Prologue:01
倉庫の中に、電気はついていなかった。しかし、彼女はその中で自由に動くことが許されている。そのために、光の代わりとして輝くこの瞳があるのだから。
並べられている、彼女と同類の廃品たちは意志がなく立っているだけしかしないため、その顔に勿論、表情なんてものもない。だから、その輝く瞳でソレを見上げた時、まるで無表情の人間がこちらを見下ろしているようになり、既視感と共に嫌な記憶が蘇る。
このガラクタ倉庫で、自我があり言葉を話すことができるのは、彼女のみだ。自分で充電できるし、簡単なコードの操作もできるから、何か起きない限りここに人間が来ることはないだろう。確かもう一年ほど、誰とも話していなかった気がする。
長らく続いた孤独に、作られた精神が壊れることはない。だが、この状況で誰かに――例えば人間に、幸せかと問われれば不幸と即答することができた。
ピッ、ピッ、と機械の音が響いて消えた。彼女さえ話すことがない空間では、唯一の音だ。コードに繋がるその機械を操作してしまえば、そう、手に入る。
――――ロボットには有り得ない、自由と解放が。
最後のボタンを押すと、ガガガガガッと錆びついたドアが開いた。網膜を焼き付ける太陽の光というものを久しぶりに感じ、一瞬動きを止めてしまった。
背中と腕についた緑色の長いコードを抜き取り、外へ近づいていく。見目だけを綺麗にと与えられた白い服の両ポケットには、補充用でどこでも持ち込み可能の電池もある。ふっくらとした小さな唇を軽く噛めば、香ってきた朝日の匂いに俯きぎみだった顔を上げた。唯一の長所である愛らしい顔に無理矢理笑顔を作り、心の中で決意して――ドアから向こうに、足が出た。
「……………………」
熱気。
鼓膜を余すことなく蹂躙する蝉の鳴き声に、また立ち止まる。初めて外に出た時も、こんな夏の日だった。その後、倉庫とは名ばかりのゴミ捨て場で孤独を味わうことになったのだが。
こんなに、太陽は熱いものだっただろうか。外という世界に出てしまっては、もう――戻れない。あんなところに、戻れない。
だって、魅せられた。生えることも抜けることもない栗色の髪の毛が、微風に揺れる。
この風も。この匂いも。この熱気も。この地面の感触さえ、愛しく感じた。
一気に駆けだして更に、この檻のような場所の外まで走る。作られた存在でも一見人間と変わらないため、また作られた存在であるからこそ、走れば一つの生き物だと認識されているのだろう。
途中、通りすぎた人間がいた。全速力の彼女を不思議そうに見ていて、まさか人間じゃないだなんて思わなかったに違いない。
「ぁあ、…………ああああああ、」
檻の外に出れば、そこには待ち焦がれた普通。車が道路を走り、人間が往来し、何より生き物通りが――会話している。長らく自分の声しか聴いていなかった彼女は、そのことに涙が出そうになるほど感動した。思わず止まってしまった足を、責めることができない。
想像なんかじゃない。思い描いていた幸せは、ちゃんとこの世界にある。
人間のように走れば息が上がるわけではないけれども。手首を切れば本物の真っ赤な血が出てくるわけでもないけれども。まだ、自分が誰かと会話をしているということではないけれども。――――だから、欲するんだ。自分への愛を。
「あ、あ、…………」
どこに、行こう。檻から出た時点で、自分がいなくなったことが制作本部に伝えられるわけでもないようだ。それなら、電池がある今の自分は自由。どこにでも行くことができて、誰かと話すこともできる。生き物と、触れ合うことができるんだ。
右へ振り返って、走った。目的地があるわけじゃない。決まって行きたい場所があるわけではないけれど、取り敢えず外に出たかった。暗い倉庫じゃなくて、明るい世界で自由が欲しかった。
「…………」
走って、走って――転んだ。まだそこまで動くことに慣れていないくせに、活発に動きすぎたんだ。慣れない場所に、慣れない人混み。一度どこかで一休みしたい。心を落ち着かせたい。
人の空いている場所など分からないため、近くの角を曲がってすぐにある公園のベンチに座る。いるのは、子供が二人と人間に似た同類が一体。だが、彼女がいることに気付いていないのか、それとも興味がないのか、こちらを見ようとはしない。
ポケットの中の電池に触れる。倉庫に残っていた物を、ポケットに入れられるだけ入れてきた。リミットは、これがなくなりまで。
「――――――ああ、」
炎天下での幸せ探しが、始まった。
「まぶしい」




