第1話 靴を投げてみよう
通学途中、後ろから女の子に声をかけられかわいらしい笑顔で答える、小柄な少女 望月ののか 14歳 中学2年生。
特に美人というわけではないが、その体型に似合うだけのかわいらしさをもっており、太っているわけではないのだが、胸が最近大きくなってきて、ちょっと周りの男子の目が気になるお年頃である。
成績は上の下。平均点70点ぐらいをキープし続けている。
特に塾に通うわけでもなく、独学で勉強しており来年受験なので、先行して勉強を続けていくには独学では限界が出てきており塾に通おうかと悩んでいる。
家はパン屋で、最近忙しくなったときには品出しの手伝いをしたりして、ちょっとした看板娘として人気が出てきている。
実家は小さいながらに、お客が耐えない良いお店だと、ののかは思っている。
将来家業を継ぐかはわからないが、世間を知るいい機会だと思って手伝いを自主的に行っている。
クラブは、美術部で、本当は水泳部に入りたかったが、お年頃の彼女には成長期に入った自分の体のラインをマジマジと男子生徒に見られるのには抵抗があったせいで、断念した。
美術コンクールに出展した作品は、入賞、佳作など、一様賞と呼べるものを取っており、高校受験も美術方面で考えている。
そんな、中学ライフを満喫しているののかであったが、14年間、小さな心に抱き続けている疑念がある。
女神様とのやり取りは夢だったのか?
ののかはあの時の記憶がしっかり残っており、自分が望んだ通りの体も手に入れたと思っている。
この方、風邪などの病気にかかった事がなく、常に健康体。
どれだけ食べても体重が増えることはなく、体の成長に比例して平均体重より少しやせ型を維持している。
後、気になる事がもう一つ。
この世界にいる”鬼”の存在。
女神様の話だと、この世界には”鬼”という人間を食ってしまう化け物が存在しているようだが、この世界に生を受けて短い間しか生きていないが、まだ”鬼”を見たことがない。
人々もその存在を認知している様子はないのだが、またにニュースで悲惨な殺され方をしている人たちが取り上げられる。
猟奇的殺人犯の仕業として、報道されることが多く”鬼”の仕業か本当の所わからない。
”鬼”は人間に化けていて、その存在を世間は知らないらしい。
そんな、いるのかいないのか分らない”鬼”の存在に、ののかは疑問を抱いていた。それ以外には特に問題があるわけでもなく、ののかの住む国は、基本的に平和。
多種多彩な犯罪は確かにあるのだが、内乱が起こり戦争で人が命を落とすような国ではない。
後、女神様との約束が本当なら自分は”鬼を殺せる者”に護衛されていると言う話だったと思う。
護衛者の方から14年間、自分にコンタクトがあったことはないし、どこの誰ともわからない護衛者にコンタクトが取れるはずもない。
では、女神様はどうやって私を守るための護衛者を自分に付けたのだろうか?などの疑問を14年間ずっと持ち続けている。
せめて、護衛されていることが分れば、女神様の話しを信じれるのだが。
「行動するしかないのかな~?」
「ん?どうしたの?ののか?」
「う~んん、大丈夫。」
一緒に登校中の親友の真奈美に心配され、思わず口に出た独り言を何とかごまかす。
いつ自分の考えが証明できるような行動を起こそうかと、考えていると目の前に、金髪で耳には多くのピアス。服もボロボロでジャラジャラと金属系のアクセサリー。 今まで関わった事のないチャライ系の男を目にする。
その男の周りに、同じような格好の友達らしき人たちも数人いて、ののかの隣の真奈美は、少し顔が引き気味になっている。
(やってみるか)
ののかはおもむろに、学校指定の黒い革靴を抜くと、集団の前を歩いているリーダーらしき金髪ピアスの男に投げつける。
ぎょっとする真奈美が、ののかの行動を止めようとしたが、フルスイングされた革靴は見事に男の顔にヒットする。
