第2話 ガス雲飛行
「おい、おめえ、人のことより自分のこと考えろよ。その年でまだ王子様に憧れているんだろ?いーかげん、ボニファシオと付き合ってやれよ」
「いやよ、あんなやつ」
通路を歩いていると、整備員でも操縦士でもあるミッツから声をかけられる。同じ仕事場で働いているので向こうは気安く思っているのだろうが、ライラックは気安く思ってない。そういう態度は気に入らない。
イイ男。
ライラックはこれしか気に入らないのである。
女子の基準というのを、男子は何もわかってない。
ミッツやボニファシオなんて、むさくてむさくて、到底駄目だ。それに独身なら誰でも良いと、若くて、彼氏のいない女子なら、誰彼かまわず声をかける。そういうふしだらな男が、本当に多い。そんなのにひっかかるはずがないでないか。
電子メールが入っている。
ライラックへ
あの地味男がついに告白へ。
洗濯室の例の男。真面目で陰気な、ぼさぼさ髪で、おばさんと呼ばれていた検査員のあの人とっていう話のつ、づ、き。ついにふたりは、めでたくむふふ。
「まあ、そうなの?」
ひゃー、また大事ね。今日も仕事にならないわ。
「おい、お前、召集かかっていただろ?準備して早く行けよ」
「む、行くわよ、あんたに言われなくても。あんたこそ、先に出るんじゃないの」
「わかってらあ。俺は行くぞ」
「勝手にいけば?」
偵察機が飛び立ったが、ライラックは見もしなかった。
男はいつだって、興味を持てと迫るが、ライラックの想像の王子様の姿はあんな飛行機野郎とは違うのだ。金の髪をくゆらせて、颯爽と歩く毅然とした男。ちょっとパーカー・コマンダーみたいな。でも、半分あんなのじゃあないわね。うん、それはそう。ああ、はやく来て欲しいな。頭の中に思い浮かぶ王子様の姿を、ライラックは思う。
「エンジン点火」
ヴェガ航空局主力宇宙空母艦より、MNB群が次々と同時に惑星へ向かい始めた。
「先発隊よりブリッジへ、これよりコロンビアの町へ向かう」
新たに組まれた編隊からナミアダ号ブリッジへ報告が入る。
「惑星EEの町コロンビアの救出作戦指令図だ」
ブリッジでは、館長以下指揮官やパイロット達がすでに集まって、作戦会議をしていた。
「我々は軍からの支援要請により、プラント怪物との対戦を協力して行う。世界救助隊が先陣をきって出陣している。我々も攻撃に加わり、プラント怪物を攻める。住民が避難し次第、総攻撃に入る」
「了解」
「了解」
戦闘機が惑星EEへ降下した。
続いて駆逐艦二隻が後を追った。
その他、救援支援部隊、消防部隊などが後を追った。
クリンクは飛行艇レッドロースターの副操縦席にいた。
水陸両用機で、どんな場所にも着陸可能で、救援に必要な装備が後部に詰まっている。同時に戦闘能力も備えており、戦闘に加わることも出来る。
任務は現地哨戒だった。
船長は課長の伴野、机上通信員には同僚のライラックがいる。
「クリンク隊員」
黄色いロボが顔を向ける。
「おはつにお目にかかりまして。私は試作機エディというものです。よろしく」
「こちらこそ」
黄色い丸い頭で、丸い目が二つ付いていて、平たい顔で連結部が笑っている口のように見える。首がなく長い体でドレスを着たような体形をしている。
副操縦席の二つ目は、今回彼が乗っている。
「ボロバロサロボロ、ボバ」
ナミアダ号の通信士、宇宙人のアジャから気象情報の予告が入る。
「了解」
エディが返す。画面には雲のレーダー画像が現れる。
「今大臣はミーティングだそうです」
ライラックが告げる。
「準備が出来次第、惑星EEへ会談に向かいます」
「話し合いで解決できればいいがな」
