プロローグ続き
何だか、舞台のほうが騒がしい。
キャーッという悲鳴が連続する。
会場内はざわざわとしている。
「えー、会場にお集まりの皆さん」
マイクを使った声がすると、舞台周りから人が後退していった。
「私はDr、モロンです」
ロボット兵二体と老人が現れた。
かなりの年寄りだった。
額で分けた長い縮れ毛はもう真っ白で、伸ばし放題のザンバラ髪。背は縮み、痩せていて小さい。顔中の皮膚は皺がよって垂れ下がり、くぼんだ眼窩の奥から黄色い目をらんらんと光らせている。薄汚れて染みだらけの白衣を着て、マイクを握っている。
「この会場内に小型爆弾を仕掛けました」
きゃあとまた悲鳴が上がる。
「心配なさらないでください。念のためでありますから。今私をこの場で取り押さえようとする警察を止めるためです。私の要求が聞き入れられれば、皆さんを速やかに解放してさしあげましょう」
一同、固唾を呑んで、Drモロンの話を聞く。
「もうすぐ惑星EEで私が考えた最新ロボット人工知能自主学習Aプログラムが投入されます。コロンブスの町は旧システムの不便な生活を送ってまいりましたが、さらに利用しやすく、便利な町に生まれ変わるでしょう」
会場内はさらにざわついた。
「話だけ聞けば、悪い話でもないね」
「うん」
いつの間にか、大木翼君がクリンクの隣にやって来ていた。
クリンクも会場の人々と同じように、食い入るようにDrモロンを見つめる。
「それほど便利なら、正規の手続きを経て、導入したら良かったのでないか?」
地球の外務大臣が前に出て異議を申し立てると、そうだそうだと後ろからも声がした。
「惑星EEは私の発明を拒んだのです。私が宇宙の破壊者だと狂信科学者だと言って」
「良いものなら、一考の価値はある」
やり取りを見ながら、大木君はぽつりと言った。
「さすが経済活動歴六千年以上続ける地球人だけあって、粘り強い」
しかし、
「たたたた、大変です!惑星EEで反乱が!」
パーカー司令官のもとに、中堅社員が大慌てで転がり込んできた。惑星EEもMK重工の管轄だ。
「コロンビアの町の全システムダウン。なのに電力系統が派手に動き出して、町の中で暴れています!」
「派手に動き出してとは、暴れてるとは、どうなっているのだ?」
ぼんやり舞台を見ていたパーカーが、おなじくぼんやりとした、何を考えているのか読み取れない表情をして、なおかつ報告を聞いた上司らしき態度と口調で尋ねた。
「わっかりません!報告では制御不可能だとか」
会場内がざわめくのと同時に、舞台に怒りが向けられるのが分かった。
「ドクターモロン、これはどういうことですかな?」
日本の外務大臣が、声を上げる。が、そこにもうドクターモロンの姿はなかった。
スポットライトが舞台袖を照射すると、そこに急いで逃げようとする老人の姿があった。
「ええ!あの?ワシ?」
博士はびくっとして、振り返り、一同の冷たい視線を受けて、見るからに慌てた。
「ええーあの、こんなはずでは。そういや、性格までは規定してなかったな。人間の真似をするようにとはインプットしてあったか。こんなことになるとはな。やつが勝手に暴れまわっておるだけで、わしは知らん」
「何が利便性のためだ。自分が実地考証したかっただけだろう」
ざわつく中から力強い声が聞こえて、一人の男が現れた。
カガミ・ケイである。
「さあ、今日こそは観念して警察に捕まってくれ」
銃を手にして、じりじりと近づく。
「だーれが捕まるのじゃ!」
モロン博士は手の中のスイッチを見せた。あっと会場が息を呑む。そうだ、この会場の中には・・・
「ふふふ、ではやんごとなき皆様、ごきげんよう」
ロボット兵の胸から、煙幕がもくもくと発せられた。スポットライトが乱れる中、老人の姿は消えた。
「追いかけるな、会場の人を外に出すのが先だ」
パーカーが叫んだ。
「皆さん、落ち着いてください」
会場には不穏な空気が広まった。各国のお歴々から重役が集まっているので、情報のやり取りが激しくなった。
「さあ、皆さん、外へ」
警察から消防までなだれ込んでくる。急いで帰る者や、出入りする者が対立し、場が荒れてきた。
「各国の皆様が速やかに帰れるよう手配しろ」
パーカーの指示で、会場内の人々は順当に流れていった。MK重工の手配がなかったら、警察や消防に足止めされて、会場内の人々は帰れずに暴発していただろう。
「会場内の爆発物処理は、当社の技術班と警察で処理」
それからパーカーは、ナミアダ号全員を呼び寄せた。
「警察によると、Drモロンは惑星EEに向かった。大方、高みの見物、悪くて増長させて、町を破壊する気だろう。惑星EEは我が社で建設した箇所がいくつもある。各員持ち場に戻り、準備が出来次第発進せよ。まずDrモロンを追跡。惑星EEに到着したら、現地対策本部と連絡を取り、コロンビアの町を救出せよ」
各員ざわめくのも無理はなかった。
「おいお前、カガミだろう?お前もこのたびは乗っていけ」
舞台に銃を向けて、博士を捕らえようとしていた男をパーカーは名指しした。
「どうして、オレのことを・・・?」
「あの厄介な博士には手を焼いていたのだ。だが、息子が追っているというのは聞いたことがある。元は超銀河団間宇宙船マウンテンのエンジニア。けれど、父親の暴走を止めるために、辞めたとか。今は・・・?」
「どこにも所属していない。乗せてくれたら有難い。俺も現地に向かいたい。親父を止めるためなら、機関士だって、厨房だって働くよ。連れていってくれ」
「いいだろう。ボクが君のような優秀なエンジニアを見逃すわけがないじゃないか」
パーカーがこびこびと体をくねらせて、カガミにすり寄った。
「加えて、こんな男前。イーネ。君」
「さあ、みんな、さっさと出発だ!」
女房役の部長グレイが、パーカーが全てを言い終わる前にナミアダ号や職員に号令した。
「ち、逃したか」
走り去っていくカガミを目で追いながら、口惜しそうにパーカーがつぶやいた。