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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
終章 ”アンダーチュアー”
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 あのあと、アタシは文化祭の二日目には顔を出さなかった。ていうか、できれば学校には行きたくなかった。不登校でもやろうかとさえ考えたぐらい。

 まあ、そのあと一週間は仕方なく学校には行ったけど。でも、誰とも口をきかなかった。隣の真哉も必要以上にアタシに話しかけてこなかったし、アタシも返さなかった。

 転校のことはついにどこかでバレて、ウワサになっていた。そこここでそういうヒソヒソ話が聞こえてきた。でもアタシは、耳と目を閉じ、口をつぐんで、我関せずって雰囲気のままでいた。そして、そのまま引っ越しの日が来た。

 誰も見送りにこなかった。そう思いたい。新幹線のホームで、一瞬真哉のような詰め襟姿の男子を見た気がするけど、きっと気のせい。……っていうか、そうでも思わないとアタシはやってけなくなっていた。


     *


 あれから二年が過ぎた。

 アタシは転校先の中学から高校に進学し、すっかりそっちでも慣れてしまっていた。

 いろいろと変わったし、変わらなかった。

 変わらなかったことと言えば、アタシはあれきり誰とも連絡をとっていない。クリスからはたまにLINEがきたりするけど、同窓会とかそういう話だけ。もちろんアタシは行けないって断った。真哉は……『友達かも?』ってところに何度かそれっぽい名前を見たことはある。ドラムセットに居座るアイツの写真がプロフィールになってた。でもお互い、友達登録するほど踏ん切りがつかなくて、結局そのままなあなあの関係が続いている。アタシは、まだあの場所では死んだ人間のフリをしているのだ。

 大きな変化があるとすれば、髪をバッサリ切ったこととか。今まで肩まで届くセミロングだった髪は、ショートボブに変更。前髪もパッツンにして、すっかり雰囲気は変わった。たまにロングが恋しくなって、エクステをつけたりもするけど。でも、髪型を変えたことはいいことだった。気分も変わったし、何より別人になれたような気がしたから。

 でも、音楽に対してはちょっと微妙な関係が続いていた。

 ギターはもう弾かなくなっていた。弾きたくもないし。なによりストレイ・キトゥンズのメンバーたち以外と演奏するなんて、ちょっと考えられなかった。だから、もうやる気なんてなかった。

 でもアタシは臆病だから、なんだかんだで引っ越し先にまでギターは持って来てしまった。文化祭で壊しとくべきだったアイツ。二年近く放置してるから、きっと弦も錆び付いているだろう。

 そういうわけで、アタシはもう音楽をする側の人間じゃなくなった。

 だけど、本心は変えられない。アタシは音楽が好きで、それが生き甲斐。だからウォークマンだって毎日登校するあいだじゅう聴いてるし、たまにはライブハウスに行ったりもする。そこでアタシとは違って、才能ある人たちを見ると、ちょっと安心するのだ。やっぱりあんな中学生が音楽をやろうなんてバカな考えだったんだよね? って、ちょっと否定的な気持ちになって、それからそのバンドを応援したいなって気持ちになる。自己否定をすることで、自己肯定をしてるんだ、アタシ。

 アタシは音楽と失恋したはいいけど、でもまだズルズルと好きの気持ちを引きずっていた。だから、まだ聴く側としてウジウジしていた。軽音部にも入ってないのに、部活の連中と駄弁ったりとかね。ホント、我ながら面倒くさい女だと思うよ。

 あ、でも軽音部ってやっぱり高校でもクソだって思った。たしかに、中学の時みたいに顧問の言いなりでビートルズのコピーバンドをやる連中はいない。だけど、その代わりに増えたのがモテたくてやってる半端者。ギターを構えることが、しょせんはファッションか何かだと思ってる連中。そういう連中は心底アタシをウンザリさせたけど、でも、ヤツらとつるむことでアタシは気を紛らわしていた。ほら、失恋後の女の子って引っかけやすいとかって言うじゃん? アタシ、まさしくそういう状態だったんだと思う。ポッカリと空いた隙間を埋めたくて、誰でもいいから求めていたんだ。


