18・PM、内輪もめに巻き込まれる
「ようこそ喫茶店アースへ、とりあえず人数が多いから適当に見繕ってきたわ。適当に摘まんでいって下さいな。」
桃花と趙天がサンドイッチの詰め合わせが乗ったお皿を持ってテーブルへ置いていく。
その様子を見たカミュは仕切りに感心している。
「竜族だけでなく妖精族の方まで味方につけられておいでとは、やはり美の象徴となる種族だ…お美しい、よろしければお名前をお聞かせ願えないでしょうか。」
「私の名前は桃花よ、そして知也の妻よ。」
「妖精族の方と婚儀まで交わされているとは、妖精国を挙げての式だったでしょう。」
「残念ながら私はハグレ者なのよ。この羽根のおかげでね。」
妖精ではないと言うのが面倒臭いらしい。まぁ納得してるようだからまぁいいかぁ。
女性に声をかけるプロセスに淀みがない辺り見ると日常茶飯事のようだな、妙にキザったらしいセリフもカミュが言うと嫌な感じがしないから不思議だ。
「早速ナンパですか、騎士団長様?だめですわよ、人妻にお手を出しては。」
「趙天殿…?なぜあなたがここに?」
「御機嫌よう騎士団長様、何故と申されましても転職…でしょうか?」
俺に聞かれても知らん。俺もまさか顔見知りだとは思わなかったな。
「王室のメイド長からも一目置かれ、王にも懇意にされているあなたがまさかここで働いているとは思いませんでしたよ。」
「諸般の事情があってここで働く事になりました。王宮へは退職願いを提出しメイド長からも快く受理されておりますので問題ございませんよ。」
あれ?もしかして王様が来たのって、趙天の様子を見に来たのかな?
「どうやらそのようですね…本当にお騒がせして申し訳ございません。」
「いや、こっちこそ急な引き抜き?をしてすまん。」
お互いの不甲斐無さに謝っていると、桃花が食事を促してくる。
「うちの料理は覚めても美味しいけど、温かいほうがもっと美味しいんだからね、ほらほらさっさと食べる食べる。」
「ははは、中々豪気な奥様でらっしゃいますね。」
「ああ、頼もしいだろう。妻はやらんぞ?」
「さすがにすいません、まだやりたい事がありますので命を懸けるわけにはいきませんよ。」
やる事無かったら懸ける気か、いや社交辞令として受け取っておこう。
そうこうしていると、テーブルのこちらから見て奥の方から歓声が上がる。
どうやら本国の騎士様達も料理をお気に召して頂いたようだ。
料理を口に含み喜んでいる様子を見ていると思うのは、やはりこの美味しさを共感できるのは嬉しいって事だ。
あっという間に料理が少なくなってくると雰囲気がピリピリしたものに変わる。
おい、さっきまでの和やかな雰囲気はどこへ行った。
「団長!早く食べないと無くなりますよ!みんなこれまでにないくらい殺気立ってます!」
「…本当に不思議なお店ですよ。こちらに来てまだ数時間です、ここまで虜にされたのは初めてですよ。部下達の緩んだ顔も久しぶりに見た気がします。」
殺気立ってるのに緩んでるとはいったい…悠長に構えるのはいいが、本当に食べる分なくなるぞ?
