『剣と魔法とデジタルデバイス』【短編・ミステリ】
『剣と魔法とデジタルデバイス』作:山田文公社
「時代は変わったな」
そう言い佐久間明はゲームセンターの前に立っている。電子捜査二課…通称電二は近年の電子犯罪への対応をする為に新設された新しい課である。
電子機器の普及に伴い犯罪は特殊化している。以前なら形ある犯罪も、少しずつではあるが形のない…実態を伴わない犯罪へと移り代わりつつある。一昔前なら麻薬と言えば、脱法麻薬や合成麻薬などと言った形あるものが、バーチャルシステムの進化に伴い電子ドラッグなるものが普及している。以前はドラッグを体内に取り込み生理化学反応を引き起こしていたが、今は電子パルスや視聴覚パルスなどを用いて、直接的ではない電子機器を介し生理反応作用のみの痕跡の残らない物に変わったのである。
しかしこれには生理作用的な依存、つまり禁断症状を伴う事はないのだが、精神的な依存が強いためにこれを禁止した。お手軽で痕跡も残らない為に密かに使用されている。しかし生理的問題がないと言えば嘘である。近年の報告では脳幹の肥大化が認められ、通常よりも20パーセントもの肥大が確認されている。つまり快楽主義的に、快楽をもっとも優先する志向になる。遅かれ早かれ何らかの犯罪へ行動を起こす可能性が非常に高くなるという報告である。
「RPGねぇ」
そう言い佐久間はゲームセンターへと入る。数週間前にたれ込みがあり、仮想ゲーム『ソード・アンド・ソーサル』の中で電子ドラックが販売されている、という情報である。こういった仮想空間を体感出来る設備を利用して、こうした電子ドラッグを販売する組織が増えたのである。ハードは規正の品を使って、ソフトを違法に改造して同様の効果を狙ったものである。当然ながら刺激が強すぎれば死に至る事もある。そう言った電子犯罪での殺人が起きた事も電子捜査課設立のきっかけになっている。殺人等の凶悪犯罪は一課の仕事で、二課は副次被害などが主である。その中でもっとも多い案件がこの電子ドラッグなのである。
「なんだこりゃ」
そう言うと佐久間の目の前には大きな機械が5台並んでいる。佐久間が知っているゲームセンターは、UFOキャッチャーと色々なゲームの筐体が並んでいるのが一般的な光景だったのだが、佐久間は知らないが、実に近年はこうしたVR機を置いてる店がほとんどなのである。
電子案内人がパネルに映し出される。これも企業の、人権費削減なのかはたまた人材不足故の行動がわからないが、透明の液晶パネルに、人と見分けのつかないCGキャラクターが身振りを交えながら、案内を始める。
「つまり空いてる機械に入って金を入れれば良いんだな」
適当に選んだ空いてる機械へと入り、財布をとりだして3千円投入する。経費で落ちるとはいえ佐久間は面白い気分では無かった。ドーム状のゲーム機内に入ると、リクライニングのソファーを倒したような黒い椅子が目に入った。
「椅子に座ってコネクトギアを被ると……」
捜査の研修でそう習った内容を思い出し口ずさむながら、佐久間は椅子に腰掛け、頭上にある金属製の球体……潜水師や宇宙飛行士の被るような……を首まで被った。
そもそも佐久間は刑事一課だった。しかしある事件でこの新設された電子二課へ転属となった。人の心理や荒っぽい事は手慣れたものだが、こういった電子機器類は苦手だった。研修中何度となく辞表を提出しようとも考えたが、上司や同僚から説得を受けてとどまっていた。今でも懐には辞表を忍ばせている。佐久間はどこか嫌悪感を持ちながらも、名前の登録やその他諸々の入力手続きを済ませた。
「御入力ありがとうございます、それではソード・アンド・ソーサルを開始します、あなたは始まりの街から街道からの出発となります、それでは良い旅を……」
アナウンスが言い終わると、目の前と重力が無くなったようになり、地面へと立たされた。
「なんだこれ?」
辺りを見回すと先ほどのゲームーセンター内でのコネクトギアの画像では無く、どこか田舎の山奥に囲まれた平原、そう言う場所であった。佐久間は不思議そうに辺りを見回していると、空中に文字と矢印があり、手近な場所に皿が浮かんでいる。文字は地名のようで矢印はその方角、皿は東西南北と、座標が記されていた。
「なるほどカーナビ(車載電子地図)のようなものか」
佐久間は仕組みに関心しながら“始まりの街”と書かれている矢印の方向へと足を進めた。
「最初の街が事件の舞台とは助かるな」
そうゲームの最初の場所であるところが、事件の発生場所になっている。それもそのはず、既存のゲームを使って行うなのだからあまり遠いと手軽では無くなってしまう、それにデーターはその都度、痕跡を残さない為に新規に作る、従って一番最初の街になるのだ。
歩いて進んでいくと少しずつ町並みが近付いてくる。近年急増したネット廃人が多発する理由が佐久間にはようやく理解できた。
「こりゃ無理ねーな」
そう空気や風、細やかな鳥のさえずりや木々や草木のざわめきが聞こえるのだ。青草の匂いだった漂い、もし舞台が現代風なら区別出来ないだろうと、佐久間は思った。
街の行き交う人々は造形こそ違えど、実在する人間のように見える。建物から人に至るまでその質感や存在感がありありとしている。本当に自分がココにいるような錯覚を覚えるのだ。
