比翼連理の契り
私には婚約者が居る。
中学生の時に親同士が決めた政略結婚。今時そんなことあるんだねと友人には哀れみを込めた目を向けられたが、悲観的になるほど悪い人ではない。
松田八尋という名前の高校二年生。同い年だ。視線を向けるだけで睨んでるように見える目付きの悪さと、白雪のような肌をしているのでひそかに狐とよばれてるらしい。確かに似てる。
頭も良くて年寄りと子供には優しいのだが、口数も少なくてどこか気難しい。
この間も幼馴染である清春との出来事をうっかり口にすれば不機嫌な顔で睨まれた。清春と八尋は中高と同じ学校に通っており色々因縁があるそうなのだが、清春が実は親友だと笑うのでよくわからない仲だ。
女子高育ちで身近な男友達なんて清春くらいしかいないので口に出してしまう私も悪いのだが、それくらいで不機嫌になられてもと呆れてしまうこともある。
お互いまだ手探り状態だが仮面家族は嫌だなと、二人で寛いでるときに今より少し仲良くしませんかと提案したら押し倒されたのは段階を些かすっとばし過ぎではと焦りましたとも。
こういう歩み寄りも婚約者だと有りなのか?恋人ではないけど婚約者だから有りなのか?
凄く疑問ではあったけど隣で眠る姿は妙に可愛く思えたのでまぁそう悪い気分でもない。
+ + +
八尋はまめである。通う学校も別だし生徒会や部活で忙しい人なので中々会えない時もあるのだが、そういう時は必ず手紙が届く。
ちなみに内容は美辞麗句を並べた私に対する恋文。はじめて読んだ時はギャップに驚きすぎてコーヒー吹き出した。なんだろうこれと無駄にドキドキしながら無難な返事を送ってしまったのだが顔を合わせてみてもかなり平然としてドライな感じだった。
絶対にこれは何かおかしいと次を読んだときから疑ってかかっていた。リサーチしてみればが敬愛している生徒会長がこれはもう彼女にまめまめしいので真似をしているのではないかという結論に至った。
清春から話を聞いてみると、まめまめしい生徒会長より副会長とやらがあやしい。知的でユーモアにあふれた王子様気質で策士らしいので後輩に要らぬ知恵を与えて、ついでにゴーストライターも兼任しているのではないかと見ている。
恋しすぎて胸が張り裂けそうだとか、会えない時は私のことをずっと考えているとか。そんな言葉をあの八尋がいうものか。聞いたことないぞ。
浮わついた文章に赤面するよりも白々しくなってきたので暇ができて久しぶりに自宅に顔を出した八尋に突っ込んでみた。
「あのね、八尋、手紙についてなんだけど」
「なんだ?」
「無理してかかなくてもいいよ。面倒でしょう?」
まめまめしい八尋の姿を見かけるたび清春は連絡なら携帯使えばいいじゃないかと後ろで眺めているらしい。余計な世話だと喧嘩になるとこまでがお約束のオチだそうだ。幼馴染は効率主義者で夢がないとは思いつつ半分は同意している。
1通2通の話ではないだけに文面を見るたび考える側も大変だし、清書する手間を考えると更に大変だろう。そう考えての言葉だったのだけど八尋の機嫌が見るからに悪くなった。
眉を寄せてきつく睨みつけられ笑顔がひきつる。
「……返信が面倒なのか?」
「私は自分の近況を好き勝手書いているだけで苦に思ったことはないけど」
「俺もただ思ったことを書いているだけで面倒だとは思っていないが」
真顔で返された。
そのまま数秒見つめあう。
えーっと、ちょっと待とうか。さらりと言われたけどちょっと待とう。
「副会長さんが原書書いているのでは?」
「忙しい副会長にそんな私事でお手間を取らせる訳がないだろう」
当然のように言い切った八尋の言葉を脳内で整理する。
あの美辞麗句、恋文と呼ぶにふさわしいまでの心の機敏。あれは全部そのまま婚約者殿が書いた本心だということ。
驚きすぎてまじまじ見つめると顔を背けられた。それって単純に考えてみるとこうなるよね。
「……八尋って私のこと好きなの?」
「婚約者とはいえ嫌いな女を抱くものか」
何を今更という響きに、そうですね何度もそういう行為してますねと頬が熱くなってくる。
不思議そうに首を傾げる姿に床ローリングしつつ土下座をしたくなった。私はとても捻くれた思考してました。それが全部一方的な誤解でつまりだな、落ち着け。落ち着け。
落ち着けないよおおおお!ベッドの上においてあったクッションに顔ごと突っ込む。もう無理。八尋の顔みていられない。
「瑞季、どうした?具合でも悪いのか?」
無愛想で冷たい響きだと思っていた声色が一気に心配の篭った暖かいものだと変換される。
これはヤバイ。色々な意味でヤバイぞ。元から八尋のことは結構好きだとは思っていたけどもう駄目だ。完全に降参だ。
「私も好きじゃなかったらこんなに頻繁に傍に居ないなって、今、心底思いました」
高鳴る心臓を押さえながら深呼吸。照れつつも自覚した恋心にこそばゆい気持ちで八尋を見ると白い肌が赤く染まっていた。
悲鳴をあげたくなる位キュンキュンとしてしまいクッションを抱きしめて固まっていると、ぼそりと「心臓に悪い」と呟く声が聞こえた。そんなのこっちの台詞だと居たたまれなさに泣きたくなっていると、八尋が徐に立ち上がってベッドに上がってくる。
至近距離で見詰め合うとドロリとした熱情が浮かんでるのに気づいて震えた。でもきっと私の瞳にも同じ熱が揺れている。
近づく呼吸に眼を閉じて背中に指を這わせた。
恋は盲目、とはいうけれど、盲目にならなければ見えないものもあるらしい。
例えば二人の世界とか。