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ラスティスは語る。




 何故。と言われた。

 どうして。とも泣かれた。

 美しい涙だった。

 何も知らない頃だったら、その涙を見た瞬間、ご機嫌取りに走っていただろう。

 今は残念ながらというか、綺麗すぎる涙だな、と思うだけだった。


「貴女とは結婚できません」


 もう一度はっきりと口にした。

 彼女はやはり泣いて。

 俺が悪役になればいいか。とだけ考える。


「貴男のために頑張りましたのよ!?」


 うん。それは否定しない。

 命の危険は何度もあった、それでもついてきてくれた。

 頑張ってくれた。それは否定しない。

 ある意味俺のためだったと言える。


「俺は勇者だ。一応これでも、勇者だ。守る人を選ぶつもりはなかったんだ」

「ええ……。わたくし達は勇者とその仲間として、いろんな人を助けてきました」

「……それも嘘じゃないな」

「……どういう意味ですか?」

「俺を悪者にしていい。だから、俺を諦めてくれ」

「ラスティス様、どうしてですの? わたくしの何がいけないのですか?」


 ぽろぽろと涙は零れるが、綺麗な顔が崩れることはない。

 どこまでも美しい泣き姿だ。


「パドニー港町とテル村。イーア村とナナリ港町。サンラの砦とメイカ町。……他にもいろいろあるけど、分かるよね?」


 俺が上げた名前に彼女の涙が止まり、初めてその美しい泣き顔が消えたと思った。ほんの一瞬とは言え、無表情というのは、ずいぶんと冷ややかな印象を与えてくれる。

 俺が上げたのは、同時期に魔物があふれたせいで、片方は救えなかった場所だ。


「……わたくし達の体は一つですわ……。同時期に、複数の場所で魔物が現れても助けられない……。仕方が無い事ではありませんか」


 そう言って彼女はまた泣き始めた。


「そうだね。でも、今上げた場所はたぶん、全て救えたよ」

「無理ですわ。そんなの……」

「確かに全員無事は無理かもしれないけど。壊滅まではいかなかったはずだ」


 その場所にある防衛戦力を考えて動けば、どうにか出来たはずなんだ。

 パドニー港町は大きな貿易港。街を守る戦力は十分にあった。テル村に向かっていた魔物を倒してからでも、十分に間に合った。

 ナナリ港町は、魔物に襲われているという情報すら貰えなかった。

 サンラの砦とメイカ町は、どっちに戦力があったか、なんてその施設を考えれば丸わかりだ。


「そんなの現実的ではありません。いいえ、きっと失敗しましたわ」


 そう『キジョウノクウロン』ってやつだ。普通はそう考える。でも、『彼ら』の多くはやってのけた。

『彼ら』の、『効率』を考えた『ルート選択』は、俺たちからすると、とんでもない暴論ばっかりだけど……。でも……。出来ないわけじゃなかった。

 

