プロローグ 陽気な船乗り
火星の基地〝環境島〟
宇宙基地通称グリーンアイランド。
グリットステーション213F。
都市中央に立つ巨塔の213Fレセプションルーム。
そこでは、賑わしい催しが行われていた。
「かったるい」
という、身の凍ることを言う者、
「うまうまがある」
食に走ろうとする者、
そこにいた者はお堅い人間ばかりだったが、あるところにいる集団はてんでとりどり勝手に騒いでいた。
「えー、皆さん。本日はお忙しい中、お集まりいただいてありがとうございます」
ヴェガ宇宙局のナミアダ号全員がパーティに呼ばれていた。
「栄えあるパーティに呼ばれる機会なんてめったにない」
ということは全員分かっている。
新基地建設が完了し、着工したMK重工も建設業で堅実な利益を挙げた。
火星の基地建設のちょうど記念日とかで、おきまりながら記念すべきパーティが開かれ、会場には様々な人間達が集っていた。
とにかくめでたい記念式典なので、人数を呼んで来いとの上からの命令が下った。
ナミアダ号乗組員は嫌もない。
もともと、宇宙船の乗組員はドンちゃん騒ぎが好きである。
羽目を思い切り外したい連中が、嫌がる真面目な職員を引き連れてきていた。
アメリカのフェデックス大尉からの依頼である輸送任務を終えたところで、地球へ帰還の途にあり、運よく、通りかかったところだった。
司令官パーカーや、経済界の主要人物、新惑星の君主、地球各惑星大臣も集う、格調高いパーティである。
豪華に飾り付けられた華やかな会場。
分かってはいるが、
「おー、うめうめ。お前らも食え」
操縦士伴野が酔いつぶれて、机の上に寝そべり、目の前のコース料理をつまみ出した。
「はあ、疲れるわ」
一方では、同じく操縦室にいるナオコがビール瓶をラッパであおり始める。
「課長!何しているんですか」
「ヒイ、姉さん!」
パーティの片隅で、ちょっとした騒ぎが始まっていたが、これも毎度のこと。
同僚達も引きずり降ろしたり、取り押さえたり、即時対応する。
「はっはっは」
「何すんのよ、あたしのビール返して」
とはいえ、改まらないので、取り押さえても無駄である。
遠い空の彼方に飛び立てば、向こうではマシな連中であるのだが。
「いったい何のパーティなんだ?」
おーい!
と部下が思うのも無理はない。
「や、やだなあ、課長。ナミアダ号全員が、ミッション完成したご褒美に、パーカーコマンダーがこの完成披露祝賀会へ呼んでくれたんじゃないですかあ」
「ナニ・・・・?」
すでに目がいっている。
部長のザックも、裸踊りだ。
「ナニが完成したって?」
「町とか、タワーとか、新しい町が造られて、人が住めるように・・・て、課長も聞いたでしょう?」
「お前も踊りを舞え」
若い乗組員の上着の袖をむんずと掴んで、引っ張る。
「ヒエええ!」
と、オオオとどよめきが上がり、大音響の音楽が鳴り響き、人々の注目がいっせいに演台上に向いた。
一同、ほっとしたところで、スピーチが始まった。
「えー、各国貴賓の皆様、お忙しい中お集まりいただきまして、ありがとうございます」
「わあ、パーカー司令だ」
スポットライトの当たる演台上にMK重工のトップ司令官パーカーが現れた。
長い金の髪を編み上げて垂らし、意志の固そうな目をしていて、エキゾチックな風貌をしている。
日に焼けた肌、整った容姿、司令官らしい貫禄。会社を束ねる人物だとは思えないほど、若い。
「わあ、素敵。私達の代表がこんなすばらしい式典で挨拶するなんて」
と若い女子の乗組員達から声が漏れる。
外見は完璧で、とても変人とは思えないほど理知的に見えるので、女子には相変わらず人気はある。
壇上にはすでに、式典の出席者達が控えていた。
