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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第三章 ”ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート”
22/61

 みんなと一緒に授業は受けられません。ワタシは、ふつうじゃないからです。日本語がうまく読めないから。みんなと一緒じゃないから。

 一年二組の教室。その四つぐらい隣。特別教室という場所が、ワタシの教室です。そこにはワタシと先生以外誰もいません。一時間、ずっと二人きりです。机も二つだけ。ワタシのぶんと、先生のぶん。

 先生は、ワタシの机にピッタリと合わせてくれます。でなければ、ワタシがどこで困っているかわからないからです。先生、ワタシのことふつうに接してくれる。祖母と同じ。でも、そもそもこの授業がふつうじゃない。ワタシは、ふつうじゃない……。

「そう、そこはどういう意味かわかる?」

 歴史の教科書の一文を指さして、先生がワタシに聞きました。

 ワタシはじっとその文章を見ます。でも、見てもわかりません。漢字、記号にしか見えない。わからない。御成敗式目――これはどういう意味ですか?

 でも、それがわからないのはおかしいこと。見て、すぐに意味が分からないと、ふつうじゃないです。だからワタシ、じっと見つめて、わかるフリをしようとした。

 すぐに先生がため息をつきました。

「辞書、使っていいから。ちゃんと確認しながら読んでいきましょうね」

「はい……」

 声が小さくなります。恥ずかしいから。

 辞書を開いて、意味を確認。ふつうなら、こんなことしない。本を読めるのはふつう。ふつうじゃないから、ワタシはみんなと一緒になれない……。


 給食。

 机を合わせてもらえない。

 ナイショ話。

 ワタシのことをウワサしている。

 ホワイトって名前は、おかしい。

 顔が黒くて、髪がくせっ毛で。

 ――ふつうじゃない。

 ときどき、ワタシも耐えられなくなります。みんな誰もワタシに話しかけてくれない。ワタシからも話しかけられない。見えない壁があります。誰もそれを壊そうとしません。ワタシもできません。……怖いから。

 耐えられなくなると、トイレに行きます。女子トイレ。昼休み。そこだけは静かです。教室、廊下、ナイショ話……誰かがワタシのこと話している気がします。

 トイレに入ると、まず顔を洗います。石鹸で、水で。顔を流します。そして、鏡を見ます。

 黒い肌。パパのおかげ。黒いくせっ毛。ママのおかげ。こんな顔、全部流してしまえばいいのに……。

 手のひらを見ると、そこは白いです。みんなみたいに。でも、そこだけです。ワタシはみんなとは違う。

 泣きそうになって、でも、泣けなくて。そうしていると、誰かがトイレに入ってきて。ワタシは個室に逃げ込みました。鍵をかけて。便座の上にただ座りました。

「ねえねえ、週末遊び行こうよ。ほら、駅ビルにさ、新しい店ができたんだってさ」

「店って、なんの?」

「カフェ。東京のやつ。こっちには初出店なんだって」

「あー、あたし行きたい!」

 三人ぐらい入ってきました。洗面台のあたりで声が止まります。

「あ、翔子さ、アメいる?」

「なに味?」

「レモン」

「いらない」

 水の流れる音。カバンを漁る音。スプレーを吹きかける音。化粧をします……。

「そういえばさ、莉菜んとこのクラスにさ、変な名前のやついなかった?」

「変な名前?」

「ほらさ。クラス発表で名前貼り出されたとき、一人だけカタカナがあったじゃん。あれめっちゃ目立ったんだけど」

 ――ワタシだ。

「ああ、ホワイトさんのこと?」

「ホワイトっていうの? めっちゃウケるんですけど。なに、ハーフなの?」

「たぶんね。でもさ、ホワイトっていうのに黒人とのハーフなの」

「なにそれウケる」

「しかも、日本語がうまくないみたいでさ。教室にぜんぜんいないの。なんか近寄りがたい感じで。いやさ、あたしも面白い子なら仲良くしようと思ったけど。そもそも日本語も喋れないんじゃさ。ずっと黙ってるし。ってか、班の連中も机合わせようとしないの。なんか、一人だけハブられてる感じ」

「なにそれ、イジメじゃん」

「イジメじゃないっしょ。クラスに馴染めてないのは、自分の責任でしょ。黒人ならもっと面白いこと言うもんじゃないの?」

「あー、それあれっしょ。このあいだテレビで映画やってた」

「エディ・マーフィー?」

「そう、エディ・マーフィー。あれめっちゃ笑ったんだけど」

 ドアの開く音。ほかに誰かトイレに入る。

 それからすぐに彼女たちは出て行きました。

 ワタシはやるせなくて。時間をおいてから水を流して、トイレを出ました。でも、さっき聞いたことは水に流せませんでした。……この表現は正しいですか?


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