その男は……
~あらすじ~
私は魔法を使うためにまず洗礼を受けることになりました。そして武闘家ではなく魔術師だったお爺様、『バン・ジャクス・ログベール』が私に魔法の発動のしかた、そして神の加護による良いことと悪いことを教えてくれました。
そしてみんなが寝静まった夜。なんと私の目の前に、『へんじん』が現れたのです!
「だから変人じゃねえええぇぇぇぇぇぇ!!」
「ハイ、ここからオープニングが始まります」
「俺の話聞いてくれる!?」
私の目の前にいる男の人は何か叫んでいますが、私は無視します。
男の人は黒髪赤眼天パ頭で、二十代前半くらいの外見で体は太すぎず細すぎず。服は真っ黒黒の半袖長ズボン、そしてその黒さによってよけいに目立つ白い肌。
「ヒキニート~」
「どこで覚えたそんな言葉っ! あと俺はニートじゃない! 真面目に働いてるわ!」
「じゃあ、あなたはだぁれ?」
「あ? あ、あぁ、そういや自己紹介してなかったな。俺の名は『ルシファー』、昔天界で『大天使長』を勤めていた天使だ。そして今はおまえの庇護者、つまり俺はこの前おまえに洗礼で呼び出された男なのさ」
「天使? 神様じゃなくて?」
「なんだ、おまえ頭良いんだな。そうだ俺は天使だ、そこらの神にも匹敵する力を持ったな」
どうやら私は神様ではなく天使を仲間にしてしまったようです。
「……」
「あのさ、その『ハズレくじ引いちまったぁ~』みたいな表情やめてくれる? それかなり傷付くからさ。あと天使っつっても、神基準で考えてもかなり力が強い方だって自負してるからさ」
「そう言って後ろから刺されるタイプだ~」
「どこでそんな知識覚えるかなぁ? まあそういうわけでよろしくな!」
「よろしく~、へんじん」
「ルシファーだっての!」
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「それでジルシュよ、『ルー』については何かわかったか?」
「ああ、ある程度の神にまで絞り込めた。だが名前以外にこれといった特徴がないからね、絞り込めたとは言え無いくらい該当する神が多すぎる」
「つまりほとんど進展しておらんということじゃのぅ」
普通ならたとえ名前を省略していても大抵はわかったりする。
例えば『ジョナサン』を『ジョー』、『マイケル』を『マイク』と名前を省略しても誰のことを言っているのか普通は理解できる。あだ名は自分の名前を名付けられた時点でもう決まっているようなものなのだ。
だが神が名を決める場合は別だ。
神の名前は神自身が決めるのだが、神はその場の気分や、悪い時には適当に決めたりする。そしてその名前のセンスが無くても神は適当に名前を決めただけなのでそれ以上はまったく興味が無いからタチが悪い。
つまり神の名前を調べ、『ル』と『ウ』か『ー』のつく神に絞ることになるのだが、最悪の場合自分とは全く関係のない名前にする神の場合がある。
普通の人なら範囲が広すぎて途中で諦めてしまう。彼を無能者扱いするより、むしろ絞り込めたことを褒めるべきだろう。
全くの的外れにしてもだ。
「あとはマリアの魔法を見るしかないか……。親父、マリアに魔法を教えたんだろう? どうだった?」
「いや、まず魔法の前に魔力の使い方を教えている。魔法を使うのはもう少し先じゃな」
「そうか、それじゃ僕はもう一度文献をあさってみるよ」
「ああ、じゃが教会に眼をつけられるのには気を付けるのじゃぞ」
「わかってるよ」
いつもの部屋にいるジルシュとバンの二人はそう言って部屋を後にしたのだった。
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「それでは魔力の使い方を復習するぞ」
「はーいっ!」
今日も私とお爺様は魔法、もとい魔力の練習をしています。
その練習をしなくても魔法を使うことはできるのですが、魔力のコントロールができず、自分に危害が及んだり、コップ一杯分の水を出すのに大量の魔力を使ってしまったりするのでこの練習は魔法を使う者には避けて通れない道なのだそうです。