実質町を建設した企業であるMK重工の代表パーカーが祝賀の音頭を取ることになっていた。
「ほんと、素敵」
クリンクの目にも何もかもが素敵できらめいていた。
会場に集まるのは、その手の世界で有名な人物ばかりだ。
パーティは盛況で、MK重工の司令官パーカーの優雅な挙止も目立った。
宇宙一の美女ブラック・アリーナの美しさも目を奪われるばかりだ。
カキイ・・・
パーカーがマイクへ手を伸ばした。
「えー」
しんとした会場内にパーカーの美声が響く。
「僕かわたしか・・・君か、あなたか」
知る者は知るが、知らない会場職員らしき人間と壇上の役回り達が目を剥いて慌てている。
「ふつつかものですが、どうぞよろしく」
ゆるゆると頭を下げていき、一度長い体を横たえて、横になる。
一同こけて、いや、ざわざわとなりだした。
「えー一言と言われているので、言いますが」
後方からの抗議が止まないのを五月蝿そうに見て、なんだか気だるそうに立ち上がり、パーカーは続ける。
「このより良き日に、お気に入りのネグリジェを着てくれば良かった。肌に微風が当たってね、そわそわと爽快でありまして、これがまた良いのであります。隣のピイちゃんが、あ、隣のピイちゃんというのは、私のマンションの隣の、う、もが」
MK重工のすべての社員の願いこめて、秘書達がとりおさえてくれる。
「べえええん」
クリンクの横の女子社員が床に崩れて派手に泣き出した。
「あんまりよ、宇宙を股にかける大企業だからっていうから就職したのに。会社のトップが自分を司令官だって呼ばせたり、思い切り変人だったなんて、嫌よ!幻滅よ!変態じゃない。あんなかっこいいのに、もったいないじゃない!」
何だか、最後は違う方向へ流れていった。
「とにかく、やんごとなき人々と知り合うチャンスじゃない」
「そうよ、出会いのチャンスよ」
他の女子が泣く女子を取り囲んで励ました。
「変人は変人で仕方ないのよ。仕事は出来るんだから、あれで皆ほっといているんだから」
「そうよ、上の考えていることは分からないわ」
「世の中こんなものなのよ、私達は私達の人生を勝ち取るのよ」
「よ、よーし」
なんだか、女子全員が意気込み出した。
「普段は狭い船内の人間しか知らないから、こんな機会は滅多にないわ。いつまでもここにいないで、くり出しましょう」
女子のリーダー格であるケイティ浦賀が言うと、女子一同うなづく。
「あーら。新しい出会いのチャンスなんて、いいじゃない。私も連れてって」
姉御肌のナオコがビール瓶を片手にぷらぷら下げて顔を出す。
「新入生歓迎会、やるぞー!」
寝そべっていた課長が叫ぶ。
「さあ、皆ダーッシュー!」
誰が言ったのか、その声で一斉に若い女子も男子もその場から逃げ出した。
「あれ?」
あまり慌てていたので、皆とはぐれてしまった。
「もー、大木君どこよ?」
今はナミアダ号の船員クリンク、年は十七才。
ヴェガ宇宙局の操縦士。
宇宙船勤務が主な仕事だ。
まだ半人前であるのは、自他とも認める。会社の課す履修過程の途中を昇りかけたところだ。
「君、可愛いね。うちの船に来ない?」
パーティでは色々な人と出会う。
自分の知らない世界を知るチャンスとして、こういうパーティを利用しない手はないだろう。数々の人と知り合う機会はそうない。
クリンクも最も注目されている人間に出会いたいと思っている。
女海賊と噂されているブラック・アリーナだ。会場には彼女から、有名歌手から、何某と、何かと話題の人物がいるが、何よりも彼女だ。ずっと前から彼女に興味があった。
こんなところで出会えるとは。
赤の他人同然のクリンクに声などかけてくれるのは、驚きだ。だから、
(可愛いって言われちゃった)
あら、あなた、うちの船に来ない?
