第3話 博士船内大暴れ
「ワシは船内見学中じゃ」
そう言って、Drモロンは天井配管の管の闇に姿を消した。
「消えた。消えたぞ」
警察は慌てふためいた。
「ヴェガ宇宙局の皆さん。助けて下さい。御社には暗視スコープやレーダー探査など、その手の分野には強いと聞きました。今どうか、我々を助けてください」
「Drモロンは乗り込む船を間違えましたな」
全員がにたりとする。
そして、短いやりとりの後、てんでに散り、帰って来た局員達がなにやら手に手に携えて来た物が、床に所狭しと並べられた。暗視スコープ、暗反応レーダー、赤外線走査装置などなど。
「この船に居て見つからないものなどありません」
手に手にアイスコープと携帯型レーダーが渡っていく。
「おお、さっすが」
「そして、見つけたら、これで叩き落す」
加えて、電子銃が渡される。警備員も小脇に挟んで照準を調整する。スコープやら、銃やら、武装に力がみなぎっている。
「ハエじゃないんだから」
と、カガミは不服そうだったが、
「一撃でしとめてやりますよ」
電流が流れるだけで気絶するだけの銃だ。ほぼ全員に銃が渡り、遠慮のない状況で、皆がかなりその気を募らせた。
「後部甲板部Cブロックに怪しい暗反応あり」
「こちらは、船底部に怪しい影あり」
「操縦室に向かう、怪しい影あり」
と、それぞれ当たりをつけて、てんでにフロアに散る。
Drモロン捕獲作戦の始まりであった。
「えっとー」
クリンクも手持ち走査線端末を渡され、探しに出た。2D表示で熱反応のある物体が現れる。それらしき影はある。
「見学かあ。エンジン見に行ってみようか」
でも、Drモロンのことだから、きっと当たり前の部分は見ない気がする。
あちこち探してみたが見つからない。
そうだ。ちょっと休憩しよう。と思って、自動販売機で炭酸レモンを購入した。
休憩せずにいたので、喉が渇いていた。
ごくごく、ぷはーっと飲む。
と、飲み終えた後、どうも首の後ろがむず痒い。
ハッとして振り向くと、
「ヒャアアッッ」
Drモロンが天井配管にぶら下がってじっとこちらを見ている。首に当たっていたのは、蜘蛛の手のロボットアームが持っていた絵筆で、用を済ました伸縮自在の手はDrモロンの背部へ戻りつつあった。
「な、何しているんですか」
普通にしていても形形しい顔が、横目で恨めしそうに見られるのだから、振り向きざまに見るものとしては、心臓に悪い。おまけに、食い入るようにクリンクを見るのだから、ぞっと寒気がした。
「フーン、ケイがお前のような小娘なんぞをのう」
「また言っているんですか」
「恋愛は脳におけるドーパミンが出す過剰効果で、興奮と陶酔感を引き起こす。その頭の中調べてやろうか」
「いえ、結構です」
「DNAの螺旋階段の組具合も、調べてやろうか?子孫がどうなるか、気になるだろう」
「いいえ、いいです」
「ケイにほれ薬を飲ませて、お前に首っ丈にしてやろうか?」
「・・う」
言葉に詰まる。
欲しいか欲しくないかというと、どちらかというと欲しい。
様な気がする。
だって、あの美形が自分の言いなりになるなんて。何でも聞いてくれるようになるなんるなんて・・・薬があるのなら、飲ませてみよう、ホトトギス。
いやいや、何を考えている、クリンク。
飲ませてどうする!
悪の誘惑に乗るなんて、道を踏み外すな。
「なぜ私にそんなことを言うのです」
「人体実験できるから」
「どうせそんなことだと思ったわー!」
クリンクは思い切り後悔して、ジュースを投げつけた。相手にはぜんぜん届かなかったが。
「は、私ったら、お父さんになんてことを」
自分が恥ずかしくなった。
まがりなりにも、カガミ・ケイの父親だ。
クリンクの戦闘機では世話になっているし、同じ船の仲間だ。
ひるんだクリンクが体制を立て直すまで3秒。
「っっい」
その後、船の部品と思われる鋼鉄の欠片が、約1秒で飛んできた。がーんと頭に当たる。
「やられたら、やり返す」
「返しすぎじゃないですか!」
絶対頭から血が出ているだろう。たんこぶも。それ程度ですみゃあいいが。
ばりばり、びりびりぎぎぎぎりりり。
はっと気づくと、耳をつんざく嫌な音。
見ると、Drモロンがせっせと動いている。
船内の壁を壊している。
強化手袋のような武具をつけて、手で引っぺがしている。
いや、がじがじと船を齧っている。人間の歯ではない。強化された改造歯だ。
「ああーっ何しているんですか!穴が開きますよ」
「あ、見つけたぞ、いたいた、ここだー!」
「皆、ここだー!」
悲鳴を聞きつけて、警察と仲間が銃を掲げて走りよってきた。
「ひーひっひ。お前らなんかこーしてやる」
さらにDrモロンは引きちぎった鋼鉄の部品を投げつける。
「止めろ、船が壊れる!」
