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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第五章 ”ビザール・ラヴ・トライアングル”
53/61

 火曜日の勉強会。それは勉強会っていうよりは、いわゆるところの女子会っていうやつだった。

 アタシたちはクリスの家の地下室に集まって勉強会を開いたんだけど、勉強してたのはアタシだけだった。頭のいいクリス様と、帰国子女でハーフのエレンにかかれば、春休み帳なんてどうってことなかったらしい。一ページも終わってなかったのは、なんとアタシ一人だけだった。アタシはエレンとクリスの答案を見ながら、それをコピー。で、どうしてもわかんない問題があったら、二人を呼んで解説してもらう。勉強会っていっても、そんなもんだった。アタシだけがヒーコラ勉強してる。

 じゃあ、そのあいだ二人はなにしてるかって? 二人はアタシの隣でピアノを弾いていた。正確にはエレクトーンかな?

 クリスんちの地下室は、防音室になっている。ホームシアター兼ギターの練習室という豪勢な部屋だ。そんな室内には、クリスのエレクトーンもあった。小学生までクリスはピアノを習ってたから。自宅での練習用に買ってもらったものらしい。

「そうそう、それからこっちを……」

「こう、ですか……?」

 と、エレンの手をとって、クリスがピアノを教えている。弾いているのは、ジョイ・ディヴィジョンの「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」だった。アレって、ギターとドラム、ベースだけじゃなくてシンセサイザーが入ってるのね。それを再現するにあたって、このエレクトーン使えるんじゃないの? って、そういう話になっていた。

 ……って、その話はヒジョーに魅力的ではあるんだけどさ。

「なんでアタシが勉強してる横で、演奏するのよ」

 うらやましいったらありゃしないじゃない。

 アタシだって、今日は遊べるんだと思って、自分のギターを持ってきた。でも、この有様だ。鉛筆持って、机に向かっている。それもアタシだけ。

 ワンフレーズ弾き終えたところで、クリスが顔を上げた。

「……だって、奏純ちゃん、春休みはもう数日しかないんだよ……?」

「そうよ。だから、練習しないでどうするんのよ!」

「それよりも課題帳終わらせないと……先生に怒られちゃうよ」

 ごもっとも。まったくもってそのとーりでございます。

 でも、アタシはうなずけなかった。なんか、うなずいたら負けな気がした。

 アタシだって、ちょっとは宿題に手を着けようとは思った。でも、あんなことがあったら、宿題やる気もなくしちゃうってば……。


     *


 コード・レッドでの卒業生のライブを見たあとだ。家に帰ってきたアタシを出迎えたのは、転校の話だった。

「……転校って、どういうこと……?」

「そのままの意味だ。実はこのあいだ上司に呼び出されてな。長野の営業所に行ってほしいと言われたんだ。……いちおう俺も反対したんだけどな。子供もいるし、まだ中学生になったばかりなんだって。俺はよくても、娘がかわいそうだって。まあ最悪、単身赴任でもいいと思った。でも、母さんが心配だって言ってな。ほら、父さん、料理も洗濯もできないからさ……。だから、もし異動することになったら、家族全員で引っ越すことになる。このアパートを出てくことになる」

「……いつ?」

「わからない。娘の都合を考えて、せめて三年になってからにしてくれないかとは言ったんだ。おまえだって、中学の友達と離ればなれになりたくないだろう? ……でも、その意見が通るかはわからない。いつごろになるかは、もう少し経ってから決まるそうだ。でも、会社としてはできるだけ早くしてほしいと言っている」

「……そうなったら、アタシ長野の中学にいくわけ?」

 お父さんは黙って首を縦に振った。

 アタシは、そんなお父さんを見て、なんかよく分からない気分になった。アタシのために、お父さんは会社に言ったはずなんだ。「転勤はやめてくれ」って。なのに今のお父さんは、申し訳なさそうに娘に向かって頭下げて、髪をなでている。一言で言えば、マヌケだった。

 アタシは自分でも、どんな気分かわからなかった。転校という言葉に何を感じているのか、混乱してわからなかった。何を感じてるの? 怒り? 悲しみ? わかんない。……でもアタシ、なんで泣いてるわけ?

「奏純、おまえの気持ちは父さんにもわかる。だから――」

「わかるわけない!」

 アタシはそう叫ぶと、リビングを出て自分の部屋に向かった。

 扉を強引に閉めると、アタシはコンポの電源を入れた。そして、再生ボタンを押した。入っていたのは、お兄ちゃんが残していったアークティック・モンキーズだった。

 アタシは音量をマックスにあげると、ベッドに突っ伏した。何の音も聞きたくなかった。聞こえてくるのは、ロックンロールだけで良かった。

 ――転校って……。転校したら、ストレイ・キトゥンズはどうなるの?

 解散するに決まってる。これ以上は続けられるはずがない。


     *


 ジョイ・ディヴィジョンは、イアン・カーティスの自殺とともに解散した。

 ニルヴァーナも、カート・コバーンが自殺して、解散した。

 そうだ。アタシの好きなバンドって、もれなくフロントマンが消えて、解散してる。アタシもなんとなく気づいてた。なんか、そういうジンクスでもあるんじゃないかって。でも、まさかこうなるとは思ってなかった。自分がそうなるなんて。

 アタシが転校していなくなったら、残ったみんなはバンドを続ける? ニューオーダーみたいに。彼らは、イアンとの友情のために名前を変えて、バンドを続けた。そして成功した。だけど……アタシたちはどうなるの? アタシたちのバンドは、文化祭に出たら終わり? いや、文化祭に出れないまま終わりになるかもしれないワケ?


「奏純ちゃん、手が止まってるよ……」

 クリスにそう言われて、アタシはハッと目が覚めた。それまでは、夢でも見ているような気分だった。

 ――むしろ夢だったら、よかったのに。

 すべて現実だ。アタシはギターと課題帳を持ってクリスの家に来たし、エレンとクリスはエレクトーンの前にいて、「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」を弾いている。

 ――ぜんぶ、夢じゃなかった。

 日曜日にコード・レッドの演奏を見に行って、その帰りに勉強会の約束をして。家に帰ったら、アタシは転校を告げられた。みんなの前から消えろって、そう言われたんだ。

 アタシは黙っていた。黙って、それから少し考えて、いつものアタシを取り戻した。

「ごめん、ぼーっとしてた。この問題わからなくってさ」

「それは……えーっと、これを代入してね……」

 クリスがアタシの筆箱からシャーペンを取って、代わりに数式を書いていく。アタシはその光景を黙って見つめていた。

 ――アタシは、ここから消えなくちゃいけない。……そんなこと、みんなに面と向かって言えるわけないじゃない。


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