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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ジェントル・ガール

作者: 尾川亜由美

*心持ち暗めに書いた小説なので、シリアスが嫌いな方はスルーの方向で!



死を目前にした時、どうする?


あたしは今、笑ってるんだ。



ジェントル・ガール



電車のホーム、夜9時半の誰もが疲れた顔をした世界に、あたしは居る。

手元には、冷えたココアの缶と一通も来ないスマートフォン。


―――それでさ、部長が…。

―――今日飲みに行くか?

―――あはは…。


すべての言霊は無意味と化して、あたしの耳をすり抜けていく。


「くっだらない!」


それでもどこかで、その声を煩わしいと思っていたらしく、大声をあげると

周囲の大人は驚いたような顔であたしを見て、すごすごと離れていく。


――――この世界は、上辺だけの人間関係が蜘蛛の巣のように張り巡らせられて

しかもそれを主体として生きなければならないと

16歳になった今年に知った。

代わる代わるな流行を必死に追いかけてみんなと同じブランドの服を着て

そのくせ個性的なユニーク性を求められ

差し伸べる手は利用に良い手段として使われ

家族ですら友達感覚で付き合いこなすのだ。

いわば、矛盾という言葉が似合う世。

その波を上手く渡る彼彼女らの胸には一体、なにがあるというのか。

興味と悍ましさが湧き上がり、その度に口からは舌打ちが出る。



――――人は、本来の姿で他者と接することは不可能だと思う。

外殻を必ず作り上げ、都合のいい嘘や笑みで、細い線の綱渡りをするのだ。

お金を貯めて買った、学校指定外のネクタイを取り

優等生ぶって着け始めた伊達めがねもスクールバッグにしまう。

ここに、今ここに居るあたしは、本当のあたしだ。



「ま、正海ちゃん…!待って…!」



ふと、知っている声が聞こえてきて、あたしは振り向く。

クラスメイトで、一番早くに仲良くなった女子生徒―――和花の姿にあたしは目を細める。

「和花…?あんた、今帰り?遅すぎない?」

「正海ちゃんだって、遅すぎだよ…。」

和花は、小柄な体を上下させて息をし、あたしの方に大きな瞳を向けた。


クラスで浮いている存在の和花は

よくあたしの後ろを着いてくる存在で、妹のように感じていた。

いや、もっと言うなら、分身のようだった。

『昔にいじめられたことがあるから、信じれる人しかついていく気はないの。』

いつの日か、気弱な和花が冷たい顔で呟いた言葉。彼女が潜めた暗い過去。

意識的に人を遠ざける和花は、今の生活に息苦しさを感じるあたしとよく似ていて、何となくうざったいと思うことができない。


「正海ちゃん、こんな時間までマックで…あ…。」

マックで何時間も居座っていたあたしを、和花は知っている。

口を塞いで、顔を青くする和花に、あたしは言った。

「お腹減ってただけ。超太っちゃう。」

自己嫌悪と憎悪が湧く。また、あたしは仮面を着けて「あたし」を演じている。

今すぐにでも自分を殴りつけたい怒りが

髪の先から指先まで突き抜けそうになる。

それを止めたのが、和花の目に宿る心配のいろだった。

「ごまかさないで。正海ちゃんがこんな時間まで、ひとりで寄り道なんて…。」


和花は、あたしを着けるような真似までして、思ってくれていたのか。

なぜ、そんなことをするのか。

所詮他人同士の仲で、そこまで気遣いを見せるのも珍しい。

誰ひとりとして、他者の心の内などどうでもいいこの世の中で、和花は違った。


てっきり、泣いたりするんだろうと勘違いしていたけれど

涙は溢れず、感動も込み上げない。

ただ冷静に、和花の瞳を覗き込むだけだった。


「…それで、和花はあたしにどうしてほしいの?」

唐突な質問であることはわかっていたが

どうしてもその答を聞かずにはいられない。

和花は特別動揺することなく言った。

「正海ちゃん、なにか悩んでるでしょう?教えて。」

強気に出る和花は、まるで鏡のようにあたしがあたしに

問いかけてくるみたいだ。


教えて、か。


あたしが一番うんざりしているのは

この標本のように固定される生活―――すべてなんだ。

積み木のように重なった負の感情は、この子に話してもわからないだろう。

だって、実際に感じ、考え、結果を出したのはあたしであって

過程と答えの痛みを知っているのはあたしだけだから。


「和花はなんか悩みないの?弱気なくせに、意外と芯強いよね。」

こういう時は、はぐらかしてそっくり問いを返した方がいいのだ。

理解して欲しいなんて考えもしないし

だったら和花の話を聞いてやるぐらいのほうがマシだった。


和花は途端に黙り込み、細い指先を幾らかあそばせて、あたしを見た。

―――目が潤んでいる。涙の膜、悲しみの意。

「正海ちゃん…っ。」

いきなり和花に抱きつかれて、ココアの缶が落ちる。

堰を切ったように泣き出す和花に

あたしは目の前が遠くなっていくのがわかる。

和花はそうやって泣くことで、何をあたしに求めているのか?


「わ、私ね…クラスの人に最近、いじめ受けてて…先生とかお母さんに話しても“気のせい”ってウヤムヤにやされて…っ。」

しゃっくりまじりに話す和花。一度受けた傷をえぐられるというのは、どんな気分なんだろう。

その時に、あたしは何となくわかった。和花は、あたしに助けて欲しいんだ。

「死にたいよっ…辛い、苦しいよ…。」

泣きながら言う和花。途端、心の中ですべての靄が晴れていく。



和花を助ける方法―――それは、ひとつだけあるじゃない。




「和花…ここでその、いじめを何とかしても、社会に出たらきっともっと辛いこと待ってるんだよ。」

「正海ちゃん…。」

おそらく、優しい言葉を望んでいたのだろう、和花の目は更に悲哀を深める。


その時、ホームにアナウンスが入る。電車が、来るんだ。


「あたし、和花もあたしも救う方法を知ってるんだ。」




そうだ、あるじゃない。ひとつだけ、あたし達が助かる方法が。


―――死を目前にした時、どうする?


あたしは今、笑ってるんだ。




「正海ちゃん…?」

突然笑顔で和花を見下ろすあたしに、和花が不思議そうに声をかけてくる。

あたしは和花を一度離し、その手を掴む。

ようやく電話が鳴り出したスマートフォンが、ゆっくりとホームに落ちた。

電車の走る音。すべてが終わる音の前兆。

ホームの先を歩くと、和花が小さな悲鳴をあげたのがわかった。

「いや…っ!?やだよ、待って、正海ちゃん…!!」

拒否の意も、すぐに意見は変わるだろう。

その先は、もはや何も残っていないのだから。

そして、これほど雁字搦めになって辛いのなら

あたしはこれを選ぶしかもう選択肢がないのだから。


ホームから落ちるように目を瞑ると、和花の悲鳴が聞こえた。

電車のライト。こちらに向かってくるその姿。

ぐしゃりと潰れる前、あたしは、子供の頃みたいに無邪気に笑った。


稚拙な人生を歩んできた尾川ですが、この小説では、「人間社会に疑問を持ったものはどうするか」と考えて書いておりました。この他にも似た作品があるのですが、どれも最終的には「死が救い」というテーマです。尾川自身、日常でそう思っている訳ではないのですが、無意識にこういったテーマが多いという事は、根ではこんな答えを書いてみたかったのかもしれません。もし、小説見てくださっている方は、毎度こんな小説に付き合っていただき、ありがとうございます!


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