新章:Untitled 前編
--あるところに、草原がありました
その草原では、様々な者たちが過ごしていました
どうやら、これが幸せなようです--
-新章:Untitled--第一話「希望の廃墟」-
希望を夢見ていたある日、リランティーヌは目覚める。冷たい石、湿った空気。崩れた天井の隙間から一筋の光が差し込んでいる。そこは廃墟だった。壁は崩れ、柱は折れ、草木が建物を覆い尽くしている。人の気配はせず鳥の声すら聞こえない。細く息を吐き身体を起こす。眠っていたのは、瓦礫が積み重なってできた狭い空間だった。リランティーヌは慣れた手つきで身体についた砂埃を払い、瓦礫を押しのけ外へ出る。見渡す限りの廃墟。崩れた塔、割れた石畳、朽ちた家々。風だけが静かに吹いている。倒れた柱を乗り越え、壊れた階段を避け、崩れかけた建物の中へ入り棚を開けるが空だった。「今日も何もないか」そう呟く声に悲しみはない。慣れている。生き延びることに、何もないことに、誰もいないことに、廃墟で暮らすことに。建物の隅には、小さな土鍋が置かれていた。拾い集めた木片、雨水を溜めた器、古びた布。この場所がリランティーヌの「家」だった。崩れた屋根の上へ腰掛け、空を見上げる。風だけが頬を撫でる。「…今日も生きてるよ」その言葉は誰かへ届けるためではなく、自分自身へ言い聞かせるためだった。遠くで何かがきらりと光り、風に乗って舞い上がる。触れれば溶けるけれど消えない、名前のない小さな結晶。そっと掌を差し出すと結晶は静かに舞い降り、触れた瞬間光となって溶けた。そしてまた空から新たな結晶が舞い降りる。「…君も、一人なんだね」結晶へ小さく笑いかける。希望とは何かまだ分からない。それでも今日という日を生きる。廃墟の中でたった一人でも、希望を夢見ながら。
-第二話「新しい住人」-
崩れた屋根の上で、リランティーヌは足をぶらつかせながら座っていた。頬を撫でる風、空を漂う名前のない結晶。触れれば溶け、また空から降り注ぐ。「…静かだな」独り言を呟いた時だった。「兄ちゃん!あそこ!」廃墟の入口から元気な声が響く。リランティーヌは顔だけ向ける。四人。一人は中性的な顔立ちをした人間の男の子。その隣には、少し年上のエルフの男の子。弟を追いかけながら笑っている。さらに後ろ、ハーフエルフの男性が、小さなエルフの男の子を抱き上げて歩いていた。抱かれている子は大人しく、父の肩へ顔を預けたまま辺りを静かに眺めている。四人とも疲れ切っていた。靴は擦り切れ、服もところどころ破れている。長い旅を続けてきたのだろう。「……やっと」ハーフエルフの男性が立ち止まり、崩れた建物を見上げる。「やっと暮らせそうな所を見つけた」その声には安堵が滲んでいた。「ほんと!?今日は雨が降っても平気だね!」四人は嬉しそうだった。誰一人屋根の上を見ない。そこにリランティーヌがいることに気付かない。リランティーヌはただ眺めていた。「…家族」小さく呟く。四人は崩れた柱を動かし、落ち葉を掃き、壊れていない部屋を探し始める。「ここなら眠れそう!」「水も近くにあるぞ」「今日は久しぶりに屋根の下だ」
笑い声が響く。廃墟だった場所に初めて暮らしの音が生まれる。「…邪魔しちゃいけない」彼はそう思っていた。ここはもう自分だけの廃墟ではない。誰かの帰る場所になる。それでいい。夕日が廃墟を赤く染め始める。下では家族が笑っており、上ではリランティーヌが静かにその光景を見守っていた。誰にも気付かれないまま、誰にも知られないまま。その日から廃墟には、五人分の生活の音が流れ始めた。
-第三話「廃墟の住人」-
夕暮れ。廃墟には穏やかな風が吹いていた。
「ねえ!不思議じゃない?廃墟なのに思ったより綺麗なんだ」確かに石畳には落ち葉がほとんど積もっていない。歩きやすいように瓦礫も端へ寄せられている。雨漏りしない部屋には埃があまりない。井戸の周囲まで綺麗に掃除されていた。「誰かが手入れしていたのか?」「でも誰もいないよ?」「…ひと、いない」その時だった。屋根の上から、穏やかな声が降ってくる。「やあ、少年」四人は一斉に顔を上げた。崩れた屋根の縁に一人の青年が腰掛けていた。焦げ茶色の髪、少し短くなった耳、細身の身体、古びたフード付きの外套、その表情は穏やか。「……!」人間の男の子が驚いて後ずさり、兄のエルフはすぐに弟の前へ立つ。父親は抱いている幼い息子を守るように腕へ力を込めた。リランティーヌは困ったように笑う。「そんなに警戒しなくても大丈夫」そう言って屋根から飛び降りる。着地は驚くほど静かだった。「この廃墟に住んでいるだけだから」「…君が、ここを掃除していたのか…私たちは、ここで暮らそうと思っている」「知ってる、追い出すつもりはないよ。廃墟は広いから、みんなで住んだ方がきっと賑やかだ」夕日が五人を照らす。長く静まり返っていた廃墟に、また一つ新しい出会いが生まれた。
-第四話「名前の記憶」-
夕焼けが廃墟を橙色に染めていた。静かな風が吹き抜ける。リランティーヌは四人を見つめる。中性的な人間の男の子、その兄であるエルフの男の子、大人しいエルフの男の子、その父であるハーフエルフの男性。どこか懐かしかった。胸が温かくなる。
知らないはずなのに、会ったことなどないはずなのに、自然と唇が動く。「…オビオヌ」人間の男の子が首を傾げる。「…ロウナタリー」エルフの男の子も不思議そうに瞬く。「…クカラース」幼いエルフが小さく目を見開いた。「…ラディース」ハーフエルフの父親の肩がぴくりと震えた。四人は顔を見合わせる。
人間の男の子が一歩前へ出た。「なんで……」真っ直ぐリランティーヌを見る。「なんで僕たちの名前を知ってるの?」その問いに、リランティーヌは目を瞬かせた。「……え?」自分でも分かっていなかった。今口にした名前。なぜ知っているのか。なぜ自然に出てきたのか。「…初めて会った…よね」頭に手を当てる。胸の奥がざわつく。花畑、風、結晶、笑い声。ぼやけた景色が一瞬だけ脳裏をよぎる。
「クカ」誰かを呼ぶ声。「オビオヌ」優しい笑顔。
「ナタリー様」穏やかな風。「ラディース様」温かな手。どれも掴めない。思い出せない。リランティーヌは小さく頭を振る。「ごめん…分からないんだ。気付いたら口にしてた…」四人は黙っていた。ラディースが静かに口を開く。「私たちの名前は、誰にも話していない」確かにそうだった。互いを名前で呼んでもいない。初対面の青年が知るはずのない名前。それなのにリランティーヌは、全員の名前を間違えることなく呼んだ。幼いクカラースが父の袖を引く。「この人……ぼくたちのおともだち?」ラディースは答えられない。ただ、目の前の青年を見る。その青年もまた、自分がなぜ名前を知っているのか分からず、困ったように笑っているだけだった。
風が吹く。名前のない結晶が舞い降りる。一つが
リランティーヌの肩へ、もう一つが幼いクカラースの手のひらへ触れた瞬間、結晶は静かに光となって消えた。誰も知らない。この出会いが偶然なのか。
それとも、遠い未来の記憶が、時を越えて微かに残っているだけなのか。ただ一つ確かなことは、
リランティーヌの胸には、まだ思い出せない
「誰かとの日々」が確かに息づいていた。
-第五話「戻る記憶」-
季節は巡る。廃墟はいつしか「家」になっていた。オビオヌは青年となり薬草を育てるようになった。ロウナタリーは剣を握り人を導く強さを身につけた。クカラースは穏やかで優しい青年へと成長した。ラディースは変わらぬ優しさで三人を見守っていた。ただ一人リランティーヌだけは変わらない。時が止まったように初めて会った日のまま。五人は廃墟の屋根に並んで座り、空を眺めていた。名前のない結晶が風に乗って舞う。その一片が五人の間へ落ち、小さく音を立てて砕けた瞬間だった。
「……っ!」オビオヌが頭を押さえ、ロウナタリーが膝をつく。クカラースは息を呑み胸を押さえた。ラディースも目を閉じる。脳裏へ知らないはずの景色が流れ込む。王城、診療所、草原、巨大な結晶、笑い合う五人、別れ、涙、指輪、「…リラ」「希望の名医…」自分の口から零れたその言葉にオビオヌ自身が驚く。ロウナタリーがゆっくり目を開く。「…偉大なる帝王」クカラースは震える声で言う。「偉大なる国王…」ラディースは静かに笑った。「…そうか、思い出したのか」未来の記憶、遠い日々。確かに存在した名前のない物語。その断片が戻ってきていた。四人はゆっくりと視線を向ける。そこには何も知らない顔で空を見上げるリランティーヌ。結晶を掌へ乗せ静かに笑っている。「綺麗だね」優しい笑顔。その瞳には何一つ思い出した様子がない。四人は小さく息をつく。四人だけが思い出した。リランティーヌだけは何も思い出していない。誰も無理に思い出させようとはしなかった。未来でリランティーヌは多くを失ってきた。もし今の穏やかな時間があるのなら、その記憶を持たないまま笑っていられることも、一つの幸せなのかもしれない。夕焼けの空。名前のない結晶が舞い続ける。四人は静かに決意する。今度は未来のような悲しい別れではなく、この時代でこの日々を守ろうと。そしてその決意を知らないリランティーヌは、結晶を空へ放り投げて小さく笑った。「明日もいい天気になるといいね」
-第六話「繰り返す言葉」-
月日は流れた。オビオヌは薬師として人々を助け、
ロウナタリーは国を導く器を備え、クカラースは穏やかな王子として慕われ、ラディースは変わらず四人を見守っていた。夜になれば五人は廃墟の中庭へ集まる。焚き火を囲み、酒を酌み交わし、他愛もない話で笑い合う。そんな平和な日々が続いていた。
その日もリランティーヌは朝早くから姿が見えなかった。ようやく帰ってきた彼は、外套のあちこちが裂け、腕や肩には新しい傷が増えていた。「リラ!その怪我!」リランティーヌは困ったように笑う。「少し崩れた建物で子どもが閉じ込められててね。助けたら柱が落ちてきちゃった。」まるで大したことではないように話す。しかしオビオヌが手首を取ると、その身体は熱を帯び疲労で震えていた。「…無茶をしたな。」「平気だよ。」「平気じゃない。」オビオヌの声は低くなる。傷口を洗う指先の震えが止まらない。その震えは怒り、いや、恐怖だった。(また失うかもしれない)未来の記憶が胸を締めつける。診療所、薬、熱、消えていく身体。あの日々が、鮮明によみがえる。気づけば、言葉が口をついて出ていた。「リラ……」リランティーヌが顔を上げる。