コース設定を見直した伴野は、冷静に報告を聞いた。
「大気圏突入」
惑星EEの薄い大気圏を通過すると、やがて薄い水色の空が広がる大空へ出た。
大地はほとんど荒野で、一見うら寂しい痩せた土地である。
「上空五千メートル、時速450キロで降下中。後部エンジン点火用意。地中海都市テラスの上空通過2キロ」
「プラント怪物の魔の手が他にも伸びていないか、調べるのだ」
操縦席の中央後方から、伴野が作業を指示する。
見渡す限りの荒野だ。
「衛星からの映像です。北の丘陵地に飛行艇と思われる影があります」
「現在、哨戒機が近づいています」
今は仕事に集中するべき時だが、クリンクの頭の中には一つの考えが浮かんでいた。
私だって・・・
負けるわけには行かない。
今になって、またシアニティへのライバル心が沸き起こってきた。
「偵察映像を」
伴野が指示する前に、クリンクがずらりと機器の並ぶ操縦席の横並びの背後にいるマイリー・フロウガールに言った。
女子達はぎょっとしてクリンクを見た。
マイリーは大人しい女ではない。
というより、マイリーはクリンクを敵視している。マイリーの予想の中では顔もどっこい、男子からの人気もどっこいと規定され、操縦室の男達からちやほやされたいマイリーには厄介者。クリンクは目の上のたんこぶ扱いなのだ。
気に入らないので、マイリーは事あるごとに対立姿勢を見せる。大抵それは、マイリーからの憎憎しげな睨みから始まるのだ。
「無人偵察機からの偵察映像です。北の砂漠に、宇宙機と思われる影があります」
マイリーはとりあえず、先に送られていた偵察映像を操縦席の皆の画面に出した。
「哨戒機が目標付近に到着しました」
カメラが捕らえる映像に白っぽい砂漠の映像が続く。
「ようやく見つけたぜ」
さらに大きな映像がレッドロースター号の操縦室に送られた。
「Drモロンは?」
「いません。近くに怪しい影もありません」
「奴は捜索しても機械には映らん」
「引き続き目視で探してみます」
音声が切れた瞬間、
「あんたのその取り澄ました顔が気に入らないのよ」
皆が気づいたときには、マイリーがぎりぎりと歯を食い縛った形相で、クリンクに甲高い言葉を投げつけていたところだった。
「いつも涼しい顔して、余裕ぶって、いかに自分に自信があるんだか」
マイリーが言い続ける。目を丸めて驚いたクリンクの顔を見て、さらに腹ただしくなった様子のマイリー。
「私がいつ取り澄ましたっていうのよ」
クリンクも言われては言い返すしかない。それがますます火に油をそそぐような言葉だとしても。
クリンクの日常考えなければならないあまたある問題の中では、マイリーのことなど悪いが、あまり問題ではない。なぜマイリーがこれほどまでに怒るのか、理解できない。彼女は感情的で、仕方ないのだと、いう程度しか分からない。
そこがさらにマイリーを苛苛させている。
人間相手にされぬほど、頭に来るものはない。
「なんでよ、いつも取り澄ました顔をしているじゃない」
バシと机を叩く。
おお、と操縦室の一同が思わずのけぞる。
いよいよ、本番だな。というところである。
「船が傾いても、へらへら。船が故障してもあれはエンジン部の故障。キャプが怒っても我関せず、取り澄まさないって言えば、取り澄ましてない奴の顔が見てみたいわよ」
「そんなつもりじゃあ・・・私だって、皆のためを思って仕事しているのよ」
「皆?仲間のためだってわけ?あんたのような冷徹な人間が、仲間や心っていう言葉を知っているわけ?」
ひどい言葉だ。心外だ。
「そりゃ、私だって知っているわよ」
「気に入らない!」
バンと、机に資料文書を叩きつける。