一瞬周りの時が止まったように思えたが、男は顔についた靴を手に取り、怒りでわなわなと肩を震わせ、額には青い筋がいくつも見える。
「すみませ~~~ん。それ私ので~す。」
ガクガクと震える真奈美を置いて、満面の笑みを浮かべ片足けんけんをしながら投げた靴を自分のだと主張するののかに、周りの道を歩いていた人たちも顔が完全に引いていた。
「てめ~喧嘩売ってるのか?」
勿論ブチ切れした怒り顔の男に睨まれて、ののかも少しやりすぎてしまったかもと後悔したが、これも検証のためだと心に言い聞かせて開き直る。
「いや~つい汚い顔が見えたので。申し訳ないです」
「誰が汚い顔だ!殺すぞてめ~!」
お辞儀をして謝るがまったく誠意のかけらもないののかに、男がののかの胸倉をつかもうと近寄るが、ものすごい突風が男の体にぶつかって、宙を舞うようにそのまま吹き飛ぶ。
突風というより、巨大な塊がぶつかったような音がして吹っ飛んだのだが、周りから見れば、砂埃が舞う突風が吹いたように見えた。
男は壁にものすごい勢いでぶつかり体をかばった時に右腕を強打したようで、腕を押さえて立ち上がり、ののかを睨みつけながら言う。
「てめ~何しやがった?」
「私は何も」
さすがの、ののかも状況が把握できておらず、まさか男が吹き飛ぶとは思っていなかった。
男は敬意のない態度で謝り、喧嘩を売っているようにしか見えない態度の、ののかを敵と判断し体に力を込め徐々にその体は大きく膨れ上がり、鋭い目が赤色に血走る。
ののかはあまりにも男の異常な体の変化に、驚きで目を見開き恐怖を感じ始める。 そんな中、ふと気がつくと甘い香りが周囲に立ち込めており、ののかと周りの人間達が意識がふっと途切れたように、そのまま、その場に倒れ込む。
男の友達が周りの異変に気づき叫ぶ。
「ま~ちゃんやばいって!”鬼殺し”だ!」
「あん?」
今立っているのは、金髪男のグループだけで、通行していた人間は全員倒れていた。
車道には車は走っておらず、この通勤時間一番車が混む時間帯のはずなのに、道路には車がいないことはあまりに不自然だった。
金髪の男が壁にぶつけた右腕には緑の血が流れており、その緑の血が泡となって消える頃には怪我が治っていた。
「なかなか、無茶をなさる。もっと自分を大切にしていただかなければ。今回相手が”鬼”だったからよかったものの」
男性グループの後ろから、凛々しくはあるが、しかしまだ声変わりをしていない少年の声が聞こえる。
金髪の男性が振り向くと、そこには、耳に複数のピアス、半そでの白シャツ。半そでから見える左腕には全体に刻まれたタトゥ、金髪を通り越した白に近い髪、着崩したダボダボ黒スラックスの裾を膝まで捲し上げ安全ピンで留めており、身長が180cmほどの男子学生が立っていた。
「なんだ?てめーは!」
「死にいく者に名乗る名前などない」
「何だと?!死ぬのはてめーーだ!」
膨れ上がった体の金髪男は、完全に絵巻に出てくるような”鬼”と言える異形な姿に変わり、男子学生に襲い掛かる。
”鬼”がこちらに向かってくる事を気にした様子もなく、余裕を持って、朝顔を洗うのを忘れたなどとつぶやき、目に着いた目ヤニを取る男子生徒だったがすでに、顔面に振り出された巨大なコブシが迫っており、当たったと思われた瞬間、鬼に変化した金髪男が、逆に吹き飛ぶ。
「ぐぞ~~。貴様一体・・・。」
「何度も言わせるな。貴様などに語る名前などない。頭が悪いのは見た目だけではなさそうだな。ああ~それとお前はすでにコト切れている」
「な・に・を・」
鬼は最後まで言葉を続ける事ができず、体が真中から真っ二つに引き裂かれる。
それを見ていた男性グループから恐怖の声が漏れる。
「”鬼殺し”だーーー!!」
「貴様らも鬼か。ここまで大量に狩るのは久しぶりだな。」
「ぎゃーーーー!」
数分後、周囲が緑の血で染まるが、血は泡になって消えていき、最後には死体となった男性グループ達も骨となって最後には溶けてなくなる。
