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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第三章 ”ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート”
28/61

 アタシには根拠のない自信があった。きっとこのバンドはうまくいくっていう、ホントになんの理由もない自信が。

 でも、いままでだって全部そんなもんだった。第二軽音部を作ろうなんてアイディアも、第二音楽室に忍び込もうなんて考えも。不登校の森真哉をメンバーに引きずり込もうってのも。ぜんぶ、アタシの根拠のない自信から生まれたもの。二度あることは三度あるっていうし、三度あったら四度目もあるはず。このままうまく行くのが当然って気がしてた。それこそこのあいだ真哉が言ったとおり。

 ――アタシたちは、もう止まれない。

 もうバンドは動き出している。曲は始まってる。リズムが刻まれて、もうイントロまで差し掛かってるんだ。観客が目の前に居て、もう後には引けない状況。もう最後まで演奏するしかないって状況なんだ。

 だからアタシは、ギターを弾き続けた。学校が終わったらすぐに家に帰って、お兄ちゃんの残したコンポをつけて。ただひたすらにギターを弾き続けた。

 ――きっと彼女は来てくれる。だから、それまでに完璧に演奏できるようにしないと。

 その思いがアタシを突き動かした。ギターを初めてから早四ヶ月。かたくなった指先は、アタシの努力の象徴。アタシは、それを信じることにした。


 来る土曜日。アタシはギグバックのポケットにあるものを忍ばせて登校した。お兄ちゃんが残してったものの一つだ。

 朝早く、朝練の時間に第二音楽室に侵入。軽音部のロッカーに紛れてギターを隠すと、アタシは教室に向かった。正直、今日ほど楽しみな練習はなかった。

 楽しみなことがあると、それまでの時間っていうのはすごい苦痛に感じる。午前中の授業、正直ダルくて仕方なかった。だって、朝から体育なんて。信じらんない。

 この時期の体育は水泳。もちろん、アタシは出なかった。女の子の日っていえば、とりあえず欠席できるし。ところで女の子の日って、実際どんな感じなの?

 ともかく、一時間目は木陰で草むしりをさせられた。二時間目は、あつい教室の中で歴史のお勉強。三時間目、数学。最後に国語の教科書を朗読したら、ようやく終わった。まったく長い授業だった。


 いつもどおり、第二音楽室には壊れた通気口を通って入る。しゃがんで、ホフク前進。ちなみに真っ先に入るのは真哉。アイツが入っていって、内側から出入り口開ける。アタシたち、スカートだし。アイツはアタシを女として見てないだろうけど、でも、アイツの前でホフク前進なんてさすがにできないし。

 そうして入ったら、まずは窓を開けて換気。これから防音の為に閉め切らなきゃいけないんだから、とりあえずまず涼しくしておくに越したことはない。

 ギターを引っ張り出して、アンプにつなげて。一通り準備が終わると、アタシはカーテンそばの影に隠れて、窓から吹き付ける風に身を任せた。

「来るのかよ、ホントに」

 そう言ったのは真哉。ドラムセットの前に座って、今にも叩きたいって感じにウズウズしてる。コイツは怒りに任せて叩きまくるから、ほんと今すぐにだって叩きかねない。

「来るよ。ってか、アンタのときだってこんな感じだったし。ね、クリス?」

「えっ……うん……」クリスはチューニングをしながら。「奏純ちゃん、森君は必ず来るって言ってた……それで、本当に来たから……。たぶん、今度も来ると思う。ぜったい」

「マジかよ。正直、オレはあんまりウケが良さそうには見えなかったぜ」

「じゃあ、仮に彼女がこなかったらどうする?」

「ほかに誰か見つけてやるさ」

「彼女以上にアタシたちに合う人、この学校にいると思う?」

 そう言うと、真哉は黙り込んだ。

 コイツもわかってるんだ。いまアタシたち必要なのは、まさしく彼女なんだって。もう彼女以外は考えられないって。

 アタシは一息ついてから、窓を閉めた。それは練習開始の合図。アタシはストラップを肩にかけて、真っ赤なレスポールを構えた。


     *


 音がしました。

 北校舎から、飛行機みたいな音です。

 ――最後に見た飛行機は何ですか?

 ――ロンドン、ヒースローのエアバスです。

 そうです。あのジェットエンジンのような、ものすごい音がしたんです。その音は、廊下を歩くワタシを呼んでいるみたいでした。

 ワタシ、その音に導かれるようでした。

 でもその前に、ワタシ寄らなければいけない場所がありました。北校舎に向かう途中の場所、図書室です。

 土曜日の図書室、先輩がいます。今日もそうでした。先輩、ワタシが図書室に入ると、手を振ってくれました。カウンターから顔を出して。

「どう、このあいだ借りた本は? 続き借りてく?」

 先輩、やさしいです。

 でも、ワタシもうダメです。

 そのとき、図書室には、ワタシと先輩の二人だけでした。よかったです、二人だけです。誰かいたら、きっとワタシこのさき言えなかったですから。

 ワタシ、勇気を出して言いました。

「先輩、ありがとうございました」

「えっ……なにが?」

「ワタシ、先輩が言っていたワタシの居場所、見つけた気がします。先輩にとっての文芸部、見つけました。だから……スミマセン、今日は図書館にいれません」

「……そう、わかった」

「いい、ですか?」

「私が口出しすることでもないでしょ。もうすぐ私も卒業するんだしさ」

 そう言って、先輩カウンターにあるイスに座りました。机の上にあった本、手にとって読み始めます。メガネあげて、本を読みます。

「でもね、恵憐。私は、いつまでもあなたの友達だから。いつでもここにきてね。私も卒業してもこの中学に来るからさ。……一年の時は、中学校なんてなくなればいいと思ってたけど。今は恋しいんだもん。恵憐だってそう思うときが来るからさ……ね?」

