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みんなと一緒に授業は受けられません。ワタシは、ふつうじゃないからです。日本語がうまく読めないから。みんなと一緒じゃないから。
一年二組の教室。その四つぐらい隣。特別教室という場所が、ワタシの教室です。そこにはワタシと先生以外誰もいません。一時間、ずっと二人きりです。机も二つだけ。ワタシのぶんと、先生のぶん。
先生は、ワタシの机にピッタリと合わせてくれます。でなければ、ワタシがどこで困っているかわからないからです。先生、ワタシのことふつうに接してくれる。祖母と同じ。でも、そもそもこの授業がふつうじゃない。ワタシは、ふつうじゃない……。
「そう、そこはどういう意味かわかる?」
歴史の教科書の一文を指さして、先生がワタシに聞きました。
ワタシはじっとその文章を見ます。でも、見てもわかりません。漢字、記号にしか見えない。わからない。御成敗式目――これはどういう意味ですか?
でも、それがわからないのはおかしいこと。見て、すぐに意味が分からないと、ふつうじゃないです。だからワタシ、じっと見つめて、わかるフリをしようとした。
すぐに先生がため息をつきました。
「辞書、使っていいから。ちゃんと確認しながら読んでいきましょうね」
「はい……」
声が小さくなります。恥ずかしいから。
辞書を開いて、意味を確認。ふつうなら、こんなことしない。本を読めるのはふつう。ふつうじゃないから、ワタシはみんなと一緒になれない……。
給食。
机を合わせてもらえない。
ナイショ話。
ワタシのことをウワサしている。
ホワイトって名前は、おかしい。
顔が黒くて、髪がくせっ毛で。
――ふつうじゃない。
ときどき、ワタシも耐えられなくなります。みんな誰もワタシに話しかけてくれない。ワタシからも話しかけられない。見えない壁があります。誰もそれを壊そうとしません。ワタシもできません。……怖いから。
耐えられなくなると、トイレに行きます。女子トイレ。昼休み。そこだけは静かです。教室、廊下、ナイショ話……誰かがワタシのこと話している気がします。
トイレに入ると、まず顔を洗います。石鹸で、水で。顔を流します。そして、鏡を見ます。
黒い肌。パパのおかげ。黒いくせっ毛。ママのおかげ。こんな顔、全部流してしまえばいいのに……。
手のひらを見ると、そこは白いです。みんなみたいに。でも、そこだけです。ワタシはみんなとは違う。
泣きそうになって、でも、泣けなくて。そうしていると、誰かがトイレに入ってきて。ワタシは個室に逃げ込みました。鍵をかけて。便座の上にただ座りました。
「ねえねえ、週末遊び行こうよ。ほら、駅ビルにさ、新しい店ができたんだってさ」
「店って、なんの?」
「カフェ。東京のやつ。こっちには初出店なんだって」
「あー、あたし行きたい!」
三人ぐらい入ってきました。洗面台のあたりで声が止まります。
「あ、翔子さ、アメいる?」
「なに味?」
「レモン」
「いらない」
水の流れる音。カバンを漁る音。スプレーを吹きかける音。化粧をします……。
「そういえばさ、莉菜んとこのクラスにさ、変な名前のやついなかった?」
「変な名前?」
「ほらさ。クラス発表で名前貼り出されたとき、一人だけカタカナがあったじゃん。あれめっちゃ目立ったんだけど」
――ワタシだ。
「ああ、ホワイトさんのこと?」
「ホワイトっていうの? めっちゃウケるんですけど。なに、ハーフなの?」
「たぶんね。でもさ、ホワイトっていうのに黒人とのハーフなの」
「なにそれウケる」
「しかも、日本語がうまくないみたいでさ。教室にぜんぜんいないの。なんか近寄りがたい感じで。いやさ、あたしも面白い子なら仲良くしようと思ったけど。そもそも日本語も喋れないんじゃさ。ずっと黙ってるし。ってか、班の連中も机合わせようとしないの。なんか、一人だけハブられてる感じ」
「なにそれ、イジメじゃん」
「イジメじゃないっしょ。クラスに馴染めてないのは、自分の責任でしょ。黒人ならもっと面白いこと言うもんじゃないの?」
「あー、それあれっしょ。このあいだテレビで映画やってた」
「エディ・マーフィー?」
「そう、エディ・マーフィー。あれめっちゃ笑ったんだけど」
ドアの開く音。ほかに誰かトイレに入る。
それからすぐに彼女たちは出て行きました。
ワタシはやるせなくて。時間をおいてから水を流して、トイレを出ました。でも、さっき聞いたことは水に流せませんでした。……この表現は正しいですか?




