光に向かって
一章のタイトル変更しました。
「うっ、ひっぐ、ぐすぅ」
「……」
初めてまして読者のみんな、オレの名前はサラマンダーだ。今目の前でマリアが泣いているんだが、その前に今までのあらすじを説明しておこう。
二十日ほど前、オレの相棒ジルシュ、そしてその妻のクレア、二人の父親のバン、最後にオレの目の前で泣いているマリアの四人はログベール領へ向けて出発したのだ。
途中までは順調だった。馬車に乗って村へ町へ移動していき、途中に遭遇した盗賊を難なく蹴散らした。
しかし今日、事件がおこった。
いや、あれはもう事故と言っていいだろう。なんせアイツに遭ってしまったんだからな。
エンシェントドラゴン
『魔物』という、魔力を体内に宿し、他の生物を見境なく襲う生物に分類されている。他にも魔物と呼ばれる条件があるが、それは置いておこう。とりあえず、奴エンシェントドラゴンとはその魔物の中でも伝説級という、魔物の強さなどを分けたランクの中では最上級の階級に入る生物だ。クレアとバンならば伝説級はなんとか倒せる。だが、今回の相手は風と火を制する竜種、相性が悪すぎた。
だが考えるとおかしな点がある。エンシェントドラゴンはドラゴンの中でも基本的に争いを好まず大人しい方で、よっぽどの理由がない限り攻撃なんてしない。だが、アイツはいきなりオレ達を襲ってきたのだ。アイツの縄張りでもないし、あそこに現れるなんて異常としか考えられない。
まあ、そしてアイツによって俺達は崖から落とされてしまったんだ。オレが本気を出せばよかったんだが、いきなり襲われたことと、マリアを助けることで精一杯だった。
さらにオレ達が落ちた場所がこれまたタチが悪い。
『淫霧の森』という、世界的に立ち入りが禁止されている超危険地帯に入ってしまった。
この森から現れる霧は侵入者に幻を見せ、そしてどこからか湧いて出てくる生物が、幻にかかった侵入者を喰らう。オレ達はそんな場所に入ってしまったんだ。
まあ入ってしまったのは仕方ない。とりあえず今の問題をかたずけよう。
「うっ、うっ」
さっきからオレの目の前で四つん這いのような姿勢になり、両腕に顔を埋めながら泣いている少女、マリアをなんとかしなければならない。
正直なところ、ずっとここで待機しているのもまずい。こんな危険な場所で動かずに泣いていたら、それはもう食べて下さいと言っているようなもんだ。
でもコイツが泣くのも無理はない。だってマリアの母親があんな目にあっちまったんだからな。
オレには親なんていねぇが、親しい奴が酷い目にあうと苦しくなるだろぅな。そしてそれが、より強い繋がりをもつ奴だったら尚更だろう。
ま、今はそんな同情なんてしてるヒマはねぇ。さっさとコイツを慰めて、アイツらの所へ行くかぁ。
††††††††††
「うえっ、うっ」
お母さんが、お母さんがぁ。
「うっ、わたしのっ、せいで」
お母さん、お母さん。
「お母さんっ」
「おい」
えっ?
「……確か、お父さんの」
「ああ、オレはアイツの相棒のサラマンダーだ。と、ちんたら自己紹介をしているヒマはねぇんだ。いいから今すぐここから離れるぞ」
「離れて、どうするの?」
「あぁ? そりゃお前、ジルシュんトコに行くに決まってるじゃねぇか」
え
「いやぁ!」
「お、おいっ! どうした!」
「いや、いや、私、お母さんに、お母さんにぃ」
「……」
会いたくない会いたくない会いたくないっ。
嫌われる嫌われる嫌われるっ。
「なぁ、オレの話を聞いてくれよ」
「?」
「オレは昔な、昔はかなり荒れてたんだぜ」
「今も荒れてるよ?」
「うっせ。まあその時のオレは自分が世界一最強だと思っててなぁ、調子に乗ってたんだよ。だけどそんなオレにも、親友ってのがいてな。あんな性格のオレだけど、アイツとだけは長くつるんでたっけなぁ」
サラマンダーは側の木にもたれかかって、続けます。
「そんなある日な、オレがいた村が襲われたんだよ」
「ドラゴンが襲われたの?」
「ああ、当時はオレもみんなも驚いたぜ。種の中で最強と呼ばれるオレ達と戦う奴らが現れたんだからな。まあ襲われたってんだからオレ達も応戦した。だけどよぉ」
「?」
