表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

02:電子レンジは語らない 後編


 初めて静貴以外の人間と真面に向き合い、愛は緊張に固まっていた。目の前のソファに愛想笑いを浮かべて座っているのは、立代中学校の校長だ。

「緊張するだろうけど、顔強張ってるよ、リラックスリラックス。――何、普通にしていればバレないし、きっとすぐにクラスにも馴染めることだろう」

「は、はいッ」

 そう言われるが、やはり転入生としての紹介を終わるまで、緊張は治まらない。新品の着慣れない制服の胸部分を強く握り、一度深呼吸をした。


 一人と一体がいるのは、立代(たてしろ)中学校の会議室である。保護者として一応顔を見せに来た、静貴の父親である達郎が去ってから、今は担任の教師が来るのを待っている最中だ。

 会議室は窓にカーテンがないため、廊下を通って行く生徒が愛に驚き振り返るパターンが、何度も繰り返されていた。軽く人だかりもできている。

 観賞され愛でられるために作られた愛は人に注目されること自体に怯えはしないが、たくさんの感情の籠った視線には緊張し怯える。

 倉庫にいた時は、自我がなく体だけ完璧に作られ、その上で放置された心のない同類しかいなかった。だから、いくら注目されることに慣れていても、好奇の目線には緊張し、怯え動揺する。しかし、それこそが人間らしい感情に近いことに気付き、微笑んだ。


 鍵の掛けられていないドアがノックされ開かれると、廊下のザワザワとした空気が伝わってくる。話し声、笑い声、共に入って来たのは、待ち焦がれた担任の教師だった。

 眼鏡をかけてツリ目を隠した、長い髪を一つに束ね流している女性。愛は校長から詳しい話を聞いて、担当は理科だと教えられた。

 彼女はニッコリと笑う。校長の愛想笑いとは違い、心からの歓迎の笑みだ。

「初めまして、日向愛さん。私は野田ゆうこ、一組から三組の理科と三組の担任をしています。今日から宜しく」

「はい、宜しくお願いします!」

「礼儀正しいようで、よろしい。――それでは、三組に行きましょう」

 ついてきて。そう言い校長に目で会釈すると、背を向けて会議室を後にする。愛が慌てて校長に礼をし、その後すぐに野田を追いかける。同時にチャイムの音を聞き、廊下には既に生徒がほとんどいなくなっていた。


 三組の教室は二番目に奥となり、相変わらず、教室で担任が来るまで談笑している一組と二組の生徒に見られながら、今日からお世話になる三組へと到着した。後で呼ぶからと言って先に教室に入った野田だが、廊下側にある窓から、既に愛の姿が見られている。一緒に入った方が緊張しなかったかもしれない。彼女は窓から来る視線を気にしないようにし、三組より一番奥の、準備室に目をやる。そこには、愛と同じで護衛として待機している戦闘用アンドロイドが、人間のように話をしながら彼女を見ていた。どうやら、アンドロイドにも転入生というものは気になるらしい。


「――じゃあ、日向さん、入ってきて」

「…………」


 声かけられてハッとし、愛は教室のドアを開けた。


※※※


 ああ、鬱陶しい。

 静貴は無意識に眉を寄せた。


 前を見れば睨みあい、右を見れば喧騒、左を見れば切羽詰まったように勉強、後ろを見れば知り合いの平颯真が寝ている。田舎の学校では有り得ない状況が、静貴が家から出なかった前よりも悪化している。


 どうしてこうもクラスの雰囲気が悪いのかと言われれば、この学校がカシダ社の近くにあり、その関係者の息子や血縁関係にある人物が多いのだ。そのため、将来カシダに就職しようと望む者も少なくないし、生徒の評価が親の評価に関係することもあるため、ここでは自然に、自分の見栄が必要となってくる。いつでも気張らなければならないストレスで、見栄で他の生徒に見下されて怒り、そんな理由でこの学校は毎日が喧騒の荒らしだ。

 前よりも悪化しているのがすぐに分かったのは、見栄で権威のあるものに媚びこそしなかったが、久しぶりに静貴が学校に来ると、机の周りに笑顔ですり寄ってくるものがいた。ああ、これだから、来たくなかったのだ。仕事のためとはいえ、御世辞にも空気がいいとか言えない教室で、彼はそっと溜息を吐いた。