「ハイ」

 ワタシ、お辞儀しました。

 先輩、笑ってくれました。ウケる、じゃなくて。笑ってくれた。ほほえんでくれました。ワタシうれしくて、その場を離れたくなかった。でも、行きたかった。

 足は動いていました。図書室を出て、北校舎。第二音楽室です。


     *


 それはアタシが音出しをしたときだった。一番最初の音、A弦の五フレット。ハンマリングオンで七フレットを叩いた。マーシャルのアンプを通して、オーバードライヴで微かに歪ませたサウンドが轟いた。そのときだった。

 ガラッ! と大きな音を立てて扉が開いた。アタシはすぐに左手で全弦ミュート。分かってたけど、音を止めた。

 もちろん来訪者は注意にきた先生とかじゃなかった。黒い肌、癖っ毛、高い背、大きな黒い瞳。彼女が――恵憐が、そこにいた。アタシは自然と笑顔になってたと思う。

「ようこそ、ホワイトさん。ここに来たってことは、そういうことだよね?」

 彼女はコクリとうなずく。それ以上は何も言わなかった。言わずとも分かった。

 アタシの根拠のない自信ってのは、あとあとからその理由が見つかっていく。いまだってそうなんだ。


 それからすぐにスピーカーにつながったマイクを用意した。アタシとクリスが両サイドに並んで、マイクが真ん中。ドラムはその後ろ。試しに声を出してみると、結構音がでかかった。これならアタシのレスポールにも負けないってぐらい。

「これで本当の本当に用意が整ったな」

 ドラムセットの前に立って、真哉はアタシたちを見回してから言った。

 ホント、本当の本当に用意が整った。バンドをする準備が。でも、アタシはもう一つやらなきゃいけないことがあった。

「ちょっと待って、一つやりたいことがあるんだけど」

「なんだよ南、これからようやく始めようってときに――」

「だからこそやりたいことがあんのよ」

 真哉の悪態を跳ね返して、アタシはいったんギターをおろす。そして教室のすみに追いやられたギグバッグに手を着けた。

 今朝、バッグのポケットにこっそり忍ばせてきたもの。それはお兄ちゃんが残していったもの。未使用品のカセットテープだ。第二音楽室には録音用のカセットデッキがあった。大した録音機じゃないけど。でも、アタシは記録したいと思ったんだ。アタシたちが、初めてCDの向こう側に近づいた瞬間。その一つを、アタシたちも再生できる形に……スピーカーの向こう側の存在にしておきたいと思った。

「カセットって……おまえ、使いかたわかるのかよ」

「コンポなら持ってる」

「それとこれは違うだろ」

「えーい、うるさい。テープをセットして、このRECってボタン押せばいいんでしょ。ほら、始めるよ」

 置いておいたアタシのレスポール。ストラップを肩にかける。テープをセットして、RECボタンに指をかけた。とたんにみんなが静かになる。

 そして、アタシはボタンを押し込んだ。プラスチックの小窓の向こうで、テープのつまみが回転を始める。

「七月六日、第二軽音部、初めてのセッション。曲は――ニューオーダー、『セレモニー』」

 アタシは真哉の顔を見た。アイツはちょっとだけうなずく素振りを見せてから、ドラムスティックを激しく叩き合わせた。

「ワン、トゥー、スリー、フォー!」

 そこへクリスのベースが入る。アタシはそこへ飛び込む。さっきやった通りに。A弦の五フレットからハンマリングオン、七フレットへ……。

 緊張と興奮で頭がどうにかなりそうだった。爆音がアンプを通して聞こえてくる。アタシが奏でてる音。そのはずなのに、なぜか自分で弾いてる気がしない。まるで別の誰かが、スピーカーの向こうで演奏しているみたいに聞こえた。……わかんないけど、なんかうまく聞こえてた。

 興奮だけが今のアタシを突き動かしてた。イントロのメインリフをかき鳴らすと、アタシはライブの時のバーナード・サムナーみたく六弦をピックスクラッチ。ジェット機が目の前を通り過ぎていくみたいな音を鳴り響かせた。

 そして……

 アタシは目を合わせた。目の前にいる、ホワイトさんに。エレンに。

 彼女は一瞬だけアタシのほうを振り向いてから、それからうなずいて、マイクに相対した。

「そういうわけで物事はワタシを悩ませましたが、彼らはすべて見つけたんです、違った物語を――《This is why events unnerve me, They find it all, a different story...》」

 爆ぜた。

 音が、アタシの目の前で。

 エレンは無我夢中で歌ってた。マイクにかじりつくように。英語の発音は完璧。歌はそこそこ。でも、それで良かった。アタシたちは、やりたいことをやってるだけ。アタシだって途中で運指はミスったし、テンポも完璧じゃなかった。真哉のドラムは馬鹿みたいにうっさいし、クリスは棒立ちで目を泳がせながら弾いてた。でも、それでよかったんだ。

 曲が終わったとき、エレンは笑顔だった。やりきったって感じで。アタシはそれで十分だった。だって、アタシも最高に楽しかったし。


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