すこし呆然としながら佐久間は手近の者に“海と夕凪亭”の場所を聞き込んだ。
「ああ、それならココを真っ直ぐ行って、十字路で左にはいり三つ交差点を超えた場所にあるよ」
その言葉が終わると空中に“行き先へフラグを立てますか?”と言う表示とその下に“イエス”“ノー”の表示が現れた。しばらくそれを見ていると、男が突然解説し始めた。
「ああ“行き先へのフラグ”ってのは、場所を地図に登録するかって? っている意味なんだ、その下の選択をおして決定してくれ、お節介ながら道に迷いやすいなら“イエス”を選びなよ」
そう言い男は立ち去って行った。佐久間は“イエス”を押した。すると先ほど出ていた矢印と文字が空中に現れた。
「はは、現実にも欲しい機能だな」
佐久間は道を覚えるのが苦手であったので、頭の後ろをかきながらそう言って、矢印に従い歩きだした。そして矢印に従って歩くとすぐに“海と夕凪亭”の前へと着いた。
「ここか……」
西部劇に出てくるような、いかにも酒場といった店構えだった。店に入ると店内は喧噪に包まれていた。タバコや酒の匂いや焼いた肉の匂いなどで店内は充満していた。
「ロバート・ディックはいるか?」
騒然としていた店内が一瞬で静かになった。しかし見ると人々の口は動いているし、グラスを動かし飲んでいる者もいたが、音だけが消えた。
「なんだおっさん?」
辺りを見ていた佐久間が、ふと声のする方を見るとと一人の長身の剣を背中に背負った男がこちらへと近付いてくる。
「DDが欲しいんだが」
佐久間は当初の手順通りに本題をぶつけた。
「早急だな……紹介状をくれ」
そう言われアイテム欄をひらいて、ロバートへと手渡した。
「確かに、間違いない……こっちだ来い」
ロバートに佐久間は連れられて細い廊下に入り、ずいぶん奥まった所にある扉の前に先導していたロバートは立った。
「ここだ」
そう言いロバートが扉を開けると狭い部屋に小さな椅子が置かれていた。
「ここが?」
「ああ」
そう言いロバートは部屋の中に入り、佐久間に手招きして呼び入れた。部屋に入った佐久間にロバートは椅子に座るように手振りで指示した。言うとおり佐久間は椅子に座った
「ギガザプラザか……あそこなら使えるな」
佐久間が使っているゲームセンターの名前だった。DDには使える場所と使えない場所がある。それは犯罪の規制を受けて調整したものだった。しかし現実感が薄れる理由から人気は悪く、使用者が少ない、この筐体自体かなり高額なの物で使用者が減る事を恐れた、設置企業は損失の保証を条件にして、規制を受け入れる姿勢を見せているが、未だ和解には至っていない。
「さて……と、準備もすんだ、そろそろ始めるぞ」
そこで携帯が鳴った。
「済まない仕事の電話かもしれん」
そう言い携帯に出た。VR機の大半はこうして多少は現実とリンクしている部分がある。ビジネスマンへの配慮ともいえる。
「電子侵入罪確定しました、犯人のIPアドレスから所在も判明し付近の警官と連携し包囲終了です」
それは後輩にあたる、島村からの電話だった。
「そうか、ご苦労」
「終わったか?」
「ああ、終わったぞ」
そう言い佐久間は立ちあがった。
「刑事法808条、電子侵入罪及び、刑事法920条、電子麻薬仕様の疑いにより、ロバート・ディック、本名光村俊樹お前を逮捕する」
「お、お前刑事だったのか!!」
「ああ、そうだ」
その言葉に光村は魔法を俺に放ってきた。熱と視界と軽い電撃が走り、目の前に“ゲームオーバー”の表示が現れた。
「プレイヤーの攻撃によりあなたは死亡いたしました、データーを引き継ぐ場合は“イエス”を押してください」
アナウンスの声と、現れた表示に佐久間は乱暴に“ノー”を押した。
「ゲームを続けますか?」
続けて“ノー”を押した。
「ご利用ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
「二度と来たくねーよ」
そう言い佐久間は頭のコネクトギアを頭上に上げて、ソファーから体をおこした、すこしふらつきながら再度、懐から携帯を取り出して電話した。
「島村、状況はどうだ?」
「成功です先輩」
その言葉で佐久間は嘆息した。
「はぁ、こりごりしたよ、しばらくゲームは勘弁して欲しいよ」
「はは、じゃあ今度は先輩かわりに僕がいきますよ」
「頼む」
そんなやりとりを交わして、佐久間は現場に向かう事を伝えて電話を切った。
店を出た佐久間は振り返りゲームセンターを見て改めて口にした。
「時代は変わったなぁ……」
そう言い空を見上げた。
「でも……」
前を向き佐久間は前を向き歩きだして言った。
「人は変わらねーな」
そう言いポケットに手を突っ込んで、現場へと向かうのだった。
どれだけ技術が進んでも、どれだけ変わった用に見えたとしても、人は根本的に何も変わっていない。それはいつの時代にも言える事だった。佐久間はこれからも新しい犯罪へと立ち向かうだろう、だがそこには人という存在が必ずある。そうである以上は佐久間の仕事は変わらない。懐の辞表は当然ながら佐久間の胸にずっとしまわれたままになるだろう。
罪を犯すのが人ならば、また取り締まるのも人なのだから……。
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