「こんなところに来て、アイツ大丈夫か……?」

 思い浮かべるのは、精緻に創られた自分の護衛。人間に対して美化しすぎて、あの鋼鉄で創られた心の中では神格化されている。こんな暴言ばかりが飛び交う場所で、あのアンドロイドは失神しないだろうか。人間じゃないから本当に意識を飛ばすことはないだろうが、この環境に慣れなければいけない上に、夏休みに入る前に紛れ込んでいる犯罪者を見つけなければならないのだ。怒号の占める場所で美化した綺麗な人間サマを、上手くだまし疑うことができるのだろうか。

「無理だろ」

 考える暇も必要なかった。静貴は思う、アイツはとことん戦闘に使おうと。


 後ろから手が伸びてきた。目の前には大きな掌、反射的に体を前に傾けると、手はそのまま首を絞めるようにそっと添えられる。驚きながらもこんなことするのは一人しかいないと、静貴は後ろを振り返った。

「起きたのか、颯真」

「おう、久しぶり、クズ野郎。すっげえぇえ、寂しかったぜ」

 片眉をあげてニタリと不敵に笑う。表情は親しみやすさと出したものだが、目はゾッとするほど冷たい。一般的な理由で、真央は学校に来ていない静貴を快く思っていないが、颯真はまた違った意味でそれを嫌っている。


 (たいら)颯真(そうま)

 静貴の父親と颯真の父親は同僚であり、二人は幼馴染の関係にあたる。


 真っ赤に髪を染めて学校をサボりまくる不良の颯真と、家に引きこもっていた本好きの静貴。正反対の二人が今でも関わりを持っているのは、颯真の傲慢さと依存の所為だ。

 颯真は長く関わってきた人間や、親しくなった人間が離れていくのを良しとしない。自分自身も学校へ行っていないのに静貴が来ないと機嫌が悪くなるのは、立代に来ればいつでも自由に会えるようにしてほしいからだ。なんとも自己中心的だが、日常で殴り合いをしている颯真とインドアな静貴では、力の差は歴然。毎回、今のような小さな罵声と共に軽く首を絞められる。その強い力は慣れていなければトラウマになっていたかもしれない。

 そんな過激な性格をしているためか、静貴と同じように父親がカシダで重役に就いているのだが、彼の周りに媚びを売ろうとする生徒が群がることはない。


「はぁ……今日はやめろ、颯真」

 だんだんと力の強まっていく両手を、取り出したシャーペンで軽く突くと、颯真が眉を寄せてより不機嫌になっていった。

「なんだよ、寄りによって今日に」

「俺の知り合いが転入生として来るんだよ…………お前こそ、寄りによってって、なんか今日あったのか」

「何って、その余所もんだよ。やっぱりお前関連か、道理で学校に来てやがる。――どういうことか説明してくれるんだよなあ、静貴? 親しくて首を絞めるくらい優しい親友様におしえてくれるだよなあ?」

「愛情が深すぎて命が幾つあっても足りないな。カラマワリなI love you No,thank you」

「おおう、友情受け止めてくれて嬉しいぜ」

 端整な顔が頭のすぐ後ろにいる。目を細める表情には恐怖しか湧かない。誰だ、こんな奴をソーマたんとか呼んだやつ。今までの悶絶を思い出すと今すぐ絶滅したい気分になる。

「で?」

「……一旦、執筆活動に目途がついたから、学校行こうっつったら親父が丁度いいから、って従者つけてきたんだよ」

「今まで断ってきたろうが、巧妙に」

「俺があの親父に対して、いつまでも口論で勝てると思うか?」

「――――――ふーん、」

 首から手を、頭の後ろから顔を離し、イスに凭れる。今度は自分の赤い後ろ髪を弄り始めると、見せつけるように足を組んだ。不敵に笑うと、颯真。

「まあ、今はそれで納得しといてやるよ」

「…………あざーす」

 信じてもらえなかった。そもそも、颯真に信頼を期待するのが間違いだったのだ。こいつは、静貴が転校しようとしたら、その学校に乗り込んで問題を起こし、取りやめにさせるようなやつだ。その時、静貴がどれだけそこに行きたいかなど関係なし。