「まぁ王都も出店予定だからな、出店したら気兼ねなく寄ってくれ」
「ふふ、お待ちしておりますよ。それでは私も頂戴してっと…」
そういうとカミュはカツサンドとツナサンドを手元の小皿に取り、カツサンドから口に運ぶ。
「美味しい!これは本当に手軽に食べれていいですね、最初は手で食べるなど品が無いと思いましたが、パンで挟んである以上は手で食べるのも自然な流れだ。」
言葉の端に育ちの良さが伺えるな、それに実際食べてみないと分からない部分もあるよな。
それでも手で食べる事に忌避感を持つ人は絶対にいると思う、稀だと思うけど。
「この味付け、そして肉の柔らかさ。これは王宮の料理に引けを取らない美味しさですよ。…これを手軽に食べれてしまうのか…」
「ああ、だがこれはまだ第一歩だ。この世界で育つ食物原料を改良し、まだまだ美味しくできる。それには気が遠くなるほど年月がかかるかもしれないが、俺はまだ満足などしてはいない。」
「なんと…これほどまでに素晴らしい味でもまだ満足できないと…」
「お前が民を守るために日々修練で前に進んでるのと同じだ、俺も道は違うが前に進みたい。」
「ええ、確かに同じです。ですが、どうやらそちらがだいぶ前に進んでおられるようですが。」
カミュは苦笑しながら言う。だけどその眼には負けてられないと火が籠ったような気がした。
「この味、絶対に忘れません。まだまだ美味しくなるのであれば、その過程をも是非とも味わいたい。」
「おっと、これは中々余計な所に火を付けてしまったな。だが、トドメを刺してあげよう。」
俺は冷蔵庫(移動式)から冷えに冷えたプリンとチーズタルトケーキと生クリームのアラモードを取り出しみんなの前に並べる。
趙天と桃花がそれに合わせてコーヒーと紅茶を入れていく。
「さて、食後の後のお楽しみだ。ちょっと甘いから口に合わない者はすまないな。」
「器が冷えている…その箱で冷やしているというのか…その技術も計り知れない…世の中の食料事情が一気に変わりますよ。」
遠征するとき食材保管するのに重宝する、多分そんな事考えているんだろうな。
他は急に冷えた食べ物が出てきたせいか恐る恐る口に運ぶ。
「これは…私の騎士道をどこまで試すおつもりですか…とても追いつける気がしない…しかしそれでも前に進まなくては、歩みを止めるわけにはいかない。」
「ああ、神よ…このような味を我が身に教え何をしたいのですか、もうこれ無しでは生きていけない。」
なんか中毒っぽく見えて来た、もうちょっと甘さ控えるか…下手すると麻薬系と勘違いされかねん。
「とんでもない!是非ともこのままでお願いしたい!」
「あ、ああ…わかった。」
全員がギラついた眼で見てくる。怖いからなマジで!
「トモヤ殿、王都での出店楽しみにしております。いち早くの出店を楽しみにしております。それまで王へこちらへ遠征を繰り返させますか。」
大切な事なので…てか王を遠征に出させるってどういうことだよ。
しかしあの王様は一体何だったんだろうか、趙天や妖天から話を聞く限りは駄目な王様ではなさそうだが。
「一応名誉の為に言っておきますが、決して悪い王ではないのです。それだけは信じてください。今回の件も王であったからこそと言いますか、世間の常識に疎いのです。さすがのメイド長も街の一般料亭での立ち回りまで教育してくれませんからね。」
「その割には王様を容赦なくぶっ飛ばしてた気がしたが…大丈夫なのか?」
「頑丈ですから大丈夫ですよ。それに王による圧政は好ましくありませんからね、ある程度の威厳は必要ですが、民へ危害を加えるとなると別問題です。自分が何をしようとしてたのかを身にしみさせないと歯止めが利かなくなるでしょう。」
まぁそれなりに駄目な王様だったらカミュがクーデター起こしてるか。てかスパルタだなぁ…なんだか王様が不憫に思えてきた。
「さて、そろそろ領主へ挨拶しておかないといけませんね。誠に充実した時でした…今度は正式な客として足を運ばせて頂きますよ。王都で出店の際で困るようになりましたら是非お声かけください、全力でサポートさせていただきます。」
「ああ、その時は頼むよ、改めてご来店お待ちしております。」
俺はお辞儀をし、カミュたちを送り出す。上顧客ゲットだぜ!
俺達は出したテーブル等片付けて店内に戻る。
「さて、良い風に纏めておりますが、こんな時間になるまで厨房へこれなかった事について先程の理由で通るとお思いですか知也様?」
キリエさん激おこである。いや、流石に王室関係者と揉めた挙げ句に列へ並べやオラ!って出来ないからな!
「良いじゃないですか王様の一人や二人放置しても!今を待ち望んでいるお客様が優先です!」
「いいかキリエ、20人もゴツい奴らが並んで見ろ、客足遠のくぞ。必要な手段だったんだよ。」
俺は苦し紛れの正論で攻めてみる。果たして効果はいかほど!