警備員の局員が銃を撃つ。
Drモロンはひょいひょいと器用に避ける。まるでサルみたいだ。
「い。いて」
しかし、一発尻に当たり、それが痛かったらしい。
「お前らーーーー」
「奴の気を悪くするな」
警察が注意したときはもう遅かった。
Drモロンは、天井近くの側壁を怒りに任せて狂ったようにバリバリと剥がすと、次の続きへ潜り込んでいった。
「ひーひっひ、」
「あ、逃げたぞー追えー」
ドドドッと皆がてんでに走っていく。
「なんか、本格的にエイリアン退治っぽくなってきたな」
そばに来たヴィンチェンが言った。
「きゃあああああ」
近くで次から次へと悲鳴が立ち上る。
聞こえたほうへ駆けつけてみると、Drモロンが何人か見えた。
いや、あまりに素早い動きをするので、Drモロンの姿が分裂して見えただけだ。
「ひーひっひ、ここまでおいでー」
Drモロンがあちこちで暴れている残像が目に映る。
「きゃーーーー」
「ヒイイイイイイ」
「ウギャアーーーー」
「助けてええっっ」
「ゆーるーしーてー」
「ヒャヒャヒャヒャ」
悲鳴は各部から聞こえた。最後はDrモロンにいたずらされた局員の笑い声である。
船を荒らす以外にも、ボタンをいじったり、配線を付け替えたり、スイッチを切ったり、イタ電したりと、色々と悪いことをしている。
「もしもし、ブリッジまでピザ120枚届けてくれ。ワシはモヤシだ」
おまけに、カガミ・ケイは女好き下品だと、監視パネルに落書きしている。
「はっはっは。こりゃ愉快だ」
と面白がったのはヴィンチェンだ。
しかしお前の女は出がらし渋茶のインランムスメと続け描いているのを見て、舌打ちする。
船の中はしっちゃかめっちゃかである。
「あっきれた」
カガミ・ケイもとうとう腹に据えかねたらしい。
「もー怒ったぞ。手間をかけさせておいて」
と言ったのは、Drモロンだ。
(どっちが)
と思ったのは、船員のほうだ。
「父さん、いい加減にするんだ」
とうとうカガミも本気になって、銃を構えてDrモロンの後を追った。長い構路をカガミはDrモロンを追いかけて走っていく。
「こんの馬鹿もんが。お前が女に貢いだ金はいくらだ?ワシによこせ。そんな金があるなら」
「貢いでいません」
「お前に発情期が来たのなら、もっと女を呼び寄せ、ワシにも分けるのじゃ。」
「人体実験されるのはたまりませんので、嫌です」
「近頃の若者はすぐにちちくちあって、けしからん。女と見ると、見境ないのが、お前の欠点じゃ。目と鼻が付いていれば、発情するには十分なんじゃろ。年齢や人種は問いません。逃げるも構わず追いかけて、捕まえたものは片っ端から襲いまくる野獣と化したのじゃな。俺は誠実だなという顔をして、まあハレンチ極まりない変態じゃな」
「キャー。ゲンメツ」
人がいてもお構いなしのDrモロンのせいで、カガミ・ケイのことを通りすがりの女子社員が、影でこそこそささやく。
「3kなどまやかしじゃ。高身長、高学歴、高収入。そんな人間ほど怖ろしいのじゃ」
「いらぬ誤解を与えないで下さい」
「お前の望みは何じゃ。父親のためと言いながら何か隠しておる。人間キレイごとだけで生きられるものじゃない。言ってみろ。お前の願望を言ってみろ。本当の心のうちをさらけ出せ。そして、ワシの前に這いつくばるのじゃ。さあ、お前の欲望を口に出してみよ」
「もちろん、父親をひっ捕らえることですよ」
怒ったのか、怒ってないのか、カガミ・ケイは銃を乱射し始める。冷静ではあるが、怒っているのかもしれない。
「女の色香に迷うような男は二流だ。ワシはお前のにやけ面をこれ以上みとうない。女あさりの病に取り付かれて、理性も知性も血迷うておる情けない男。そんなにワシを追いかけて来るなら、いっそのこと白状してすすり泣け。さあ、お前が好きな女を得よ。そして、ワシに服従して、付き従え」
「そうは行きません」
「つーまらん。正直に言えばよかったのにのう。ワシもここまでは言わんかったのに。父としてワシは歩み寄ったつもりだったが、お前は父の声を無視した。せっかく生まれてから二十年経って、初めて会うたというのに、お互い無駄足じゃったのう。かくなる上は父子の縁を切るまで。人生三百年、今後の余生は寂しく生き暮らすのじゃな」
思わず言葉に詰まるカガミ。Drモロンのでたらめな論旨の中にもある種の父子の関係に触れるものがあったのだろう。
彼は言いかけ、ぐっと詰まって、赤くなった。
「だとしても何を言わせたいんですか!」
言えなかったカガミに、もう興味をなくしたDrモロンはつまらないものを見るような眼差しでチラッと見た。
「もー聞きとうない。本心をひた隠しにするような、むっつり助平はワシの性に合わん。お前など息子と思わん。これまでそうだったように」