「いいかマリア、魔力とは体の中にあるものなんじゃ。そしてそれは体の中に溜まっているのではく常に流れ続けているのじゃ」
「ウンウン」
「そして普通魔力をコントロールするのには安全な魔法を使い続けて慣れさせていくもの。しかし儂らは違う、自分の中に流れる魔力に直接干渉し、魔力の流れ、勢いを自在に操る方法をとる。わかったか?」
「なんで、普通のやり方をしないの?」
「普通じゃない、というわけではないんじゃが。つまり普通やり方と思われているのが言い方は悪いが見せ物用、普通じゃないのが実戦用じゃ」
「どう違うの?」
「見せ物用とは言葉通り己の力を他人に見せつけるための練習法じゃ。使う魔法を一つに絞りその魔法の熟練度だけを上げここぞというときに使用する。熟練度が上がればその魔法が自由自在に扱えることができる。派手さを演出し力の差を見せつけると共に自分が目立つようにの。
そして儂らがやる実戦用、そのままの意味で敵との戦闘のためにする練習法じゃ。魔法とは種類によって使う魔力の量がかわる。見せ物用のように使う魔法を一点に絞らずその時その場で臨機応変に魔法が使えるようにするための方法じゃ。
昔の貴族もこの方法をとっていたらしいのじゃが、貴族が戦争に赴くということが殆どなくなり、その上貴族達が上から順に腐っていく始末。そしてその腐った貴族が考えた練習法がまた広がる広がるで、いつしか見せ物用が主流になったのじゃ。じゃが儂らログベール家のように戦争の時代を忘れずその日が来るのをいつでも待てるようにずっとこの方法をとっている者達もおるのじゃ」
「へー……」
「ん? マリア、眠くなってきたのか? それではもうこれでお開きにしよう。残念じゃが儂は明日から用事があって教えられん、次からはク……そうじゃな、儂の知り合いのメイドに教えてもらうのじゃ、彼女は優秀じゃからマリアはすぐ魔法を覚えられるじゃろうな」
「ふあぁ~い」
そうして私は深い闇の中へと沈んでいくのでした。
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「……」
「おーい、おーきーろー」
「うー、……だめ……」
「おやつの夢なんて見てないで起きろ」
「んー、後五分」
「起きろコラァ!」
そう叫んだかと思うといきなり私の布団をはがしました。
「うー、何? へんじん」
「ルシファーだ! いい加減人の話を聞け!」
「ざんねんでしたー。人じゃないから聞けません~」
「ぐっ、コノヤロウ……」
「それで、何しに来たの?」
「ん? あぁ、今俺はお前にあらぬ疑いをかけられているわけだし、一からちゃんと俺のことを説明しようと思ってな」
「疑ってないよ。へんじん」
「そこだよ!」
「とりあえず、俺はお前「マリアだよ」……マリアが洗礼の時に呼び出されたというのは前の説明で理解したよな?」
「うん、わかった」
「……じゃあまず俺のことを説明する前にマリアに聞きたいことがある。マリア、お前が洗礼を受けた時のことを教えてくれ?」
「ん?えーと……」
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「マリア、綺麗に着られた?」
「うん、ばっちりだよー」
まず洗礼を受ける前に私は真っ白い服を着せられました。
その服はなんでも遥か東の地に伝わるもので、名前はたしか『ユカタ』という着物らしいです。そしてユカタは下着を着てはいけないらしく、なんだかスースーするのが気持ち悪かったです。でも洗礼を受けるために着なければならなくて、しかたなく着ることにしました。
でも綺麗に着られてお母さんに褒められたので一応良しとしておきます。
「それでは、今より『マリア・ログベール』の洗礼を行います。ではマリア様、前へ」
司祭様は私の準備が終わったのを確認し、私の呼び方を『ちゃん』から『様』にかえて言いました。
