友達
注意、メタ発言はありません。
「ルシファー。私は最近思うことがあるの」
ある日の朝、私はそう言いました
『淫霧の森』から抜け出し、とうとう私達の家に着いてから一月ほど経ちました。
お父さんは初めての領地の統治に四苦八苦していて、お爺様とシュトールさんはお父さんを指導するのに四苦八苦しています。お母さんは大切な用事があるとかで留守にしています。さらに使用人達は数人しかいなく、食事とお風呂の時にしか私のところにきません
まだ五歳の子供がいるのに今のこの状態はさすがの私もちょっとおかしいと思ったりします。
まあ、そういうことで、私、今とても暇なのです。
「なんだよマリア」
私の真上から、黒髪赤眼の黒い翼を生やした二十代前半の見た目の男性、ルシファーが現れました。
彼は私と契約(?)した天使で、基本的に家族の前に現れず、私の前でさえ、こうやって呼ばなければ出てきません。
「私って、一応この小説のヒロインですよね」
「いきなりメタ発言とかやめてくれない?」
「まあとりあえず、私はヒロイン、つまり女主人公なわけですよ。なのに私全然活躍してないじゃないですか。ねぇ、一度だけこの小説のタイトル言ってくださいよ」
私の横でふよふよ浮いているルシファーに詰め寄ります。
「……もう止めない? この芝居」
「そうですね、飽きました」
私は目の前にある厚い本を閉じました。
さっきやっていたのは私が読んでいた小説を実際に演じてみるというごっこ遊びです。
さっきも説明したように、私は今とても暇なのです。暇すぎてごっこ遊びで使った本が私の身長を越えそうになるほど積み上げられてしまいました。
私はゴロンと後ろに倒れ、ボーッと天井を見上げます。
「……鳥になりたい」
「鳥だって楽じゃないぜ。強靭な胸の筋肉がないとろくに飛ぶことすらできない」
「ルシファーに言われると説得力ない」
「うるせ」
ルシファーは背中にある黒い翼をまったく動かさずに空中で静止しています。その翼いらないですよね、私に下さいよ。
「……お母さんも、お父さんも、遅い」
無駄に広い部屋の中で、私はお母さんとお父さんのことを考えます。
いつこの部屋の扉を開けて私の名前を呼んでくれるんだろう。いつ私と遊んでくれるんだろう。何度も何度も自問自答します。しかし答えは返ってきません。
「そんなに会いたいのか?」
「うん」
「何か方法はないのか? たまにここにくるメイドに聞くとか」
「ううん、メイドとかは私と少し距離感があるの。だから私が話しかけると逃げるかもしれない」
お父さんが当主になって、本邸に戻ることになって、それで忙しくなって、お母さんもどこかに行っちゃって。私は独りぼっち。
私は外を眺めました。そしてあることを思いつきました。
「そうだ、外に出よう」
「……は?」
私が拳を握り締め決断するのと同時に、ルシファーの間の抜けた声が響きました。
††††††††††
メイドが次に来る時間は夕食の時間、つまりあと五時間くらい。その隙に窓から脱走し近くの町かどこかへ行く。そして一時間ほどしてからゆっくりと家に帰る。
「その名も、『マリアはじめての脱走』」
「いやいや、ちゃうやん。そうじゃないだろ。まず脱走するところから間違ってるだろ。いい子だから早く家に帰りなさい」
「私悪い子だから家に帰らない」
「そろそろ怒るぞ!」
そう言いつつも、その気になればできるのに無理矢理帰そうとしないルシファー。黒いのに結構優しいようです。
「さて、近くに村とかないかな?」
「北の方が近いな。まあ一番近いのはログベール邸のある町なんだがな」
何言ってるんですか、あそこでうろうろしたら主にお母さんにバレてしまうじゃないですか。そう考えたら少し離れた村の方が何かと安心です。
「じゃあ北へレッツラゴー!」
「俺しらねーぞ」
そうして、何事もなく数十分で北の村に到着しました。
「人がたくさんいるね」
『大体四千人ちょっとか。まあちょっと多いくらいか?』
