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セラスは沈黙する。



 俺の名前はセラス。

 もとは違う名前で呼ばれていたが生まれ変わった時に、愛しい人が呼ぶ名前に変えた。

 が、今はちょっと早まったかなと思う。

 どうせなら彼女だけがそう呼ぶようにすれば良かったかもしれない。

 ……いや、やはり別の名前だったら、彼女は落ち込むかもしれないからこれでいいか。


 俺は神の一柱である。

 元星神であり、元魔王。

 勇者ラスティスにより倒され、彼女に浄化され、彼女の願いを叶えるために生まれ変わった。

 ただの神、セラスである。役職は無い。

 なので、彼女と共に世界を旅しようとしていた。目的地を過去の俺の神殿、星神の神殿にし、のんびりと行くつもりだった。急ぐ理由なんてなかったし。

 事情が変わったのは、こちらの世界の人間に会った事だ。

 勇者が魔王を倒した。

 その事実を知って、人間たちはもちろん大喜びした。当然だ。脅威が、恐怖が無くなったのだ。

 喜ばないはずがない。喜ぶのが正しい。

 しかし、彼女だけは、俺の死を喜ぶ人間達に複雑そうにしていた。

 むしろ、ふてくされていた。不機嫌にすらなっていた。


 そんな顔をする必要はない。と告げても。彼女の表情は晴れない。

 彼女自身も分かっているのだろう。理解はできているのだろう。だが納得はできない。感情が追いつかないというやつだ。

 

 そんな顔をさせたかったわけじゃない。


 そう強く思った。だから俺は予定を変えた。

 のんびり彼女と旅をする予定だったが、俺は即座に各地の星神の神殿に行き、封印されていた肉体と力を取り戻し、そして、俺が関わり、壊した全てのモノを復活させた。

 姉や兄たちには呆れられたが、俺が関わっていない命には何もしていないので、軽く小言を言われただけで終わった。

 翌日、彼女は街の騒ぎに驚いていたが、俺がやった事を知って、屈託なく笑ってくれた。

 見たかった笑顔が見られたので、俺としてはそれだけで十分だった。


 さて。世間では星神は力を使いすぎて眠っているという事になっているが、人間を生き返らせたくらいで、俺が力を使い果たすわけがない。

 あれはただ、不満を持つ人間を黙らせるための方便だろう。俺は別段文句をいう気もない。

 それに全てウソというわけでもない。

 俺はもう星神ではないから、もはや二度と人間の前に星神が出てくることはないし、使い果たしてはいないが、力を分けて、彼女の守りとしてこっそりと埋め込んだので、俺の今の力は半分となっている。

 そんなことしなくてもこの世界で彼女に害をなす存在がいるとは思えないが。

 ただの自己満足だ。

 後悔もしてないし、今後取る気もない。

 むしろ彼女の魂に馴染んで一つになればいいと思っている。


 その時は彼女は人ではなくなっているだろうが。


 それを彼女に伝える気はない。

 彼女がそれを自覚し、もしそれで壊れてしまうのなら、ともに逝こうと思う。

 だから俺はもう何かを司る気もない。

 彼女と共に生き、彼女と共に死ぬ。彼女のためだけの神だ。



 

「重いわね。どっちの性格なのかしら?」


 姉の言葉に俺はしばし悩む。 


「『どっちも』ではないか?」

「あら、やだ。本当に重いわ。彼女も大変ね」


 姉は苦笑し、運命を眺める。

 彼女の運命が見れなくなったと慌ててやってきた姉は、彼女の事を気にかけてくれているのだろう。

 ここに来て数日で彼女が死んだなんてなったら、俺を助けるために力を貸した向こうの神に申し訳が立たないので、それも当然か。


「……彼女が関わるところはいろいろ運命が変わりそうねぇ……」


 そうだろうな。彼女はこの世界のすべての神の加護を最大限に受けている。

 目の前にいる運命の女神の加護ももちろん持っている。

 火の女神の加護を持つものが火に焼かれて死ぬことが無い様に、彼女は運命に巻き込まれて死ぬことはない。むしろ、その運命を持つものにまで影響が出て、その運命を壊す、変えてしまう、という事が起こるだろう。


 例えば、勇者ラスティスのように。


「結局ラスティスはそっちの神殿に?」

「ええ。そうね、あの子も彼女のせいで運命が変わったといえば変わったわね。本来であれば、勇者一行にいた王女と結ばれるはずだったし」


 ラスティスは権力争いに巻き込まれるのを嫌がり神殿付きの騎士になった。

 そのきっかけも彼女の一言だった。俺のようになるなという忠告だ。

 昔の俺は、俺自身はよく分かっていなかったが、国防という意味ではとても強力なカードだったはずだ。他国に恐れられるくらいには。

 ラスティスも王女と結ばれていたら、知らずにそんな扱いを受けていたのだろう。

 本人がそれを分かっていて、望んでそうならいいのだがな。

 お飾りの英雄なんて面倒なだけだ。


「そうだ。新しい大陸の話は聞いていて?」

「ああ。聞いている。あれはもしかして、日本人用の大陸か?」

「ええそうよ。どこかの国に分散して住まわせるよりも彼らように作ったほうがいいんじゃないかなって思って。環境がいきなり変わるわけだし、一カ所に集めてた方がいいでしょうって思ってね」