「親子の関係を深めたいのなら、もっと別の形で温めましょう」
「親子でピクニックでも行ってか?やーだよ。息子から性転換薬の作り方とか、別の種族が好きとか性的思考の相談受けるほうが、よっぽどマシじゃ」
カガミが返答に窮している間に、Drモロンは再び姿を消した。
あっという間だった。彼の姿は暗闇の中に見事に消えた。レーダーも動かない。
クリンクがカガミに近づいたとき、もう悲鳴も騒音もなく静かなものだった。
「あんな奴が父親だなんて、まいるよ」
ぼつりと言った独り言は、心底どうしようもない行き詰まりを見せて暗い。いつも翳りのある顔がさらに翳っていた。
「そんなこと言わないで。カガミ君のお父さんじゃない。止めないで、追いかけましょう」
カガミはやりきれないというようなため息をついた。
「君はいつも俺のところにひらひらと舞い込むけど、そんなに奔放に見えないけど、でも実は奔放なのかい?」
思いもよらず、強く言われて、クリンクははたと考える。怒ってる?余計なことを言ったのかもしれない。
「優しいんだね。君は誰にでも優しいんだったね」
うっ。
目が恨みっぽい。
「怪我したの?」
クリンクの顔を見て、カガミが初めて頭の包帯に気がつく。
処置室の10秒の応急処置で頭に包帯を巻いてもらっていた。
「大したことないわ」
大概頭が痛いが、無理して言った。
カガミ・ケイはクリンクの頭に手を伸ばしかけて、止めて横を向いた。
クリンクは多少意気をそがれた。
以前と彼が違うのが分かった。
もっと明るく、素直に笑いかけてくれていたのに。悲しそうでも、つらそうでも、優しかったのに。
「その、大変よね、カガミ君も・・・」
クリンクが言うごとに、彼がいらいらとしたのが分かった。
「君はいつ見ても、鍛えられて素直そうだし、好奇心一杯の一途な目をしている。真面目で堅実な人だ。今後も君はパイロットの道を行くんだろう。エンジニアは君みたいな人に船を託したいと思う。でも俺は、惑わされるのが嫌いだ。俺は独り占めするぐらいのほうがいいんだ・・・」
最後は独り言のように言われて、言われたほうは、どう返していいのか分からない。
「私、惑わすなんてしない」
こんな弁明するとは思っていなかった。絶対相手を間違えている気がする。
彼の燃えるような目は、まだ彼は信じないことを言っているみたいだ。
クリンクの存在自体が不快に思うような、不機嫌なのも変わらなかった。
「今後の君の活躍に期待する。もう休んで。もう、来なくていい」
カガミはそう言うと、クリンクに背を向けた。
「パイロットもエンジニアも、同じ船乗りでしょ」
クリンクが言うと、カガミは振り返った。
悲しみをこらえた表情をして、少し目を見開く。
そして、少しだけ瞳から怒りを消した。
彼にパイロットという人間が分かるなら、それで伝わったかもしれない。クリンクという人間が。
カガミはそれでも、背をくるりと向けた。何か収まらない様子で、平静の彼に戻ることはなかった。
クリンクはなんだか少しだけは、大事なものを取り戻せたような気がした。
ふしだらな女という誤解だけは、解きたかったのだ。クリンクがそうでないのは、クリンクが良く分かっている。
クリンクがそうなら、カガミもそうだ。
クリンクには分かる。
「いたぞ、捕まえろ!」
「絶対捕まえてやるぞ」
「目標物、発見」
近くで声がした。捕獲隊の気分がノっていた。
その時、ガガガ、ギギギという、なんとも耳障りな音がした。
「なんだ?」
「何の音だ?」
Drモロンの捜索隊も首を傾げた。
クリンクはハッとして船底部へ走った。この音、どこかで聞いたことがある。
クリンクは第二層の宇宙船点検&組み立て室に入った。すると
ガジガジ・・・ギーギィー
何かいる。
真っ暗な室内の証明を点けると、
天井付近にDrモロンの残像がわんさか集まってた。
「きゃあーーー」
「みーーたーーーなーーー」
Drモロンは組み立て中の宇宙船の部品を歯でがじがじ齧っていた。
「強化繊維プラスチックで何層にも組み合わせた上に、鋼鉄板で覆った外壁をいとも簡単に食い破り、喰らうとは、さすがDrモロン」
駆けつけたナミアダ号局員があっけにとられる。
「メインエンジンが奪われるぞ」
カガミ・ケイが最初に我に返って叫んだ。
確かにどこにも出回ってない最新型の宇宙船である。解体と点検を繰り返す試作機だった。
「現行犯逮捕だ」
日本警察が銃を構えた。局員も電子銃を構え、一発発砲した。続けて、どんどん発砲される。
カガミ・ケイが膠着した現場を見つめる中、日本警察が発砲を止めて、やがてむなしく言った。
宇宙窓から、外へ小さな光が逃げていくのが見えた。
「Drモロン、船外逃亡。駄目だ。逃げた。やられた」
Drモロンは再び逃走した。