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From 0 to O  作者: 芦静一
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06

 狭い狭い洞穴のような道を抜けると、そこはくすんだ夜空が広がるロータリーだった。昨日私が蝶、いや、蛾を追いかけて派手に転んだ辺りだった。こんな所にも、もう一つ抜け穴があるなど、生まれてからずっとここにいる私もそれまで知らなかった。

 「シュウおじさんが掘り出したんだと。この脱出口」

 冷は私に目を向けることなく言った。それを聞いて改めて見てみると、出口のところだけ瓦礫が撤去されているようにも見える。何年もこの辺りを散策している私が気づかなかったということは、この通路を再整備したのはつい最近だろう。昨日私が転んだのも、瓦礫の位置が今までと変わっていたからかもしれない。


 「なんで、冷がそんなことを知ってるの?」

 「聞いた。シュウおじさんに、昨日レノが寝てから」

 「え、だって昨日は冷の方が早く・・・まさか、寝たフリをして、私が眠るのを待ってたの?」

 「その通りだよ、そういうことだ。お前が寝てから、今日の作戦について、詳しく説明された」

 少年の気の抜けたようなその言葉に、頭の中が沸騰しそうなほどの怒りを覚えた。

 「なんで! 私は除け者なの・・・!」

 「おじさんはお前を守ろうとしてたんだよ。だからお前には、伝えられなかったんだ」

 「どういうことっ! それってまるで、私には何も出来ないような言い方じゃない!」


 「その通りだよ」

 少年は躊躇いも含まずそう言った。

 「俺たちには何もできない。昨日まで俺が立ててた作戦も、何もかもこの世界じゃ通用しないってわかった。甘いんだよ、俺たちは」

 「だとしても、力にくらい・・・」

 私を封じて、冷は続ける。

 「世界はもっと残酷で、汚い。正義なんて、どこにもない。護りたいものがあれば、その何倍もの代価が必要なんだ。夢と希望なんて、足手まといだ」

 足手まといなんだよ。少年はもう一度繰り返して、振り返る。決意がこもった、悲しい目をしていた。

 悔しさに、唇を噛む

 「逃げるぞ。シュウおじさんの覚悟を無駄にしないように・・・」


 暗くなった瓦礫の町に、空気を裂くような音が鳴り響いた。地下室に攻め込もうとしている武装兵達に居場所を示すような行為だったが、そんなことはどうでもよかった。

 「・・・ってめえ、何すんだよ!」

 私に平手打ちされた右頬を押さえながら、冷は声を荒げて怒鳴った。本気の怒りが目ににじみ出ていた。

 私はその叫びを無視して、脱出してきた脱出経路へと歩みを進める。意図に気づいたらしく、少年はすぐに私に駆け寄り、左腕をがっしりと掴んだ。

 「何やってんだ! 駄目なんだよ、俺たちじゃ! 助けられねぇ! 三人揃って逃げるなんて出来っこないんだ!」

 

 「じゃあ、死んでやる」

 私は左手を握った細い柔らかな手を強引に振り払った。

 「助けられないから諦めるなんて、出来ないから」

 「お前、わかってん・・・」

 「わかってるよ!」

 我儘(わがまま)。今の私が十分そうであることを自覚して、なお少年に言い放つ。

 「私は弱いし、甘ったるいし、一人じゃ何にも出来ないくせに夢ばっかり見てるクソ餓鬼なんだって、痛いほどわかってるよ! それでも・・・手放したくないものは絶対手放さない。これだけは絶対に譲れないんだ!」

 おかしいじゃない。

 自分の心を、人からおかしいって言われたくらいで

 変えるなんて、おかしいじゃない。


 呆然として立ち尽くす少年をその場に取り残して、私は地下室へと駆けていった。暗い通路の中、何度も自分が殺される恐怖と、シュウおじさんのいない未来への恐怖を天秤に掛けた。結果は何度やっても同じだったが。

