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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第四章 ”スメルズ・ライク・ティーン・スピリット”
39/61

10

「お邪魔します……」

 って、アタシは玄関に散らかった靴を避けながら、森家に失礼した。アイツの家は大森荘ってボロいアパートなんだけど、入るのはこれが初めてだった。玄関前までなら来たことはあったけど。

 ――もっと言えば、男子の家に上がるのはこれが初めて。

 家の中はすごく静かで、時計の音がうるさいぐらいだった。アタシたちが廊下を通り過ぎたときは、ちょうど十二時半ぐらいだった。

 アイツはリビング……というよりは、居間? に入って、冷蔵庫から麦茶のポットを取り出した。それからテキトーにコップを二つみつくろって、注いでくれた。一つはアタシのぶんらしい。無言で「んっ!」って差し出した。

「ありがとう……」

 落ち込んで乾いた喉に冷たい一杯。暑い日の麦茶って、妙においしいよね。ウチの麦茶とさして変わらないはずなのに、なぜかスッゴくおいしく思えた。

「で、なによ。わざわざ」

「ドラムだよ」

「ドラム?」

「そうだ。オレの電子ドラム、ゲリラライブで使うって言うならさ。使えるかどうか、いちおうおまえの目で確認しておくべきだろ。おまえは、曲がりなりにも部長なんだしな」

「部長だけど、バンドのリーダーになったつもりはないけどね」

「実質リーダーさ、おまえは」

 真哉がそんなこと言うから、アタシはちょっと恥ずかしくなった。バンドのリーダー? まあ、言われてうれしくなくはないよね。


 男子の部屋って、相当キッタナイんだろうなって思ってた。まあ、予想通りっちゃあ予想通りでした。

 アイツの部屋は、まるで勉強した形跡がないの。机の上には漫画本とプリントの山。そのプリントも宿題とか学級通信とかじゃなくって、アタシが刷ってきたバンドスコアばっか。

 床も一面プリントの山。それもぐちゃぐちゃになった学級通信。

 唯一足の踏み場があるのは、ドラムセットの周りだけだった。丁寧に何枚も防音シートが貼ってあって、そこだけステージみたいになってた。

 真哉はベッドにカバンを投げてから、ドラムセットの前に腰をおろした。

「おまえも楽にしろよ」

 いや、そうは言うけど、座る場所もないんだけど。

「いいよ、別に。気使わなくても」

「あっそ」

 アイツは知らんぷり。

 それで、電子ドラムを起動させた。生音はちゃっちいのね。プラスチックがこすれるコツンッ! って音だけ。でも電源が入って、アンプにつなげると違った。ちゃんとドラムの音がするの。

 一度音出しをしたら、アイツはすぐに電源を落とした。まあ、近所迷惑になるし。普段やるならイヤホンつけるよね。アタシも家で練習するときは、ギターアンプにヘッドフォンぶっさしてるし。

「こんなモンだが、大丈夫か?」

「大丈夫も何も、いいじゃん。それ、ヤマハの?」

 アイツは小さくうなずいた。

「ああ。ぜんぶ兄貴のおさがりだ。やすいドラムよりは良い音すると思うぜ」

「そうね……」

 アタシは言葉に詰まった。

 ふと、不思議に思ったのだ。どうしてコイツ、アタシをわざわざ呼んだのかって。確認してもらうって……まあ、そりゃわからんでもないけどさ。でも、なんでこいつ……。

 そこまで考えていると、真哉が何か言葉をつむぎだそうとしているのが見えた。そして、アタシはようやくわかった。コイツにまた気を使われてるってことに。エレンのことから、ライブのことにアタマが行くように話を振ってきてるんだって……いまさら気づいた。アタシってバカだ。

 なんか恥ずかしくなって、アタシ黙ってた。だけど、アタシとしても譲れないところがある。

「なあ、南」

「ねえ」

 二人、同時に言葉が出た。

 アイツがアタシに譲ってくれた。

「ねえ……エレンのこと、どう思う……?」

 そう言うと、コイツったら露骨にため息をつきやがった。「せっかく気使ってやったのによ」って感じのため息だった。

「どう思うって、どういうことだよ」

「だから、アンタはどう思ったってことだよ」

「んだよ、テメェは道徳の授業でもやりてえのかよ。あんなファッキン面倒くせえのはキライだ」

「アタシだって! ……でも、なんか、エレンのされたこと見てさ、アタシなんていうか、怒りっていうか。悲しいっていうかさ。……アタシさ、小学生のころ、ちょっとイジメにあってたの。ほら、アタシ気が強いから。だから、一時期女子のグループからハブられてたことがあるの……。女子のイジメって、陰湿だからさ。アタシはどうとも思わなかったけど、でも……いまエレンが受けてるのって――」

「ホワイトのやつだって、大丈夫だって言ってたろうが」

「でも……。なんか、アタシ許せないよ。だって、同じバンドやってる仲間なんだよ。仲間が傷つけられてたら、アタシ……」

「復讐でもする気か」

 真哉は電子ドラム用のスティックを片づけた。でもドラムセットから腰はあげない。座ったまま、アタシに向かってふんぞり返ってる。

「昔、オレの親父が言ってたよ。『仏の心を持て』ってさ。赦せって。相手にするだけムダだってよ。仏教徒でもねえクセによ。ホント、アホらしいけどさ。……でも、たしかにイジメてるやつなんざ他人を傷つけることでしか満足できねえファック野郎だ。壊すことでしか感情を発散できないゴミクズさ。でもオレたちは、そいつらとは違うだろ? オレの音楽の根源は怒りさ。でも、オレは音を創ってる。傷つけるだけじゃねえ。ただ壊すバカより、創るバカのがよっぽど格上に決まってる。だから、あんなクソどもは気にするだけムダさ。歩く時、おまえはアリンコが這ってんのを気にするかよ? ……いまなら、ちったあ親父の言うこともわかる。ホワイトだって、そのへんわかってるんだよ、きっと。……バカを気にしたってムダなんさ」

「そう、かな……」

「そうだよ。……ったく、テメェがしんみりしてると、バンド全体が暗くなるんだよ。ストレイ・キトゥンズのリーダーだろうが、アホ。……なんか喰うか? 腹が減ってはなんとやらだ」

「うん、じゃあ」

「うい」

 アイツはそう言うと、ようやくドラムセットから這い出た。キッチンへ戻る。アタシも、アイツの背を追っていった。


 結局、アタシは真哉にアイスを一つもらった。一袋に二つ入ってる、飲むタイプのアイス。パキッて割って、その一つをくれた。

 それを食べたら、アタシは大人しく帰った。はやく帰んないと、いいかげん昼ご飯食べてないし。

 帰って、家について、ご飯食べて、ああ宿題やってないやって気づいたりして。そんなこんなで一日は過ぎていったけど、でもエレンのことは一日じゅう頭の片隅にあって、消えなかった。

 ……真哉は気にするなって言った。エレンは大丈夫だって言った。クリスも大丈夫だって言った。アタシは気になってしょうがないけど。でも、二人がそうしろって言うなら……。いまは、気づいてないフリをするしかないのかな……。でも、それって仏様がすることかな?


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