「きみは……」オビオヌの瞳が揺れる。「あの頃」とまったく同じ言葉だった。「きみがしたことをわかっているのか!?」焚き火の音だけが響く。リランティーヌは驚いたように目を見開く。その言葉を初めて聞くはずなのに胸の奥が痛む。どこかでずっと昔に同じ言葉を聞いた気がした。「……うん。」自然に返事がこぼれる。自分でも理由は分からない。けれど、その返事だけは、迷いなく口にしていた。オビオヌの肩が震える。未来で、リランティーヌも同じように答えた。四人は知っている。この光景は一度、確かに経験したものだと。けれど今回は違う。今回はまだ終わらせない。オビオヌは深く息を吸う。怒鳴ることも突き放すこともせず、リランティーヌの肩へそっと手を置いた。「…次からは、一人で行くな。助ける命は大切だ。でも、きみの命も同じくらい大切なんだ。」リランティーヌはしばらく黙っていた。そして、照れくさそうに笑う。「……うん」四人は今度こそ、未来とは違う結末へいてほしいと静かに願っていた。
-第七話「熱とぬくもり」-
廃墟には静かな雨が降っていた。屋根を叩く雨音が時を刻んでいる。簡素な寝台の上でオビオヌは眠っていた。頬は赤く染まり、額には玉のような汗が浮かぶ。呼吸は浅く熱は高い。「…また無理をしたな」寝台の傍らでロウナタリーが静かに呟く。昨夜リランティーヌを治療し終えたあとも、オビオヌは薬の調合を続けていた。夜明け近くになってようやく倒れ、そのまま高熱を出したのだ。「本当に、自分のことは後回しだ」ロウナタリーは苦笑する。未来でも今でも、そこだけは何も変わらない。寝台の上のオビオヌが小さく身じろぎする。「…リラ…怪我は…」「安心しろ、リランティーヌは元気だ」オビオヌの表情は少しだけ和らいだ。その頃別室では、
「…父上」「なんだ」ラディースは青年となったクカラースを軽々と抱き上げていた。「…もう降ろしてください」「嫌だ」「私はもう子どもではありません」「知っている」「なら」「抱き上げたいから抱いているだけだ」「…困った父上です」そう言いながらも抵抗はしない。幼い頃からずっとこうだった。事ある毎に抱き上げられ、歩きたくない日も歩けない日も、いつもラディースの腕の中だった。身体が大きくなってもそれは変わらない。ラディースは軽々とクカラースを抱えたまま廊下を歩く。「重くないのですか」「まったく」「本当ですか」「お前は昔から軽い」そこへリランティーヌが顔を覗かせる。その光景を見るなり微笑んだ。「今日も抱っこされてる」ロウナタリーも部屋から出てきた。父に抱き上げられているクカラースを見て静かに笑った。「ラディース殿、その光景は何年経っても変わらぬな」「変える理由がないからな」四人の笑い声が廃墟に響く。その部屋の奥では、オビオヌが懐かしい温もりに包まれながら穏やかに眠っていた。
-第八話「いかないで」-
雨はまだ静かに降っていた。廃墟の中は薪のはぜる音だけが響いている。寝台の上でオビオヌはゆっくりと目を開けた。熱は少し下がっていた。それでも身体は重い。立ち上がろうとした瞬間足元が揺れた。「っ…」壁へ手をつき毛布を身体に巻き付けたまま歩き出す。裾を引きずりながら一歩ずつ廊下へ出る。視界はぼやけている。「…ナタリー様」かすれた声が漏れる。部屋の向こうに人影が見えた。オビオヌは安心したように息をつく。「…ナタリー様」ふらつきながら近づき右手を伸ばす。その手は届かなかった。距離感が掴めず空を切る。ロウナタリーが振り返る。「オビオヌ?」その瞬間オビオヌの表情が崩れた。その瞳は目の前のロウナタリーではなく、遠い記憶を見ていた。何度も別れを経験した記憶。何度も大切な人を失った記憶。涙がこぼれ無意識に言葉がこぼれる。「…いかないで…お願いだから…いかないで」ロウナタリーは未来の記憶が胸をよぎる。
自分が病に倒れ、オビオヌに看取られた日のこと。
ゆっくりと歩み寄りオビオヌの伸ばした手を握った。「大丈夫だ、我はここにいる」穏やかな声と温かな手が、オビオヌの震えを少しずつ落ち着かせていく。「どこへも行かぬ」その言葉を聞いたオビオヌは、小さく息をついた。「…ほんとうに?」「ああ、約束する」張りつめていた緊張がほどけたのか、膝から崩れ落ちそうになる。その身体をロウナタリーが支えた。「無理をするからだ。今日は患者としておとなしく休んでいろ」そこへ様子を見に来たクカラースとリランティーヌ、そしてラディースも駆けつける。「オビオヌ、今度は君が支えられる番だ」四人に囲まれたオビオヌは、まだ熱でぼんやりとしながらも、その温もりを確かに感じていた。もう一人ではない。その事実だけが、熱に揺れる心を静かに包み込んでいた。
-第九話「穏やかな午後」-
廃墟は少しずつ手が入り、窓辺には薬草が干され、棚には本が並び、暖炉には静かな火が灯っている。柔らかな陽光が部屋へ差し込む部屋の隅では、オビオヌが調合台に向かっていた。薬草を刻み、丁寧にすり潰し、少し琥珀色の液体を混ぜる。「…もう少し、かな」ぼんやりと独り言を漏らす。調合に集中すると周りが見えなくなる癖は変わらなかった。部屋の中央の古びたソファにはラディースが腰掛けている。腕の中にはクカラースが抱き上げられていた。ラディースは片腕でクカラースを支えながら、もう片方の手で背中を一定のリズムで優しく叩いている。クカラースは抵抗することもなく目を閉じていた。穏やかな寝息が聞こえる。「こうするとすぐ眠るな」その声に、調合中だったオビオヌが振り返る。「本当だ、クカは昔から安心すると眠る」「今も変わらん」ラディースは優しく答える。クカラースは眠ったまま、ほんの少しだけラディースの胸へ身体を預ける。その様子を見ていたリランティーヌが顔を覗かせた。「…また抱っこされてる」「今日は特によく眠っている」リランティーヌは眠るクカラースの前髪をそっと整えた。「お疲れだったんだね」規則正しい寝息だけが聞こえる。オビオヌは再び調合台へ向き直る。薬をかき混ぜながら、横目で三人を見る。誰も争わない。誰も泣いていない。そんな何気ない光景が、胸の奥をじんわりと温めた。「…悪くないな」何が「悪くない」のか、自分でも説明はできない。薬を作る音。薪の燃える音。穏やかな寝息。誰かの笑い声。それらが混ざり合い、この場所を「家」にしていた。窓の外では、名前のない結晶がゆっくりと風に乗って舞っている。触れれば溶け、また新しく生まれる小さな光。その光は、静かな午後を祝福するように部屋の中へ差し込み、穏やかに五人を照らしていた。
-第十話「静かな異変」-
廃墟には穏やかな時間が流れていた…はずだった。
窓から柔らかな光が差し込む居間。暖炉には小さな火が灯り、薬草の香りが部屋を満たしている。クカラースはソファの近くに置かれた椅子へ静かに腰掛けていた。珍しくラディースの腕の中ではない。その視線の先には、ソファへ深く腰掛けたラディースがいた。俯いたまま両手を膝の上へ置き、微動だにしない。「…父上」クカラースが静かに呼ぶが返事はない。「父上」もう一度。それでもラディースは顔を上げなかった。焦点の合わない瞳。どこか遠くを見ているような虚ろな表情。反応がない。「父上」肩へそっと触れる。ぴくり、と身体が揺れただけ。視線は動かない。クカラースの胸に不安が広がる。その様子に気付いたオビオヌが、薬の調合を止めて近づいてきた。「どうした」「父上が…」オビオヌの表情が引き締まる。ラディースの前へ膝をつく。脈は規則正しく熱もない。呼吸も落ち着いており身体に異常は見当たらない。「ラディース」オビオヌが呼ぶが返事はない。指先を軽く握るが握り返してはこない。そこへリランティーヌとロウナタリーも駆けつける。「…ぼんやりしてる」リランティーヌが呟き、ロウナタリーも静かにラディースの前へ立つ。「ラディース」低く穏やかな声。しかし返事はない。四人は顔を見合わせる。眠っているわけではない。意識を失っているわけでもない。ただ虚ろに俯いたまま、何も見ていないようだった。クカラースは静かにラディースを見つめる。幼い頃の自分は、何も考えずに父の腕の中へ飛び込んでいただろう。けれど今はその腕は動かない。クカラースはそっとラディースの手へ触れた。「父上、私はここにいます」その声が静かな部屋へ優しく響いた。ラディースの指先がごくわずかに震えたように見えた。それが偶然だったのか。それとも声が届いたのか、まだ誰にも分からなかった。部屋の外では結晶が舞い続けていた。
-第十一話「失うことへの恐怖」-
部屋は静まり返っていた。誰も動かない。ソファにはラディースがいた。その隣ではクカラースが、ラディースの手を握っていた。「…父上」やはり返事はない。クカラースは手に少しだけ力を込める。温かい。鼓動もある。生きている。それなのに何も返ってこない。その瞬間、記憶が胸をよぎる。
父の最期。腕の中で静かに息を引き取った日。
「御父上様……!」何度呼んでも返事はなく、抱き締めても温もりが失われていった、あの日。
「…っ…」クカラースの肩が震える。違う。今は違う。父は生きているのは分かっている。けれど身体が言うことを聞かない。呼吸が浅くなる。「…は…」胸が締め付けられる。「…っ、は…」息が吸えない。
失いたくない。もう二度と、あんな思いはしたくない。「御父上様……!」「クカ!」オビオヌがクカラースの肩へ手を置く。呼吸が速く顔色も青白い。「息を吸いすぎている」ロウナタリーもすぐ隣へ膝をつく。「クカラース、我を見ろ」しかし、クカラースの視線はラディースから離れない。リランティーヌは静かにクカラースの前へ座る。「クカ、ラディース様は温かいよ。生きてる」そう言ってラディースの手へ自分の手を重ねる。「だから一人で怖がらないで」クカラースは目を閉じる。オビオヌの手。リランティーヌの声。ロウナタリーの落ち着いた眼差し。三人の存在が、少しずつ恐怖を遠ざけていく。「……はぁ……」「そうだ、焦らなくていい。私たちは誰もいなくならない」その言葉は、未来で自分自身が守れなかった約束でもあった。だからこそ、今度は守りたい。この穏やかな時間を失わないために。
クカラースは震える手でラディースの手を握り続ける。「御父上様…」その呼びかけにラディースの指先が、今度は僅かに動いた。四人は息を呑む。まだ希望は消えていなかった。
-第十二話「おかえり」-
部屋には暖炉の薪がはぜる音だけが響いていた。ラディースの手を握るクカラース。その隣にはオビオヌ、リランティーヌ、ロウナタリー。四人は固唾を呑んで見守っていたとき、ラディースの指先がゆっくりと動く。閉じられていた瞼が震えた。ぼやけた視界、見慣れた天井、暖炉の光。「……ここは」掠れた声。その一言を聞いた瞬間だった。「御父上様!」クカラースが立ち上がる。