「俺は、君たちの国の、『戦力』じゃない」


 そう告げると、彼女はやっと泣くのを止めて俺を見上げてきた。

 俺たちが通った道は、彼女の国にとっては要所ばかり。もしくは、彼女にとっては敵国の要所を無視した道。

 事前に情報を仕入れて、自国に有利になるように道を示し通ってきた。

 俺は、最後の最後までそれに気づかなかった。


 彼女は微笑む。まるで面白いことを聞いたとばかりに。

「いやですわ。そんな風に思っていません。わたくしは貴男を愛していますのよ。だから貴男と一緒に旅に出ましたのに……」

「……俺を愛してる? 本当に」

「ええ、本当にもちろんです」

「なら別に問題はないだろ?」


 ああ、俺、結構酷い男だな。

 そう自分自身にそう思う。


「君がその身分を捨てればいい。『聖女』ってみんなに呼ばれてたんだ。俺と一緒に神殿に赴き、そこで働けば良い」


 そう告げて俺は笑う。


「俺を愛してるんなら、簡単だろ?」

「……ええ、愛していますわ。でも……貴男は嘘つきです。わたくしの事なんて愛してくれてない」

「そうだね、それでいいよ。言っただろ。俺が悪者になるって」


 そっちこそ、俺の愛なんて求めてないだろうに、よく言うよ。とは思ったけどさすがに口をつぐんだ。


「さようなら」


 俺はそれを告げて、彼女の前から消え去る。

 仲間だと思ってた。いや、彼らは裏切ったわけじゃない。

 ただ、彼女達には、仲間の俺よりも守るべきものがあっただけ。ただそれだけ。

 俺がその考えに、賛同できないだけだ。

 

 転移した先は見晴らしの良い崖の上。

 仲間達と生きて帰ると、世界を平和にしてみせると誓った場所。

 世界を平和にして、またみんなでここに来ようと誓った思い出の場所。


「…………っ」


 こみ上げてくるものに歯を食いしばったが、結局は我慢しきれずに、涙がこぼれ落ちる。

 こうなるって分かってた。俺が見て見ぬふりをしていればこんな風に別れる事なんてなかった。

 何も分からないふりして、あの国の戦力に組み込まれれば、俺は仲間を失うこともなかったし、失恋をする事もなかっただろう。


 唸るような声が口から低く出る。

 泣きたくないのに、心が痛いと勝手な事をほざく。この事態を招いたのは俺自身なのに。


 なあ、姫さん。

 苦しくて、辛い時に泣く涙ってのは、そんなお綺麗じゃないんだ。

 俺たちは旅の途中で、何度も見てきたじゃん。

 泣き叫んで、泣きわめいて、醜いほど顔を歪めて、それでも足りないとばかりに涙を零してたじゃないか。

 今までの俺だったら、その綺麗な涙に騙されても良かったけど、『俺』はもう無理だよ。

 セラフィースと共に『日本』でいろいろな道筋を見た『俺』には無理だ。

 救える命が多すぎた。切り捨てた命が多すぎた。

 神様も、姫さん達もそれで良かったのかもしれないけど、勇者の俺には無理だったよ。

 みんなの希望を俺はずっと受け取ってきたんだから。




「何があったんですか?」


 俺が泣き止んで、落ち着いた頃、先に来ていた彼女が躊躇いながらも聞いてきた。

 唯一俺と同じく、国に縛られないで、世界を救いたいと思ってくれていた人物。


「何が、か……」

「ラスティスは、最近、変わった気がします。魔王を討伐した後から。大人になった?」


 首を傾げながら言ってきた言葉に俺はちょっとだけ笑った。

 さすがに日本であんだけ何度も、繰り返し、勇者としての旅をさせられたら、ね。多少は大人にもなる。


「そっちは良かったのか? 国に仕える魔法使いってのは、高給取りだろ?」

「ラスティスがいないのに行っても……。城で魔法を研究するより、ラスティスの傍で勇者の魔法を研究する方がずっとずっと良いです!」

「はは。さすが、魔法馬鹿」

「魔法使いってのは多くはそうですよ!」


 俺の言葉に、彼女は自信満々な顔を返す。ドヤ顔っていうんだっけ?


「……なぁポッド、異世界って信じる?」

「当然です。当たり前です。魔法使いで信じないバカはいないです。いたらそいつは魔法使いじゃ無いです!!」


 思ってた以上な回答に俺は苦笑した。


「魔王を倒した時、現れた女性覚えてる?」

「もちろんです! 彼女の魔法が勇者魔法かそれとも伝説の転移魔法ですか私は今、ものすっごく気になるんですよ! 勇者魔法は事前に登録した場所にしか転移出来ませんが、伝説の転移魔法はどこでも好きな場所に転移出来るといいます! 凄いです! ああぁぁ。どっちだろう! あ、もちろんラスティスの勇者魔法の転移も凄いですよ?」


