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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第五章 ”ビザール・ラヴ・トライアングル”
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 誰にも言えなかったし、言うつもりも無かった。アタシが転校するかもしれないなんて……いなくなるかもしれないなんて、口が裂けても言えなかった。

 おしゃべりなアタシが沈黙を始めてから、すでに三日がたっていた。三月末日。その日は、クラス替えの発表日だった。

 一年から二年に上がるとき、アタシたちの中学はクラス替えがある。晴れて進級を認められたアタシたちは、その日のお昼前、みんなでクラス分け表を見に行った。

 学校の昇降口。そこの掲示板に名前の書かれた紙がずらーっと並んでいた。それがクラス分け表。張り出された瞬間から、待ちかまえていた生徒が列になって騒いでいた。アタシたちが着いたころには多少落ち着いていたけど、それでもうるさかった。

 ――あ、ユーコ、わたしと同じクラスだ!

 ――またお前と一緒かよ

 ――やった、西君と一緒のクラス……

 ――えー、橋下は三組なのぉ?

 なんて、いろんな声が聞こえてくる。

 アタシはそんな声を無視して、黙って奥から掲示板を見ていた。エレンや、クリス、真哉なんかも一緒。だけど、アタシが一番冷め切った目で見ていたと思う。だって、このクラスと一緒に過ごす時間なんて、もう数えるほどしかない。アタシは、もうここから消えなくちゃいけないんだから。そんなもの、見てもしょうがないって思ってた。

「あ、わたし三組。……エレンさんと一緒……」

 ぐいと背伸びをして、クリスがようやく自分の名前を見つけたらしい。

「一緒、ですね。クリス」

 エレンがはにかんでいる。彼女も半年前と比べるとずいぶん顔が明るくなった。

 暗くなってるのは、アタシ一人きり……。

 アタシの隣では、真哉が飛んだり跳ねたりしていた。アイツの前には身長一八〇センチ近い生徒が立っていたからだ。確かバレー部の鈴木だか佐藤だかって言った。すっごい背の高い、坊主頭の男子。おかげで真哉はカンガルーみたいになっていた。

 しばらくして真哉も名前を見つけたらしい。でも、飛び跳ねすぎて息を切らしていた。

「森君と奏純ちゃんは何組……?」

 クリスが聞いたけど、アタシは黙ってた。アタシ、まだ自分が何組か分かってなかった。ていうより、どうでもいいって思ってたから。

 でも、そうもしてらんなくなった。

「四組だ」って、アイツ。ぜえぜえ息切らしながら言った。

「それでは、違うクラス、ですね?」ってエレン。

「ああ、そうだな。でも、教室近いし。それに、南も四組だぜ」

 ――は?

 そのとき、ようやくアタシは目線を上にあげた。ちょうどバレー部の彼がいなくなって、視界は開けていた。青い空の下、錆びた掲示板の外枠が鈍く光っている。掲示板には日の光が射し込み、コピー用紙に印字された黒いインクがそれを反射し、文字は金色に輝いていた。

 アタシは、たしかに見つけたんだ。四組のなかに、「みなみ」の次に「もり」って名前が並んでいるのを。名前はぜんぶ名簿順で並んでいるから、つまり四組にいるマ行はアタシと真哉だけだってこと。だから、すぐに分かった。アタシの隣が、真哉だっていうんだ。

 そのときアタシの心臓は、縛りつけられたみたいに痛んだ。ぎゅーって、ヒモか何かでしめつけられるみたいに。しかもそのヒモって、バラみたいにトゲがあるの。トゲはアタシを抱きしめて、そのたびに心臓を引き裂いていく。痛みはアタシを苦しめた。

 ――どうして? どうしてアタシは転校しなくちゃいけないのに?


 アタシは、それでも痛みを顔に出そうとしなかった。苦しんでるってバレたら、終わりだと思った。理由はわからないけど、そうしたら、アタシたちのやってきたことが……バンドが崩れ落ちそうな、そんな気がしたから。

 アタシはまばたきもせず、ただ呆然とクラス表を見ていた。だから、周りからは不審に思われてたと思う。正気を取り戻したのは、後ろにいた男子が「あの、すみません」って声をかけてきたとき。そのときになって、やっとアタシは、自分が心ここにあらずになってたことに気づいた。

 それから、いつものように家路についた。校門前でエレンと別れて、交差点でクリスと別れて、それからは真哉と二人きり。

 アイツとの帰り道は、いつも音楽とともにあった。アイツが口笛吹いて、アタシがエアギターして。冗談混じりの帰り道。そうじゃない時は、いつもアタシが落ち込んでいるときだった。だからアタシは、精一杯の空元気を出すことにした。コイツにだけは、アタシが落ち込んでるって知られたくなかったから。……転校するって、バンドからいなくなるかもしれないって、知られたくなかったから……。

 でも、真哉って妙にカンが鋭いのよね。別れ際の私道で、アイツはおもむろに口を開いた。

「おまえさ、今日顔色わりィけど、どうかしたのかよ?」

「別になにもないけど……そんなに顔色悪い?」

 言って、アタシは必死に笑顔になってみせた。ひきつった、気持ちの悪い笑顔だったと思う。

「ああ。なんつーか、ゲッソリって感じだぜ。前にも言ったけどよ、てめぇが暗いと、バンド全体が暗くなるんだ。頼むぜ」

「わかってるわよ。……別に、落ち込んでなんかないし」

「落ち込んでもねえやつが、掲示板の前でぼーっと五分も突っ立ってるかよ」

「五分もぼーっとしてなかったし」

「いいや、してた。……なあ、南。せっかく同じクラスになったんだし、それにオレたちは同じバンドの仲間だろ? てめぇがオレたち巻き込んだんだぜ。内緒話はナシだぞ」

「わかってる。……何も隠してない。安心して」

「そうかい。じゃーな、また学校で」

「うん」

 そう言って、真哉は道をそれて、アパートのほうに向かっていった。

 アタシは、そんなアイツの背中を目で追い続けていた。だって、言えるわけないじゃん。アンタのこと、キライじゃないとか。でも、転校しなくちゃいけない。離れ離れになんなきゃいけないだとか……そんなこと、言えるわけないじゃん。


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