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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第一章 ”ビート・サレンダー”
8/61

 重い足取りで家に着くと、お母さんが待っていた。キッチンで今日の夕食の支度をしながら。

「おかえり奏純、部活の見学はどうだった?」

「ああ、うん……」

 アタシは気のない返事をして、それから手洗いもうがいもせず、自分の部屋に飛び込んだ。

 もう夕暮れ時だった。開けっ放しのカーテンからは夕日が射し込んでいる。あんまりまぶしいから、アタシはカーテンを全部閉めて、でも電気はつけずに、ベッドに寝転がった。寝るつもりはなかったけど、起きているのはつらかった。

 ――アタシ、どうすればいいんだろう。

 タオルケットの上に横になって、部屋の壁に立てかけたギターケースを見つめた。

 本当なら、今すぐにでもアレを背負って登校したい気分だった。でも、今はそんな気はサラサラ起きない。だって……。


 だって……。

 考えているうちに、眠ってなんかいられなくなった。考える前に体が動いていた。不安をかき消すみたいに、心配性を殴り倒すみたいに。

 アタシは電気を点けると、すぐにケースの中のレスポールを取り出した。アンプにつないで、さらにヘッドフォンをつないで――スピーカーから鳴らしたら、また隣のオジサンに怒られる。

 ベッドに腰掛けてギターを構えると、アタシはひたすらザ・キンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」を弾き続けた。ずっと、パワーコードを右へ左へ。行ったり来たり。それしかできないから。

 歪んだ音がヘッドフォン越しに鳴り響くとき、アタシはCDの向こう側にいるロックスターと一つになるような気分になる。これが好きだ。だから止められない。

 ――でも……。

 あの軽音部に、アタシは入っていいの?

 教科書に載ってる曲を、先生に教わりながら、小綺麗な格好して歌う。それがアタシのやりたかったことなの?

 ――違う。

 でも、彼らだってアンタと同じ。音楽がやりたくてやってるんじゃないの?

 ――そうだけど……

 「ユー・リアリー・ガット・ミー」を弾いてるうち、そのリズムに合わせて彼の言葉がよみがえってきた。森真哉と名乗った、彼の言葉……。


 この中学は、『ロックンロールの誕生と死』をたかだか数年の出来事で教えてくれたんだ。


 思えばあのとき、曇り空を見上げる彼の顔は、どこか寂しげだったようにも思える。どうしようもない現実を、ただ見つめることしかできない――彼の瞳は、そう訴えかけているみたいだった。冷めきった静かな瞳。見た目こそヤンチャな少年に見えたけれど、彼の目は綺麗だった。

 どうしよう。彼の忠告に従うべきなのかな。中学でバンドを組もうなんて、軽音部やろうなんて、やっぱりバカな考えだったのかな……。


 不安と期待っていうのは、似ているものだってアタシは思った。

 テキトーに宿題を終わらせて、夕飯を食べて、お風呂に入って、明日の支度をして……。もうあとは寝るだけだっていうのに、アタシはまったく眠くなかった。眠れなかった。布団の暖かさもまったく無意味で、ぜんぜん眠気を誘いやしない。まるで遠足前みたい。

 パッチリ開かれた目は、豆電球が照らす薄暗闇を見ていた。暗いだいだい色に照らされた白い天井。アタシはそこにあるシワを数え始めた。数え終わる前には寝てしまうと、そう思ったからだ。

 しかし二百数えても眠気がやってこなかった。むしろ何やってたんだろうっていう後悔だけがやってきて、時間を無駄にしたとしか思えなかった。

 壁掛け時計が時の流れを教えてくれた。まだ夜十一時。小学生ならもう寝てる時間。でも、中学生なら……。

 アタシは部屋の電気を点けると、勉強机に腰掛けた。べつに勉強しようってワケじゃないけど、ただベッドにいるのは飽きたのだ。

 かといって、ギターを弾くわけにもいかない。隣の部屋のお父さんが怒るに決まってる。だから勉強机に向かった。特に意味はなかったけど。

 アタシは本棚から一冊の本を取りだした。「中学生活のしおり」と題されたそれは、入学式のときにもらったもの。四十ページぐらいの小さな冊子で、間には入部希望届が挟まれていた。

 中学生活のしおりを開いたとき、入部希望届は転げ落ちるみたいに机に滑っていって、そのままカーペットの上に沈んだ。でもアタシは拾ったりしなかった。もう必要ないって、そう思ったから。

 始業時間、時間割、昼休み、放課後の過ごしかた、校則一覧……見ていて目が痛くなる内容。眠くなるにはピッタリだ。

 アタシはぼんやりそれを読みふけりながら、部活をどうしようかと思った。冊子の最後には部活動の一覧もある。軽音部以外の部活を探すのもありだと思った。

 でも……。

 部屋の隅にやられたギターが、アタシをつかんで離さなかった。アタシは、それがやりたい。そのはずなのだ。

 でも……。

 ページを繰っている途中、アタシはふとある話を思い出した。このあいだ本で読んだ話だ。ロックンロールの、パンクロックの本。そのなかでこういう逸話があった。

 「パンクとは何か」そう聞かれたとき、ビリー・ジョー・アームストロングはゴミ箱を蹴ってひっくり返したのだという。そして彼は、「これがパンクだ」と答えた。対する質問者は、「これがパンクか?」と確かめるようにしてゴミ箱を蹴ったらしい。そしたら彼はこう答えたのだ。「それはただの流行りだ」って。

 森って、アイツが話してたことは本当かもしれない。彼のお兄さんは、本当の意味でのロックだった。パンクだった。でも、いまの軽音部は……ただの流行りだ。猿真似なのだ。

 ――アタシはそれになりたいの?

 もう一度自問したとき、アタシはあるページを開いていた。そこは、「新規に部活動を申請する際の手続きについて」だった。


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