ブラック・アリーナにも同じように声をかけて来ることを想像してしまう。
そう言われれば、どうしよう?
どきどきしながら、近づいていく。
ブラック・アリーナの周囲には、重役そうな面々から、強面の船員から、クリンクより体も地位も強そうな連中がつめかけて、彼女をちやほやと取り巻いている。
クリンクには近寄りがたい雰囲気がした。
普段は厳しい仕事面をするだろう男達が、妙になよなよしている。
クリンクは握り締めたグラスへ目を落とした。ひとつどうぞ、なんて、誰もがやっている。彼女の手には次から次へ、新しいグラスが渡されていっているじゃないか。
彼女に近寄れるほどの人間なら、壁が自然と開いていくのに、クリンクでは誰もどかない、注意しない。
隙間から入ろうとしても、入る隙もない。
クリンクはグラスの飲み物をぐいっと飲んだ。けっこうアルコールがきつい。
ふーっと息を吹く。顔が赤くなるのが分かる。胸が熱い。
まだ出会うチャンスはある。これだけ大勢の人がいるのだ。誰か、他にも有名人がいるはずだ。有名人とか、芸能人とか、けっこうミーハーなところがあるクリンクだった。
さあて、と開き直った。
会場を見回した。どんな人がいるのか、探す。
「あ、失礼」
ぶつかりそうになり、ふと目に止まったのは、女子にありがちな美形。美形は目立つ。
チョコレート色の髪、切れ長で流麗な黒い目の双眸、黄味がかった肌、高身長で、均整の取れた体。
年の頃は二十台位か、橙のストライプが入った服を着ている。
ナミアダの乗組員の女子なら、キャーと悲鳴を上げそうな部類。
きっとどこかの船長だろう。
クリンクは宇宙船勤務をしている身として同じものを感じた。
「おや、まあ」
ハッと気がつくと、そばにパーカー司令官が来ていた。
こちらも負けず劣らず美形男子なのだが、おかしな発言連発で、その価値は確実にすり減っている。
「他社の男がそんなに気にかかるのかい?」
「いえ、そんな」
「君、確か、我が社のパイロットだよね。その服で分かるもの」
ヴェガ宇宙局のパイロットの制服は、藻色に決まっている。もとはパーカーが決めたはずだった。
「うちの子が、よその男を目で追うなんて、なんか焼けちゃうなあ。うちのパイロットがよその男にご執心。これは熱心遊ばしまする。なーんて、ボクが喜ぶと思う?」
腕から首の両側をさすり上げられて、クリンクはぞーっと寒気が走る。
「いいえ、でも、私が誰かに熱心になるのは、それはパーカー様には関係のないことではないですか」
パーカーはしばし黙り・・・
あまり相手が沈黙しているので、そっと顔色を伺ってみると・・・
(ひええええ)
コノヤローとか恨んでやるとか、そら恐ろしいことをぶつぶつとつぶやいて、憎憎しい顔をしてクリンクを睨んでいる。
「なに、ボクが君のような恋愛も出来ん下手っぴだと、下がっておれとうことか」
「いえ、そのようなことは」
「給料、棒給その他、支払うというもの全てに、ボクの許可がいるのに、ナニの関係もないというのか。ええ、ナニの関係もないと?」
「それは、その、そうですが」
上手く答えられない。
「他社の男のほうが、良い男か?他人の芝生は良く見えるか?折からのボクの働きの評価は誰がしてくれるんだ?ボクも甘い目線を受けたい。数字や政治家の目ではなく、ボクも見てくれ!さあ!お前、あがめたてまつれ!」
「もちろん、尊敬してました」
今日までは、である。
これ以上近づかれて文句を言われては、もう嫌いになるしかない。
「ん?」
背中も心も凍りついたところで、急にパーカーの興味が反れた。
「ボクのブラック・アリーナちゃん!」
見ると、人だかりが移動している。どうやら、忙しい人気者は帰るようである。慌ててパーカーが追いかけていった。
