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From 0 to O  作者: 芦静一
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04

 翌日も同じように、私は冷と住処のプラットホームから飛び出し辺りを探索していた。染みが浮いたコンクリートのターミナルの中心、冷は急に座り込んでその染みだらけの地面を観察し始めた。

 「・・・何やってんの?」

 「ちょっと、待ってくれ。少しだけ考えたいことがある」

 仕方なく、私は一人で遊んでいることにした。さあ、周りを見てみよう。

 とわざとらしく声に出して言って、周囲に面白いものがないか探してみるが、当たり前のようにそこには静まり返った瓦礫片だけが転がっていた。

 不安になって冷を見てみるが、相変わらず私には目もくれない。ちょっかいをかけてみようと企むが、ここで舌打ちなんかされると本格的にへこみそうなので止めておいた。

 ふっと、目の前を茶色の蝶が通っていった。

 これはチャンスだと、それを追いかけていく事にした。秋の日差しの中をそれなりの服装で走り回ると、体が沸騰しそうになり全身の皮膚が汗でグダグダになった。秋風も全く意味をなさない。

 「まって~!」

 ふよふよと飛んでいく蝶を必死に追いかけると、足下にある段差を見落とした。


 重力に逆らい、逆らい、そして瓦礫の山に頭から突っ込む。

 わあ、空が青い青い。

 と、思考の止まった状態で仰向けになったまま空を見上げる。

 視界の端に、どろっと影が流れ込んできた。

 「いやあぁぁああ~!」

 何で? 呪い? 皆既日食? 突然?

 どんどん浸食されていく視界に錯乱し、何が起こっているのか訳が分からないまま嫌な不安だけが溢れだす。

 全身を滑り落ちていく汗の粒が胸騒ぎを呼び起こし、どんどん恐怖へと墜ちていく。無我夢中で少年の名を呼んだ。暗黒の中で必死に。何度も。


 「お前は馬鹿かよ!」

 何の兆しもなく、右手首を掴まれた。

 

 その手の冷たさに、体の奥の恐怖が、消えるわけではなくただ冷めていくのを感じた。


 そのまま彼は腕を引っ張り私を立たせようと試みるが、私はそれを拒否した。何度も引っ張られるが、断固として立つことを拒む。

 「・・・なんのつもりだ」

 「・・・だって」

 不自然な静けさが、私の感情を揺らした。


 「もうちょっと優しくしてくれても良いじゃない! ずっと一人で黙り込んで相手してくれないし!」

 それは、と少年の口が動こうとしていた。私はそれを封じるように言い放つ。

 「私にはアンタしかいないの! 助けてよ!」

 あ、やばい。

 そう思うより早く、涙が制御を振り払って零れた。恥や後悔のモヤモヤを越え、どうとでもなればいいという投げやりな気持ちが頭の中を支配して・・・


 「ああ、クソ」

 少年の掠れたようなまだ高い声が耳に届き、私は思わず息を止めた。少し遅れて頭の上に、躊躇いを含んだ様子でそっと手が置かれた。

 「わりい、なんだ・・・いっぱいいっぱいだった。いろんなことが不安になってて・・・さ」

 そっと目を開けると、光が飛び込んできた。

 「あれ、見える? なんで?」

 「馬鹿か。お前自分の顔触ってみ?」

 言われたとおり指先で頬をなぞると、べっとりした感触がした。慌ててその正体を確かめる。

 「血?」

 そうだよ、と呆れたように言われる。

 「涙で目から流れたんだろ」

 日差しのなかで笑む少年の顔を見て、はっと自分が涙を流していることを思い出した。恥ずかしさ援軍を連れて舞い戻ってきた。

 頭がのぼせ上がって、とにかく何か言わなければ死んでしまいそうな危機感を感じた。

 「元はと言えばチョウチョが飛んでいくから!」

 「あれは蛾だよ、バーカ」

 「うるさいなー! なんか黙り込んでたから何をしてんのかと思ってたら、生意気だなクソヤロー!」

 あははははっ、と年相応の笑い声をあげ、少年はさっきまで立ち止まっていた場所までゆっくりと歩み寄った。

 「じゃあ、生意気ついでに一つ頼みごとをしていいか?」

 「なに~?」

 「ここ見ろ、ここ」

 少年の指さすところをじっくり見つめてみるが、やはり血の染みのついたセメント固めの道路しか見えない。

 「あれ? ここ、おかしいよね」

 「だろ。染みが直線になってる、しかも四本がきっちり垂直・平行に。人工的としか思えないような。これはつまり、ここにちょっとした段差があることの証拠」

 膝を折り、直に触れてみると、その直線の辺りで確かに隆起しているのが確認できる。

 「これって・・・」

 「工事のミスか、そうでなければ」

 地下への隠し扉か、だな。

 少年の余りにも現実離れした言葉に息を飲んだ。だがしかし、そう言われてもう一度よく染みの辺りを見てみると、そうかもしれないという気にもなる。

 マンホールのように地面に埋め込まれているが、引っ張りあげれば蝶番(ちょうつがい)駆動の扉のように開くのかも、と。

 「だとしたら、奥には何が・・・」

 「知るか。だからお前に頼みごとをしてんだ」

 何をするのだろう。面倒な予感。

 「この扉、開けるの手伝ってくれないか?」

 「やだよ」

 即答すると、冷は溜息をついた。そして落胆したような顔で言う。

 「あーあ、これで折角悪者退治が出来るのに」

 「え、なになに?」

 「だから、悪者退治。レノ、よく聞け。後何日後か、早ければ明日、悪いやつらが俺達の食べ物を狙って襲ってくる。この辺りには商店もないからな、そうしたい気持ちも分からない訳じゃない。だからこそ俺達はそいつらを追い返して、正義の力で改心させなきゃならないんだ」

 「え? 何で急に? てか、なんでアンタにそんなことがわかるの?」

 「いいからいいから」

 むすー。頬を膨らませてみたが、冷はただ微笑んで受け流すだけだった。

 「んで、そのためにこの扉を開けなきゃいけないの?」

 「そうだ」

 「なんでよ」

 「驚くなよ、この地下には伝説の武器が・・・」

 「ふざけんな」

 軽く睨みつけると、冷は意表を突かれたように瞬きをした。

 「さっきから嘘くさいと思って聞いてりゃ、何が伝説の武器だよ。そんなもんあるわけ・・・・」

 少年相手にそこまで言った時、ふと頭にあることが浮かんだ。

 大粛清。大量の殺戮兵器。

 それが隠されていたとしたら。

 「まさか、十年前の武器が地下に?」

 「ああ、そうだ」

 「なるほど・・・よし」

 私はセメントの、微妙に飛び出した段差に指を引っかけた。そのまま力一杯上へ上へと引っ張りあげる。

 「なにやってんの! アンタも手伝うの!」

 「お、おう!」

 そうやって同じように隠し扉を開こうとする冷の表情に僅かながら影が浮かんでいたことにも気づかないまま、私は一生懸命力を振り絞った。

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