「どこのどいつがキレイな顔してキレイごとをほざいている!」
あまりの迫力にクリンク他はうっとつまる。
マイリーがそれほどまでに気に入らない、文句があるというのなら、クリンクは本当にそうなのか?という疑いが、同僚皆にも生まれる。
背水の陣を構えた人間のような気持ちになる。
「あんたの取り澄ました顔の皮、はいでやる。剥いでやらねば気がすまないわ。いいかげん、本当の面見せろ!」
「ええっ」
泣きかけ寸前クリンクは、周囲に助けを求めるが、面白がって助けようとしてくれない。
このままでは本当に、耳の下から顔の皮を剥がしかねない。マイリーの剣幕にはそういうひやっとしたものがある。
「はい、そこまで」
と、操縦室の出入り口のドアが開口して、一人の男が入って来た。
「私は地球の外務大臣です」
フロアに出てきた人物は背が高い。長いマントを肩から垂らし、赤茶色の長髪、秀でた額から尖った鼻、大きい目と、威厳がありながら、猛々しい雰囲気がある。
揺るぎない圧倒的な存在感のある目で周囲を見ると、それだけで場がしんと凍りついたようになった。
秘書や部下らが慌しく彼を取り囲み、誘導していく。レッドロースター号の乗員はずりずりと場を退くしかない。
「大臣、なぜ?」
課長が唖然とした表情で問うた。
「隠密にことを運ばねばらならぬので、こっそり乗せてもらった。この情報は誰も知らぬ。ナミアダ号の船長もな」
秘書が答える。
伴野は驚いて目を丸くする。
「このままどこにも報告はせずにいてもらう。そして、我々を会談場所へ連れて行ってもらう」
しばし、乗組員に動揺が広がった。
まったくの予想外である。
いったい何を言っているのか?
そう思ったのも無理はない。
さすがの職員もすぐには事態が飲み込めない。
しかし、素早く伴野が言った。
「分かりました。大臣の任務を優先しましょう」
地球の外務大臣の言うことなら、局員は聞かねばならぬ。
地球の政府からの要請と同じことだ。
「ただ、なぜこんな方法を?」
「外務大臣の移動には、秘匿ルートを使うのが決まりだ。安全のためだ」
「でも、外務大臣は他の輸送機で現地へ向かうのでは?我が社が用意していたはずです」
「あれはおとりだ」
課長伴野が大きなため息をつく。
こいつら、乗り合いバスと勘違いしてないか。厄介な奴が乗ってきたわい。
そう言いたげだったが、言えるわけもなく・・・
「会談場所は?」
「東の緩衝地帯ショックベイビーです」
乗員が皆電気を打たれたようになった。
「あそこは無理です。今はハリケーンが接近しています」
「無理だとて行かねばならない。地球軍と戦争を始められては困る」
「東へ針路変更」
伴野がとりあえず針路変更の指示を出す。
「行くのを止めてください、大臣」
伴野が言うと、秘書達はさも気に入らなさそうに嫌味たらしく言う。
「なぜです?」
「向かう場所にはハリケーンが出ており、非常に危険です。町もないただの荒野です。そんな場所でなぜ会談があるのです?これは罠では?」
それだけ言えば、外務大臣には十分だった。
うなづくと、
「ハリケーンの中に突き落として、私を亡き者にしようという魂胆か、それとも時間稼ぎかと思ったが、現地首相の行方も分からぬ。以前から地下にシェルターが作られた情報がある。こちらも外交ルートや、あらゆるソースを使って裏情報を取ってきたのだ」
「あなたの対抗勢力では?混乱しているのを機に、外務大臣を陥れる気なのでは?」
「ありうる」
「プラント怪物の情報操作があったかもしれません」
「だとしてもプラント怪物の目的が分からぬ。大臣だけじゃない。コロンビアの町だって、政府高官や富豪がいる。外務大臣は、どちらかというと、暗黒世界の方面から狙われやすい方だ。ギャングとかヤクザとか、海賊とか、仕事柄脅されやすいのだが」