「夏休みが終わるまでには言えよ」

「…………あざーす」

 およそ一ヶ月と三週間。いつか言えではないが、これでも期間は長いほうだ。守らなければ首を絞められて、そこらへんの夜の海に投げ捨てられる。死亡は前提だ。


 それから二十分すると、担任である野田が教室に入って来た。廊下側の席の上に、すぐ右横に廊下が見える窓があるため、静貴のいるところから待機している愛は丸見えだ。部外者を快く思わない颯真は、同じように丸見えの愛を見て睨む。

「――――それでは、日向さん、入ってきて」

 日向、は愛が向日葵から取った、彼女の偽の苗字だ。データでしか知らないその花を見て、これがいいと言って譲らなかったのだ。

 漸く出番が来たとドアを開いて入った愛は、満面の笑みを浮かべていた。その笑顔を見てクラスメイトたちが固まり、理解し我に返るまで、教室は今朝の喧騒が嘘のように静かになる。沈黙が無くなれば、今度は煩いほどのざわめき。

 仕方のないことと言えばそうだろう。精緻に創られてはいるが、アンドロイド――つまりは人工的な美貌であることには変わりない。そういうような美貌を持っていれば、動揺するのも当たり前だ。しかし、対策は取ってある。


 愛がざわめきに応えるように、その場から一歩前に出る。一番前の席に座っている男子生徒が、ビクリと体を揺らした。


「初めまして、日向愛と言います! 静貴さんの従者として転校してきました」

 その一、静貴の名前を出すこと。

 先程述べたように、立代にはカシダの関係者が多い。その為、親がその中でも高い権力を持っている静貴の名前を出せば、見栄の張り合い場であるここでは、何を疑問に思っても言葉に出すことはできない。失言すれば、その見栄で他の生徒に張り合うことができないからだ。

「よくアンドロイドみたいだと言われる私ですが、人間のように皆さんと仲良くしたいと思っていますので、宜しくお願いします!」

 その二、先入観を利用すること。

 クラスメイトたちが動揺を表したのは、その美貌がアンドロイド――人工物に似ていると思ったからだ。それ故、よく間違われるが違う、という先入観があれば、多少の違和感はないものとされる。

 そして。

「日向さん、久しぶり」

 クラスメイトの一人が、笑顔を浮かべて軽く手を振った。愛が笑顔のまま振り返す。

 手を振ったのは、達郎の信頼する部下の娘である、真野綾香だ。

 その三、架空の過去を作ること。

 今、綾香が親しげに声をかけてきたとなると、自然に二人は初対面ではないということになる。また愛が静貴の従者となれば、達郎が信頼している綾香の父親が説明されていないということはないので、二人の関係があることをアピールすれば人間であるという説得力が高まる。

 これは全て、静貴が考えた策だった。二人も仲は良くないが悪いというわけではないため、綾香は素直に従った。そうして、クラスの空気もだんだんと収まっていく。

「それじゃあ、日向さんの席は菱方さんの右隣です。――菱方さん、手を上げて」

「はいはーい、愛ちゃん、こっち!」

 その四、合計三人以上の知り合いと、担任教師の愛に対する反応。

 この厄介な学校で指揮をする教師たちは、必ず信頼されている。権力もあってか、成績をつける人物あってか、誰も逆らおうとしない。皆が良い評価を取りたいと思っているだろう。静貴の後ろの赤い髪の不良生徒以外は。


 この四つの条件の力は歴然。ざわめきは、違う方向へ変わっていく。

「日向さん可愛いね……」

「お人形さんみたいって、こういうこと言うんだ」

「美人っていうか、可愛い系?」

「レベルたけぇ……」

 既に歓迎ムードだ。興味をなくした者はいても、もう疑っているものはいない――静貴の後ろにいる不良生徒以外は。

 トントンと叩かれた肩。叩いたのは勿論颯真。静貴は真央と楽しく談笑している愛の姿を横目に、気絶したい気分になった。

 振り向くと大魔王。笑顔は相変わらず、見惚れるような造形。

「静貴ぃ、」

「……」

「説明、な?」

「」

 さーせん。


※※※


 HRが終わった後、当然のように愛は人に囲まれた。女子も男子も関係なく、好奇心をむき出しに質問してくるクラスメイトに対して、愛が至福の表情で丁寧に一つ一つ答えていた。その中に真央も綾香も混じっているため、質問の嵐はとまらない。

