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ストレイ・キトゥンズ  作者: 機乃 遙
第一章 ”ビート・サレンダー”
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 第二音楽室にはカギがかけられていた。当たり前だ。だって、月曜は部活がないのだから、誰も好き好んで部室にはやってこない。軽音部の連中も、きっと家に帰ったか、教室で駄弁ってるに違いなかった。

 アタシが第二音楽室入り口の引き戸を開けようとしたとき、クリスは深いため息をついた。

「……やっぱり教室、空いてないし……なにするつもりなの……?」

「今後、部活のない月曜と土曜は、アタシたち真の軽音部が部室をジャックするのよ」

「開けられそうにないけど……」

「そうでもないわよ」

 アタシはそう言うと、いったんギグバッグを背中からおろした。そうして学生カバンもいったん床にやると、注意深く左右を見回した。

 音楽室と階段へ続く踊り場、そして図書館へと続く廊下。いまそこには、アタシとクリス以外には誰もない――そう確信すると、アタシは腰を下ろした。

 アタシは覚えていた。教室出入り口のあいだ、足の位置にもうけられた換気用の引き戸。そのうちの一つが開くことを。オリエンテーションのとき、アタシは間違ってその引き戸を開けていた。

 ――きっとそこだけカギがバカになってるんだ。

 アタシはそう考えていたが、それは見事に当たっていた。引き戸はいともたやすく開いたのだから。

「ま、まさか奏純ちゃん……」

「そのまさかよ」

 アタシはそのままホフク前進。なんとか第二音楽室に転がり込んだ。

 誰もいない教室。グランドピアノとドラムセット、アンプだけがある。あの軽音部は、どこにもいない。ここは、アタシだけの場所なんだ。そう思うと途端に楽しくなってきた。

 それから今度は、出入り口のカギを内側から開けた。扉を開けると、その向こうで震えるクリスが待っていた。ベースを背負い、アタシが残したギグバックとカバンを持った彼女は、すこし涙目になっていた。

「か……奏純ちゃん……これって……見つかったらぜったい怒られるって……」

「大丈夫よ。アタシたち軽音部で、自主練のためにカギ借りたって言えばいいのよ。そしたら、熱心な生徒だって思われるわよ」

「でも……やっぱりこれって……」

「弾いてみたいんでしょ、それ?」

 アタシはそう言って、クリスのリッケンバッカーを指さした。

 部活の活動日すら忘れて背負ってきたんだ。クリスだって弾きたくてウズウズしているに決まってる。

「……そう、だけど……」

「なら来なさいよ。クリス、アンタはあの軽音部で先生にイチイチ教わりながらチマチマ弾くの? それともアタシと一緒にすぐにでも楽しいことする?」

「楽しいことって……?」

「合わせるのよ。すぐに、曲を」

「でも私、まだはじめたばっかで……」

「アタシの言うとおりにカンタンな曲を弾くのよ。こないだ言ってたじゃない。パンクとか、ポストパンクはスリーコードで弾けるようなカンタンなのばっかだって」

「そう、だけど……」

「演奏が上手いとか下手とかじゃない。アタシは、いまやりたいことがしたいだけ。クリスはどうするの?」

 そのとき、クリスはアタシから顔を背けて床を見続けていた。彼女の悪い癖だ。小学校低学年のときから、クリスはいつもそうだった。

 彼女はいつも自分のやりたいことができない。言いたいことが言えない。親の顔色をうかがい、先生の顔色をうかがい、クラスメートの顔色をうかがい……結局自分の意見は言えずじまい。

 アタシは、そんなことを考えるのはバカだと思う人間だ。クリスとは正反対。でも――だからアタシは、教室のかたすみで読書をしていた彼女に話しかけた。すぐに親友になった。クリスはあのときも、言葉にこそしなかったが友達が欲しかったのだ。誰か、一緒に時間を過ごしてくれる友達を。

 そしていまだってそうだ。

「どうするの?」

 アタシは念押しするようにもう一度言った。

 そして、ようやく彼女は顔を上げたのだ。

 クリスはそれから何も言わなかった。もともと無口な彼女だし、アタシは気にもしなかった。ただ彼女は、アタシのギターと彼女のベースとを持って音楽室に入ってきた。

「第二軽音部……作るんだね……?」

「メンバーが集まったら、すぐにでも。どんな弱小部でも、さいあく部活申請できなくてもいい。でもアタシは、あの軽音部に入るよりこっちのマシだと思ったから」

「なんか……奏純ちゃんらしいね」

 クリスは言って、ギターケースをアタシに手渡した。アタシはせっせとケースを開くと、早速ストラップを肩にかけてギターを構えた。シールドをポケットから出して、その先を音楽室にあるアンプへ。電源を入れると、ピックアップがノイズを拾いあげた。

「アタシらしいって?」

「気に入らないなら、自分でやっちゃおうってとこ……小学校のときもそうだった」

「そうだっけ?」

「ほら、たとえば修学旅行のときとか」

「修学旅行のとき?」

 アタシは口にしてから、しばらく思い出そうとつとめた。でも、何にも浮かばない。しばらくして思い出すのが無理だと気づいて、アタシはギブアップと言わんばかりに弦を弾いた。ミュートした弦のマヌケな音が部屋中に轟いた。

「ほら……クラス別自由行動で、私たちのクラスではどこ見て回ろうかって話になったとき……。みんなさ、いろいろ言って収拾つかなくなったときがあったでしょ。学級委員長もどうにもできなくって……。そんなとき、奏純ちゃんが手を挙げて言ったの。『アタシは花やしきに行きたい。文句があるなら、行きたい場所ごとに班に分かれればいい。それじゃダメなの? ダメでもアタシは行くけど』って。そしたら先生すごい難しい顔して、結局奏純ちゃんの意見が通ったの。……覚えてない?」

「そういやそんなこともあったっけ?」

「あったよ。……あのときみたいだなって、私思ったよ」

「確かに。あの軽音部がイヤなら、アタシはわかれるに決まってる。それで自分を押し殺すなんてバカらしいもん」

「……私には、それができないから」

「でもアタシにはできる。それにアタシのできないことが、クリスにもできる」

 そう言って、アタシは彼女のかかげたベースを指さした。。

 思った以上に立派なベースギターだった。真っ黒いリッケンバッカー、四本の弦がキラキラ光ってる。

「あの曲、弾ける?」

「どの曲?」

「決まってるでしょ。ニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」よ。できる?」

 彼女はコクリとうなずく。アタシは、それがたまらなく嬉しかった。

「じゃあ、早速あわせようよ。先生にバレて、怒られる前にさ」

 ピックを構える。アタシは何度も練習した運指を思いだし、足でリズムを刻んだ。まだドラムもボーカルもいないけど、部員も二人だけだけど。アタシたちはここから始めるんだ。


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