「……その方がいいだろうな」

「で、下の子達が入ってくるまで土地を遊ばせるのもなんだからって日本のものを真似していろいろ作ったみたいで、その中に学園もあるのね」

「学園? 日本の?」

「そうみたい。よく分からないけど、せっかくだから才能のある子を集めて勉強させましょうって事になって」


 二つの封筒が出現し手元に滑り落ちてくる。


「貴方と、彼女の分の入学通知よ」

「……勝手なことを」

「いいじゃない。世界を旅するのも面白いだろうけど、彼女こっちの世界の知識は全然ないんでしょ?」

「…………」


 俺が教えてもいいのだが、魔王だった頃の情報は全然分からないからな。


「分かった」

「ふふ。受け取ってくれてありがとう。何かあったら対応よろしく!」

「…………」


 それが一番の理由か。と思ったが、フリーなのは俺だけだし、あの大陸が日本人用というのなら、確かに俺が調整すべきだろうと頷く。

 やったね。と姉は笑って、その後も軽く話はしたが、夜明けが近くなって去っていく。

 ダイニングで一人になった俺は、彼女のための朝食に何を作ろうかとぼんやりと考え始めた。



 朝食を終えて、片付けを終えて隣に座った彼女に、預かっていた手紙を差し出す。


「運命神からだ。なんでも学校を作ったから通えとの事だ」

「へ? 学校」


 封筒を受け取り中身を確認する。


「この世界の事を学べという事らしいぞ」

「あー……そうねえ……。セラスは一緒に通えるんだよね?」

「ああ」


 俺はもう一つの封筒を見せると彼女はほっとした表情を見せる。


「なら楽しみだね」


 そう言って笑う彼女の頭を撫でて少し抱き寄せる。


「これって日本の学校でいうとどの辺りなのかな? 小中高? それとも大学?」

「さあ。詳しく聞いてないが」

「……高ならまだいいけど、小中だと、精神的につらいかも……」

「そうか?」

「セラスだって、周りが小さい子ばっかりだと嫌じゃ無い?」

「別に嫌ではないが。それに合わせようと思ったら合わせられるぞ?」

「え?」

「見た目年齢ぐらいすぐに変えられる」


 言いつつ見た目を十代前半に変えると、彼女は驚いて、それからずるいと言った。


「ずるい! でもかわいい! でもずるい!」


 俺を抱きしめて、かわいいを連発してくる。美人とかかわいいとかあまり嬉しくないぞ。と言っても絶対に通じないと思うから言わないが。

 俺はもはやどうでもいいという気分で抱き返しながら彼女の中に眠る力を見る。

 くっついてるけど、すぐにでもぺりっとはがれるだろうそれ。

 

 ああ。早く一つになればいいのに。

 早く混じり合えばいいのに……。

 この身を突き動かすのは、激しい炎なのか、それともドロリとした何かなのか。

 わき起こる感情が彼女だけに向いているというのだけは分かるのに、この気持ちを言葉にするのは難しい。


「水月。ずっと俺の傍にいてくれるか?」

「もちろん! ずっと傍にいるよ」


 そう言ってくれる彼女に俺はキスをする。見ると彼女は驚いていて、俺はその驚きに疑問を持つ。

 いまさらキスくらいでなぜ驚かれるのだろうと。


「セラスがちっちゃいからなんか、背徳感が……」


 ああ、そういえば、外見変えてたな。

 なるほど。なるほど。なかなかに面白い反応だな。


「はっ! セラス、なんかスイッチはいった!?」

「まさか。久しぶりにどことなく焦るお前が面白いなって思っただけだぞ」

「とかいいつつ、なんで迫ってくるのかなぁ~!?」


 なんてやりとりをしながら。

 彼女との二人っきりの時間を惜しむような気持ちで過ごす。

 学園に行くという事は二人っきりという時間が少なくなるから。


 俺の感情は好きというに重く、愛と言うにはドロリとしていて、手放せないという思いが気を流行らせる。

 何も言わずお前を作り替えようとする俺のこの行為は裏切りなのかもしれない。

 けして誠実だとは言えないだろう。

 でも、恨まれても、憎まれても、失いたくない。

 生きるのも死ぬのも共にありたい。

 もはや分離することも叶わぬその時を、俺は、魂のそこから心待ちにしている。

 俺はその裏切りを黙して語らない。手遅れになるその時まで。


 




ブクマありがとうございます。

次は小夏かなぁ。

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