「どこの学校から来たんだ?」

「菱方さんたちとどういう関係なの?」

 いつも見栄ばかり張っているクラスメイトたちが、こうも興味津々に目を輝かせているさまが面白いのか、真央がニヤニヤと笑っている。

 愛に変わって、真央。

「あたしはね、昨日会ったばかりなんだよ。服買いに行ったとき、一緒に昼食とってたんだ、峰崎とね。――綾香ちゃんは?」

「わたしは二年も前からだ。父親経由で知り合ったんだ、いつか世話になるだろうからと」

 綾香は、脇の下まである髪を弄る。頬にかかった髪を耳にかけた。愛を慈しむように見る目は、とても演技だとは思えない。

「峰崎は幸せだねえ、これからはあの無愛想じゃなくて、あたしと仲良くなろーね、愛ちゃん!」

「わたしも。これから、宜しくな」

「はい! ――――あ、でも、静貴さんはいい人ですよ!」

 これだけは譲れないと付け加える愛に、クラスメイトはフワリと微笑んだ。いつもの教室じゃ絶対に見られない光景に、綾香は驚きながらも同じように和み微笑む。


 一方、静貴も同じように質問攻めにあっていた。

 言わずもがな、颯真に。

「いやあ、アレってさ、本当にアンドロイドっぽいよな?」

「……」

「見るからに人工物っていうか、な? 似てるって言われても仕方ないし?」

「……」

「よく女の従者なんて、あの堅物のおっさんが許したな。どんな手使ったんだ?」

「……」

「それか、とうとう思い通りにならない息子に痺れをきらして頭イカれたか?」

「……」

「――――おい、なんとか言えよ。俺はお前から無理されると自殺するぞ、ゴラァ」

「すまん、話せん。というか、一ヶ月待ってくれるんじゃなかったのかよ」

「アレみて何も聞くなっつーほうが、無理な話だよなあ」

「……」

 再び黙る。もはや黙秘権など存在しない。目は怖くて既に逸らしているが、顔まで逸らすと砂漠で放置コース一直線だ。障害など存在しない、まるで信号無視する車のように。静貴は思う。どちらも自分にとって害があるから、滅んでくれと。

 正論を言われて、最早手も足もでない。裏切らないという意味では信頼できるが、仲間としては信頼できないこの不良に、なす術は黙すのみ。

「おいおい、俺が自殺していいのか? 遺書にはお前に無視されて悲しかったって書くぞ、お前、俺の弔問の受付にちゃんと加害者って書く覚悟あんのかよ?」

「むしろ俺が被害者だろ。その遺書見つかれば俺が苛めの主犯みたいになるだろ。やめろ」

「じゃあチャキチャキ答えろや。あのどこの馬の骨か知れない女は何だ?」

「颯真、お前、娘を嫁に出す父親か」

 ああ言えばこう言う。それで話を逸らそうとする静貴の小さな願望まじりの策略は、次第に自分の首へ巻きついてくる颯真の腕に脆く崩される。

「それともなんだ? さては、どこで提供された鉄で作られている女か? それともどんな電池を使って動かしているどこぞの女か?」

「やめろ、追究するな。そして離してくれ」

 真剣に訴えれば、不承不承に首を絞める腕を離してくれた。不機嫌を隠そうともしない颯真に、いつの間にか人の視線を連れながら向かってきた愛が話しかける。その後ろには、質問攻めで満足したような真央と、眉を下げて苦笑する綾香の姿。

「初めまして! 静貴さんの友人の方ですか?」

「…………」

「日向愛と言います、静貴さんの友人として従者としてこれから顔を合わせることになると思うので、これからよろしくお願いします!」

 無表情で視線すら合わせず無視する颯真に、愛は笑顔で言い切った。どうやら話しかけて来てくれたクラスメイトのお陰か、まだ彼女の中の人間を神格化している幻想は打ち破られていないらしい。奥の底から這い出てきたポジティブ精神で、どうやら学校生活は大丈夫そうだ。

「ちっ……、気安く話しかけて来てんじゃねえよ」

「慣れるようにしましょう! 気安く話しかけて慣れたら、もうお友達です!」

「ちょっと颯真くーん? 美少女愛ちゃんによくそんな言葉言えるねえ?」

「峰崎くん、最初に言っておくが、彼女の暴走を止められるかどうかは初めから期待しないでくれ」

「――――――」

 少しどころかかなり心配どころが多いが。取り敢えずと、静貴は綾香の言葉に頷く。

「俺も初めから静かな学園生活を送れるとは思っていない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