have you ever〜9
改めて街に出た俺は、雪に案内されつつ散策を楽しんだ。
「こんなのは小学校の遠足以来な気がするよ」
「そうなのですか?私はこちら来る前からよく出歩いていたので……」
「へぇ……雪さんって良家のお嬢様みたいな雰囲気なのに活発だったんですね」
「ふふふ……主に交流の為、でしたので活発とは言いづらいです」
雑談を交えつつ街中を歩く。
荒れ果てた土地の活気があるとは言いづらい風景なこの街だが、まるでデートの如く優雅な雰囲気を醸し出せるのは雪の持つ独特な雰囲気のお陰だろうか。
そんな事を考えつつ表通りから外れ裏路地へと入ろうとした時、ふと雪の足が止まった。
「カイト様。この先は少々荒っぽい輩が多いのでお気をつけを」
「え……ああ。了解です」
雪の目付きが鋭くなる。先程ミーヤを圧倒した時の眼差しである。
その凍てつく目付きに寒気を感じつつ、俺はもしもの時の為に腰元のホルスターへと手をかける。
「良いです?ここは日本じゃありませんからハジキを持った相手に対し発砲の意思があるかどうかの確認を行う前に自分も抜いてくださいね?
さもなくば遺体のまま国へと帰ることになりますよ」
「……分かったが使ったことがない。撃てるかは聞かないで欲しい」
「それは……確かに初めての射撃程怖い時はありません。……しかし、その点は安心していいと思います。何故なら、打てなきゃ死ぬだけですから」
雪の声が低く響く。その這いずる様な声色に俺の体は硬直してしまい、安心できる味方である筈の雪の顔が見れなかった。
「……それではこの先の用事を済ませに行きますよ。カイト様、くれぐれも離れ離れにならない様……」
意味を含んだ言葉を残しつつ先へと進む雪。その後ろに着いて行く形で裏路地へと入った俺は、建物の影となっている地を踏んだ瞬間思わずたじろいでしまう。
(な、なんだこの感覚は……?!この先に進むなと体が警告している様な……嫌な感じしかしないぞ……っ!)
「……わかりましたか?この先の世界がどの様なものか……」
蹈鞴を踏み陽の光が射す表通りへと戻ってしまった俺の方を向く事なく雪が声をかけるも、全身から溢れる悪寒が止まらない俺は滴り落ちる汗の数すら忘れ裏路地を見つめる。
「はは……なんて気味の悪い……正直、甘く見てたよ……」
「ですが立ち止まっている暇などありません。カイト様も既にこちらの世界の人間ですから。行きましょう」
暗闇の中に姿を消さんとする雪を慌てて追いかける。恐怖よりも今彼女を見失えば2度とこの先に進めないと思ったからである。
再び踏み入れた裏路地は、ぞくりとする寒気と常に見られている様な感覚に襲われた。
「待ちな。雪さん。後ろの奴は見たことねぇっすよ」
その正体は思いの外早く現れた。左右の建物の影から現れた2人の男は、俺の方を見ながら雪に話しかける。
「新顔ですわ。仲良くして下さいね」
「その根拠が欲しいっすね。何分この先の住人は疑り深い」
「根拠など提示する必要がありまして?私がガルダ様の代わりに紹介していますのに」
「幾ら雪さんでもそれは許し難いですぜ。今まで通してきた奴らに示しがつかんでしょうよ」
日常会話を楽しむが如く柔らかなキャッチボールを行っているが、何時でも腰の拳銃を取り出せる様構えてる2人とその2人を目で止めている雪の睨み合いが始まっていた。
「根拠や証拠が無いなら通す事が出来ませんね……」
「私の言葉では足りないと?……困りましたわ」
雪の溜め息と共に場の空気が凍る。南米の真昼間だと言うのに肌寒く感じる程冷え切った空気は、再び吐かれた雪の溜め息によって一瞬和んだ。
「まだまだ私では信用が足りないみたいですね……はい、ガルダ様からの証書ですわ」
「いやいや、雪さんを信じてない訳じゃ無いですぜ?全く……こちとらいつ抜かれるかとヒヤヒヤしましたよ……」
「あら、私がコレを抜いたら貴方方は地面と友人になってるでは無いですか……ふふっ」
そのやり取りにあっけに取られていた俺は、思い出したか様に微笑みながら2人の間を通る雪の後ろへと駆け寄る。すると、左右の男達が通り過ぎる瞬間に声をかけてきた。
「カイトさん……でいいのかい?気をつけなよ。ここで死んだらあんたの死体を処理するのは俺らなんですぜ」
「……ええ。大丈夫です。まだ死ぬわけにはいきませんから」
「俺の経験上カタギの人間があの組織で生き残れた事はない。カイトさん、あんたがその初めてになってくれよ?」
フランクな笑みで送り出す2人は、先程迄醸し出していた殺気を完全に消し、まるで長年連れ添った友人の如く気さくな雰囲気で見送ってくれた。
「はぁ……ガルダ様に笑われますね……まだ私の言葉では説得できなかったと聞かれたら……はぁ」
「そ、そんな落ち込まないで下さい。俺の素性の問題もありますから……」
「カイト様……お心遣い感謝します。しかし、課された物をこなせなかったと知られたらー」
突然雪が言葉を切り、自身のホルスターから拳銃を抜く。その行動に驚いた俺は、思わずホルスターに手をかけ辺りを見回し始める。
「カイト様。動かないで下さい。……ホルスターに手をかけたのは良い判断ですが、辺りを見回していては素人と言っている様なものです……」
「す、すまん……ではどうすればいい?」
「そのまま銃を抜き私の背後のカバーを。……なるべく穏便に済ませる予定ですが……数が多いたのみー」
「これはこれは。組織の人間が新人とデートとは。良いご身分ですね雪嬢」
雪の言葉を遮る形で大声を上げ姿を現した大男の手には、銃の知識がない俺でも知っている有名なアサルトライフルーAK47が握られていた。