have you evar〜2
警察と覆面集団が睨み合いを続ける中、1人の老人が勇敢にもお手洗いの申し出をする。
「トイレ位我慢しろ。死ぬか漏らすかどっちが良い?」
「そ、そんな……」
「別にトイレ位構わん。事前にトビから手渡された図面を見る限り出入り口はここか裏手しかないが、裏手は職員しか知らないパスコードでロックされている。中からも外からも開けれない。つまり職員以外の出入り口はそこしかない」
「成る程、流石アニキ。そういう事だ。勝手にしろ。その代わり10分で戻らなければ老後の楽しみに終止符を打つ。いいな?」
「わ、分かりました……っ」
覆面集団からの許しを得た老人は急ぎ足で銀行内に設置されているお手洗いへと駆け込む。だが、その表情は安心よりも逃げ場の無い事による恐怖が表されており、うっすらと涙が目に浮かんでいた。
数分後。用を済ませた老人が戻って来たのを確認したデコは入り口を固める警察の動きに変化があったのか、インカムでしきりに銀行外の仲間ートビとの連絡を交わし始める。
「アニキ。恐らくMK3が飛んでくるかと」
「ほう。中身は?」
「そこまでは流石に……ただ大凡の予想は催涙かと。老人も居るからスタンは使いづらいだろう」
「だな。さて、お前ら準備しておけ。突入は近いぞ」
冷静な覆面集団は目と首だけで返事をしつつ機会を待つ。そしてじわりじわりと入り口付近に詰め寄る防弾用の盾を構えた警察の最前線。均衡が破られ様としているのは明白だった。
「そろそろだ。デコ、カベ、プラン通りに」
「了解」
「了解っす」
より一層緊張感が増す。人質として捕まっている俺の手にも汗が握られる。映画のワンシーンの様な光景が見れるのかもと何処か興奮する感覚が生まれる。
その中で遂に突入の瞬間が訪れた。一瞬の気の緩み。覆面集団の呼吸が揃い空気を取り入れた瞬間に入り口の自動ドアが開きMK3手榴弾が投げ込まれる。
投げ込まれた棒状の手榴弾からはもくもくと煙が上がり、次いで投げ込まれた同型の手榴弾からは何かしらのガスが噴出される音が聞こえる。
「チッ……催涙と煙幕だ!!デコ!!!」
「了解っす!」
覆面の上からガスマスクを装備しつつデコがこちらに近づく。その風貌に興奮以上の恐怖ご込み上げてくる。
「おいリーマン。恨むなよ?この場に居合わせたお前の運が悪い」
「へ……?ーッ?!?!?!ぁぁ……かぁぁ……ッ!!!」
目の前で立ち止まったデコは、理解の追い付かない俺の右足に銃口を向け、安全装置の外された自動拳銃の引き金を引いた。
乾いた銃声と共に放たれた9×19mmパラベラム弾は俺の右足を軽々と貫通し、床で踊る薬莢の音をかき消す程の絶叫を生み出した。
「良い声だ。デコ、そいつを連れて交戦だ!」
「了解!おら歩け!!」
「ぐぁぁ……っ!……ぁ……ぁぁあ……っ」
右足に響く痛みを越えた熱さにのたうち回りながら俺はデコに引き摺られ覆面集団のいる受付内へと連れていかれる。
俺への銃撃を皮切りに警察と銃撃戦を始めていた他の覆面集団は、防弾用の盾を構えた警察が前線を上げない様に牽制を続ける。
対して警察側は応戦しつつ前線をじわりと上げ、入り口の扉より内側に展開していた。
このままいけば人質は解放されるだろう。そんな期待を込めて俺は、スウィングドアの隙間から警察の方へと目を配る。しかし、目に映ったのは苦戦する警察達の焦燥感が現れた表情、そして彼らの遥か後方で一度煌めいた何かの反射光だった。
「あ……あれ……は……ー」
痛みで声が掠れる。恐らくこの言葉は銃声で届いていないだろう。その証拠に隣で銃を撃っている覆面集団は、受付を弾除けに使いつつインカムマイクを2度ノックしている。恐らく外の仲間への合図だろう。
「うぐっ……?!」
「背後……?!狙撃か!!!」
その証拠に後方に居た警察の肩には軽狙撃用の弾で貫かれたであろう傷が出来ていた。
「恐らく7.62×51mmNATO弾……敵方が使っている銃などから想定するにFRF2です……っ」
「分かった。それ以上は喋らなくていい。至急山本を搬送しろ!」
狙撃された警察を庇いつつ上司であろう人物が指示を出す。しかしその判断は迂闊とも言うべきだった。
「サツの頭が割れましたぜアニキ」
「流石トビだ。奴を狙う様指示を」
「了解っす!」
再びマイクをノックしてトビへと指示を出す。このリズムはモールス信号だろうか。やけに古い手を使っている。