次の瞬間には、ラディースへ強く抱きついていた。
「…っ、御父上様……!」ラディースは小さく微笑んだ。「心配をかけたな」息子を抱き締め返した。その温もりを感じた瞬間、クカラースの張り詰めていたものが一気にほどけた。「…よかった…」声が涙で震える。ラディースは何も言わず、幼い頃と同じようにクカラースの背中を優しく叩いた。安心させるような手の温もり。「私はここにいる、どこにも行かん」クカラースは何度も頷く。「はい…御父上様……」
その様子を見ていたリランティーヌは、ほっと息をついた。目尻には小さく涙が浮かんでいる。ロウナタリーも穏やかに微笑んだ。「これで一安心だな」オビオヌは腕を組み、安堵したように肩の力を抜く。「まったく」ラディースは少し申し訳なさそうに笑う。「すまない」「謝る前に休め」オビオヌは医師らしく言い返す。「今度は君が患者だ」その言葉にラディースとクカラースも思わず笑った。窓の外では名前のない結晶が静かに舞っている。その光は暖かな陽射しを受けてきらめき、五人を優しく照らしていた。あの日失うはずだった温もりは、今も確かにここにある。クカラースは父を抱き締めたまま、小さく目を閉じた。もう少しだけこの温もりを感じていたいと願いながら。
-第十三話「熱に浮かぶ夜」-
廃墟は静かな闇に包まれていた。暖炉の火が部屋を淡く照らしている。ラディースは寝台の傍らに座っていた。クカラースは眠っている。しかしその表情は穏やかではなかった。目元の乾いた涙のあとに新たな涙が流れる。寝言が漏れる。「…御父上様……」ラディースはそっと額へ手を当てた。その瞬間、表情が変わる。「熱い…」隣の部屋からオビオヌがやって来る。「どうした」クカラースの額へ触れる。落ち着いていたが、その瞳には心配の色が浮かんでいた。「命に関わるような状態ではない。心も身体も張り詰めすぎた」リランティーヌとロウナタリーも部屋へ入ってくる。「クカ…」リランティーヌは寝台の横へしゃがみ込む。眠っているはずなのに、クカラースの瞳からは涙が止まらない。「怖かったんだね…」リランティーヌは小さく呟く。ラディースが反応を失った姿を見た瞬間、未来の別れが重なり、心が耐えきれなかった。その緊張がほどけた今、熱となって身体に現れていた。「…御父上様……」再び寝言がこぼれる。ラディースはクカラースの手を握った。「私はここにいる。安心して眠りなさい」その声が届いたのか、クカラースの呼吸が少しずつ落ち着いていく。ロウナタリーは静かに微笑む。「ようやく安心できたのだろう」オビオヌも頷いた。「張り詰めていた糸が切れたんだ」部屋には静かな時間が流れる。ラディースは息子の手を握り続け、オビオヌは何度も熱を確かめ、リランティーヌは涙をそっと拭い、ロウナタリーは暖炉へ薪をくべる。そのぬくもりに包まれながら、クカラースは静かに眠り続けた。窓の外では結晶が夜風に舞い、まるで寝台を見守るように淡く輝いていた。
-第十四話「帝王の受難」-
数日後、雨は上がり、柔らかな陽射しが
廃墟へ差し込んでいた。クカラースの熱はすっかり下がっていた。顔色も戻り、穏やかな寝息を立てている。もっとも眠る場所だけは、以前と変わらなかった。ラディースはソファへ深く腰掛け、その腕の中にはクカラースがいた。片腕で軽く支えながら、背中を一定のリズムで優しく叩いている。
クカラースは安心しきった表情で眠っていた。
「完全に癖になっているな」
調合台からその様子を見ていたオビオヌが、小さく笑う。ラディースも穏やかに笑みを返す。
「昔からこうだからな」
「抱き上げると、すぐ眠る」「今でも変わらん」
リランティーヌも思わず微笑む。「クカらしいね」
穏やかな空気が流れていた時、
「……っ」小さく息を呑む音がした。
全員の視線が向く。ロウナタリーだった。
壁へ手をつき、眉をひそめている。
「ナタリー様?」リランティーヌが立ち上がる。
ロウナタリーは「問題ない」と言おうとした。
しかし、視界が大きく揺れる。「……」
一歩、二歩、ふらつく。オビオヌの表情が変わる。
「ナタリー!」駆け寄ろうとしたその瞬間、
ロウナタリーの膝から力が抜け、その場へ崩れ落ちる。「ナタリー様!」リランティーヌが咄嗟に支えようとする。しかし間に合わない。オビオヌが滑り込むようにして身体を受け止めた。「……!」
ロウナタリーはぐったりと目を閉じている。呼吸はある。だが意識がない。オビオヌはすぐ脈を測る。
「脈はある」「熱は……高い」
その声に、ラディースの腕の中で眠っていたクカラースが、小さく身じろぎする。
「……ん……」まだ眠っている。
ラディースはクカラースを起こさないよう静かに抱き直した。そして真剣な表情でオビオヌを見る。
「任せてもいいか。」
オビオヌは迷わず頷いた。「ああ」
「今度は私の患者だ」
その声には、医師としての強い決意が宿っていた。
リランティーヌはロウナタリーの手をそっと握る。
「ナタリー様……」自分たちは、この人を失った。
その記憶が胸を締めつける。けれど、今回は違う。
今回は、まだ誰も諦めない。
暖炉の火が静かに揺れる。眠るクカラース。
倒れたロウナタリー。そして、その二人を見守る
ラディース、オビオヌ、リランティーヌ。
穏やかな日常は、また一つ新たな試練を迎えようとしていた。
-第十五話「兄さん」-
夜の廃墟は深い静けさに包まれていた。暖炉の火だけが、小さく揺れている。寝台にはロウナタリーが横になっていた。熱はまだ高いものの呼吸は安定している。
寝台の傍らには、オビオヌが椅子に腰掛けていた。
薬瓶や濡れた布を何度も取り替えながら、
一睡もせずに見守っている。「……」疲労は隠せない。それでも席を立とうとはしなかった。
「ナタリー様……」小さく呼ぶ。返事はないと思っていた。オビオヌは俯き、震える両手を握りしめる。病に倒れた兄。自分の腕の中で静かに息を引き取った、あの日。「……兄さん……」
その呼び方は、普段誰にも聞かせることのないものだった。王としての「ロウナタリー」でも、
「ナタリー様」でもない。幼い頃"兄"へ向けて呼んでいた、たった一つの呼び名。
「……いかないでくれ、兄さん……」
涙が一滴、手の甲へ落ちる。その時だった。
誰かの手が、オビオヌの頭へ優しく触れた。ゆっくりと、幼い子どもをあやすように。何度も何度も、静かに撫でる。オビオヌは顔を上げない。
「……兄さん」震える声のまま呟く。
「もう少しだけ……ここにいてくれ」
寝台の上。ロウナタリーは静かに目を開けていた。
まだ身体は重く熱もある。けれど意識ははっきりしている。全部分かっていた。ロウナタリーは微笑む。どこか懐かしそうに。声には出さない。
代わりにもう一度、優しく頭を撫でる。
幼い頃、泣いていた弟をあやしたように。
(我はここにいる。)心の中で静かに呟く。
(まだ、どこへも行かぬ。)そのぬくもりに安心したのか、オビオヌの肩から力が抜けていく。
「……よかった」小さくそう呟くと、椅子に寄りかかったまま眠ってしまった。ロウナタリーは少しだけ身体を起こす。まだ無理はできない。それでも、眠るオビオヌの前髪をそっと整え、額にかかった髪を耳へ掛ける。「……少しは、自分も休め。」
穏やかな声で囁く。その声は眠るオビオヌには届かない。その表情はどこか安らかだった。
部屋の外では、ラディースの腕の中で眠る
クカラースと、廊下で静かに祈るリランティーヌ
がいた。誰も言葉を交わさない。ただ、この静かな夜が長く続くことを願っていた。
暖炉の火が揺れ、名前のない結晶が夜風に舞う。
その淡い光は、兄の手と弟の願いを、静かに照らしていた。
-第十六話「義兄弟」-
穏やかな朝だった。窓から差し込む陽の光が、廃墟の一室を優しく照らしている。暖炉の火はすでに消え、代わりに鳥たちのさえずりが響いていた。
長い看病の日々を経て、ロウナタリーの熱は完全に下がっていた。顔色もよく、以前と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべている。その代わりに、寝台の横の椅子では、オビオヌが毛布に包まれたまま眠っていた。何日もほとんど眠らず看病を続けた反動だった。「……よく頑張ったな。」ロウナタリーは苦笑し、小さく呟く。「……ん」オビオヌがゆっくりと瞼を開いた。ぼんやりと天井を見つめ、目の前に立つロウナタリーの姿が目に入った。
「……ナタリー?」まだ寝起きで、少しかすれた声だった。ロウナタリーは静かに微笑む。
「目が覚めたか、オビオヌ。」オビオヌは数回瞬きを繰り返す。「……熱は?」起き上がろうとする。
しかし身体に力が入らない。ロウナタリーが肩へ手を添える。「もう下がった。」
「我はもう大丈夫だ。」その言葉を聞いた瞬間、
オビオヌは深く息を吐いた。「……よかった。」
「本当に。」張り詰めていた緊張がようやくほどける。そこへ、クカラースとリランティーヌ、そしてラディースが部屋へ入ってきた。「オビオヌ!」
クカラースが嬉しそうに声を上げる。
「目が覚めたんだね。」「……ああ。」
オビオヌは少し照れくさそうに笑う。
リランティーヌも安堵したように胸を撫で下ろした。「よかった。」その様子を見ていたラディースが、不思議そうに二人を見る。
「そういえばオビオヌ。」
「先日は寝言で『兄さん』と呼んでいたな。」
部屋が静かになる。
オビオヌは少しだけ目を伏せた。そして、ゆっくりとロウナタリーを見る。
「……隠すことでもないか。」小さく笑う。
「ナタリーとは、義兄弟なんだ。」
クカラースとリランティーヌは目を丸くした。
「義兄弟……?」ロウナタリーが静かに頷く。
「血は繋がっておらぬ。」「だが、幼い頃から共に育ち、家族として生きてきた。」
オビオヌが続ける。「だから私にとっては、
ナタリーはずっと"兄さん"だった。」
ロウナタリーは穏やかに笑う。「そして我にとっても、オビオヌは大切な"弟"だ。」
その一言だけで十分だった。オビオヌは少し照れくさそうに頭をかく。「……面と向かって言われると、少し恥ずかしいな。」「事実だからな。」
ロウナタリーが笑う。その笑顔につられて、
クカラースも、リランティーヌも、ラディースも笑った。暖かな笑い声が廃墟に響く。
家族の形は、それぞれ違う。血の繋がりだけが家族を決めるわけではない。互いを思い、支え合い、
「ここにいてほしい」と願う心があれば、それもまた家族なのだ。
名前のない結晶が、窓の外で静かに舞う。