 言葉を捲し立てるポッドに俺は苦笑して、頷いた。

 確かに勇者魔法は便利だが、使い勝手が悪い。

 しかも、魔王を倒した後に覚えるって……。なんて使い勝手の無い。むしろ意味が無い……。いや、勇者レベルだっけ? あれが足りなかったんだろうなって分かってるんだけど、そう思ってしまうのは仕方が無い。

 なんせ、楽なルートばっかり通ってきたからな。

 あれ、セラフィースが初めから殺される気じゃなかったら、絶対にやばかったよな……。


「彼女が使った魔法はたぶん、伝説っていってる転移魔法じゃないかな? 勇者じゃないし」

「そうですよね! そうですよね! あー、あの人にもう一度会えたら!! いろいろお話したいのに!!」

「……会えるよ」

「え?」

「会えるよ。だから、もうちょっと落ち着いて、俺の話聞いてくれる?」

「はい!」


 大きく頷いて、ポッドは俺の正面に座り真剣な目でこちらを見てくる。


「彼女はね、異世界人なんだ。俺たちは、魔王セラフィースに止めをさした。でも、俺たちの力だけでは、聖剣の力だけでは、邪神ラフィースを星神に戻す事は出来なかった。だから神々は別の方法を探した。それが異世界の神に託すことだった。セラフィースの魂と俺の魂の一部は異世界の神に渡され、俺が勇者となり、魔王を倒すという一連の流れを何度も何度も繰り返し、その数の分だけセラフィースを倒した」

「それによって、穢れを落とそうと?」


 真剣に問いかける彼女に俺は頭を横に振った。


「こちらの神々も同じ事を考えたようだけど、異世界の神は違う。異世界の神は、邪神ラフィースや救国の英雄セラフィエルの事を知って貰う事で、彼らを救う道があるのでは、と考えた。異世界人が救えるのではと、考えた。魔王セラフィースだって、元は一人の人間なんだ。その魂に邪神が封じられて、魔王となってしまった、ただの人。セラフィース……いや、セラフィエルは、世界を滅ぼす気なんてなかったし、むしろ早く死にたいって邪神の力を抑えてたって知ってた?」


 問いかけるとポッドは驚いた顔をしていた。

 そう、誰もそんな事思いもしなかった。考えてもいなかった。


「俺たちにとって魔王セラフィースはとても強い存在だったけど……。救国の英雄セラフィエルはもっと強かったよ」

「あれ以上ですか!?」

「うん。あれ以上。もっとも俺も最初は気づかなかったけどね。……でさ。異世界では俺はいろんな人と旅をしたんだ。百や二百じゃないよ? もっといっぱいだ。その人たちとの旅はたくさんの人を救った。俺たちでは救えなかった村や町を救ったこともあった。俺たちよりも、ずっとずっと多くの人を救った」

「それは仕方が無いのでは? 私たちもそれだけ人が居たら戦力を分散して戦ってたはずです」

「ああ違うよ。……一連の流れを『物語』とここではあえて言わせて貰うけど、その一つの物語の中で一緒に戦うのなんて多くて五人。だいたいは俺もあわせて五人。最小では俺と二人だけなんて事もあったよ?」

「……冗談ですよね?」

「本当。本当に強い人は本当に強かったからなぁ。あの世界は。もちろん、ポッドが見た彼女も絶対的強者だよ」

「……それはハイ。あんな魔法が使えたのならそうだと思います」


 神妙に頷くポッドに俺も頷く。


「……色んな人たちと何度も同じ物語を繰り返した。そんな中で、セラフィースも救いたいっていう人たちが出てきた。道のりは簡単じゃなかったよ。初めはたくさん居たけど、だんだんみんな諦め始めるくらい。最後の方には本当に数えるくらいしかいなかった。彼女はその最初の人間だ。魔王セラフィースを初めて本当に救った人」


