第3話 追走劇の最後
目標まで接近しているので、時間がない。
その場を離れると、クリンクは宇宙服に着替えに入った。
「各員に告ぐ。目標接近。捕獲準備開始」
思ったとおり、着替えの途中で連絡が入った。
再び駐機場に戻ると、一番機、二番機がすでに動き出している。
「クリンク、こっちだ」
ツェンに呼ばれて、待機している三番機へ走った。
三番機“グリーン”はすでにスタンバイ中で、飛び立てる用意が出来ていた。
「乗って」
クリンクはヘッドセットのついたヘルメットを被ると、梯子を上る。
コクピッドの座席に座り、安全ベルを締め、機体と自分を連結していると、ひょいとカガミが顔を出した。
「ほんとに乗るんだな、これ」
「乗れないかどうか、まあ見てて」
冗談っぽく言うと、カガミはくすっと笑った。と、クリンクの頭をヘルメットごと両手で引き寄せると、ヘルメットの頭に唇をつけた。
「気をつけて」
何をされたのか、何か分からないままで、クリンクはしどろもどろになり、何と言ったのか分からない。
「俺がそばにいると思って」
耳に聞こえるその言葉が脳に入ってこなかった。
「そばにいて、君のこと守っている。君の機体整備したの、俺だから」
発進体制に入ったので、戦闘機のキャノピーが自然と閉まっていき、言いながらカガミが身を離した。
「俺は待っている。ここで、生きて帰って来てくれ」
それだけが心に響いた。
整備士はパイロットのことが心配なのだ。全員いたたまれない表情で見送っている。送り出す者は誰でも同じ、悲痛な顔をしている。
「わかった」
リンクは閉まった窓から、ただそれだけ言った。
カガミが切実に心底憐れむように訴えた目が胸に痛い。自分が整備した船だ。責任感が強い人ほど、心配する。
クリンクはそれほど不安ではない。自分のこととなると、こんなものだ。
クリンクは頭を切り替えた。
整備員や保安員で出立の用意にかかっており、忙しく厳粛な雰囲気の中だった。もう、彼らの手から、機体は離れた。あとは、乗り手が自分で何とかするしかない。
クリンクは気を引き締めた。彼らの思いを途絶えさせはしない。それだけは胸に誓っている。
エンジン始動で機体が動き出している。操縦に気をつけなければならない。
「三番機、C―周波数でレーダーと交信しろ」
管制から次々と通告が入ってくる。
「機首をプッシュバックして、滑走路に入って待機」
「了解、スポット13より、離陸滑走路に進行中」
「出発後、DrモロンのMA―Xを追跡。世界的な手配犯となっている男を生きたまま捕獲」
「了解。滑走路に入ります。発進許可願います」
「許可します」
操縦桿のレバーを引くと、我機はすべからくハンガーを潜り抜けて、宇宙の外へ出た。
みるみるナミアダ号が遠ざかる。
前方には星空の中に、すでに発進していたヴェガ宇宙局のにわか戦隊の姿が見える。
大型戦闘艦、中型駆逐艦、小型戦闘機が、ナミアダ号周辺を取り巻いていた。
「何台出す気?」
多すぎないか?これ。
たらーっとなったところの独り言をマイクを通して編隊に届かぬはずはなく・・・
「気にするな。パーカー指令の命令だ」
一番機に乗ったフライト・リーダーのボニファシオの声がインカムを通して聞こえてきた。
なるほど。
とリーダー以下の編隊の5人は納得。
どんなことでも、納得させられるところがこわい。
「気にせず、俺らは行こう。第一編隊がDrモロンの船にドッキングして乗り移り、奴を捕獲する。第二編隊は散開して退路を防ぐ。駆逐船は大型火器を使って後方支援、俺ら第三編隊他は戦闘機対戦。Drモロンの無人攻撃機と対戦する」
「了解」
と各人から返答あり。
(そーだいな作戦だな・・・)
とは、クリンク他も思っているだろう。
「目標近く、いよいよ来るぞ」
にわか戦隊がそろって進行する先に、Drモロンの宇宙船が見えて来た。
警察車両や戦闘機に執拗に引っ付かれて右往左往している。このあと、警察の本部体が来たら、もうかなり追い詰められるだろう。
近づいていく戦隊の影に気づいて、Drモロンがぎょっとしたのは想像に難くない。
「通信網を一時ジャックした。Drモロンの画像電話につながる」
本線ナミアダ号から伝達が耳に入る。
「Drモロンに告ぐ。こちらパーカーコマンダー指揮、ヴェガ宇宙局のナミアダ号、船長モヤシという。惑星EEのシステム障害について、早急に聞きたいことがある。直ちに船を停止し、我々の要員を受け入れなさい。でなければ、警察も再三警告した通り、武力行使をしてでもそちらの船を捕らえるから。繰り返します」
本艦からの警告通知が、Drモロンの船内画面に映っているはずだ。
これだけの編隊。逃げ切れるかどうか。
クリンクでも誰でも、ここは観念するしかないと思うところだ。
ところが、
「だーれが捕まるのじゃ!」
と思い切りの良い声が返って来た。
「どこの誰かと思ったら、ヴェガ宇宙局なんぞか。軍隊の出来損ないが。ろくな戦闘機ももっとらんくせに。捕まえられるものなら捕まえてみろじゃ!」
囲まれてもこたえていない、Drモロンだ。
声だけが返って来て、切れた。
「うちの船はどこよりも最新機器を投入している。軍隊より、よっぽどいい」
不敵な笑いがマイクから漏れる。どこの誰かは誰でもいい。皆の感想だった。