その光は、義兄と義弟の穏やかな笑顔を優しく包み込んでいた。
-外伝Ⅶ「幸せのはじまり」-
幸せを夢見ていた、ある日の朝。オビオヌは静かに目を覚ました。朝日が木造の小さな家の窓から差し込み、部屋を淡く照らしている。
まだ診療所など存在しなかった頃。「希望の名医」と呼ばれることもない。ただ一人の青年として生きていた、ずっと昔のことだった。「……朝か。」
オビオヌはゆっくりと身体を起こす。まだ眠気の残る目を擦りながら窓を開けると、冷たい朝風が頬を撫でた。草花の匂い、鳥のさえずり。平和な朝だった。「起きたか。」庭から穏やかな声が聞こえる。
振り向くと、ロウナタリーが木剣を肩に担ぎ、こちらを見上げていた。まだ若い。「偉大なる帝王」と呼ばれる威厳はなく、どこか気さくな青年の笑みを浮かべている。「おはよう、ナタリー。」
オビオヌは笑って手を振る。「今日は遅いな。」
「昨日、薬草の本を読み過ぎた。」
「ほどほどにしろ。」「分かってる。」
そう答えながらも、オビオヌは少しだけ苦笑した。
二人は家の前に並んで歩き出す。朝露に濡れた草を踏みしめながら、森へ向かう。今日も薬草を探すためだ。「オビオヌ。」ロウナタリーが前を向いたまま口を開く。
「いつか本当に医師になるつもりか。」
「なるよ。」「病気で苦しむ人を助けたい。」
「怪我をした人も、泣いている人も」
「誰かが笑えるなら、それで十分だから。」
ロウナタリーは静かに頷いた。「お前らしい。」
「ナタリーは?」「我か。」「国を守りたい。」
「皆が安心して眠れる場所を作りたい。」
「皆が泣かずに笑える国を。」
オビオヌは嬉しそうに笑った。
「きっとできる。」「ナタリーなら。」
ロウナタリーは照れたように小さく笑う。
「お前に言われると、不思議とそんな気が
してくる。」その時、風が吹いた。
名前も知らない、小さな結晶が空を漂う。光を受けてきらきらと輝きながら、二人の間をゆっくりと通り過ぎていく。オビオヌは思わず手を伸ばす。
結晶は指先へ触れた瞬間、淡い光となって溶けて消えた。「綺麗だな。」「……ああ。」
二人はしばらく空を見上げていた。まだ知らない。
この先に出会う仲間のことを。そして、幾度もの別れと再会を経て紡がれる「名前のない物語」を。
それでも今はただ、穏やかな朝の中を、二人は肩を並べて歩いていく。幸せを夢見ながら。
まだ何も失っていなかった、あの日のように。
外伝Ⅶ「幸せのはじまり」
――旅立ちの日
それから幾年。季節は幾度となく巡り、少年だった二人は大人になっていた。ラヴァラル王国王城のすぐ隣。まだ建てられたばかりの、小さな木造の建物。その扉には、新しい看板が掛けられていた。
「オビオヌ診療所」
オビオヌは深く息を吸う。
「……ここから始まるんだ。」夢だった診療所。
病に苦しむ者も、怪我をした者も、誰も断らない診療所。最初の患者は、城下町で転んだ幼い子どもだった。泣きじゃくる子どもの膝を優しく手当てし、笑顔で送り出す。その様子を見ていた町の人々は口々に言った。「あの先生は優しい。」
「安心して任せられる。」
「まるで希望みたいな人だ。」その評判は少しずつ広まり、やがてラヴァラル王国中の人々が、彼をこう呼ぶようになる。
「希望の名医」
その頃、隣国・ラタルア王国。
王城の大広間では、戴冠式が執り行われていた。
玉座の前へ進む一人の青年。ロウナタリー。
静かな眼差しで民を見渡す。「我は誓う。」
「この国を守り、民が安心して笑える国を築く。」
その誓いは決して揺らがなかった。
戦乱の続いていた周辺諸国をまとめ上げ、争いを終わらせ、国家を統一する。人々は畏敬と感謝を込めて彼を称えた。
「偉大なる帝王」
時は流れ、それぞれが夢を叶えた。
しかし夢を叶えるということは、
同じ道を歩き続けることではなかった。
旅立ちの日。国境近くの草原。オビオヌと
ロウナタリーは並んで立っていた。風が草を揺らす。空には、名前のない結晶が静かに舞っている。
「ここで別れだな。」ロウナタリーが静かに言う。
「ああ。」オビオヌは頷く。「ナタリーは王様。」
「私は医者。」「住む国も違う。」
「忙しくなるね。」少しだけ寂しそうに笑う。
ロウナタリーも笑みを返した。
「だが、距離は変わっても、お前は我の"弟"だ。」
「それは変わらぬ。」オビオヌは少し驚いたように目を見開く。そして、穏やかに笑った。
「……うん、"兄さん"。」その呼び名に、
ロウナタリーは少しだけ照れくさそうに笑う。
「久しぶりに聞いたな。」「たまにはいいだろ。」
二人は笑い合う。やがて、オビオヌが歩き始める。
数歩進んだところで立ち止まり、振り返った。
「ナタリー、無理するなよ」ロウナタリーは頷く。「それはお前にも返そう。」「……分かってる」再び歩き出すオビオヌ。ロウナタリーも王城への道を歩き始める。背中合わせに、それぞれの未来へ。離れ離れになっても、兄と弟という絆は消えない。互いを思う気持ちも変わらない。二人はまだ知らない。この先、5人で「名前のない物語」を紡ぐことになる未来を。風が吹く。名前のない結晶が、二人の進む道へ静かに舞い降りた。それはまるで、「また会える」と約束するように、淡く輝いていた。
--外伝Ⅷ「平穏の夢」--
平穏を夢見ていた、ある日の朝。クカラースは静かに目を覚ました。辺りは真っ暗だった。光は一つもない。――いや、クカラースにとっては、いつもと変わらない世界だった。生まれつき視力を持たない彼にとって、闇は恐れるものではない。見えないことが、日常だった。「……朝か。」静かに呟く。
窓から吹き込む風。鳥のさえずり。
遠くで鳴る城の鐘。それらだけで、朝が来たことを知る。クカラースは寝台からゆっくりと立ち上がる。右脚に少しだけ痛みが走る。
「……今日もか。」苦笑しながら、体重をかけすぎないよう慎重に一歩踏み出す。石畳の感触、壁の冷たさ。指先で木の柱をなぞりながら、迷いなく廊下を歩く。この城の間取りは、身体が覚えていた。
王城の庭では、小鳥たちがさえずっている。
風が木々を揺らし、葉擦れの音が耳に心地よく届く。
クカラースは立ち止まり、その音へ耳を澄ませた。
「……綺麗な朝だね。」
「…見えなくても、風は教えてくれる。」
「鳥も、花の香りも。」
「皆が、『今日は穏やかだ』って。」
その笑顔は柔らかかった。
廊下の向こうから、力強くも温かな足音が聞こえてくる。
クカラースの表情が少しだけ明るくなる。
「……御父上様。」
「起きていたか、クカラース。」
低く穏やかな声。
ラディースだった。
「今日は脚の具合はどうだ。」
「少し痛むけど、大丈夫です。」
「無理はするな。」
「はい。」
ラディースはクカラースの肩へそっと手を置く。
その大きな手の温もりに、クカラースは安心したように微笑んだ。
「今日は政務の前に庭を歩こう。」
「御父上様と一緒なら喜んで。」
二人はゆっくりと歩き出す。
視界は真っ暗でも、クカラースの世界は決して暗くはなかった。
父の声があり、風があり、人々の笑顔があり、
穏やかな日々がある。
この頃のクカラースは、まだ知らない。
やがて己の運命が大きく動き始めることを。
若き王子は今日もまた、見えない世界を、確かな足取りで歩き続けていた。
外伝Ⅷ「平穏の夢」
第二話「はじめての光」
王城の庭。
朝風が木々を揺らし、小鳥たちがさえずっている。
ラディースはクカラースの歩幅に合わせ、ゆっくりと庭を歩いていた。
「今日は暖かいな。」
「風も優しい。」
その時だった。
「……っ!」
クカラースが突然立ち止まる。
顔を押さえ、その場に膝をついた。
「クカラース!」
ラディースがすぐに駆け寄る。
「どうした!」
クカラースは両目を押さえていた。
全身が小刻みに震えている。
「……っ、ぁ……!」
息が乱れ、肩が上下する。
ラディースはクカラースの肩を支えた。
「落ち着け。」
「何があった。」
クカラースは苦しそうに首を振る。
「……いたい……」
声にならない声。
「めが…………」
両目を強く押さえたまま、身体を丸める。
「……あかるい……」
「……みえ……る……?」
その言葉に、ラディースは息をのんだ。
生まれてから一度も光を知らなかった息子が。
「……たす……け……」
苦しそうに呟く。
ラディースは迷わずクカラースを抱き上げた。
「大丈夫だ。」
「私がいる。」
「もう大丈夫だ。」
クカラースは震えながらラディースの胸へしがみつく。
「めが……いたい……」
涙が溢れる。
「こわい……」
ラディースはその背中をゆっくりと撫で続けた。
「怖くていい。」
「無理に我慢しなくていい。」
「今は何も考えなくていい。」
「私がお前を守る。」
クカラースは小さく頷く。
しかし両目の痛みは治まらない。
「医師を呼べ!」
ラディースの声が王城中へ響き、侍従たちが一斉に駆け出していく。
抱き上げられたままのクカラースは、震える声で何度も呟いた。
「……あかるい……」
「……みえる……」
それが本当に光だったのか。
それとも痛みによる幻だったのか。
まだ誰にも分からない。
ラディースだけは、怯える息子を決して離さなかった。
「安心しろ、クカラース。」
「私が傍にいる。」
その温かな声だけが、恐怖に包まれたクカラースの心を、かろうじて現実へと繋ぎ止めていた。
外伝Ⅷ「平穏の夢」
第三話「はじめての医師」
王城は慌ただしい空気に包まれていた。
「急げ!」
「王子殿下がお苦しみだ!」
侍従たちが廊下を駆け抜ける。
クカラースはラディースに抱きかかえられたまま、自室の寝台へ運ばれていた。
両手はまだ目元を押さえている。
呼吸は浅く、苦しそうだった。
「……いたい……」
かすれた声が漏れる。
「もうすぐ医師が来る。」
ラディースはクカラースの肩を優しく支えながら言う。
「安心しなさい。」
ほどなくして、部屋の扉が静かに開いた。
「失礼する。」
落ち着いた声だった。
入ってきたのは、一人の青年。
茶色の髪を後ろでまとめ、簡素な医療鞄を肩に掛けている。
穏やかな足取りで寝台へ近づいた。
「私はオビオヌ。」
「王城付きの医師だ。」
この頃のオビオヌは、まだ診療所を持つ前。
しかし、その腕前はすでに王城でも高く評価されていた。
オビオヌはクカラースの前へ膝をつく。
「王子殿下。」
静かな声で呼びかける。
「今から診せてもらう。」
「無理に目を開けなくていい。」
オビオヌはそっと手を添え、慎重に目元を診察する。
強い光を避けながら状態を確かめ、静かに息をついた。
「炎症が起きている。」