私は言われた通りに前……洗礼の池の前へ進みました。
「マリア様、その中に手を入れて下さい」
司祭様がそう言うと、私は頷き池の中に両手をゆっくり入れます。
池の水はひんやりしていて、私は最初滝ばかり見ていたので気づかなかったのですが、その水はびっくりするくらい透明で、その向こうには底の無い闇が広がっていました。
「っ!」
「気をつけて下さい。その池に溺れると二度と浮かんでこれません。昔池の底を調査隊に調べてもらったことがあるのですが、そして調査隊員三人ほどが池の底へ進みました。調査隊員の姿が見えなくなって数分後、隊員につけていた命綱の引っ張りが弱くなったのです。私達は急いで縄を引き上げたのですが、そこに隊員達はいませんでした。縄には千切られた跡もほどかれた跡も全くありません。隊員だけがいなくなっていたのです。縄はしっかり固定され、すっぽり抜けるような括り方はしていなかったのにです」
まぁ溺れても私達が見ているので大丈夫ですよ。と司祭様は微笑みながらそう言いました。
いや全然大丈夫じゃないですよ。というよりそんな説明したらみんな恐がって近づけないじゃないですか。
頭の中で文句を言いつつも、私は司祭様とお母さんに言われた通りにやることをやります。
「……」
私はゆっくり目を瞑りました。
すると目を瞑ったせいなのか、目以外の感覚が鋭くなった気がします。特に水の中に入れている私の手が一番敏感になって、水がとても冷たくなりました。感覚が鋭くなって少しすると、両手から不思議な、水の冷たさとは別の感覚が流れこんできました。
「ふむ、順調ですな」
「ええ、このまま何事もなければ良いのだけれど……」
「……」
ここは、どこ?
つめたい
体が、つめたい
まるで、水の中にいるような……
そうだ、何か言うんだった
えーと……
「汝に幸あれ、我に光あれ」
プシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ
マリアのいた場所を中心に洞窟の中の水が輝きだす。それを見てクレアは驚いた顔をして数歩前へ進み、その後ろで司祭がいつものことかのように微笑んでいる。
「っ! 水が!」
「この輝きは……始まりましたよ」
「『神降ろし』が」
その司祭の言葉はだれにも聞こえなかった。
私は……だれ?
私は、私の名前は……
「私はマリア、『マリア・ルー・ログベール』」
††††††††††††††††††††††
「というわけです。その後のことは気絶してしまったらしく覚えていません、まる」
「ふーん……」
マリアの話がおわり、ルシファーはどうでもよさそうな顔をしながら返事をします。
「なんですか、興味がないなら聞かないでください」
「いやいや、そういうわけじゃねぇんだ。そんなことがあったんだなぁ、てな。それに、一応俺はマリアに感謝してんだぜ?」
「感謝?」
「ああ、これは俺がマリアに呼ばれる前の話なんだがな。前も言った通り俺には上位の神と同じくらいの力を持っていた。だから俺が神に代わって世界を調整しよう、と言って神と戦ったわけだがあえなく失敗、俺の体はボロボロになりマジヤベェ、って時に呼び出されたわけだ。まぁ、マリアは所謂命の恩人ってわけだ」
「うむ、よきにはからえ」
「どこで覚えたんだそんな言葉……」
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「ふむ、今回も無事『神降ろし』を終えることができました」
薄暗い洞窟の中でそう男は言う。
男は何か考え事をしながら歩みを進める。
「しかしまだ時間がかかる……、その間にバレないか……」
男は焦った様子で呟く。が、足を止め顎に手をあてながら数秒ほど考えこむと、ニタァと不敵な笑みを浮かべた。
「いや、バレないさ、うん、うん、バレない、いや、バレるはずがない。じゃないと何故私がこの立場につけられるのだ」
クックック、と男は笑い足を進める。
その後ろ姿には暗い靄がかかっていた。