「はっ、それもそうですね…そうとも知らずに申し訳ありませんでした。」
よしっ!通じた!俺は心の中でガッツポーズを決める。
「さっきのカミュって人かっこよかったよねー、趙天さんの知り合いなの?」
「ええ、王都で働いているときに知り合いまして、彼と私と近衛騎士達とで王様の身の回りをお世話させて頂いてたのですよ。中でもカミュは女性の人気ナンバーワンでしたからね。侍女達からのアプローチは毎日すごいものでしたわ。」
「わかるわー、あんな騎士がいたらイチコロよねー、そこにいるだけで集客効果ばっちりだわ。」
何故タイミング悪くここで話すの!?集客効果という言葉でキリエの目が光りこちらへ顔が向く。
「悪かった!サボってた分美味しいデザート新作を優先してあげるから許してくれ!」
新作デザートと言う言葉でキリエの顔に動揺が走る。デザートか威厳か心の中で大分葛藤しているようだ。
「知也様のデザート独り占め…でも任されてる以上しっかりしないと…うーん」
任されている以上か、責任感を持って取り組んでくれて嬉しいよ、だけど根詰めすぎないように注意しなきゃな。
まぁそれでも何だかんだで先日に比べお店全体に余裕が出来てるよな、こんな雑談も出来るようになったし、初日に飛ばし過ぎたのは正解だったか。
そんな事を思っているとエレナがあわてた様子でこっちに来る。
「知也さん、極秘で領主邸への配達依頼が来ておりますがいかがなさいますか?何やら来賓対応用のようです。」
エレナ宛てに伝言が届いたようだ。多分王様と騎士団向けだろうな、その場にいたならまだしも、配達してまで国家の来賓者に出すものではないんだが…料理長に戻ってもらうか…
「料理長、すまないが本職に一時戻ってもらいたい。料理が良しにしろこの街の品格を落とすわけにはいかないと思うんだ。」
「知也様…この街を思っていただけるのは有り難いことです。しかしながら、領主様もしっかりとお考えの上に配達を依頼されている筈です。どうか信じてあげてはいただけませんか?」
おっと、行き過ぎた発言だったな…それもそうだな、これだけの規模の街をあの若さで治めてるんだ、その辺はしっかりしてるか。
「逆に領主の顔を潰すところだったか、すまなかった。よし、お詫びとして一層気合いを入れて作るか。」
かといって相手は王様だ、単純にバスケットに詰めるだけでは芸がない。だったら大皿へ綺麗に盛り付けをして芸術品みたいにしてやろう。
俺は気合を入れてサンドイッチでこの街並を再現してみた。まぁ四角がメインだからブロックを組み立てるような感じだけどね。
「よし完成だ、すまないがエレナ、ひとっ走り配達を頼む。」
「知也さん…重すぎて運べないのですが…」
エレナが必死に持とうとするが周りの支えがないとプルプルしてる。
まぁ50人分用の特注大皿だ、料理が乗ると合わせて50キロくらいだ、まぁ女の子には辛い重さだなー…って多分俺も運ぶのキツイ。
「…趙天、持っていってくれないか?」
「わかりましたわ。それでは早速持って行きましょう、エレナさん、道案内をお願いしてもよろしいでしょうか。」
趙天が片手でひょいと持ち上げる。それはもう何の違和感なく普通の料理を運ぶように持ち上げるものだからエレナがポカーンとした顔をしている。
「え?嘘、片手でしかも軽々なんて…」
まぁどっちかというとエレナの反応普通なんだよな。周りが人外ばかりだから、どうにかなるだろうとついつい考え無しでやってしまう。というかそもそもエレナが一般人である事を忘れていた。
「それでは急ぎましょう、まだまだお客様は待っていますわ。」
「はっはい!行きましょう。」
「すまないな、二人とも任せた。」
俺は皿を囲む位の箱を取り出し、皿ごと取り出した箱の中に入れ趙天に渡し見送る。
「いやはや…あのような盛りつけ方があるとは…バスケットの時にも目を奪われましたが、斬新ですな。食べるのがもったいなくなる。」
お菓子の家でなくパンの家だ、小さいお子さまに配慮して生き物は入れていない!その場に子供がいるか分からないけど。
「まぁせっかくうちに来て何もせずに帰っちゃったからな、せめて見た目も楽しんで美味しく食べてもらおう。」
そして趙天を向かわせたのも今後無茶をさせないための王様への牽制だ。また来て騒がれても困るからな。
さて二人いなくなったし、こっちもちゃんと働きますかねっと。俺はキリエに現在の状況を聞く。
「お客様の数は先日に比べておおよそ1.2倍です。私たちの動きも効率化されてますし、何より2人?(匹)も増えたのが大きいですね。現状では厨房とホール合わせてもバランスよく顧客への供給が追いついてます。ただ食材仕入れの心配は来週位からですか…業者さんの仕入れが追いつかなくなりそうです。」