「しばらく刺激を避けた方がいい。」
鞄から柔らかな布と清潔な包帯を取り出す。
「少し触れるよ。」
オビオヌの手は驚くほど優しい。
傷つけないように、安心させるように。
ゆっくりと両目へ包帯を巻いていく。
「これで大丈夫。」
「しばらく安静にしていれば痛みは落ち着くだろう。」
ラディースは深く頭を下げた。
「感謝する。」
「礼には及びません。」
オビオヌは穏やかに微笑む。
「医師として当然のことです。」
包帯を巻き終えたクカラースは、ようやく力を抜いた。
呼吸も少しずつ落ち着いていく。
ラディースは寝台へ腰掛けると、息子の頭へ大きな手を添えた。
「よく頑張った。」
優しく髪を撫でる。
その手の温もりを感じると、クカラースの肩から緊張がほどけていった。
「……御父上様……」
「ここにいる。」
ラディースは静かに答える。
「安心して眠りなさい。」
その言葉を聞くと、クカラースは小さく頷いた。
包帯に覆われた両目のまま、穏やかな寝息を立て始める。
オビオヌはその様子を見届けると、ほっと息をついた。
「眠れたか。」
ラディースも微笑む。
「お前のおかげだ。」
オビオヌは首を横に振る。
「私だけではありません。」
「王子殿下が安心して眠れたのは、あなたが傍にいたからです。」
ラディースは静かにクカラースを見つめる。
この日が王子クカラースと、一人の若き医師
オビオヌ。
二人が初めて出会った日の記憶となった。
外伝Ⅷ「平穏の夢」
第四話「名前のない始まり」
正解を夢見ていた、ある日の診療所。
午後の柔らかな陽射しが窓から差し込み、木の床を淡く照らしていた。
診療所には、いつもの穏やかな空気が流れている。
クカラースは窓辺の椅子へ腰掛け、本を膝の上へ置いていた。
オビオヌは調合台で薬を作り続ける。
ロウナタリーは机に肘をつき、静かに書類へ目を通す。
ラディースは湯を沸かし、リランティーヌは窓の外で揺れる草原を眺めていた。
何気ない。
それでいて、かけがえのない日常。
その時、クカラースが右脚へ静かに手を添える。
「……またか。」
鈍い痛み。
昔負った傷の跡が疼く。
少し歩けば消える程度の、小さな痛み。
それでも忘れることはなかった。
調合を続けていたオビオヌも、胸元へ手を当てる。
傷跡が熱を帯びる。
「あまり歓迎できる痛みじゃないな。」
苦笑しながら呟く。
ロウナタリーは筆を置いた。
右手を握り、ゆっくり開く。
「あの日の癖は、まだ残っているか。」
王として剣を握り続けた手。
数え切れない戦いを越えてきた証。
ラディースは首の後ろへ手を伸ばす。
古い傷跡。
誰にも見せることのない場所。
「……昔を思い出す。」
静かに目を閉じる。
リランティーヌは耳へ触れる。
短くなった両耳。
失ったもの。
守りたかったもの。
そして、自ら選んだ決断。
「……少し痛むね。」
その声は、とても穏やかだった。
誰も驚かなかった。
誰も騒がなかった。
その痛みは病ではない。
傷でもない。
まるで今まで生きてきた道程そのものが、身体へ静かに語りかけているようだった。
希望を知らなかった少年。
喪失を知った青年。
難しさを知った青年。
幸福を知った青年。
名前のなかった主人公。
それぞれが歩んだ道は違う。
傷の場所も違う。
背負ったものも違う。
それでも、今は同じ場所に立っていた。
やがて痛みは静かに消えていく。
誰からともなく笑みがこぼれた。
「行こうか。」
クカラースが立ち上がる。
「ああ。」
オビオヌが頷く。
「皆でな。」
ロウナタリーが微笑む。
「どこまでも。」
ラディースが静かに言う。
「うん。」
リランティーヌは優しく笑った。
五人は診療所の扉を開く。
眩しい草原。
穏やかな風。
名前のない結晶が静かに舞っている。
五人は並んで歩き出す。
誰が先でもなく。
誰が後でもなく。
肩を並べて。
幾年という年月を、道程を共に歩き続ける。
その背中が、草原の彼方へ消えていく。
風が止んだ。
結晶が静かに空へ溶けていく。
診療所の扉は、ひとりでに閉じた。
そこにはもう、誰もいない。
–新章: Untitled 完結–-消失:Untitled開幕–
-消失:Untitled--第一話「名前のない主人公」-
世界には、すべてのものに名前があった。
風には名がある。
雨にも名がある。
花にも、鳥にも、木々にも、生まれた子どもにも。
命を持たない石でさえ、誰かが名を与えていた。
名とは存在の証。
名とは記憶。
名とは、この世界に生きた証だった。
だから――
名前のないものは、この世界には存在しない。
誰もがそう信じていた。
ある日、静寂の中で、一人の青年が目を覚ます。
冷たい石畳。
崩れた柱。
見上げれば、天井のない空。
青空には、名前のない結晶が静かに舞っていた。
青年はゆっくりと身体を起こす。
「……ここは」
掠れた声だった。
身体には傷一つない。
痛みもない。
それなのに、胸の奥だけが妙に空っぽだった。
青年は辺りを見回す。
誰もいない。
風だけが吹いている。
「……僕は」
言葉が止まる。
自分の名前を言おうとした。
けれど、何も浮かばなかった。
「……名前」
何度繰り返しても。
思い出せない。
「違う」
青年は首を振る。
「思い出せないんじゃない」
静かな確信が胸に宿る。
「最初から、ない」
その瞬間。
世界がわずかに揺れた。
まるで、その言葉を世界そのものが否定するように。
木々がざわめく。
結晶が音もなく砕け、また生まれる。
風が止まる。
「名前が……ない?」
青年は自分の胸へ手を当てる。
鼓動はある。
温もりもある。
確かに生きている。
なのに自分だけが、この世界の理から外れていた。
遠くから子どもたちの笑い声が聞こえる。
やがて、その声の主が姿を現した。
「こんにちは!」
一人の少女が青年へ笑いかける。
「旅人さん!」
青年も小さく笑みを返した。
「こんにちは。」
少女は無邪気に尋ねる。
「お兄さんのお名前は?」
青年は答えようとする。
けれど、何も言えない。
少女は首を傾げる。
「……お名前、ないの?」
その言葉を口にした瞬間、少女自身が驚いたように目を見開いた。
まるで、自分が決して口にするはずのない言葉を言ってしまったかのように。
青年は困ったように笑う。
「……うん、ないんだ」
風が吹く。
名前のない結晶が二人の間を舞う。
少女は不思議そうに青年を見つめる。
「じゃあ、いつか見つかるといいね。」
そう言って小さく笑う。
(名前……か)
空を見上げる。
青空には、あの日と同じように結晶が舞っていた。
どこか懐かしい景色。
けれど、その理由は分からない。
彼はまだ知らない。
かつて名前のない物語があったことを。
名前のない物語は終わった。
名前のない主人公の物語は、今、静かに始まる。
第二話「ムーちゃん」
青年は少女――ラヴィーンに手を引かれて歩いていた。
「こっちだよ!」
「早く早く!」
細い手が青年の手をしっかりと握る。
青年は少し戸惑いながらも、小さく笑った。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ。」
「だめ!」
ラヴィーンは振り返って笑う。
「村のみんなに紹介するんだから!」
その笑顔は太陽のように明るかった。
しばらく歩くと、森が開ける。
そこには、小さな村が広がっていた。
石造りの家々、畑で働く人々、
子どもたちの笑い声、煙突から立ち上る白い煙。
穏やかで、温かな村だった。
「ただいまー!」
ラヴィーンが元気よく叫ぶ。
村人たちは振り返り、笑顔になる。
「お帰り、ラン様!」
「今日はお友達を連れてきたんですね。」
「可愛らしい青年だねえ。」
青年は少し驚く。
誰も警戒しない。
誰も追い返そうとしない。
温かく迎え入れてくれる。
「この人ね!」
ラヴィーンは青年の手を高く掲げる。
「名前がないの!」
村人たちは一瞬だけ驚いた。
だが、不思議そうな顔をしただけで、それ以上は何も言わなかった。
「そうかい。」
「それなら、ここでゆっくり暮らせばいい。」
「名前なんて、急いで決めるものじゃない。」
その優しさに、青年は胸が熱くなる。
その夜、村長の家で歓迎の食卓が開かれた。
大きな丸いテーブルには、焼きたてのパンや温かなスープが並ぶ。
ラヴィーンは青年の隣へ座り、楽しそうに笑っていた。
「ねえ」
「名前がないならさ」
青年は首を傾げる。
「うん?」
ラヴィーンは少し考え込み、やがてぱっと顔を上げた。
「ムーちゃん!」
「え?」
「今日からムーちゃん!」
青年は目を丸くする。
「どうして?」
「なんとなく!」
ラヴィーンは満面の笑みだった。
「ムーちゃんって呼びたい!」
青年は少し困ったように笑う。
本当の名前ではない。
けれど、初めて誰かが、自分を呼んでくれた。
「……ありがとう。」
「気に入った?」
「うん。」
「じゃあ決まり!」
ラヴィーンは嬉しそうに笑った。
翌日から青年は村で暮らすようになる。
掃除をし、薪を割り、畑を手伝い、困っている人がいれば、すぐに駆けつけた。
誰かに頼まれる前に動く。
誰かが笑顔になることを、何よりも嬉しく感じた。
ある朝、ラヴィーンが玄関から飛び出してくる。
「ムーちゃーん!」
「おはようございます、ラン様。」
青年は深々と一礼した。
ラヴィーンは頬を膨らませる。
「また!」
「ラン様じゃない!」
青年は少し困ったように首を傾げる。
「ですが、村の皆さんもそう呼んでいます。」
「村長のお孫様ですし……」
「やだ!」
ラヴィーンは青年の前へ立つ。
「私は友達だよ!」
「友達なのに様はいらない!」
青年は少し黙り込み、その真っ直ぐな瞳を見つめる。
「……分かりました。」
「では…………ラン。」
ラヴィーンの顔がぱっと明るくなった。
「うん!」
「それでいい!」
それでも青年は毎朝ラヴィーンの予定を確認し、荷物を持ち、身の回りの世話を焼いた。
村人たちは笑いながら言う。
「ムーちゃんは、ラン様の執事みたいだね。」
するとラヴィーンは決まって首を横に振る。
「違うよ。」
そう言って、青年の隣へ並ぶ。
「ムーちゃんは執事じゃない。」
青年を見上げ、にっこりと笑う。
「私の、大切な友達。」
その言葉に、青年も穏やかに笑みを返した。
名前はまだない。
けれど、この村には居場所がある。
呼んでくれる人がいる。
笑い合える友達がいる。
青年――「ムーちゃん」は、少しずつこの世界で生きる理由を見つけ始めていた。
第三話「世話を焼く理由」
村へ来てから、季節が一つ巡った。