頭の中でルシファーの声がしました。さっき村に近づいた時、ルシファーは人に見られたくないからと消えてしまいました。
まあ今はそんなことは別にどうでもいいです。
私は初めて一人で来た村を見渡し、心臓が高鳴りました。
そしてとうとう村に入り辺りを探検しようと考えていた私は、体を縮こまらせていました。
周りの人がこちらをチラチラ見てくるのです。なんというか、恥ずかしいです。
「ちょっとちょっと」
私がモジモジしていると、横から誰かに声をかけられました。声のした方向を見ると、少しぽっちゃりしたおばさんが私を見て手招きしていました。
おばさんの方へ行くと、おばさんは手に持っていた可愛らしい服を私に差し出しました。
「自分の格好見てみな、服がボロボロじゃないか」
え、と思い下を向くと、服が千切れたりして汚れていました。きっと途中で枝とかに引っ掛かってしまったのでしょう。
「ありがとうございます。でも、できれば動きやすい服がいいな」
「なんだい、まだ甘えたい年のくせしてそんな注目してくるなんてねぇ。いいわよ。ちょっと待ってね」
フフッ、と微笑んで、おばさんは服屋の奥へ入っていきました。
『よかったな、良さそうな人で』
『うん、何か恩返ししてあげないとね』
おばさんが服屋から出てきて、動きやすい服を持ってきてくれました。私はおばさんに服を着るのを手伝って貰いました。
ありがとう、とまたお礼をして、私は服屋をあとにしました。
「よおお嬢ちゃん。このパン美味しいぜ、ちょっと食べてみないか? お代はタダでいいよ」
「あら可愛い。そうだ、果物あげるわ、お礼なんていいのよ、買いすぎちゃったものをあげるだけだから」
他にもカバンを貰ったりと、通る人通る人にいろいろ貰ってしまって、ある意味困ってしまいました。
しかし本当にいらないものを貰った気がします。このカバンも大きすぎて、元の持ち主のおじいさんには必要のないものでしょうし、パンも売れ残りで、果物とか食べ物類はほとんどが傷んでいました。そう考えるうち、これは彼らの親切心というより嫌がらせ
ような気がしてきました。
「カバン、重い」
『……ドンマイ』
私がカバンを運ぶのに四苦八苦していると、誰かが私にぶつかってきました。
「うわっ」
「きゃっ」
ぶつかった反動でしりもちをついてしまいました。おばさんから貰った服が。
「テメ、どこ見てんだよ!」
目の前には、短い茶髪の私と同じくらいの年の男の子がいました。
「オイ! 聞いてんのか!」
おばさんから貰った大切な服が、着て少しして汚れてしま――うるさいですねコイツ。そういえばコイツがぶつかってきたから汚れたんですよね。
「オイ聞いてブッ!」とりあえず殴ることにしました。
『オイィィィィィィィィィ!!』
頭の中でルシファーが男の子と似たようなことを言っている気がしますが、今はどうでもいいんです。今は服を汚したコイツをどうするか考えないと。
「お、ちょっ、まっ」
「ちょっと、なにやってんだいあんたら!」
男の子が仰向けに倒れマウントしてボコボコにしていると、さっきの服屋のおばさんが止めに入りました。
私を男の子から離しおばさんは事情を聞きました。男の子は私が自分にぶつかってきてその上殴ってきたとか何とか言っていました。もちろん前半は嘘ですよ。私はおばさんに正しいことを説得しました。私が荷物を運ぼうとしていると向こうがぶつかってきて、おばさんに貰った服が汚れたから怒って殴ったと。
まあ最終的に喧嘩両成敗ということでこのことは終わりました。
「はぁ、まあ、ごめん」
「……いいよ、同い年の子とこんなことしたの初めてだったから」
「そういや、見かけない顔だな、名前は何ていうんだ?」
「……マリア・ルー」
とりあえず名字を隠して、真ん中の名前を名字のようにしました。
「そうか、俺は『ハッシュ・バートン』だ。ハッシュって呼んでくれ。よろしくな、マリア」
そう言って、ハッシュはニカッと笑い、右手を前に出しました。私も右手を出し、互いに握手を交わしました。
この日、私に生まれて初めて友達ができました。