流石、動線無視のドラゴン部隊、忙しくなっているはずなのに配膳の効率はかなり高くなったようだ。
余裕が出来た分厨房にも人を回してもらったし、こちらの提供もスムーズだ。ちなみにブルールとグランは三段階(巨竜、人、プチ竜)に変身できるようにしてるから、仕事中はプチ竜に変身して飛び回ってもらってる。
しかし仕入れ分が枯渇するのはまずいな、それが止まってしまうってことは、よそも仕入れが難しくなるということだ。早めに手を打たないとな。一週間か、どういう見積で一週間と言ってるのか後でキリエに聞いてみよう。
そして後は外で並んでいるお客様を如何に減らすかだよな、まぁそこは夜に皆の意見を募ろう。
そんなこんなで本日はきっちり閉店時間を迎える。さぁて賄い料理の出番ですよ。
本日のメニューは野菜一式とポテトサラダ、焼きそば、薄切り肉の生姜焼き、ソーセージ、コッペパン、にデザート一式だ。
「薄いパンじゃないんだねー、真ん中に切れ目があるって事はここに色々入れていいのかな?」
「ああ、要領は今までと一緒だ、色々試してみてくれ。」
リュンが率先して色々と手に取る。まだ神代勢はリュンに遠慮があるからな、こうやって率先して動いてくれるのは助かる。何も考えてないようで色々と気が回るやつだ。
まぁまだみんな出会ってそんなに立ってないしな、時間が経てば解決するか。
「これはサンドイッチに比べて具を入れるのも楽だし安定感抜群だね!でもやっぱり食べやすさはサンドイッチかなぁ」
確かに一長一短だよな、だけど焼くときはコッペパンのほうが楽なんだよな。
「柔らかいパンを知ってしまったらもう離れられないですね。パンを武器にする時代に終わりを告げるのですね。」
エレナがさらっと酷いことを言う、全世界のパン職人に謝れ!確かにフランスパンは固いから武器になりそうだけど。
「王様の様子はどうだったんだ?ちゃんと起きてたか?」
「はい、元気良かったです。あれだけの事があったというのに全然険悪な感じではなかったですよ。」
ならよかった、普通はご機嫌斜めだし、その場に自分がやられた騎士団長(犯人)なんていたら普通だったら騒ぎまくるだろう。
「まぁ最後のサンドイッチの取り合いで王様と騎士団長が殴り合ってましたからね。平和なものですよ。」
平和って何だろう。
「そのあとのデザートで二人とも泣きながら食べてたので最後はおとなしかったですね。」
甘味ってやっぱり偉大だなぁ、てかカミュ…さりげなくまた食べたのか。
「まぁ騎士団長が昼にも食べたって言っちゃって王様がふてくされちゃいましたけどね。」
なんで言っちゃうの!?やっぱり仲良いの悪いの!?
「そのあと畳みかけるように残りのメンバーも食べたって言っちゃいましたからねぇ、しっかりと自分のは食べきった後に」
やはり王様実は不憫な人だったのか…騎士団の連中やる事えぐいな、食べ物の恨みは怖いんだぞ?
エレナのざっくりとした報告を聞いた後に俺は趙天に顔を向ける。
「お察しの通り、どうやら私の為にお越し頂いたみたいですね。なので丁寧にお断りしておきました。」
「王様にここまでさせるとは、一体何をやってたんだ?」
「執務を多少お手伝いしてただけですよ。」
多少ね、実際はすごい量だったんだろうなぁ、きっと回らなくなって助けを求めて来たんではなかろうか。
まぁ明日領主邸に行って少し探りを入れてみるか。
次は新入り二人に話しかけてみる。今日一日頑張ってたみたいだから労わなければ。
「ブルールとグランの方はどうだ、って聞くまでもないか。お疲れ様。」
まぁぐったりしてますね。昨日よりは多少楽になったのかブラッドは余裕がありそうだ。
「まぁ主よ、お察しの通りだ。」
「知也殿、ある意味戦争よりも辛い戦いであった。これが知也殿の戦いなのだな…」
「人はなぜこんなにいるの?多すぎない?」
三人ともお疲れ様でした。今はしっかり食べて休んでくれ。
しばらく他のメンバーに色々と話しかけていると、キリエから声を掛けられた。
「知也様、この後、この区画の商工所へ行きませんか?近隣で商売されている方々も集まるみたいです。」
「ふむ、そこは顔を出しておきたいな。わかった、行こうか。」
「はい!ご一緒です!」
キリエは出会った時に比べると比較にならない位に元気いっぱいだ。これが本来の彼女なのだろうが、仕事終わっても仕事の話をさせてしまってるな…ワーカーホリックになる前に手を打たなければ。
それよりも商工所かぁ、揉めないと良いなぁなんて期待は持たない方がいいか。
この辺りの顧客を殆ど取ってるんだ、文句の一つや二つあるだろう。
考えれば考えるほど気が進まないが気を引き締めて行くか。
「知也様、新作デザートの件も楽しみにしてますからね!」
うん、ちゃっかりしてきたかも。あまり心配いらないかな。
文面見直し中。