ムーちゃんは、すっかり村の一員になっていた。
朝は誰よりも早く起きる。
井戸から水を汲み、家々へ配り、畑を手伝う。
誰かが困っていれば、自然と身体が動いた。
本人は理由を説明できない。
けれど――
「放っておけないんだ。」
その一言だけは、いつも変わらなかった。
そして、一番世話を焼いている相手は、
もちろんラヴィーンだった。
「ラン。」
ムーちゃんはラヴィーンの部屋の扉を軽く叩く。
「そろそろ起きる時間だよ。」
返事はない。
もう一度叩く。
「ラン。」
「朝ご飯が冷めちゃう。」
部屋の中から、小さな寝息だけが聞こえた。
ムーちゃんは苦笑する。
「失礼します。」
そっと部屋へ入り、カーテンを開ける。
朝日が差し込む。
「んぅ……」
ラヴィーンは布団へ潜り込んだ。
「あと五分……」
「昨日もそう言って十五分だったよ。」
「むぅ……」
ムーちゃんはベッドの傍へ座り、ランの優しく頭を撫でる。
「おはよう、ラン。」
その穏やかな声に、ラヴィーンはようやく目を開けた。
「……ムーちゃん。」
「おはよう。」
朝食では、
「ラン、口元についてる。」
ムーちゃんは布巾でジャムを拭う。
「えへへ。」
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
外へ出れば、
「今日は少し寒いね。」
ムーちゃんは自分の上着をラヴィーンの肩へ掛ける。
「ムーちゃんは?」
「私は大丈夫。」
「……本当に?」
「うん。」
ラヴィーンは少しだけ眉を下げる。
「無理しないでね。」
「約束。」
ムーちゃんは微笑んで頷いた。
昼には、
「ラン、走ると転ぶよ。」
「だいじょーぶ!……あっ」
案の定、小石につまずく。
転ぶ寸前、ムーちゃんがそっと腕を支えた。
「ほら、言ったでしょう。」
ラヴィーンは照れ笑いを浮かべる。
「えへへ……」
村人たちは、その様子を見て笑う。
「あれじゃ本当に執事だ。」
「ラン様も幸せ者だね。」
「ムーちゃんがいると安心だ。」
しかし、ムーちゃんは首を横に振る。
「執事じゃありません。」
「私は……友達だから」
その言葉を聞いたラヴィーンは、嬉しそうに笑った。
「うん!」
「私もそう思ってる!」
夕暮れ。
丘の上に二人で座る。
赤く染まる空を眺めながら、ラヴィーンがぽつりと尋ねた。
「ねえ、ムーちゃん。」
「どうして、そんなに私の世話を焼いてくれるの?」
ムーちゃんは少しだけ考える。
胸の奥に、説明できない感情があった。
誰かを守りたい。
誰かが笑っていてほしい。
その気持ちは、初めて会った日から自然とあった。
「……分からない。」
正直に答える。
「でも」
ラヴィーンの方を向いて微笑んだ。
「ランが笑ってると、私も嬉しいんだ。」
ラヴィーンは少しだけ目を丸くした。
そして照れ隠しのように笑う。
「それじゃあ、私もいっぱい笑わなきゃね。」
二人の笑い声が、夕焼け空へ溶けていく。
ムーちゃんはまだ知らない。
この「誰かを守りたい」という想いが、名前を失う前からずっと、自分の中に息づいていたことを。
それでも今は、理由が分からなくてもよかった。
ラヴィーンが笑っていてくれる。
それだけで、ムーちゃんは満たされていた。
第五話「五人の青年」
秋の夜。
村の広場では焚き火が静かに揺れた。
収穫祭も終わり、子どもたちは焚き火を囲んで座っている。
ラヴィーンも、その輪の中にいた。
その隣には、ムーちゃん。
村長がゆっくりと立ち上がる。
「さて。今日は、この村に古くから伝わる話を聞かせよう。」
子どもたちが目を輝かせる。
「昔話!」
「聞きたい!」
村長は穏やかに笑い、静かに語り始めた。
「あるところに、五人の青年がいたという。」
焚き火がぱちり、と音を立てる。
「彼らは皆、違う道を歩んできた。」
「生まれも、育ちも、背負ったものも、
何もかもが違っていた。」
「一人は、光を見ることのできない王子。」
「それでも誰よりも優しく、人々を愛した。」
「一人は、病を治し続けた医師。」
「自分を後回しにしてでも、人を救い続けた。」
「一人は、国をまとめ上げた王。」
「剣ではなく、心で民を守った。」
「一人は、静かに家族を支え続けた父。」
「誰よりも深い愛を知る者だった。」
「一人は、名前を失いそうになりながらも、
誰かを守るために歩き続けた青年。」
ラヴィーンは思わず呟く。
「その人たち……本当にいたの?」
村長は微笑んだ。
「誰にも分からない。」
「昔話かもしれない。」
「本当にあった出来事かもしれない。」
「ただ、五人は互いを支え合い、
長い年月を共に歩いたと言われている。」
「そして最後には、名前のない物語を残して、
姿を消した。」
「名前のない……物語。」
ラヴィーンがその言葉を繰り返す。
隣で聞いていたムーちゃんは、不思議そうに胸へ手を当てた。
心臓が、一度だけ強く脈打つ。
「……どうしたの?」
ラヴィーンが心配そうに尋ねる。
ムーちゃんは首を横に振る。
「分からない」
「でも」
胸の奥が温かい。
そして、少しだけ苦しい。
村長は話を続ける。
「五人の名前は、もう誰も知らない。」
「時が流れ、記録は失われ、記憶も薄れていった。」
「けれどもし空を舞う結晶を見たら、彼らが今も、どこかで笑っている証なのだと言われている。」
焚き火の火が静かに揺れる。
子どもたちは目を輝かせていた。
「素敵なお話!」
「会ってみたいな!」
笑い声が広場に響く。
その中で一人だけ、ムーちゃんは空を見上げていた。
舞い落ちる結晶を見つめながら。
「……会ったことがある」
思わず口からこぼれた言葉。
「え?」
ラヴィーンが振り向く。
ムーちゃん自身も驚いていた。
「……違う、今のは……何でもない」
ムーちゃんはずっと五人の青年のことを考えていた。
光を知らない王子。
人を救い続けた医師。
偉大な王。
家族を支えた父。
誰かを守り続けた青年。
なぜか、その五人が遠い昔の誰かではなく、とても身近な存在のように感じられた。
名前は知らない。顔も思い出せない。
それでも胸の奥だけが、静かに彼らを覚えていた。
第六話「緑の空」
村長の昔話が終わると、広場は穏やかな空気に包まれた。
子どもたちは物語の続きを想像しながら笑い合っている。
焚き火の火も、ゆっくりと小さくなっていく。
その時だった。
何かが、夜風に乗って舞い降りる。
一つ、また一つ。
やがて数え切れないほどの淡い光が、空から静かに降り始めた。
「結晶だ!」
子どもたちが歓声を上げる。
「きれい!」
「今日はたくさん降ってる!」
ラヴィーンも両手を広げる。
小さな結晶が手のひらへ触れた瞬間、光となって溶けて消えた。
「ムーちゃん!」
「見て見て!」
「すっごくきれい!」
ムーちゃんも空を見上げる。
舞い落ちる結晶。
果てしなく広がる空。
その光景を見つめたまま、小さく微笑んだ。
「……綺麗な緑の空だな。」
その場が静まり返る。
「……え?」
ラヴィーンが首を傾げる。
村人たちも思わず空を見上げた。
どこまでも澄み渡る――青い空。
雲一つない、美しい青空だった。
「ムーちゃん」
ラヴィーンは不思議そうに尋ねる。
「空は青いよ?」
ムーちゃんはきょとんとする。
「……青?」
「うん。」
「これは……緑じゃないの?」
村人たちは顔を見合わせる。
「色を間違えたのかな。」
「疲れているのかもしれないね。」
そんな声が聞こえる。
だが、村長だけは黙ってムーちゃんを見つめていた。
ムーちゃんは空から目を離せない。
彼には確かに見えていた。
青ではない。
どこまでも優しく、穏やかな緑色の空が。
胸の奥で、小さな声が響く。
「風は教えてくれる。」
「今日は穏やかだって。」
「……?」
ムーちゃんは額へ手を当てる。
今の声は誰だったのだろう。
自分の記憶ではない。
それなのに、とても懐かしい。
ラヴィーンがそっと隣へ立つ。
「ムーちゃん?」
「大丈夫?」
ムーちゃんはゆっくりと笑った。
「……うん、大丈夫」
そう答えながらも、視線は空から離れなかった。
舞い落ちる結晶。
緑色の空。
そして、胸に残る懐かしい温もり。
誰も知らない。
その「緑の空」は、かつて一人の青年が心の中で見ていた景色と、どこか似ていることを。
記憶は失われても。
名前は消えても。
歩んだ道の欠片は、心の奥深くで静かに息づいていた。
ムーちゃんはそっと手を伸ばす。
一粒の結晶が指先へ触れる。
溶けて消える、その一瞬。
彼の耳に、風よりも優しい声が届いた気がした。
「……おかえり。」
その声の主を、ムーちゃんはまだ知らない。
第七話「見える色」
翌朝。
小鳥のさえずりが村を包み、窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。
ムーちゃんはゆっくりと目を開ける。
昨夜見た、不思議な「緑の空」。
それが夢だったのか現実だったのか、まだ分からないままだった。
部屋を出ると、台所から楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。
「おはよう、ムーちゃん!」
ラヴィーンだった。
朝食の準備を手伝っているらしく、木のスプーンを片手に振り返る。
朝日に照らされた髪が、きらりと輝いた。
ムーちゃんは、その姿を見て自然と微笑む。
「おはよう、ラン。」
少し首を傾げながら続けた。
「今日も綺麗な茶色の髪だね。」
ラヴィーンは手を止めた。
「……え?…茶色?」
ムーちゃんは頷く。
「うん」
「陽の光に当たって、すごく綺麗。」
ラヴィーンは自分の髪を一房つまむ。
そして笑った。
「ムーちゃん、寝ぼけてる?」
「私の髪は赤色だよ。」
「え……?」
今度はムーちゃんが驚く番だった。
「赤……?」
「うん。」
ラヴィーンは笑顔で答える。
「村のみんなにも『綺麗な赤い髪』って言われるよ。」
その声を聞き、朝食を運んでいた村人も笑う。
「そうそう。」
「ラン様の赤い髪は、この村の自慢だからね。」
ムーちゃんは何度もラヴィーンの髪を見る。
やはり、自分には温かな茶色にしか見えない。
「……本当に?」
「うん、本当。」
ラヴィーンは少し心配そうな顔になる。
「ムーちゃん、最近色の見え方が違うことがあるの?」
ムーちゃんは静かに頷いた。
「昨日は空が緑色に見えた。」
「今日はランの髪が茶色に見える。」
「でも、みんなは違うって言う。」
ラヴィーンは少し考え込む。
否定はしなかった。
「じゃあ、ムーちゃんには、本当にそう見えてるんだね。」