「さて、無鉄砲なお姫様に忠告をしたためるか」
男子生徒はその場を何事もなく去っていく。
ののかが気がつくと、保健室で寝かされていた。
一緒に登校していた真奈美も、隣のベットに寝ており、登校中自分が起こした騒動がどうなったのか気になった。
「あら起きたの?」
保健室の先生が、ののかが起きたことに気がつき声をかけてくる。
いつもほんわかしている優しい女性の先生なのだが、何だろう様子が変なのである。
「保健室に入って、扉の鍵をかけた?」
「いえ、そんな事はしてませんが?」
「昨日確かに保健室の鍵をかけて帰宅して、そうなると保健室にどうやって入ってきたのかな~って思って。」
「え?」
「いえね。さっき来た時に外からはちゃんとカギはかかってたんだけど保健室に入ると、あなた達がベットで寝ていてね。ちょっと驚いちゃって。望月さん、先生をからかってない?」
ののか自身も何がなんだか分らないので答えることができない。
「いや~自分でもどうしてここにいるのかわからないんですよ。先生、朝登校時間に何か騒ぎがあったとか話はなかったですか?」
「いえ、特にそんな話しは聞いていないわよ。それと今の話関係があるの?」
あれだけ学校の近くで、騒動を起こしたはずだが、話題が学校に広まっていないわけがない。かといって目の前の先生が嘘をつく理由もない。
何かあったと考えるのが妥当。
思いつくのは女神様が言っていた護衛関係の話。
(本当に護衛者の人がいたんだ)
ののかは安心するような気分になるが、次に生まれた気持ちは、じゃあその護衛者を見てみたいだった。
しかし、”鬼を殺す者”に関わると、自分も裏の世界に引き込まれる可能性がある。
普通の生活を願った自分から危ない世界に行くのはどうかと悩むが、先ほど不良グループに靴を投げておいて、そんなことを悩む自分が少しおかしくなって笑いがこみ上げてくる。
その様子に首をかしげて、不満そうにする先生をどうにかなだめて、気がついた真奈美にも朝のことを聞いたが、騒動の初めからまったく覚えておらず、そんな話があったっけ?と返されてしまう。
あれ?もしかして夢だったのかな?と自分を疑ってしまうが、あんなリアルな話を夢だとは思えない。
再度護衛いないんじゃね~疑惑が浮上してしまい、取り合えず一旦自分のクラスに戻り授業を受ける。
モンモンとした気持ちで授業を終え、帰るために下駄箱のふたを開けると一通の手紙がおいてあった。
手紙をそのままに一旦蓋を閉めて、深呼吸をする。
たまに、下駄箱にラブレターが入っていることがあり何度体験しても緊張してしまう。
小柄で、少しお胸が出てきた事でモテキが到来してしまったようだと、少しうれしい話ではあるが、複雑な心境で、容姿重視で考える今の時期の男の子に手紙で告白されてもときめくものがなく、今までは断ってきた。
ため息をつきながら、もう一度下駄箱を開け手紙を確認する。
---望月ののか殿---
墨で書かれた達筆の自分の名前を見て、ちょっと時代錯誤な感じを受けるが、印象は悪くない。
周りに人がいない事を確認して、ハートマークのシールをはがして中身を取り出す。
---望月ののか殿---
---私はあなたの護衛を任された者にございます。今回の件につきまして一言と思い筆を取りました。貴殿の行動で周囲の人間が迷惑することがございます。おかれましてはそのような行動は謹んで頂き、お体をご自愛し、周囲の模範となられる行動をおとりいただけますよう何卒よろしくお願いいたします。----
宛名とは違う綺麗な字で書かれた内容に、うきーーーーと叫びながらビリビリと手紙を破る。
(私がどれだけ悩んでいるか知らないくせに!女神様との記憶があるせいで、今まで自分がおかしい人間なのかって色々悩んでいる事を知らないくせにーーー!)
これを書いた護衛者の顔を絶対見てやる!そう心に誓うのだった。