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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第二章 ”アイ・ウォナ・ビー・アドアード” 
13/61

 怒りをぶちまけるには、ドラムを叩き散らすのが一番だ。隣の家のババアがワイドショーに愚痴るのが一番といっても、上の階のオヤジが女とヤるのが一番だと言っても、オレは首を横に振る自信がある。何もかもくだらねえ。怒りのままに拳を震い、それを音としてあらわしてくれるドラムが一番だ。

 息を荒くさせながら、オレは一時間以上ドラムを叩き続けた。これだけがオレを満足させてくれる。もちろん完璧に満足ってワケじゃないが、それでもオレはこれが一番だった。

 叩き散らすと疲れがどっとたまる。だから疲れるとベッドに寝転がって、目を閉じて、深呼吸する。すると体の中にあったいろんなモンが総取っ替えされるみたいで心地よかった。怒りも、喜びも、悲しみも、何もかもどこかへ消えてくみたいで。

 そしてそのうち眠気が来るのだ。オレはその瞬間が好きだった。

 ……だけど、今日は違った。なぜか体の中には指先を震わせる怒りがあって、いくら深呼吸しようとも、目を閉じようとも、どこにも行かなかった。ただ体の中に滞留して、オレのなかで衝動となってうごめいている。

 ――叩きたい。思うがままに叩きたい。

 衝動はオレを突き動かす。

 また電子ドラムの前に立って、オレは叩き散らした。でも、無駄だった。何かが足りない。何か、重要な何かが足りない……。

 オレはどうしようもない怒りに駆られて、ついにベッドに一発蹴りを入れた。ボフッ、とマヌケな音を立てて、右足に痛みだけが生じた。痛みはまた新たな怒りを生んで、オレを負のスパイラルに巻き込んだ。

 ――何が足りないんだ、クソ!

 心の中でつぶやきながら、オレはドラムスティックをへし折りたい衝動に駆られた。でも、さすがにこのときは躊躇した。それは所詮一過性の感情でしかなくて、怒りが収まれば後悔だけが残ると知っていたからだ。

 ――じゃあどうすればいい?

 自問するが、まともな答えは出そうにない。

 オレはベッドに横たわって、ふて寝しようと思った。だけどそのとき、ある考えが浮かんだのだ。

 ――音が足りない。もっと爆発的な音がほしい。生のドラムを叩きたい。


     *


 我ながらバカな考えだとは思ったさ。でも、動き出したら止まれなかった。破壊衝動はドラムを叩きたいって欲求に変換されて、いつしかオレは制服を手にしていた。

 シワクチャのワイシャツの上に学ランを羽織って、ズボンはゆるくベルトを締める。いちおう中学生っぽい格好になったら、オレはペタンコの学生カバンのなかにドラムスティックを投げ込んで、家を出た。むろんオレは鍵っ子。首からはチェーンアクセサリーのようにアパートのカギをつるしてた。

 足早に通学路を進んで、いつもなら三十分かかる道を二十分で歩ききった。着いたころには息が上がって、額にもじんわりと汗がにじんでいた。だが、オレはそんなのまったく気にせずに、校舎の中に進んでいった。めざすは北校舎三階、あのファッキン軽音部の部室だ。


 ちょうどいいと思ったのかもしれない。部長に顔を出して、ついでにあのフヌケどもにオレのドラムを叩きつけてやろう。……そう思ってた。

 でも、オレを待ってたのは意外な展開だったんだ。

 クソほど軽いカバンを振り回しながら、オレは階段を駆け上がった。授業終わりの校舎は死ぬほど静かで、聞こえてくるのは脳筋野球部の野太い「おいっちにー、さんしー」って声と、吹奏楽部の調子っぱずれの演奏……。どれもひどい音楽ばかりで、相変わらずオレはウンザリしかけていた。それで、三階につく頃にはもっとウンザリしてるに違いないと思ってた。あのクソ軽音部のせいでさ。

 でも、三階の踊り場に着いたとき、オレは胸の動悸が止まらなくなったんだ。はじめは走りすぎたのかと思った。でも、手の震えかたが明らかにそうじゃなかった。苦しくて震えてるんじゃない。オレの両手は、ある一定のリズムにしたがって動き出していたんだ!

 そのとき、オレはようやく気づいた。廊下の向こう、第二音楽室から聞こえてくるロックミュージック。そいつがラモーンズの「電撃バップ」だってことに。


 ――ウソだろ……?

 オレはしばらく踊り場に立ち尽くしていた。考えられないことが起きていたからだ。

 ――あのクソ軽音部がラモーンズを弾いてるだと……?

 たしかに、ラモーンズはクソが付くほどカンタンだ。あのシンプルで荒々しい曲調はまさにパンクって感じがする。でも、あのクソ軽音部が弾くはずがない。なにより顧問の馬場が許すはずがねえ。アイツはクソが付くほどのビートルマニアだからだ。それに部員の連中も、能なしのポップソング好きしかいやしねえ。おかげで下品な洒落た曲しかやらない始末だ。

 ――そんな連中が、ラモーンズなんか弾くのか?

 そんなことを考えていたら、連中は次にピストルズの「アナーキー・イン・ザ・U.K.」を弾き始めた。もうオレは自分の耳を信じられなかった。

 ピストルズといや、当時BBCから放送禁止を喰らうようなバンドだった。パンクのイメージ像を形作ったバンドとさえ言っていい。そんな連中の曲を、たとえ何十年経った今だと言っても、馬場の野郎が中学生に弾かせるか? んなことあるはずがねえ。

 ――じゃあ、いま起きているこれはなんだ?

 オレは自問し続けた。

 でも、その問いに答える前に、オレの気持ちはすでに決まってたんだ。なにか楽しそうなことが起きてるって、そう直感してたんだ。


 爆音で弾けそうな心臓の高鳴り。オレはそれを必死で押しつけながら、第二音楽室の扉を開けた。

 そのとき広がった光景を、もしかしたらオレは予見してたのかもしれない。運命だって感じてたのかもしれない。

 そこにいたのは、二人の女だ。カーテンの閉め切られた薄暗い部屋で、レスポールを構えるショートカットの女と、リッケンバッカー・ベースをさげた棒立ちの女。一人はすぐに誰だかわかった。一組の南――南奏純だ。

 オレが扉を開けたとき、連中は驚いた猫みたいに飛び上がって、弦に這わせていたピックを隠した。でもやってきたのが先公じゃないとわかると、二人は困惑しつつもどこか得心したような表情になった。

「……続けろよ」

 オレは連中の様子を一瞥してから、言った。

 音楽室にいたのは、ギタリストの南奏純と、ベーシストの女の二人。音でもわかってたが、ドラマーはどこにもいない。ドラムセットの上には空気が乗ってるきりだ。

「アンタ……たしか……」

 南がそう言いかけたが、オレは無視した。

 そしてオレは、ドラムセットを占領してたクソだめの空気を追い払った。カバンの中からスティックを引っ張り出すと、オレは南に視線を送る。

「続けろ」

 ただそれだけ。

 オレはそれだけ言って、スティック同士を叩き合わせた。ビートを刻むように、ロケットの秒読みをするように。

 二人は初めこそ困惑した様子だったが、オレがティックを叩き出すと笑いだした。そして、オレの言ったとおり続けたのだ。ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・U.K.」を。

 オレは連中の演奏に合わせて、無我夢中で叩き散らした。合ってるかどうかはわからねえ。ただ、オレの怒りが、衝動が、叩けと告げていた。今やらないと絶対に後悔するって、そう言ってたんだ。


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