クレアの気持ち、ジルシュの覚悟2
僕にとって両親は憧れで、誇れる存在で
同時に、嫌な存在でもあった。
僕の家系は生まれながらの公爵家で、それと同時にその家系に見合った人間にならなければいけないと、僕はいつもそう思っていた。だけど誇れるものは自分の両親と公爵という位だけ、自分自身の力で手に入れたものなんてない。
……いや、一つだけあった。
神の一柱であり僕の相棒でもある『サラマンダー』だ。竜種の一つと同じ名前だがそれもそのはず、彼はそのサラマンダーにとって神のような存在であり今もその信仰の対象とされているのだ。僕には不相応な気もするが、彼が相棒というのは僕の唯一の誇りだ。
「フン、ガキが何を言うかと思えば、オレが相棒だって? 笑わせるな。オレのように強いやつがオマエにつくと思うか?」
「うぐっ」
今僕に話しかけてきた紅い竜が僕の相棒だ。
彼は今力を抑えていて体は僕の頭ぐらいの大きさになっている。乗り心地が良いのかいつも僕の頭の上に乗っている。
「それだけじゃねぇぜ。もしオレがオマエのところに来なかったらオマエのお仲間はウサギになってたぜぇ!」
そう、相棒だ。たとえ今僕の頭に乗って大声をあげて笑っていても上から目線でもなんか偉そうでも僕の心を抉る存在だとしてもこいつは僕の……
「なんでおまえなんだぁぁぁ!」
「廊下は走るなよぉ~」
「僕この学校を卒業したら結婚するんだ」
「勝手な妄想でフラグをたてるな」
教室の一番後ろの一番窓側。そこが僕の特等席だ。僕はこんな内気な性格だから友達も作ることができず、今のように教室の隅でボーッとしているのだ。
「でも僕は一応公爵家だからね。親父か母さんが勝手に籍を入れそうだよ」
「せいぜいブスにあたらなきゃいいなぁ?」
「そんな考えたくないことを言わないで!?」
結婚相手が美人だとは限らない。政略結婚は結婚をして貴族との親交を深めれば顔や年齢などどうでも良いのだ。僕にとっては本当に結婚できるかが問題だが。
「ま、せいぜい頑張れや」
「ああ! やってやるさ!」
目の前には信じられない光景が広がっていた。
研究所にいた狂暴な魔獣数匹相手に一人の少女が戦っていたのだ。
少女が魔獣の攻撃をまるで舞うようにかわし、流れるような金色の髪からは粒子のようなものが飛び散り、彼女が光りを発しているようにも見える。
その姿は正に女神。いや、女神以上の美しさを持っている。
「す、すごい、あんな動きができるなんてっ」
「風魔法を使って空気の抵抗を減らし、風を加えることで体の回転速度を上げて剣の威力を上げている。本人の才能もあるが、生半可な努力じゃできねぇ技だぜ」
彼女が戦闘をした時間はわずか数分。僕にとっては永遠のような長さだった。
それから彼女の噂が学園中に流れた。
曰く、彼女は神に愛された人なのではないか。曰く、彼女自身が神の生まれ変わりなのではないか。
それに対してこんな噂もある。
彼女はなんの才能もない。魔法学園の試験でズルをした。あの時も何か小細工をしたに違いない。
そんな根も葉もないことが流れていた。それは絶対にない。僕は見たんだ。彼女の力を、美しさを。それに比べれば、そんな噂はどうでも良いことだ。
「決めた。一目惚れだ。僕は彼女に告白するっ!」
「残念だが、オレにはオマエにハンカチを渡すような優しさなんてねぇぞ」
「せめて応援してよ! ていうかもう撃沈確定!?」
「当たり前だ。そもそもいきなり『好きです! 付き合って下さぁ~い!』なんてオマエごときに言われて付き合ってくれるヤツがいるか?」
「そ、そうか。なら僕に考えがある!」
「よし、ここで待機していれば必ずあの人が来る」
「あのさ、いつも思うんだが。オマエってなんかズレてるよな」
「僕の予想が正しければあと一分で……」
三分ほど経過しても彼女は来ない。どうしたんだ? と思っていたその時
「ぁ……」
前は遠くて顔の細かい部分はわからなかったが、近くで見た彼女はさらに美しかった。
あの金色の髪だけでなく、すらっとした輪郭、透き通るような青い目、血色の良い唇、僕は近くで見たときの彼女の美しさに再度見惚れてしまった。
だが計画を思い出すと僕はすぐに気持ちを入れかえサッと彼女の前に現れた。
それが僕の未来の妻、『クレア』との最初の出会いだった。