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夏休みまであと二日。登校日は今日と明日だけだったけど、授業があるのは今日で最後。で、やっかいなことに一番最後の授業が体育だった。それも水泳。谷本先生。
アタシはもちろん休んだ。やる気起きなかったし。谷本先生って、女子にはちょっと優しいの。男子が休ませてくれって言ったら、「ふざけんな!」って怒鳴るくせに。女子が言ったら、「お、おう。そうか……」みたいな感じ。
だけど、正直今日は休むべきじゃなかったと思う。
水泳を見学にすると、もれなく草むしりさせられる。まあ、ただボーッとしてるだけは許されないわけだ。まあ、実際のところ木陰でボンヤリ土いじりしてりゃいいんだけどさ。でも今日はちょっと違った。
気温は軽く三十度を越えて、日陰でも地面はむせかえるように熱い。しかも一番最後の授業って、昼過ぎの、一日で一番熱い時間なわけ。だから、もう最悪。照りつける太陽は、まるでアタシたちを焼き尽くそうとしてんじゃないかってぐらい。もう溶けちゃいそうだった。
プールは体育館の隣にあるんだけど、アタシとクリスが任せられたのは、その体育館とプールのあいだの草むしり。いつもは体育館の陰になって涼しいんだけど、今日の暑さにはさすがに耐えきれなかった。アタシはもうヘトヘトで、先生が見てないのをいいことに、壁によっかかったりしてた。でも、それでも暑くてたまんない。ジャージは汗で張り付いて気持ち悪いし、あおいでもあおいでも涼しくならない。もう最悪。それならプールに入ってサッパリするんだったて、いまさら後悔してた。
「あー、あつい。あつい。あつい……死ぬぅ……」
口にするともっと暑くなる、なんて言うけど。でも、言葉にしてなけりゃやってらんない。
「……奏純ちゃん、もうちょっとの辛抱だから……」
涼しい顔してそう言うのはクリス。クリスはホント、いっつも白い顔してる。いまだってそう。こんなクッソ暑いっていうのに、汗一つかかずにいるんだもん。うらやましいことこの上ない。
「アンタはいいわよねぇ、いっつも涼しそうで」
「そ、そうでもないよ……。今日、すごく暑いし……」
「だからやってらんないのよ。あー……暑い、めっちゃ暑い」
暑い、暑い、暑い。
暑すぎる……。
もうこのときは、暑さのことばっかでバンドのことなんかどっかに行ってた。昨日までクヨクヨしてたのが、バカに思えるぐらい。それぐらい暑かった。思考停止状態。もう暑すぎ。オーバーヒートって感じ。
あんまり暑いから、アタシは草むしり戦線から離脱。なんか涼しげなものがないか探すことにした。どうせ谷本先生は見に来ないし。
「あ、奏純ちゃん……草むしり、しないと……」
「どうせ谷本は来ないわよ。それより、水道かなんか探したほうがマシ。こんなんじゃ、干上がっちゃう。脱水症状にはなりたくないでしょ?」
ほんと、アタシは干上がる寸前のカエルみたいな気分だった。
あいにく体育館のまわりには何にもなかった。あるのは校庭に続くだだっ広い砂利道と、プールに続く雑木林ぐらい。ホント何にもないの。まあ田舎だし、仕方ない。
水道も見あたらないし、かといって体育館の周りから出るわけにも行かないし。仕方なく、アタシはそのへんをクリスと一緒にグルグル回ってた。
で、そしたら見つけた。
体育館の裏に、屋根と壁だけのほったて小屋みたいなのが建ってたのだ。見た目からして体育館よりも、もっとずっと古そう。もう何十年も前の建物みたい。きっと夜になんか見たら、ビビって逃げちゃうそうなほど。
小屋には、いちおうの名前がついてた。両開きのドアの上に看板みたく『器具庫』って書いてある。それだけ。もちろん、器具庫さんのおうちってわけじゃない。庫って字を見たらわかるとおり、どうやら倉庫らしかった。
「クリス、あそこ入って休もうよ。日陰だし、涼しいんじゃない」
「えっと……なにか出てきそうなんだけど……」
ごもっとも。実際、そんな感じの雰囲気。アタシも暑さでイカれてなかったら、ぜったい近寄らなかったと思う。
「いいじゃん。むしろそのほうが涼しげだし」
「えー……でも奏純ちゃん、草むしり……」
「そんなん、用務員のオジサンが機械でガーッ! ってやってくれるって。こんなん効率性もなーんにも考えてない、教師の自己満足なんだから」
「そ、そんな……」
「いいから、いこ」
アタシはそう言うと、器具庫へと駆け足。その扉に触れた。
鉄くさい青い扉は、錆びてザラザラしてた。いかにも倉庫って感じ。ずっしり重たくて、力を込めないと開けられそうにない。
「開けるよ」
「ちょ、ちょっと……」
「ほら、よいしょっ」
ズズズ……って鈍い音をさせて、器具庫の扉は開いた。そして開いたとたん、校庭のほうから風が吹いた。風は器具庫の中へ吹き込んで、そしてまた戻ってきた。ほこりっぽい、カビ臭いにおいとともに。アタシはむせかえって、ちょっとのあいだ肺が痛かった。
で、そんな苦労をして開けた器具庫のはずなんだけど……。
開けた先にあったのは、カビ臭い空間。しかも外より暑い。窓はあるんだけど、どうにも閉め切ってるみたい。長いこと換気してなかったんだと思う。あつくて、くっさい空気が立ちこめてる。鼻が曲がりそうだ。
「……ゲホッ、ゲホッ……ほら、奏純ちゃん。こんなことするから……」
クリスがアタシの後ろでせき込みながら、目をゴシゴシこすってる。きっと目にほこりでも入ったんだ。
でも、アタシはしっかりと目を見開いて、その先を見ていた。薄暗い器具庫。古ぼけたマットレスや、ライン引き。ハードルや、朝礼用の台とかが置いてある。あとは体育祭で使う大玉とか、綱とか。
一目で見てわかる。ここは、ふだんはいらないモノがぶち込んである墓場だ。その証拠に、中身のものはみんなほこりをかぶってる。使ったあとは見あたらない。はっきり言って、ここはゴミ捨て場同然。掃き溜めだ。
だけどこの時、アタシにはココが違うモノに見えていた。墓場じゃなくて、もっと魅力的な場所に……。




