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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第三章 ”ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート”
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 最後に乗った飛行機は、アレです。

 ロンドン・ヒースロー、成田空港行き。今でも覚えてます。最後に乗った飛行機ですから。

 パパがワタシの手を引いて、ママがみんなのチケットを持ってて。日本まで、一日中飛行機のなかでした。エコノミー・クラス・シンドローム、何度も注意された。ワタシはワクワクで、ぜんぜん気にしていなかったんですが。ワタシは機内で、ずっと映画を見ていました。何の映画かは、もう覚えていません。何年も前、小学生の時。

 それが、最後に乗った飛行機。

 アレに乗った時は、まだ楽しいことが待っていると考えていました。ワタシ。

 でも、現実ってそういうものじゃないんですね。


 学校。

 先生以外、誰とも話さなかった。きっとみんな、ワタシは日本語しゃべれないと思ってる。半分正解。そんなにうまくない。それに、しゃべれるけど、書けない。読めない。だから、授業も一緒じゃない。辞書片手、特別な先生と二人だけ。教室にはほかに誰もいない。

 給食の時間になって、教室に戻ってきても同じことです。みんなと、ワタシは違う。だから机は離されて、誰も話してくれません。ワタシは、みんなと違うから……。

 家に帰ると、よりそれを実感します。ワタシが今住んでいるのは、祖母の家。パパは、東京へ仕事へ。ママも一緒。パパは、元々ロンドンで楽団員をしていました。いまは日本のオーケストラにいます。ママと結婚して、日本に行くと決めたそうです。でも、ワタシはロンドンにいてほしかったと思います。

 祖母の家。玄関には、「田野」という漢字の名前。ふつうの名前。ワタシとは違う……。

 ワタシの名前。

 ホワイト恵憐(エレン)

 ホワイトなんて名前、学校じゅう探してもどこにもいません。田野なら、もう一人ぐらいきっといます。でも、ホワイトはいない。カタカナの名前は、ワタシ一人。ワタシは、みんなとは違う。ホワイトだけど、ホワイトじゃないから……。

 玄関を通って、「ただいま」って挨拶をします。祖母はいつも返してくれます。キッチンから出てきて、腰を曲げて、ゆっくり、ゆっくり。

「おかえり、恵憐ちゃん。お夕飯、もうちょっと待っててね」

 おばあちゃん。

 ワタシのこと、ちゃんと孫だと思ってくれてます。ふつうじゃないのに、ワタシのこと。ワタシ、むしろそれが怖いです。つらいです。

 祖母は背中を曲げて、キッチンに戻ります。ワタシはカバンを持って、自分の部屋に行きます。宿題。せめて、それぐらいみんなと同じぐらいできないと。日本語、読めないとふつうじゃないから。ただでさえ、ふつうじゃないんですから。


 夕飯は日本食。焼き魚、豚汁、そして白いご飯とお漬け物です。

 初めて日本に来たときは、祖母の作った料理は嫌いでした。ロンドンの料理とは、ぜんぜん違うからです。ロンドンの料理――日本の人は、フィッシュ・アンド・チップス、思い浮かべます。たしかに有名。でも、毎日は食べないです。チップス――ジャガイモはよく食べるけど。ジャケット・ポテトとか、シェパーズ・パイとか。ジャガイモと、肉と、グレイヴィーソースと……。そういう食事ばかりだったから。日本の、味噌スープとか。ヘルシーな食事は、はじめ物足りなかった。味気なかった……?

 でも、食べようとしないと、祖母は怒るから。だから、食べるようにして。いまも食べています。そういうこと。おばあちゃんのため。

 箸の使い方も教えられました。祖母は、そういうことにうるさいから。でも、そのおかげでワタシは、ふつうに近づけた。日本人なら、お箸使って日本食を食べるのがふつうだから。そうじゃないのは、おかしいから……。

 テーブルにごはん。テレビは、ニュースを流しています。NHK、このあと健康番組。祖母は毎週それを見ます。元気の秘密だそうです。

「学校はどうだったんだい、恵憐」

 祖母はいつもこう聞きます。なにがあっても。健康番組が始まる前に、一度。

 ワタシ、はじめ聞かれたとき困った。学校は楽しいですか? ……そう聞かれると、ワタシは何も答えられません。学校、ワタシ、みんなと違う。誰もワタシを受け入れてくれない。ワタシは……日本人じゃないから。

 でも、祖母はそんな言葉を期待していません。おばあちゃん、ワタシが学校での話をして笑顔になるのを期待している。だからワタシ、このときだけはウソをつきます。悪いことだって、知ってるけど。

「楽しかった」

「そう。今日は何の授業があったんだい?」

「国語と数学と、あと理科と……体育も」

「そうかい。日本語はだいぶ読めるようになったかい? お友達とは仲良くしてる?」

 うなずきます。もちろんウソだけど。

「それはよかった。今日の給食はどうだった? あ、まさかメニューかぶってないよね?」

「大丈夫。今日の給食、パンでした。パンと、トマトのスープと。それから、チキン」

「おいしかったかい?」

「はい」

 そう言って、ワタシは笑いました。

 でも、給食の味は覚えていません。給食のとき、覚えているのは空白だけ。机と机のあいだの空白。合わせてくれない、深いミゾ。そこには壁があるみたいで、みんなワタシとは話してくれない。机、はなしたまま……。気分が悪いだけで、ご飯の味は気にしていられない。いつもそうです。喉の奥、酸っぱい味がする。それだけです。

 いまのご飯もそう。

 ワタシは、祖母にウソをつくことばかり考えている。味に注意を払えません。考えごとばかり。ワタシはふつうじゃないから……ふつうにできないから……。


 ご飯食べて、お風呂に入って。寝室に戻ったとき、ワタシはいつも写真を見ます。ロンドンにいたころの写真。小学校の友達。ワタシたちが住んでいたのは、イーリング区。日本人が多くて、パパとママもそこで出会ったと言います。

 写真。日本に出かける前、アパートの前で撮った写真。パパとママがはじっこに立って。真ん中にワタシ。その左右に友達。

 みんながパーティを開いてくれた。お別れのパーティ。嬉しかった。みんな、友達だった。ワタシはふつうじゃないけど、あそこではふつうでした。肌が黒い――パパのおかげ。でも、みんな気にしてなかった。みんなもそうだったから……。

 ――でも、ここでは違う。

 ワタシの手を取るパパ。背の高い、肌の黒い、トランペット吹き。でも、ママと違ってふつうじゃない。ここでは……。

「ワタシは、ふつうじゃないから……ふつうにならなければいけません」

 言葉にして、ワタシは写真立てを倒しました。


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