「……うん。」
ラヴィーンはにっこり笑った。
「不思議だけど、私はムーちゃんが嘘をついてるとは思わない。」
「見えるものが違っても、ムーちゃんはムーちゃんだから。」
その言葉に、ムーちゃんは少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとう、ラン。」
「でもね」
ラヴィーンはいたずらっぽく笑う。
「いつかムーちゃんにも、私の赤い髪が見えたらいいな。」
ムーちゃんも笑う。
「その時は、一番に教えるよ。」
二人は朝食の支度を始める。
窓の外では、名前のない結晶が朝日に照らされながら静かに舞っていた。
そして、その結晶だけは――
ムーちゃんにも、村人たちにも、同じ色に輝いて見えていた。
第八話「色の記憶」
それから数日。
ムーちゃんは、自分の見ている世界が人とは違うことに気付き始めていた。
朝、庭に咲く花を見つめながら、ムーちゃんはぽつりと呟く。
「綺麗な青い花だ。」
隣にいたラヴィーンは首を傾げた。
「それ、黄色のお花だよ?」
昼、畑を歩きながら。
「麦の黄色が眩しいね。」
村人が笑う。
「ムーちゃん、それは緑色の葉っぱだよ。」
夕方、村の子どもたちが空を見上げて叫ぶ。
「今日も青空だ!」
ムーちゃんは静かに微笑む。
「うん。」
「綺麗な緑色だ。」
少しずつ、皆との違いが分かってきた。
ある日の夕食後、ラヴィーンは紙を持ってきた。
「ムーちゃん、ちょっと試してみよう!」
紙には四つの丸が描かれている。
ラヴィーンは一つ目を指差した。
「これは何色?」「緑。」二つ目。「これは?」「茶色。」
三つ目。「青。」四つ目。「黄色。」二人は顔を見合わせ、ムーちゃんは少し困ったように笑った。
「やっぱり違うね。」ラヴィーンは紙へ書き込んでいく。「ムーちゃんは――」
青を緑に見ている。赤を茶色に見ている。
黄色を青に見ている。緑を黄色に見ている。
「不思議……」
ラヴィーンは呟く。
「でも、色が違っても、花が綺麗なのは変わらない。」
「空が広いことも、ランが笑ってることも、
それはちゃんと分かるから。」
ラヴィーンは嬉しそうに笑う。
「そうだね。」
「見える色は違っても、同じ景色を見てる。」
その夜。
ムーちゃんは一人、空を見上げる。
緑色に見える夜空。
そこを静かに流れる結晶。
胸の奥で、小さな違和感が疼いた。
「どうして……私は、こんなふうに見えるんだろう」
答えはまだない。
けれど、どこか遠い記憶の底で、誰かが優しく笑っている気がした。
その笑顔だけは、色が違っていても、決して見失うことはなかった。
第九話「見ないという選択」
ある日を境に、ムーちゃんは、空を見上げなくなった。
朝になっても。
ラヴィーンが窓を開けても、
村人たちが「今日はいい天気だ」と笑っても、
ムーちゃんは視線を上げない。
足元だけを見つめ、静かに歩く。
「ムーちゃん?」
ラヴィーンは不思議そうに尋ねた。
「空、見ないの?」
ムーちゃんは少しだけ笑う。
「……うん」
「見なくても、分かるから。」
「でも、昨日は『緑の空が綺麗』って言ってたじゃない」
その言葉に、ムーちゃんは少しだけ黙る。
そして、小さく首を横に振った。
「私は、みんなと違う世界を見ている。」
「だったら、見ない方がいいのかなって」
ラヴィーンは目を見開いた。
「どうして?」
ムーちゃんはゆっくりと答える。
「みんなは青い空を見る。」
「私は緑の空を見る。」
「みんなは赤い髪を見る。」
「私は茶色の髪を見る。」
「私が見ているものは、みんなと違う。」
彼は少し寂しそうに笑った。
「だから私は、世界を見ないことにした。」
その日からムーちゃんは、人の顔を見ることも減った。
花を見ない。空を見ない。景色を見ない。
誰かと話すときも、視線は少し下を向いたまま。
それでも、掃除をし、畑を耕し、ラヴィーンの世話を焼き、村人を助ける。
何一つ変わらない。
ただ一つ、世界を見なくなった。
村人たちは心配した。
「目が悪いのか?」
「医者を呼ぼうか」
「どこか痛むのか?」
しかし、ムーちゃんはいつも同じように微笑む。
「大丈夫です」
「私は元気ですよ」
その笑顔は穏やかだった。
だからこそ、ラヴィーンは気付いてしまう。
その笑顔の奥にある、小さな悲しみに。
夕暮れ。
ラヴィーンは丘の上でムーちゃんの隣に座る。
「ねえ、ムーちゃん。」
「うん。」
「世界を見ないと、綺麗なものまで
見えなくなっちゃうよ。」
ムーちゃんは静かに答えた。
「……綺麗だから、見たくないんだ。」
ラヴィーンは息を呑む。
「綺麗なのに、みんなと違って見える。」
「そのたびに私は、この世界に一人だけ取り残されている気がする。」
風が吹く。
名前のない結晶が、二人の間を静かに舞う。
ラヴィーンは何も言わなかった。
代わりに、そっとムーちゃんの手を握る。
温かな、小さな手。
「ムーちゃん」
「見え方が違っても、私は、ムーちゃんが見ている世界を否定しない。」
ムーちゃんは少し驚いたように顔を上げた。
「緑の空でも、茶色の髪でも、それはムーちゃんが本当に見ている景色なんだもん。」
ラヴィーンは優しく笑う。
「だから、一人で目を閉じないで。」
ムーちゃんは何も答えられなかった。
ただ、その言葉だけが胸の奥へ静かに染み込んでいく。
彼はまだ世界を見ようとはしない。
けれど、握られた手の温もりだけは、しっかりと感じていた。
第十話「光の向こう側」
季節は静かに移り変わっていた。
いつものようにムーちゃんは目を覚ます。
「……朝か。」
そう呟いて、ゆっくりと身体を起こした。
だが彼は違和感を覚える。
いつもなら窓から差し込む光を感じるはずだった。
色は違って見えても、明るさだけは分かっていた。
今日は――
何もない。
「……?」
ムーちゃんは瞬きをし、もう一度目を開く。
それでも何も見えなかった。
緑色の空も、茶色に見えていたラヴィーンの髪も、
舞い落ちる結晶も、すべてが闇の中へ消えていた。
「……見えない。」
その一言は、とても静かだった。
驚きよりも、戸惑いが勝っていた。
ムーちゃんは壁へ手を伸ばす。
指先が木の感触を探し当てる。
ゆっくりと立ち上がり、慎重に歩き始める。
その頃、ラヴィーンは朝食を持って部屋へ向かっていた。
「ムーちゃん、おはよう!」
返事はない。
扉を開けると、ムーちゃんは壁に手を添えたまま立ち止まっていた。
「ムーちゃん?」
ラヴィーンが近づく。
ムーちゃんは声の方へ顔を向け、少し困ったように笑った。
「……ラン」
「ごめん」
「どこにいるか、分からない」
ラヴィーンの表情が変わる。
「え……?」
「何も見えないんだ」
「光も、影も、何も」
ラヴィーンは急いでムーちゃんの前へ立つ。
手を振り指を動かす。
「……見える?」
ムーちゃんはゆっくりと首を横に振った。
「見えない」
部屋に静寂が落ちる。
ラヴィーンは震える手でムーちゃんの両手を包んだ。
「ムーちゃん……」
ムーちゃんはその温もりに気付き、安心したように息をつく。
「そこにいるんだね」
「……よかった」
ラヴィーンの目には涙が浮かぶ。
それでも泣かないように笑顔を作った。
「うん、ここにいる」
「これからは、私が手を引く。」
ムーちゃんは少し驚いたように微笑んだ。
「……昔とは逆だね。」
「うん。」
ラヴィーンは力強く頷く。
「今度は私が、ムーちゃんの目になる。」
ムーちゃんはその言葉を聞き、静かに手を握り返した。
「ありがとう、ラン。」
窓の外では、名前のない結晶が今日も静かに舞っていた。
その輝きは、もうムーちゃんには見えない。
それでも、ラヴィーンの温かな手だけは、確かにそこにあった。ムーちゃんはその手を頼りに、新しい一歩をゆっくりと踏み出した。
--あるところに、草原がありました
その草原では、◻︎◻︎する者たちが暮らしています
どうやら、これが幸せなようです--
<登場キャラクター>
【クカラース・ラヴァラル(Kuclarth Lavroll)】
■基本情報
名前:クカラース・ラヴァラル
性別:男性
年齢:20代前半の見た目(実年齢:数千歳)
誕生日:2月29日
身長:176cm
体重:55kg
一人称:私→僕
二人称:君、貴方
イメージカラー:エメラルドグリーン
■外見
髪色:金に近い茶髪
髪型:肩にかからない短髪
瞳の色:髪色より暗い茶色
服装:貴族服
装飾品:なし
声の特徴:低く優しい声
利き手:左手
■傷跡
位置:右側の骨盤付近から右足首まで続く
一本線の傷跡
由来:自然破壊によって負った傷
後遺症:右脚に痛みが生じることがある
■性格・特徴
長所:音や匂いだけで周囲を判断できる
短所:右脚の不調によって行動が制限される
ことがある
癖:無意識に右脚へ触れる
口癖:なし
好きなもの:ルウィ
苦手なもの:刺激の強いもの、味の濃いもの
■感情表現
怒ったとき:相手と向き合い、
言葉で解決しようとする
本気で怒った場合のみ銃を放つ
泣いたとき:涙を止めようとせず、そのまま泣く
甘え方:ラディースの膝の上で眠る
甘やかし方:相手の頭を優しく撫でる
■戦闘設定
武器:銃
戦闘スタイル:銃弾の反動や軌道を利用し、
空中を自由自在に飛びながら戦う
得意:空中戦、回避戦闘、高機動戦
苦手:銃以外のすべての武器
特殊能力:なし
必殺技:なし
■過去
出身:ラヴァラル王国
幼少期:生まれてすぐに両目が見えない
ことが判明
数年後には右脚が不自由となる
最大の喪失:両親との別れ
最大の幸福:五人で共に生きていること
人生の転機:オビオヌとの出会い
■五人の中での立ち位置"五人の末っ子"
特に仲が良い人物:リランティーヌ
最も甘える相手:ラディース
守りたい人物:リランティーヌ、オビオヌ
救われた人物:自分以外の5人、ラヴィーン、
そして自分自身。
■Untitled設定
希望を象徴するもの:ラディース
絶望を象徴するもの:オビオヌ
幸福を象徴するもの:リランティーヌ
生を象徴するもの:ロウナタリー
死を象徴するもの:ラヴィーン、バラナイスル
"ほんとうのこたえ":クカラース
■キャラクターテーマ
「答えを探し続け、最後に自分自身こそが
答えであると知った主人公。」
彼の道程そのものが、『Untitled』という物語の
“ほんとうのこたえ”である。
【オビオヌ・セラフィスト(Oubeunn Sellphist)】
■基本情報
名前:オビオヌ・セラフィスト
性別:男性
年齢:20代前半の見た目(実年齢:数千歳)