「出て来たぞ」
時間をおかず、とうとう無人戦闘機がバラバラと宇宙へ放出された。
「行くぞ」
クリンクの編隊の出番だ。
加えて、Drモロンの乗った船から大型火器の光実弾が発射され、後方の戦艦たちに飛んだ。
シールドで防御されているので、当たってもびくともしない。
「撃ってくるぞ」
リーダーの声を合図に、クリンクの第三部隊は隊形を広げた。Drモロンの無人戦闘機部隊が、複数で取り囲み挟み撃ちする殺法で、周回する部隊を狙い撃ってくる。
第二部隊が優位に部隊を展開させるよう、間隙を突いて敵機を追い込む。
ドッキング部隊が攻防戦線へ侵入する。
Drモロンのロボット兵部隊も展開して応戦する。
惑星のシステム一人でプログラムするだけあって、ロボット兵の使い方も見事だ。
突撃した第一部隊が苦戦している。
「突撃部隊ドッキング船被弾。メインエンジン損傷。危険なので、離脱します」
いきなり、臓腑がちりちりする報告が入った。
「了解。新編隊を投入する。到着まで待て」
本船からの返答。
「ああ、くそ」
一号機“ウォーター”ボニファシオが怒った。
「あんな奴にやられて、悔しいぜ!」
「落ち着いて、リーダー」
「第二編隊もやられてる。警察車両も追われた。いつワープして消えてもおかしくない」
「落ち着いて、リーダー。活きの良い捕り物だよ。気の短いうちは、捕まらんさ」
「いちか、ばちか。編隊を組める俺達が行って、俺達で乗り移るしかない」
「了解」
彼の言うことに、しばらく全員が考え、やがて返事が返って来た。
「シールド、まだ破れていない」
本船から連絡が入る。
「さっさとやってしまえ」
リーダーが船長以下の者に向かって怒鳴る。
と、Drモロンの乗った船がワープして消えた。
「落ち着け、皆」
一瞬の動揺と、緊張が切れた暴発寸前の隊員達に、モヤシ船長が冷静な声で言った。
「奴は惑星EEへ向かう。自分の成果をみとどけたいはずだ。全員、ワープの準備。ワープ後、再びDrモロンを捕獲する。惑星突入までに時間を喰うはずだ。惑星EEへ降りる手前まで、その間に我々はDrモロンを捕まえるのだ」
「了解」
他からも返答が返っていく。
「では、第三部隊もいくぞ。ワープ準備」
一瞬後
クリンクたちは、青い惑星の近くに到着していた。
すでにもう先に到着した戦闘機がDrモロンの戦闘機と撃ち合いになっている。
Drモロンの船は、惑星EEへ向かっている途中だ。
「ドッキング部隊、到着」
「しめた。敵機が減っている。この間に乗り移れるぞ」
ボニファシオが編隊を率いて、上昇した。
「残った第二部隊と共に、俺らが敵機を押さえて、突入部隊を送り込む。俺と二番機は突入部隊を援護。他は散開して、敵機を迎撃せよ」
「了解」
クリンクも返事を返す。
同時に大きく左旋回し、対抗してくる敵機に近づく。
よくプログラムされた敵機は撃っても当たらない。
逃げても逃げても、ぴたりとくっついて来る。
「四番チェリー、被弾。胴体をやられた」
「五番機、メインエンジン不能」
「了解、プラム、チェリー、戦線を離れて、帰還せよ」
突撃部隊を守るのは、MK―NBブラックホークに乗ったリーダーのとクリンクのグリーン、二号機のカーキー“”だけとなった。
「ウォーター、敵機に追いつかれる」
先陣を行く突入部隊は、かなり苦戦を要した。
味方が減ったところで、がぜん敵機の応酬が激しくなった。
「確実に蹴落としてる。Drモロン船に近い我々のところだけに密集してるのだ。振り切れ」
「振り切っても、あちこち敵機だらけだ」
「あと少しの辛抱だ」
「だめだ。やられる」
「はやく、Drモロンの母船に乗り込め」
ボニファシオの苛立った声も子守唄に聞こえる。
シールドに被弾ばかりして、機体ががくがく揺れている。クリンクは操縦桿を握り締めるので精一杯だ。パネルは点燈ばかりしているが、解除できない。次の操作ができない。警報音が上からも下からも鳴るが、探して切る暇がない。
エアコンも止まったままで、どこからか熱い熱気と寒い冷気が立ち上ってきている。
「突入部隊、目標接近」
あと少しだ。
「すまん、俺も被弾した。二号機、クリンクと共に、突入部隊を送り届けてくれ」
「了解」
「了解、リーダー」
二号機が敵機を追う中、第三号機クリンクは突入部隊の後方に回り込んだ。
Drモロンの本船に向かって、銃砲を向ける。ドッキング部隊が辿り着くように、最後の応戦だ。
「突入部隊、着艦」
Drモロンの船の速射砲台を破壊出来たが、左右から敵機に挟みこまれた。
一発喰らって、勢いよく飛ばされ、Drモロンの船に向かってくるくると落下し始めた。
「前方シールドまだ活きてるぞ。クリンク、早く姿勢を立て直して浮上しろ」
突入部隊からも、本部からも連絡が入った。
分かっている。分かっているが、いっこうに上がらない。
このまま激突すれば、味方の船もろとも、大惨事を招くかもしれない。
一度きりもみ状態になった船を立て直すのは難しい。どこか損傷している。いけない。衝突すれば・・・。
クリンクは操作パネルを叩き続けて、操縦桿を握りなおすと、姿勢をフラットに立て直し、上昇した。
まもなく、
「Drモロン、捕獲」
という報告がクリンクの耳にも届いた。