 九月はいつもセンチメンタルな気持ちになる。アタシにとっては、晩夏こそが別れの季節だから。

 あのとき、アタシはストレイ・キトゥンズって一枚のレコードを終わらせた。すごく残念な形で。針が飛び上がって、マヌケな音を出して、それで終わった。

 その悶々とした感覚は今でも続いていて、九月になると思い出す。思い出して、つらくなって、気を紛らわせようとする。

 昼休み。アタシは弁当を食べ終えて、スマホをいじっていた。ツイッターの確認は最近のマイブーム。好きなインディーズバンドとかをフォローしたりして、少しでも自分も気を紛らわせている。向こうからすればいい迷惑かななんて、そんなこと思いながら。

「ねえねえ、奏純ちゃん」

 って、突然声をかけられた。

 アタシ、スマホから目を上げたとき、かなりキツい目をしてたと思う。にらむみたいな。だから声の主はちょっと引き気味だった。

 髪をクソみたいな茶色に染めた男が一名。その隣には、頭にワカメでも貼り付けてるみたいな男が一名。クソのほうが軽音部でギターボーカルをしている菊池で、ワカメがベースの佐藤だ。

 アタシ、正直こいつらのことは好きじゃない。菊池は、言うなれば女にモテたくてギターを始めたヤツだ。だから歌い方もちょっとナルシストっぽいヒョロヒョロで、好きじゃない。モリッシーみたいな歌い方ならキライじゃないけど、こいつには作詞のセンスもホモセクシュアルの才能もない。佐藤の方は、ベースの腕前はなかなかのもの。だけどこいつも相当なムッツリスケベで、アタシの気を惹きたくて菊池に付き合ってるってのがバレバレだった。

「なによ?」

 アタシはスマホのバックライトを落とした。

「奏純ちゃんさ、今度おれたちのライブ来てよ。再来週にさ、街のライブハウスであるんだよ」

「そうそう、ぜったい楽しいからさ」

 クソにワカメが続く。アタシは重いため息をついた。

「えー、でもさ。アタシ、そういうアマチュアに興味ないって言うか。てか、アンタら最近の邦ロックとかのカバーでしょ? アタシ、どっちかって言うとUKが好きなの。USも聴くけどさ」

「UKって……ああ、ニルヴァーナとか?」

 クソがひらめいたように言ったけど、その言葉はアタシを心底ウンザリさせる一言だった。

 ニルヴァーナはアタシの思い出のバンド。最初の衝撃だった。彼らは、アメリカで生まれたグランジの旗手とも言えるバンド。イギリスでブリットポップが流行る前、世界を席巻したバンドだ。だけど、コイツらはそんなこと知らない。知ってるのは、「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」が初心者にでもカンタンに弾ける曲だってことぐらいだろう。

 アタシはため息をついてから、たしなめるように言ってやった。

「ニルヴァーナはUS。グランジでしょ? アタシが好きなのは、パンクとか、ポストパンクとか。そうね、アークティック・モンキーズとか。ニルヴァーナももちろん好きだけど」

「アークティック・モンキーズ?」

 クソが首を傾げたから、アタシはもう一度大きくため息をついた。


 軽音部二人とクソのような会話をしてから、アタシは逃げるように席を立った。

 教室は人気がなかった。男子は体育館に行き、女子は片隅で化粧と自撮りに夢中になってる。こういう空間、アタシはキライだ。

 でもこういう中には、一人くらいはみ出者がいる。かつてのアタシがそうであったように。ストレイ・キトゥンズがそうであったように。

 彼――泉雄貴は教室の片隅で机に突っ伏し、ノートを開いていた。地味な黒髪に、ムダにこぎれいな制服。右手にはペンを握りしめ、何かを書いてる途中みたいだった。

 彼はどのグループにも属さず、ただ黙ってそこにいるだけだった。その姿は、まるでかつてのクリスやエレン。あるいは、転校間際のアタシのようだった。

 彼のことは、まあ多少は気になっていた。でもそれは腫れ物に触るみたいなもの。ちょっと異質な雰囲気を放つ彼は、否応なしに目に飛び込んでくる。クラスの雰囲気になじまない少年。まるで昔のアタシを見てるみたいだった。

 教室を出るとき、アタシは不意に彼のノートに目を落とした。盗み見たってワケじゃないけど、たまたま目に入った。で、アタシは驚いた。

 びっちり書き込まれた英文と日本語。それはてっきり英語の授業の課題か何かだと思った。だけど、よく見れば違った。それは、オアシスの「ロックン・ロール・スター」の歌詞だったのだ。しかも、コード譜まで振ってあった。

 アタシはその瞬間、頭の中に音楽が流れ出したのを感じた。なぜかわからないけど、彼が気になった。そして、頭の奥でリアム・ギャラガーが歌い出すのを感じた。


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