サラマンダーは悲しい顔をしながら下を向きました。その顔の変化はなくても、周りから発する空気が私に、そう告げている気がしました。
「……怖じけづいちまったんだよ」
「っえ?」
「まず、オレ達を襲ってきた奴らはな、一種類だけじゃなかった。豚も狼も猿も、いろんな奴らが結託してオレ達を襲撃したんだ。普通ならそんな雑魚共には負けないんだが、仲間はぁどんどん殺されていった。それで、さっきも言ったように、オレは自分のことを最強だと、自惚れていたんだ。だから、オレは、仲間が死んでいくのを見て、そして自分の命なんかどうでもいいという風な目をしながら戦うヤツらに、ビビっちまったんだよ」
「そしてオレの体がうまく動かなくなってな、不覚にも、後ろからやられそうになったんだ」
「なった?」
「そうさ、さすがにオレもヤバいと思ったんだ。だけど、それからオレを守った奴がいた」
「それが、貴方のお友達?」
「そうさ、アイツらの攻撃なんざオレにはほとんど効かねぇ。まっ、ドラゴンを次々に殺したんだ、もしかすると効いたかもな。でもアイツはオレを突き飛ばして、代わりに敵の攻撃を受けたんだよ」
「そんなんだ」
「そんでオレはアイツんとこに行って、謝った。すまねぇ、すまねぇって、泣きながら謝った。するとさ、アイツは突然、オレを思いっきり殴ったのさ。殴ってるのはアイツの方なのに、自分が一番痛いみてぇな顔してよ。そんでアイツは言ったんだ。『謝るな』ってなぁ」
「……」
「『あれはオマエが危ないと思ってやったんだ。せっかくオマエを守れたのに何故謝りに来る。それでは自分のしたことが無駄みたいに思えてくるじゃないか!』ってな。そう言いながらアイツはオレを何度も殴った。そしておれは何度も謝った。でもあの時の謝罪はアイツに迷惑をかけてしまったことじゃねぇぞ。オレの発言で、アイツの苦労が無駄だと思わせちまったことに対して、謝ったんだ」
「……」
「あー……つまりだなぁ! オマエの母ちゃんは好きでオマエを守ったんだ! だから自分のせいだなんて思ってないで、ちゃっちゃと起きやがれぇ!」
「……」
「そしてアイツらんとこへ行って、テメェの母ちゃんに抱きついて、『ありがとう』って言えば良いんだよ!」
「……無理だよ」
「あぁん!?」
「それはサラマンダーの話でしょ? 他の人達がどうかなんてわからない。危険に晒されている友達を見捨てるかもしれない、巻き込まれて、友達を責めるかもしれない。だから全部私のせいなの。だから、お母さんに『ありがとう』なんて言えるわけないっ! お母さんだって、きっと私のことを嫌いになってるっ!」
支離滅裂な言葉だけど、何か吐き出さないといけない。そして、その言葉を私にぶつけるんだ。
「……バカヤロウ」
サラマンダーはそう言った後――触られた感触はしませんが――私の頭を撫でました。
「……家族なんだろ?」
「っ!」
「親が子供のことを嫌いになるなんてほとんどねぇ。絶対にねぇとは言えないが、アイツらはオマエのことが大好きだ。嫌いになるわけないだろ。それに、オマエはどうなんだ? アイツらに巻き込まれたら、アイツらのことを嫌いになるか?」
「っ! ならない! 私はずっと! お母さんや、お父さん、お爺様のことずっと大好き!」
「へっ、なら良いじゃねぇか。アイツらもオマエと同じ気持ちなんだ」
「同じ、気持ち? そうなの?」
私はサラマンダーに聞きました。でも、もう心ではわかっていて、だんだん私の胸はあったかくなってきました。
「ああ、アイツらは、オマエのことが大好きで、オマエが危険な目にあうと自分の身も鑑みずに駆けつけて来る。そんな奴らだ。だからオマエが泣くとアイツらは悲しい顔になるし、オマエが笑うと、アイツらは嬉しくなる」
「うんっ、うんっ」
「だからよぉ、笑え。そいで、『ありがとう』って言う。今はそれだけでいい、五歳の子供が難しいこと考えんじゃねぇよ。いいな!」
「うんっ!」
私は元気よく応えました。今も私の目からは涙が流れていますが。それはもう、お母さんに対する自責の念などではなく、感謝と嬉しさで出来たものでした。
私は立ち上がり、お母さん達を見つけるために歩き始めます。
小さいけれど、はっきりと見える、光に向かって。