 言いつつ俺の目尻に涙が浮かぶのを感じた。

 彼女の、彼らの苦悩を俺はセラフィース以上に知ってる。

 何度も彼女達と旅をした。何度も彼女達と会話をした。

 セラフィースを救う手立てを少しでも求めて。


「……良かったですね」


 ポッドの言葉に俺は曖昧な表情を見せた。


「どうだろうね……。俺は怒鳴られたけどね」

「え?」

「物語の中の俺は魔王セラフィースに憎しみも持つ男だったから、あいつを殺すことが世界を救う方法だったから、なんの迷いもなく剣を振るったよ。救いたい彼らの横で俺はしびれてほとんど動かない体で剣を突き出した。子供ですらよけられそうな一撃だ。もちろんセラフィースなら避けるどころか反撃だってたやすかっただろう。でもセラフィースはその剣をあえて受けた。自ら本当に、死を望んだ」


 何度も戦ったけど、何度も殺したけど、あの瞬間のあの感覚だけは、嫌でも心に残った。

 彼が、好きで魔王になったのではないと言っているようで。

 罪悪感すら抱きそうで。


「『ありがとう』ってセラフィースに礼を言われても、彼女にとって、彼らにとって、なんの救いも無い。俺はあの瞬間の彼女の顔は忘れられないし、怒鳴った彼らの顔も忘れられない。望んだのはこんなんじゃないってみんな言ってた」


 ポッドは何も言わなかった。何も言えないのだろう。きっとそう言われてもと思っている。魔王が憎いのは当たり前。魔王のせいで多くの人間が死んだのだから。放っておけばそれ以上に人が死んだのだろうから。


「……あの人……、確かに泣いてましたね」

「うん……。異世界のはあくまで物語。こちらの世界では現実。彼女は死んだ後、ご褒美にこちらの世界に渡ってきた。たぶん、渡ってきた瞬間が、セラフィースの死ぬ寸前のとこだったんじゃないかな」

「悲鳴もあげたくなりますね」

「ほんとだよ」


 神は実に酷い瞬間を狙うもんだと思うが、あの瞬間しかなかったのだろう事も分かってる。


「セラフィースはどうしても一度死ななくてはならなかった。魔王は居てはいけない」

「……はい」

「セラフィースは消えて、星神ラフィースは戻ってきた」

「はい。でも、そのラフィースも……深い眠りについてしまった」

「…………どうだろうなぁ」

「え?」

「星神ラフィースは確かに他の神々と比べて人と関わりを持ってた神だったけど、そこまでお人好しかなぁ、って思うんだよなぁ、俺」

「……えっと?」

「彼女、今度は学園に行くらしいよ」

「学園って、神々が作った新大陸のやつですか?」

「そう、それ。連れがいるんだって」

「連れ?」


 問い返しに俺は、やっと本当の笑みが浮かんだ。


「神殿に所属したら、いつかそこに行って文句を言いに行こうと思うんだ」

「彼女にですか?」

「まさか、そのツレにだよ。あんな方法を取るから俺は向こうでさんざんみんなに恨まれたんだぜって」


 貫いたのは俺の意思だけど。文句を言う権利はちょっとは有るんじゃないかなって思うんだ。もうちょっとマシな方法はなかったのか、って。


「成れるんなら、友達にも成りたいって思ってる」


 ここで生まれ育った俺は 彼 (セラフィエル)ほどの苦悩を味わうことはなかったけど、向こうで時を過ごした『俺』は同じかそれ以上の苦悩を味わった。

 だからきっとその権利もあると思う。


 俺は顔を上げて、景色を眺める。


「……姫さんのことも、おっさんのことも俺は好きだったよ。だから、ここでお別れだ」


 立ち上がると腰に下げたままの聖剣を抜き、大地に突き刺す。

 半身まで大地に埋まったそれは、まるでこの景色を守る要のようで、勇者ラスティスの物語は、ここで終わりだと、語っているようだった。


 



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