「敵の狙撃手はこの付近500m位に居るぞ!後方に気をつけながら突入するんだ!!」
一方警察は指揮を執る人間の怒号と共に前線を更に押し上げる。建物の中に入り遮蔽物を生み出して狙撃をさせない算段らしい。
拮抗する警察部隊と覆面集団。だが、後方に強力な狙撃手を構えた覆面集団の法外僅かに優位なのか、警察達の顔色は険しくなる一方だった。
「田沼警視!更に狙撃による犠牲者が!!」
「何っ?!……くそっ!直ぐには見つからないか……後方にも盾を回せ!!!」
「しっ、しかしそれでは進行が……」
「狙撃手が動けばこちらは全滅だ!今は足を止めてでも耐えるしかない!!!」
田沼と呼ばれた警察の頭は頭を掻きむしりながら部下に指示を出す。思った以上に苦戦を強いられているらしい。
「盾が減りましたぜアニキ」
「よし、此処までは思惑通りだ。次だ。準備は良いな?」
「勿論。こいつの出番だな!」
そう言ってカベが取り出したのはGAU-17ー主に戦闘機に搭載されている地上殲滅用のガトリング砲ーだった。通常二人がかりで運搬する位重たい物を一人で軽々と持ち上げたカベは、その銃口を警察部隊に向け引き金を引く。
「なっ……伏せろーッ!!!」
田沼の声が響く。だが、それと同時にカベの持つガトリング砲は砲身を回転させ、先程狙撃で使われた弾と同じ口径の弾丸が乱射され始める。
当然威力は半端なく、盾を破壊しては警察を薙ぎ倒し、銀行のガラスや壁は跡形も無く破壊されていった。
「ハーハッハッ!!!最高だぜ!!」
「く……狂ってやがる……っ!」
間一髪命を守った田沼が警察部隊の状況を確認しながら悪態を吐く。完全に均衡が破れた瞬間だった。
「くそ……っとりあえず人質だけでも逃すんだ……っ!」
「は、はいっ」
再装填の時間を利用し警察部隊は隅で怯える人質を何とか解放させようと動き始める。この間警察を相手して銃撃を行っているのはデコとアニキだけとなり、被害が大きいものの数が多い警察部隊は牽制射撃を繰り返しつつ何とか隅へとたどり着いた。
「人質確保!!!」
「宜しい!!そこの窓から出ろ!」
「させるかっー!!!」
勇敢な警察部隊の手によって俺以外の人質が助けられ、カベが破壊した窓から銀行を脱出していく。それを阻止すべくアニキとデコは警察めがけ発砲。しかし、所々ひび割れながらも形を残している盾により遮られ無事救出に成功した。
この時警察部隊の脳裏には犯人を無力化させ逮捕する事しか頭になかっただろう。
「流石は日本の警察部隊。人質の救出は上手いな。だがー」
「ぐぁっ……?!」
「保険をかけておけばそれは蛮行でしかないんだよ!」
「しまっ……まだ一人人質が居たのか!!!」
ここでアニキは俺を掴み上げる。その瞬間警察部隊に刹那の動揺が走った。そしてそれが命取りとなる。
「喰らえやぁぁぁぁぁ!!!」
「うがっ?!」
その隙を見逃さず装填を終えたカベがGAU-17を乱射し始める。防弾服に身を包んだ警察と言えどもこれだけ近い距離で受ければ致命傷は避けられない。舞い上がる血飛沫と断末魔、そして周囲を覆う鉄と硝煙の臭いが強くなり、最後の1発を撃ち終えた瞬間一気に静寂を生んだ。
「くそ……っ壊滅……だと……?!」
「頭が生きてるのか。しぶといヤツだ」
静寂を破ったのは自身の部下達の無残な姿を嘆く田沼の声だった。それに対し愉悦に浸るが如く声を震わせたカベが応える。
「さて、頭さんよ。命が欲しけりゃ道を開けな。背後からはウチの狙撃手が。正面は俺らが構えてるんだからよ」
「そ、狙撃手は別働隊が……」
「そんなもの近づかれる前に全て排除してるってよ。残念だったな」
「何という事だ……」
30倍近い人数を動員しての逮捕劇は、さながら歴史の教科書にあるかの如く逆転劇で幕を閉じた。
「So you said that...」
「……?」
「Such a sweet idea is impossible.
どいてなジャップ。そこに居ても弾除けにすらならねーよ」
突然声が響く。だが姿は見えない。どこにも居ない。どこから声がー
直後。
爆発音が背後から響き裏口のドアが吹き飛ぶ。その音に思わず身構える覆面集団の目に映ったのは灰色のアサルトスーツに身を包んだ謎の集団だった。
「ハロー犯罪者。GRAYERの出番だぜ」
突然現れた謎の集団。これが俺の人生を変える大きなターニングポイントだとはまだ知らず、ただただ唖然として見つめるしか出来なかった。