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光の射す方へ  作者: 深月
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後編

とーこは、部屋の片づけをできるようになった。


去年からずっと散らかすがままになっていた部屋は、まさに汚部屋だった。そこで暮らしていた半年間のとーこは、その様を汚いと思うこともあまりなかった。汚いと認識することがなかった。また、汚いと思ったからといって、片付けようとしなかった。動く前にへにょへにょと気力が抜けて、とーこは再度、自分に都合のいい「そこ」へと行っていた。


戻ってきたとーこが1番に取り掛かろうとしたのは、その掃除である。すぐにはできなかったのだが。少しずつ気分の良い時に片付けていった。



真っさらなiPhoneが、過去のデータを見るためにスクロールを必要とし始めた頃、ようやくとーこの片付けは終わろうとしていた。


壊れたとーこには、近くで待っていてくれていた人がいた。壊れかけた時に、とーこが振り払った手の持ち主たちは、それまで近すぎず遠すぎない位置で見ていてくれていた。ふいに戻ってきたとーこを受け入れてくれたその人たちと、とーこは少しずつ交流を取り戻していった。


今でもとーこは思い出したかのように、ふらりと「そこ」に潜る。もうだめだなんて、のたうちまわったりなんかしながら。

でも「そこ」に留まり続けることはなかった。一時は「そこ」に潜るにしても、よいしょって光の方を見て。そうやって、目をかすめさせながらも「そこ」から光の中に戻ってきた。光の中は快適じゃなかったけど、「そこ」には誰もいなかったから。在り来たりな言い方をすると、光の中にはとーこを待ってる人がいたから。「そこ」にいた時は思いもしなかったことだっただけに、とーこは。なんというか、うん。「そこ」に戻った時でも、その事実はとーこの胸をほんのりあったかくさせていた。


たまに、とーこは夢を見た。なんて楽しいんだろうなんて幸せなんだろうという、その透明な感情だけが抽出された、きらきらした夢を。

何が起こるわけではない極めて平凡な日常を描いたその夢の中には、必ず彼女が出てきた。とーこが彼女の手を引っ張って廊下を走っていたこともあった。泳いでいるとーこの向こう側に、ゆらゆら漂う彼女がいたこともあった。しかし、夢の中のとーこが彼女に話しかけようとすると、決まってとーこの目が覚めた。

起きたとーこは彼女から1番遠いところにいる。幸せな気持ちから一転、とーこは決まって虚脱感を覚えた。

もしかしたら、全部思い込みだったのかもしれない。とーこは次第にそんなことを思うようになっていた。話しこんだあの時も、笑いあったあの時も。彼女ととーこでこうしようなんて、熱意に燃えてたあの時も。

それくらい、とーこと彼女の距離は遠かった。











とーこの部屋は、今や机周りを除いてすっかり片づいていた。逆に言うと、机周りだけは乱雑なままだった。他の家具、ベッドやらクローゼットやらとは少し離れた場所にポツンとあるその机。机の上はまだ見られるものの、下に散らばる紙類の惨状具合はなかなかのものだった。色とりどりで大きさも様々の紙。それに触ると、ぴりっと甘痒い痛みが身体を一直線に貫くかのように、とーこには感じられた。


それらは手紙だった。封筒と、ハガキと、色紙と。

どこまで本気なのか今のとーこには判別できないけど。過去のとーこにとっては、大切な大切な言葉が書かれていた紙だった。先輩からの後輩へのエールと後を託す言葉と、後輩からの感謝の言葉。それに、同期からの。その中にある彼女からの言葉。眩しすぎて輝きすぎていて、とーこにとっては鋭利な刃物同然の危険物だった。ただただ恐ろしかった。「そこ」にいた時のとーこは、それらを忌避した。とにかく自分から遠ざけようとした。当時のとーこからすると、それらは光よりも眩い眩い、そう、まるで光源のように思えていたから。


さて。そう、とーこは息を吐く。

実のところ、そろそろ片付けにかからなくてはまずいのだ。このままではいけないなんて、とーこ自身が1番分かっていた。

「そこ」から出てきたと言っても、それだけでは、「そこ」に篭って逃げることになったきっかけに向き合うことにはならない。とーこは何時までもそこから逃げてることになる。

ただ逃げるだけならまだよかったのに、とーこは「そこ」に篭っちゃったから。またさらにそのせいで、傷つけたこと責任を取るべきことも増えた。


はぁ。とーこは嘆息する。

とりあえず重たい腰を上げた。その時。


あれっ?

て、そう思った。

ガラケーじゃないか。


とーこが「そこ」に逃げ込んだ少し前まで使っていた代物があった。もはやそれを使ったことさえ覚えていないくらいの、昔のものに思える。

なんて昔のことなんだろう。……って、このガラケーを持ってた時、とーこは何をしていたかしらん……。


あまりに懐かしくって、懐かしくって。それを言い訳にとーこは現実逃避した。つまるところ、とーこは電池がとうに切れているそれを充電することで、しばらくは片付けに着手することから目を背けた。


久しぶりに使うはずなのに、なかなかにガラケーの充電コードは頑張ってくれた。とーこにとっては残念なことだが、ものの5分も経たぬ間にガラケーは光り出す。


再起動…しばらくおまちください。



独特のあのノイズを響かせて、ガラケーは復活した。以前は見慣れていたあのメイン画面が光る。

軽そうに見えて意外にガラケーは重かった。そして、スマホに慣れたとーこからすると使いにくい。スマホより打ちにくい文字盤。小さな画面。

こんなものを使ってたのか、私は、なんてとーこは思ってみたりして。

面白がってカチカチ操作していたら、それは出てきた。





non title


From:きょーか

To:とーこ




彼女からのメールだった。

気を遣わないざっくばらんな会話。用件を伝えるだけの文字列の中にも、どことなく信頼関係が見える。

そうだった。こんなだった。

忘れてたはずの記憶がぐるぐる回ってくる。

あぁ。こんなだった。

こんな風に私は喋って、こんな風に彼女は喋って。


彼女は、こんな人だったんだ。


リアルタイムで受け取ってない今だからこそ分かる。彼女は、とーこと仲がよかった。仲間だった。……いや、違う。こんな薄っぺらい言葉じゃうまく言えないんだけど。言えないんだけど……。



気がついたらとーこは泣いていた。

本当のことだったんだって、そう思った。とーこと彼女の思い出は、思い込みなんかじゃ夢なんかじゃない。 本当にあった出来事なんだって。

それならば。

それならばやり直せるかもしれないなんて。

そんなこともふと思った。

泣いてる頭の片隅で、これで手紙の片づけができるなんて、そう思った。もう今のとーこは、あの手紙たちを読めるに違いない。

そしてその更に方が頭の隅っこの方で、明日おはよって話しかけてみよう、なんて、彼女は驚くかしらん答えてくれるといいなぁ、なんて、そんなことを、とーこは思った。

「そこ」は、「底」と掛けていました。

確かに、あぁ今自分はどん底にいるなぁって思う時があります。もうここから抜け出せないんじゃないかって悲嘆に暮れて諦めることだって。でも、もしかしたら、そこから抜け出せるのかもしれないね、抜け出した先でもまだぬけだせるのかもしれないね。なんて、そう思う時だってあるんです。


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