すっかりハイヒール履いてることと、
朝ごはん食べるの忘れて、お腹空いていたこと忘れてた。
よかったな、本当に。
ナマケモノとキリンの知識知れたし。
今度友達と家族に話そ。
「おい〜」
え、
「お待たせ。ごめんね、えみ」
「いえ」
「あ、じゃあ僕はこれで」
はい?
「え、どこ行くの?」
「ごめん、俺午後バイトで」
「バイト?!」
「うん」
「わりいな、本当は3人でってことだったんだけど」
「いえいえ、矢野さんラインとかならアナウンスできるんで〜がんがん連絡くださいよ」
「いや〜いいわ」
「いいんかい!」
そうやって笑ってる2人と一緒に笑えない自分がいた。
どうしよう。
帰らないで広瀬くん。
なぜか、そう思った。
ヒールがまた、気になっちゃうかも。
「じゃあこれで」
そう言って、へらへらしながら帰っていく広瀬くんを私はものすごく睨んだ。
「さ、さよなら」
広瀬くんがちょっと苦笑いしてる。
何よ、それ。
「どうだった、あいつ」
「あ、面白いですね」
「だろ。あいついいやつだから」
「ですね」
あ、
お金返してもらってないや。
「すいません、広瀬くんに忘れ物届けに行きます」
「え?? 俺が行くよ!!」
「いえ、私が、先輩はここで待っててください」
「え」
私は走り出していた。
走ると広瀬くんが、イヤフォンをして歩いていた。
私は、思い切りイヤフォンをとる。
「どうしたの??」
「ねえ、今から私とセッションして」
「はい?」
「バイト、休んで」
「え〜〜!?」
私は気づいたら、広瀬くんを引っ張って
音楽スタジオを予約していた。
「1、2、3、4」
綺麗なキーボードの音色。
そこに私がベースで合わせる。
「いい音だすね」
「そっちもね」
それはすごく、
心地のいい音だった。
なんとなく一緒にいるときに、
この人と波長が合う気がしていた。
私は今まで音楽ばっかりやってきて、
頭の中でこの人は、こうだからとか、
論理的に、客観的にとか考えて何も決められない。
その代わり、
音楽ばっかりやってきたから、
こうして音と音を伝え合うように、
会話と会話が伝わり合うように、
気持ちで、
心に溶け込んでいくんだと思う。
この人が音楽やってるんだろうなって気づいたのも、
ナマケモノの話をしているときも、
色んなことを忘れて、
心が誰かの心に溶けていく感じが、
私は好きなんだ。
「えみさんと音鳴らしてると、気分いいな」
「でしょ」
「そっちは」
「私??」
う〜〜ん、とりあえず。
お昼ご飯食べてないことと、
ヒール履いていること忘れてた。