「ふう」
クリンクは助かった。
外の空気を吸いたくて、よろよろと会場外のサロンへ出てみた。
「ああ、いい温度」
会場内は冷房が効いているが、やはり人の熱気がすごくて、外の通路のほうがいくらか過ごしやすかった。
会場を取り巻く通路のいくつかある階段の片隅に座って、一人アイスクリームを食べる。さすが、高級官僚クラスの人間が食べるデザートだけあって、美味だ。
「あれ、君」
ふと見ると、階段の上から男が降りてきていた。何か誰かを探しているような感じだったが、クリンクに気づいて足を止めた。
「こんなところで、何をしているの?」
先程ぶつかりそうになって目を留めた男だ。よく見るとにこりともせず、張り詰めた感じがあるが、疲労しているのかもしれない。
「ちょっと、外の空気が吸いたくなって、どうぞ」
階段に座り込んでいるのはちょっと、品がないし、道行く人の邪魔になる。一息入れたかっただけだが、こんな大人数の会場なのだ。一人アイスを楽しむなんて、出来るわけがない。
道を開けたが、男は通らなかった。
クリンクと反対の壁に背を持たせかけ、長い足を重ねて、ポケットに手を突っ込んだ。気を変えたらしい。
「ほんと、会場内は人でごった返してる」
前髪を掻き揚げて、何か考えている風だ。髪を下ろすと、光をきらきらと反射した。
「君、さっきも俺を見ていた?」
「え?ええ・・・いえ」
「オレの顔に何か付いてた?」
「いえ、そういうわけでは」
言われても、困ることを言う。ちょっと、鈍感なのか、そういう性格なのか。
「アイスは甘い?」
「え、はは、はい」
アイスより甘い面子です。とは答えづらい。
「君、パイロットでしょ?MK重工の」
「ええ、まあ」
聞かれたことに答える。見つめられて、どぎまぎしている。
「じゃあ、将来を約束されたパイロットなんだ。学校も順当に卒業して、入社してからは研修生としてパイロット過程を履修できるし。操縦士以外の仕事なんて考えたことないよね」
「まあ、今のところはそうかな」
「憧れるね」
「憧れる?」
見たところ、クリンクよりも経験をつんでいそうだが、どういうわけでそんなこと言うのだろう?男の言葉にはどこかしら、悲しげな響きもある。
「あの、あなたは誰です?」
「俺はまあ、関係者に違いない。名前はカガミ・ケイ。ちょっとわけがあって、来てる。そのうち、分かると思うけど」
かといって、疑問が晴れたわけではなかった。
「あなたもパイロットですか?」
カガミは目を見開いた。当たりだったのかもしれない。
「まあ、船乗りには違いないかな」
「じゃあ、私のような者に憧れる必要なんてないとおもいます」
自分で言って、恥ずかしくなる。
「船乗りにもいろいろいるよ。君のような将来確実に成長するパイロットから、あがいてもどうにも浮上できない者から、ギャングまでね」
「・・・ギャング」
「君は平和な生活以外のことを考えたりしないだろ?」
ずばり言い当てられたから、戸惑った。確かに家は典型的なサラリーマン家庭だ。
じゃあ、彼はいったい何?
そう聞きたかったが、クリンクは言えなかった。何か事情がありそうな人だった。
「でも、それは、そんなことはないです」
自分以外の世界を知らないというわけではないと思った。
カガミはクリンクが戸惑っているを見て、視線を浮かせてから、またクリンクを見つめた。
「じゃあ、自分と格段に違う人間なんて、好きになったりする?」
「好きに?」
好きになる?
カガミは、本気とも、冗談とも受け止めかねる調子で言う。
「プ」
と彼は笑った。
「難しく考えないで」
と、その時だった。
キャーッという悲鳴が会場内から聞こえた。
読んでくれてありがとうございます。