クレアの気持ち、ジルシュの覚悟1
私は天才と呼ばれていた。
三歳の頃から魔法について学び、それ以外にも学問、芸術、礼儀作法などを習っていた。
私の親は伯爵の位を授かっており、それに見合った器量を持たなければならない、と耳にタコができるくらい聞かされていた。
ウンザリしないか? そんなわけない。私は今の生活に満足していた、むしろ恵まれている方だろう。
だけど、いつからかこんな人生が退屈だと思う時期が現れはじめた。
魔法は見て、実際にやって、そして数回の練習で簡単にできてしまう。勉強は本に書かれていることを覚えれば良いだけ。礼儀作法なんて見るだけで完璧にできてしまう。
私はそんな、そんな簡単な世界が退屈だった。
十二歳になった。
私は王立魔法学園に入学した。
私は伯爵家の娘だから入学試験は受けなくても良かった。でも私は試験を受けることにした。魔法学園、その中でも合格するのがかなり難しいと言われている一等試験とやらをやってみたかったからだ。
伯爵の位では二等までを免除している。だけど私はもっと上を上を目指したい。という建前を言って両親を納得させた。
その試験も私を満足させてくれなかった。
魔法学園にはかなり高位の貴族そして王族がいた。
この学園には平民の入学者の方が多く、貴族王族は少数派だ。しかし何故平民ではなく貴族や王族しかいないのか。
答えは簡単だ。彼らは一等試験に合格した者達なのだろう。
魔法学園に差別というのはほとんどない。入学試験も王族貴族平民問わず、等級に区切る以外は出題される試験は同じだ。
それなのにここに平民がいないというのは、もう学力の違い、しかないだろう。
平民は基本的に勉強はしない、というよりできない。
子供は大きくなったらすぐに働かされる。その間に学問を学ぶ暇なんてない。その時間があったとしても、平民に本を買える金などほとんどない。だからこの等級に入れる平民は本当にほんの一握りだけだろう。
それでもこの学園に平民が多いのは入学する貴族達の少なさだろう。
この学園の貴族の数は一~二百人、対して平民の数は八~九百人。
学園のお金は国が援助してくれて、生徒の数だけ支給される。
貴族の数が平民より少ないため学園は平民の入学者をないがしろにするわけにはいかないのだ。
兎も角、この一等級に平民はいない、そして上流貴族と王族しかいないということだ。
これは私にとってはチャンスだ。貴族達と懇意にすれば上の位なだけそれなりのアドバンテージがある。私の顔もそれなりに良い方だと思うし、簡単に取り入ることができるだろう。
案の定、王族の人間が私に話かけてきた。
顔はどちらかというと整っている方で、話し方も礼儀正しく頭もよく回る方だ。
残念な所といえば――本人は気づいていないらしいが――ざっくり言うと下半身直結型、というところだろうか。
ただの好意や好奇心で近づいた、と本人は言うだろうが、隠れて下劣なことを考えているのがわかる。
彼と仲良くなって数日後、私は彼に告白された。
付き合えば良いと思うが、残念ながら私は彼のことを付き合う相手としては見れない。
このまま彼と中の良いだけの関係を続けるために私はやんわりと断りつつこれからも仲良くしようねと付け加えた。
学園の勉強? 退屈にきまってる。教師が教えていることはほとんど家で勉強したから授業を受ける意味がない。正直なところこのまま居眠りしたい。
学園に事件が起きた。
実践的な戦闘を授業で行うために用意した魔獣、そして研究につれて来られた魔獣あわせて十数匹が脱走したらしい。
前者の魔獣は生徒のレベルにあわせて持ってきたのでさして問題はない。問題なのは後者の魔獣だ。
魔獣の研究、特に魔法学園の研究所はかなり希少な魔獣を取り扱っている。
希少、といっても出合い難いというわけでなく、基本的に捕獲が難しい魔獣のことだ。
それは人前での出現率だけでなく、魔獣そのものの力量も入っている。
だけど研究所から脱走した魔獣の中に弱いのもいるのではないかと考えるだろう。
それはまずないと言っていい。なぜなら研究所は入るも出るもかなり難しい。脱走に成功した時点で強いことが確定しているのだ。
今の状況を分析してみる。
ここ、庭園。人、私一人。魔獣、五匹。
ここに私以外人はいない。魔獣は真っ直ぐこちらに向かって来る。つまり私は追い詰められている。今死んでもおかしくない状況だ。
絶体絶命のピンチ、でもこの状況を楽しんでいる私がいる。自然と笑みがこぼれる。
良いでしょう。遊んであげます。
魔獣脱走事件が終わって数日後、私はその事件を治めたことにより王から勲章を与えられた。
私としてはただ魔獣と遊んでいただけなのだが、断る理由もないのでありがたくいただいた。
それから私は学園で有名になった。
男は私を見るとすぐこちらに寄って来る。女は私をお姉様と呼んで慕ってくれる。
なんだ、簡単じゃない。
皆に慕われ良い人脈を持つことがこんなに簡単だったなんて。
私は家族に貢献できた満足感と、えもいわれぬ退屈さに包まれていた。
私の目の前に数人の女性が現れた。
金髪茶眼で螺旋状の髪型をして紅い口紅をつけピンク色のドレスに扇といったいかにもお嬢様な人を中心に、私から見て右に二人左に二人の配置で、まるで私を邪魔するようにそこに立っていた。
何か御用? と尋ねてみると左端にいる女が私のことが邪魔だなどと言ってきた。
正直邪魔な理由が全くわからないのだがとりあえずそうですか、と返事する。
するとお嬢様|(笑)はこめかみに青筋を浮かべ口をひきつらせていた。そしてお嬢様|(笑)は私の前に詰め寄り
パァン
と私の頬を叩こうとした、ところを私は受け止めた。
向こうの平手を止め、それに対して笑顔で返すと彼女達はそそくさと逃げて行きました。
まったく、根性無しが。
おもしろくないと思いながら私は教室へ行きました。
すると
「く、クレア、さん、ですよね!」
突然横から大声で誰かが私の名前を呼んだ。
それが私の未来の夫、『ジルシュ・サマン・ログベール』との初めての出会いだった。