 怖い。シュウおじさんを失って、平然とした顔で過ごす自分が。大事なものを奪われるのに慣れてしまった自分の姿が。今自分は大事なものを護るのではなく、哀れな未来の自分を殺すために走っている。そう思えた。

 段々と視界が明るくなっていき、ついに見慣れた廊下へとたどり着いた。どこだろう。シュウおじさんは、どこにいるんだろう・・・

 「これでお別れだな・・・クソ兄貴」

 心臓が大きく鼓動する。誰かに似ている声が、目の前の扉が開かれた部屋の中から聞こえたからだ。

 「約束してくれ、ゼロ」

 今度は、私の知っている本物の声が聞こえた。古ぼけた眼鏡をかけた男の声だ。

 「あいつらは逃がす。せめて殺すなんてことはしないと約束しろ。」

 「ゼロ・・・ねぇ」

 シュウおじさんの声を少しだけ高くしたような声は、嘲笑を含んでおじさんに告げた。

 「懐かしいあだ名じゃねぇか。これでも気に入ってたんだぜ? アルファベットの(オウ)だから、ゼロだって」

 どういう事なのだろう。話の流れからすると、この部屋の中には、シュウおじさんとその弟がいることになる。

 その弟は、自分の名前を(オウ)と言った。私はそんな名前の人物を一人知っている。

 神矢央(かみやおう)。二十年前の大粛清を行った殺戮者。私たちにこんな運命を授けた犯人。

 「答えろよ、約束するって!」

 信じられない。

 確かに私たちはシュウおじさんの上の名前を知らない。自分達にないものだったので羨ましく、聞く気にもならなかったからだ。

 シュウおじさんがあの神矢央の兄弟だなんて。

 「わかったわかった。愛しの兄上の頼みなら、仕方なく聞いてやらんこともない。それはそうと・・・・」


 次の瞬間、背筋に強力な寒気が走った。

 「そこでコソコソしてんのが、お前の隠し子か? (しゅう)

 目が合う。合わさせられる。鋭く冷たい視線は、目を逸らせば直ぐにでも殺されるのではないかという緊張を喚起させた。

 「出て来いよ嬢ちゃん。お前のパパの臨終だ」

 「零乃! 何で戻ってきた!」

 膝が震え、涙腺が熱を帯びる。本物の殺人鬼とシュウおじさんの二人の目に見つめられ、心を握りつぶされるような感覚に襲われる。

 何か言わなければいけない。シュウおじさんに謝って、鷹の紋章を背中に背負ったあの男の人を倒さなければいけない。なのに、私の役立たずの喉は、どう足掻いても惨めな掠れた声しか出せなかった。


 「悪い、おじさん。守りきれなかった」

 後ろから、声がした。

 「冷、お前までなんで・・・!」

 おじさんの顔が驚愕に変わる。深い憂愁を含んだ驚愕だ。

 「レノのせいだって。叱るならレノにしてよね」

 答える少年の顔は、対照的に驚くほど平然としている。

 「冷、何で私についてきたの?」

 「お前が死んでやるなんて言うからだよ。無理に連れ戻せそうにもないから、一緒に死んでやろうって腹を括っただけ」

 あくまでも平然として、少年は言い放つ。

 大変な事をしてしまった。冷まで道連れにしてしまった。私はなんて最悪な子なんだ。自分を殺したくなるような悔いの反対側には、一方で、ここまで追ってきてくれた家族への感謝が確かにあった。命を投げ出すとまで言って勝手に飛び出してきた私の隣にいてくれる少年を、今まで以上に愛しく思った。


 死は赦してくれない。

 「良い家族じゃねえか、周兄よぉ」

 青年は、鷹のような目に愉悦を浮かばせ、こう言った。

 「十分待ってやる。その間にどうするか決めな。お前はぶち殺すが、そこの二人はまあ見逃してやっても構わない。さぁ、どうする?」

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