「それ、かもです」
課長が弱弱しく言うと、
「なんにせよ、会談場所には向かってもらう」
と秘書が高圧的に命じた。
「戦争が始まる一歩手前なのだ」
伴野は職員に目配せした。主だった人間が皆覚悟を決めた眼差しでうなづく。
「ハリケーンを止めるために、一矢は放ってある」
秘書が言うと、伴野は眉を寄せた。
「というと?」
「現地にパーカー指令が人を向かわせたはずだ。確か、主任気象技術官の馬場と情報分析官の大木が率いるチームだったか」
「大木君が」
クリンクは思わずつぶやいた。
事態の状況に、伴野以下乗組員は進路変更を余儀なくされた。
パーカー指令が噛んでいると聞いて、やらねばならぬことを諦めて悟る。
「分かりました。現地へ向かいましょう」
それも外務大臣にそこまで言われれば、行くしかない。
レッドロースター号は東の荒涼地へ向かった。
着くまでの間、クリンクはずっと大木のことを考えていた。
マイリーのことは、すでに頭になかった。さすがに外務大臣が入って来たときは、恥ずかしかったが。
大木君。
心配だ。口は達者だが、仕事はどんくさい。頭は賢いが、現場となるとまるきり駄目な人間なのだ。何も起こっていなければ良いが・・・先程あったときは言わなかったのに。
たらーっとなる。
目の前の操作画面に、気象のレーダー画像が映っているが、ハリケーンの姿は依然としてある。
ハリケーンが居座り続けるのなら、大木の任務は完結していないということだ。
目的地に到着するまで、映像から消えるのか消えないのか、はらはらとした。
いつまで経っても、ハリケーンの姿は消えなかった。
「メタンの雲だ」
「現地接近」
向かう空で怪光が閃いている。
そうこうしているうちに、ハリケーンの雲が立ち込める空へ近づいた。
「ハリケーン依然として北上中」
操縦室正面の大窓に広がる空は真っ白だ。よく見ると、激しい風で雲が動いているのが見える。
「ハリケーンの大きさは30キロ。中心の気圧は900ヘクトパスカル。最大風速80m。目の付近の積乱雲の壁は15キロで、片側5列の壁があります」
クリンクが報告する。
「大臣命令、ハリケーンの中に降りろ」
後部席に座る大臣についている秘書が言った。
「なに」
「むちゃだ」
乗組員から次々と声が漏れる。
「みな、静まれ」
伴野が命じて、一同とりあえず黙った。
「外務大臣たっての希望だ。我々を信じて任せられているのだ。無事に会談場所へ送り届けるのだ」
「今でなくても、事態が収束してからでは駄目ですか?」誰かが言った。
「一刻を争うのだ」
大臣部下が言う。
「強風にて機体があおられています」
「安定姿勢を保ちなさい」
(ひいいいい)
操縦席に座る誰もが心の中で悲鳴をあげていた。
(なぜこんなところで会談が?)
(絶対、騙されているよな、あいつら)
乗組員の胸中に、同じ思いが交錯する。
「高圧大気が前方に出現、内側へ入ります」
すでに諦めたレッドロースター号の乗員は船を嵐の雲の中に沈めた。
「ハリケーンの内部に侵入。ガス雲飛行中」
荒れ狂う厚い大気の層を押し開けるように進む。
「機体が思ったように進みません」
「強風で機体が横に流されています」
操縦席から次々声が上がる。
「センサーが位置を読み取れません。現在の位置が不正確」
最初のエラーが通告され、何度も操縦室に警告音が鳴り始めた。各電気系統が誤作動を始めている。
「ハリケーンの中、通過」
エディが告げた。
いったん操縦室内は落ち着いたかに思われた。
強風が砂嵐を起こす荒野に出た。




