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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第六章 ”ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート”
55/61

 別に学校生活が楽しくなくなったとか、バンド活動がつまらなくなったとか、そういうわけじゃない。むしろ中学生としてのアタシの日々は、日を経るごとに楽しくなっていった。だからこそ、つらかった。

 もしガンを宣告されて、余命一年ですって言われたらこんな感じなんだと思う。いまの一瞬一瞬がすごい楽しくて、いとおしいのに。なのに、いつかそれは終わってしまう。終わるのがわかるっていう、つらさ。アタシが経験しているのは、まさにそういうタイプの苦痛なんだ。


 学校が始まってから二日が経っていた。

 入学式があって、その翌々日なんて大した授業をやらない。ようやくまともな時間割にはなったんだけど、一年のおさらいとかそういうのばっかなわけ。ただでさえ退屈な授業が、もっと退屈になっていた。

 そんな退屈な昼休み、アタシは真哉と一緒に担任の先生に呼び出された。

 何の因果か、アタシと真哉のいる四組の担任は椎名先生だった。それはある意味では好都合だったし、ある意味では面倒だった。


「新入生歓迎会っすか?」

 教室のすみっこで、真哉がマヌケな声を上げた。

「そう、新入生歓迎会。来週にあるんだけどね。ほら、部活の紹介とかするやつ。去年二人も見たでしょう? 職員会議で『そういえば現代大衆音楽研究部はどうするんですか?』って聞かれてね」

 椎名先生は、ため息まじりにそう言った。

 先生はねずみ色の机に肘をついて、気だるそうにしている。部活のことって、そうとうイヤな問題らしい。先生の目はいつも以上につり上がって、それでいてはれぼったいクマがあった。

「あなたたち、どうするの? 文化祭でバンド演奏するために部活にしたってのはわかるけど。新入生の勧誘活動とかはするの?」

「それは……」

 アタシは途中まで口にして、それから先生の目を見た。

 先生の目は、まるでアタシの心の奥を見透かしているようだった。でも、先生にはわかるはずない。アタシがどういう気持ちでいるのか。どんな思いで今、バンドに向かっているのか。仲間に向かっているのかを。

「……やりません。アタシたち、そういう目的で部活にしたんじゃないんで」

「……そう言うと思ったわ。じゃあ、現代大衆音楽研究会は欠席ってことでいいわね?」

「はい、大丈夫です」

「はいはい、了解。でも、部活一覧には名前乗ってるから。もしかしたら新入生が見学にくるかもね」

 先生はそう言って、机のひきだしから書類を取り出し、サラサラとサインを書き記した。現代大衆音楽研究部・欠席って。


 ――アタシたち、そういう目的で部活にしたんじゃないんで。

 その言葉の意味は、真哉もよくわかってたと思う。でも、アタシがどういう意味でその言葉を使ったのか、本当に本当のところは、アイツもわかってないはず。だって、バラしてないんだから。

 理由その一は、じつにカンタン。現代大衆音楽研究部は世を忍ぶ仮の姿。アタシたち第二軽音部もとい真の軽音楽部は、ロックンロールの死んだこのクソッタレな学校に自分たちのやりたい音楽を見せつけること。それ以上でも、それ以下でもない。

 学校の先生とか、先輩とか後輩とか。そういう関係ができた瞬間、現代大衆音楽研究部(ストレイ・キトゥンズ)は本当の本当に『部活』っていうモノに変わってしまう。学校っていうモノに飲み込まれて、ロックンロールの魂は死んでしまう……。

 それは、真哉のお兄さんが作った軽音部が示した通りだ。アイツらは、ラッパをギターに持ち替えた吹奏楽部に成り下がった。アタシたちは、そうなりたくない。だから、これ以上『部活』ってモノに近づけたくないんだ。

 理由その二。

 これは、真哉には分かるはずがない。

 今年でこの部活を解散させる。だから、新入生を勧誘しない。

 なりゆきで消えるまえに、アタシはアタシ自身の手で、アタシが作った部活にトドメを刺す。だから、新入生なんて希望(﹅﹅)は必要ない……。


     *


 神様はイジワルで、アタシがすべてを失うって分かったとたんに、ムチじゃなくてアメをくれる。世の中そういうふうにできているみたい。

 アタシたちははじめ、名簿順で席に座ってた。南のあとは森だから、アイツはアタシの席のうしろ。窓際から二列目の、ちょうど真ん中だった。

「なんでアタシの後ろがアンタなのよ」

「同じマ行だからしょうがねえだろ」

「ムカつく」

 ちがう、本当はムカついてなんかなかった。むしろうれしかったんだ。

 授業中、プリントを回すのに振り向いたらアイツがいて、眠そうに「んっ」って受け取ったり。ツマンナイ授業の時はこっそり手紙が回ってきたり。ツンツンって急につついてきたり。給食のときは隣だったり……。アタシ、うれしかった。なんか今更になってハッキリとわかった。アタシ、コイツのことキライじゃないって。ていうか、むしろ……。

 で、それが翌週の学活の時間に席替えをしようって話になったわけ。

 アタシはそのとき、口先では「アンタと離れてせいせいするわ!」とか言ってたけど、内心は嫌がっていた。転校するまでの残り少ない時間、ホントはもっとたくさん思い出を作りたい。もっと一緒にいたい。……そう思っていた。

 でも、口に出した悪口もあながち間違ってなかった。どうせいなくなるなら、思い出が多すぎるほど、つらくなるから……。

 でもさ、やっぱり神様はイジワルなんだよ。

 席替えの方法はくじ引きだった。取り仕切ったのはクラス委員の矢島さん。――そういえば、この人とは一年かから同じクラスだ。黒板に座席表と席番号を用意して、くじ引きで当たった番号の席に行くわけ。男女で交互に引いてって、引き終わったら大移動開始。で、目が悪い人とかがチョコチョコ変わって、最終調整。それで決定ってなる。

 アタシが引いたのは六番。廊下側の一番はじっこの席だった。ちなみに隣の席は清水君って男の子で、背の長いヒョロっとしたメガネの子だった。で、真哉はというと、隣の列の一番前。だからアタシ一安心した。これで楽しい思いをするたび、後々つらい気持ちにならずに済むって。

 でも清水くん、アタシの隣でメガネをクイクイ上げたり下げたりしてたのよ。で、首を右へひねったり、左へひねったり。そして最後には彼、手を挙げて「すいません、前の席にしてください」って言ったの。

 神様って、本当に残酷だと思う。

「じゃあ、一番前の森君。清水君とかわってくれる?」

 椎名先生が言った。先生も悪気は無かったと思う。でも、そうなっちゃったの。まるで運命。神様のイタズラ。清水君の代わりに、アイツがアタシの隣にやってきた。

「よっ、また隣だな」

 なんて言って、アタシの肩を叩く。そして席についた。

 アタシの気持ちなんて知らないクセに……。


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