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From 0 to O  作者: 芦静一
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02

 「今日は・・・疲れたな」

 隣で歩く冷がそう呟く。私たちは瓦礫が散らばる荒れた道を、トボトボと歩いていた。今日こそ何か良いものが見つかると信じて一日中散策していたが、やはりいつものように日が沈んだだけだった。

 「だね。まあ、部屋に籠もってもつまんないし、広いところに出れただけ良いと思おうよ」

 私の言葉を聞き、なぜか冷は不機嫌に足下の石を蹴り飛ばした。小さな(つぶて)は灰色の道を跳ね、突き当たりに積み重なる建物の残骸の中に消えていった。

 「ほら、今日の晩ご飯のことでも考えようよ」

 「んー・・・多分ロクなものじゃない」

 「えー、そんなことないって」

 「気づかないのか?」

 冷はその言葉を放つと同時に歩みを止めた。足下の影法師も、行儀良くその場に止まる。

 「ここ一週間、堅い米と美味しくないスープばっか。今までこんなことなかったのに」

 その声に悲しい響きを感じ、何故か悔しくなった私は、思わず言い返した。

 「だから! 今日はご馳走かもしれないじゃん!」

 冷は顔を赤くして言う私の顔を驚いたように見つめると、頬を緩ませて優しく言った。

 「かもな・・・だといいな」

 「・・・・・・」

 その表情の陰に、年に似合わない哀愁を感じ、思わず黙り込んでしまう。

 そして、私たちはまた静かに歩き始めた。帰るべきところへと。



 大粛正。それまでの常識ならまず現実では起こるはずもないと考えられていた、残虐な行為。野蛮な昔ならまだしも、人権の騒がれる現代でそんなことは起こらない。誰もがそう考えていた。

 だが、実際に起こってしまった。とある男のある言葉によって。

 『どこが人間だ。そいつら只ゴミじゃないか』

 ある日彼はこう言って、手始めに郊外の駅内に群がるホームレスを一掃した。その周囲一体の建築物を残らず破壊し尽くし、瓦礫のなかへ浮浪者を葬り去った。その犠牲者の数は一万人を越したと言う。

 それを皮切りに、全国各地で鷹の紋章を背負う悪魔のような人間達が出現し、蔓延(はびこ)るホームレス・ストリートチルドレンを次々に駆除していくのだった。


 現在も終結していないその粛正の最初の舞台、瓦礫と化した駅の構内には、無数の死体が埋まっているものと思われている。徹底主義の男の手により、生きているものは鼠一匹残らず駆除されたと思われていた。

 だが、その中にごく少数生き残っている者が確かにいた。廃材と廃材の間で密かに暮らしているもの達がいた。



 血のへばりついた階段を下り、かつては地下鉄のプラットホームだった空間へと進む。構内の空気は恐ろしいほど冷たく乾燥していた。私たちは二度と電車の通ることもない線路に飛び降り、そのまま電気の消えた自動販売機が並ぶ向かい側へと渡った。途中、錆び付いた赤いレールの上で、靴の底が音を立てた。

 車線から歩道に這い上がり、そして更に奥に進んでいくと、緑色の照明がついた扉に行き着く。私は躊躇いなくその扉をノックし、立て付けの悪さに苦労しながらそれをこじ開けた。

 室内から暖色系の光が漏れ、私の顔を射した。

 「おお、お帰り。零乃、冷」

 そう言いながら、廊下の奥から一人の男が出迎えにきた。

 「ただいま、シュウおじさん!」

 ボサボサの髪に古ぼけたシャツ、どこかトボケた眼鏡を掛けた男に、突進するように抱きつく。男は私の小さな体を優しく受け止め、自分の胸元に押しつけられた頭を撫でた。幸せが感覚を鈍らせていくのがわかる。

 「何か楽しいことはあったか?」

 「いや、つまんない鉄筋と死体だけー」

 背中越しに、冷が答えた。続いて軽い伸びをしながら、

 「はあ、疲れた。ご飯は?」

 「おお、そうだ。喜べ! 今夜はカレーだ!」

 「やったやった~!」

 シュウおじさんの腕の中から飛び出て、私は礼の前に仁王立ちした。罰の悪そうな表情の少年に、勝ち誇った声で言う。

 「ほらね、今日はご馳走だったじゃん!」

 「だな・・・レノの言うとおりだったな」

 私はカレーだカレーだ、とやかましく騒ぎながら、電球で仄かに茜に染まる白壁の廊下を走り抜けた。手を洗いなさい、とシュウおじさんの声が聞こえた気がした。

 テーブルの置かれた広い部屋に出る。壁は廊下と同じように、仄かに橙に染まっていた。香辛料の香りが一日歩き回って疲弊した身体に染み入るようだった。幸福さを実感した。

 「うるせーぞ、落ちつけって」

 シュウおじさんが部屋の中に踏み入れた。後ろには何故か難しい顔をした冷がついてくる。シュウおじさんはモノクロのキッチンへと入っていく。

 「食べよ食べよー!」

 スプーンを握りしめて椅子に座ると、見計らったようにカレーの大皿が出てきた。それを見た隣の少年の口から微かな嘆息が聞こえたことに、酷く安心した。

 「いただきまーす!」



 シュウおじさん、と言ってはいるが、彼は中年と言うよりはむしろ若者の範囲に入る年齢だった。古ぼけたシャツとジャージの下、小さな眼鏡を掛けた姿は確かに年寄り臭さを感じさせるのだが。

 大粛正の跡地、血と現実の汚点で満たされたそんな場所で、私たち二人は生まれた。栄養失調寸前の親から命を授かり、ギリギリの生活の中で集団全員の子供のように養われた。つまり、私たちは静粛から生き延びたホームレスの末裔の最後の二人なのだ。どちらが年上なのか、はたまた双子なのかはもうわからないが、とにかく兄弟同然で過ごしてきた。

 シュウおじさんは私たちが物心ついたときにはそこにいて、親代わりに私たちの世話をしてくれた。親代わり、既に私たちを残して死に絶えた粛正の被害者達の代わりに、だ。本人曰く、興味本位の旅の途中立ち寄った跡地でまだ生きていた親たちに引かれ、そのまま住み着くようになったらしい。とんだ不届き者だ。

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