誕生日:4月4日
身長:195cm
体重:58kg
一人称:私
二人称:きみ
イメージカラー:ワインレッド
■外見
髪色:茶色
髪型:ハーフアップ
瞳の色:茶色(髪色と同じ)
服装:白衣
装飾品:なし
声の特徴:中性的で高い声
利き手:両手
■傷跡
位置:胸骨付近
由来:過去の事件によって負った傷
備考:彼の人生における絶望と喪失を
象徴する傷跡
■性格・特徴
長所:非常に優れた記憶力を持つ
短所:慢性的に気力が乏しく、
無理をしてしまうことがある
癖:ぼんやりと虚空を見つめる
口癖:「大丈夫」
好きなもの:診療所
苦手なもの:自身の研究資料
(過去を思い出してしまうため)
■感情表現
怒ったとき:怒鳴ることはなく、
苦しげな表情を浮かべる。
泣いたとき:滅多に涙を見せない
甘え方:ほとんど甘えることはない
甘やかし方:相手の背中を優しく撫でる
■戦闘設定
武器:ナイフ
戦闘スタイル:投擲したナイフによる
遠距離・中距離戦闘
得意:ナイフを用いた戦闘全般
苦手:特になし
特殊能力:なし
必殺技:なし
■過去
出身:ラタルア王国
幼少期:幼い頃から医者になることを夢見ていた
最大の喪失:聴力を失ったこと
最大の幸福:大切な仲間たちと出会えたこと
人生の転機:四人と出会ったこと
■五人の中での立ち位置"五人の最年長"
特に仲が良い人物:ロウナタリー
最も甘える相手:ロウナタリー
守りたい人物:リランティーヌ、クカラース
救われた人物:自分以外の4人
■Untitled設定
希望を象徴するもの:リランティーヌ
絶望を象徴するもの:オビオヌ
幸福を象徴するもの:ロウナタリー
生を象徴するもの:ラディース
死を象徴するもの:オビオヌ
"ほんとうのこたえ":クカラース
■キャラクターテーマ
「希望を与え続けながら、自らの内に
絶望と死を抱く名医」
人を救うことを生涯の使命としながら、自分自身を救うことだけは苦手な青年。『Untitled』における
救済と絶望を象徴する存在であり、診療所という“帰る場所”を守り続ける最年長である。
【ラン・ローノ(Rurn lornan)】
■基本情報
名前:ラン・ローノ
偽名:リランティーヌ
性別:不明
年齢:10代程の見た目(実年齢:数千歳)
誕生日:9月12日
身長:151cm
体重:40kg
一人称:僕
二人称:君
イメージカラー:ブラック
■外見
髪色:オビオヌより暗い茶色
髪型:ウルフカット
瞳の色:髪色と同じ茶色
服装:フード付きの外套
装飾品:なし
声の特徴:オビオヌより低く、
クカラースより高い声
利き手:右手
■傷跡
位置:左側の額から左目、左頬まで伸びる
一本線の傷跡
由来:過去の事件によって負った傷
備考:彼の過去と、生き続けることを
選んだ証でもある
■性格・特徴
長所:誰よりも優しく、他者を思いやる
ことができる
短所:自分を犠牲にしてでも他者を優先し、
無理を重ねてしまう
癖:特になし
好きなもの:ルウィ入りのウァレクライ
苦手なもの:ルウィ入りのウァレクライ以外の
食べ物
備考:実はかなりの甘えん坊
■感情表現
怒ったとき:瞳から光が消え、静かな怒りを見せる
泣いたとき:感情を抑えきれず、思わず泣き喚いてしまう
甘え方:クカラースやオビオヌの傍で
静かに甘える
甘やかし方:言葉を多く語らず、静かに寄り添う
■戦闘設定
武器:なし
戦闘スタイル:魔法による支援・防御型戦闘
得意:防御魔法、回復魔法、光魔法を用いた戦闘
苦手:攻撃魔法や近接戦闘
魔法・特殊能力:防御魔法、回復魔法、光魔法
必殺技:なし
■過去
出身:カラール王国
幼少期:慢性カラクリ症候群を患っていた
最大の喪失:慢性カラクリ症候群によって失った
ものの数々
最大の幸福:生きていることそのもの
人生の転機:オビオヌ、クカラースとの出会い
■五人の中での立ち位置
"優しい弟"(実年齢はクカラースより上)
特に仲が良い人物:クカラース
最も甘える相手:クカラース、オビオヌ
守りたい人物:自分以外の全員
救われた人物:自分以外の4人、バラナイスル
■Untitled設定
希望を象徴するもの:クカラース
絶望を象徴するもの:オビオヌ
幸福を象徴するもの:バラナイスル
生を象徴するもの:ラディース
死を象徴するもの:ラン・ローノ
"ほんとうのこたえ":リランティーヌ
■キャラクターテーマ
「幸福を知り、生きることを愛した光の魔法使い」
本名である「ラン・ローノ」は死を象徴し、
偽名である「リランティーヌ」は幸福と
"ほんとうのこたえ"を象徴する。かつて喪失の中にいた彼は、多くの人々との出会いによって、
生きることそのものを幸福だと知った。『Untitled』において、最も純粋に“生きることの尊さ”を
体現する存在である。
【ロウナタリー・セラフィスト
(Rawntlly Sellphist)】
■基本情報
名前:ロウナタリー・セラフィスト
性別:男性
年齢:数十歳の見た目(実年齢:数千歳)
誕生日:4月1日
身長:178cm
体重:60kg
一人称:我
二人称:お前
イメージカラー:カドミウムイエロー
■外見
髪色:茶髪
髪型:クカラースよりも短い短髪
瞳の色:茶色
服装:貴族服
装飾品:なし
声の特徴:低く優しい声
利き手:左手(元は右利き)
■傷跡
位置:右手から右肩にかけての傷跡
由来:過去の事件によって負った傷
備考:現在は右手をほとんど使用せず、
左手を利き手としている
■性格・特徴
長所:よく笑い、周囲を明るくする
短所:どんなときでも笑顔を絶やさず、
自分の苦しみを隠してしまう
癖:よく笑う
好きなもの:本人にもわからない
苦手なもの:痛み
備考:王としての威厳を持ちながら、
誰よりも人を愛する人物
■感情表現
怒ったとき:怒りを向けるのではなく、
相手のことを心配する
泣いたとき:誰にも気づかれないように
静かに涙を流す
甘え方:控えめに甘える
甘やかし方:相手を存分に褒め称える
■戦闘設定
武器:なし
戦闘スタイル:なし
得意な戦い方:なし
苦手な戦い方:なし
魔法・特殊能力:なし
必殺技:なし
■過去
出身:ラタルア王国
幼少期:王として育てられる
最大の喪失:オビオヌを失ったこと
最大の幸福:オビオヌと共にいられること
人生の転機:オビオヌという存在そのもの
■五人の中での立ち位置"優しく明るい兄"
特に仲が良い人物:オビオヌ
最も甘える相手:オビオヌ
守りたい人物:オビオヌ
救われた人物:オビオヌ
■Untitled設定
希望を象徴するもの:オビオヌ
絶望を象徴するもの:ロウナタリー
幸福を象徴するもの:自分以外の皆
生を象徴するもの:リランティーヌ
死を象徴するもの:ロウナタリー
"ほんとうのこたえ":オビオヌ
■キャラクターテーマ
「愛する者のために生き、愛する者こそが
人生の答えである王」
偉大なる帝王として国を統一しながらも、
彼が本当に望んだものは権力や名誉ではなく、
大切な者たちと穏やかな日常を過ごすことだった。『Untitled』において、愛することの尊さと、
人を想い続ける生き方を体現する存在である。
彼にとっての“ほんとうのこたえ”は、
いつの時代もオビオヌ・セラフィストである。
【ラディース・ラヴァラル(Ladys Lavroll)】
■基本情報
名前:ラディース・ラヴァラル
性別:男性
年齢:20代前半の見た目(実年齢:数千歳)
誕生日:8月10日
身長:164cm
体重:51kg
一人称:私
二人称:お前
イメージカラー:コバルトブルー
■外見
髪色:黒
髪型:クカラースより長い短髪
瞳の色:黒
服装:貴族服
装飾品:左手薬指の指輪
声の特徴:低く太く、冷たい印象を与える声
利き手:右手
■傷跡
位置:首の後ろ
由来:己の意思によって負った傷
備考:誰にも語られることのない、
彼自身の決意と過去を象徴する傷跡
■性格・特徴
長所:常に冷静で、感情に流されない
短所:すべてを一人で抱え込み、
自分の弱さを見せようとしない
癖:無意識に首の後ろへ触れる
好きなもの:クカラース、ラヴィーン
苦手なもの:なし
備考:冷淡に見えるが、深い愛情を持つ人物
■感情表現
怒ったとき:相手を拒絶し、自ら距離を置こうとする
泣いたとき:涙を見せることを拒絶する
甘え方:甘えることそのものを拒絶するが、
本当に心を許した相手には静かに寄り添う
甘やかし方:頭を優しく撫でる
■戦闘設定
武器:なし
戦闘スタイル:なし
得意な戦い方:なし
苦手な戦い方:なし
魔法・特殊能力:なし
必殺技:なし
■過去
出身:ラヴァラル王国
幼少期:ラヴィーンと出会う
最大の喪失:ラヴィーンを失ったこと
最大の幸福:クカラースの存在
人生の転機:ラヴィーンとクカラースとの出会い
■五人の中での立ち位置/"父"
特に仲が良い人物:クカラース
最も甘える相手:クカラース
守りたい人物:クカラース
救われた人物:ラヴィーン、クカラース
■Untitled設定
希望を象徴するもの:リランティーヌ、オビオヌ
絶望を象徴するもの:ラディース
幸福を象徴するもの:クカラース
生を象徴するもの:ロウナタリー
死を象徴するもの:ラヴィーン
"ほんとうのこたえ":クカラース
■キャラクターテーマ
「愛する者の帰る場所であり続ける父」
冷たく見える言葉や態度の奥には、誰よりも深い愛情を抱えている。ラヴィーンから受け取った愛を
クカラースへと繋ぎ、どれほど長い年月が流れても、彼が安心して眠れる居場所であり続けることを願っている。『Untitled』において、ラディースは“家族”と
“無償の愛”を象徴する存在であり、クカラースにとっての希望であり、幸福そのものなのである。
【ラヴィーン・ラヴァラル(Loveyn Lavroll)】
■基本情報
名前:ラヴィーン・ラヴァラル
性別:女性/年齢:数千歳/誕生日:7月7日
身長:168cm/体重:53kg/一人称:私
二人称:貴方、あなた/イメージカラー:スカーレット
■外見
髪色:赤色/髪型:ボブカット/瞳の色:赤茶色
服装:貴族服/装飾品:左手薬指の指輪
声の特徴:高く優しい声/利き手:右手
■傷跡
位置:両肩から背中にかけて
由来:かつて存在した両翼の痕跡
備考:天使の末裔であることを示す傷跡であり、
彼女の生きた証でもある
■性格・特徴
長所:明るく優しく、誰にでも愛情を注ぐことができる/短所:別れる選択をしたこと/癖・口癖:なし
好きなもの:自然/苦手なもの:自然破壊
■感情表現
怒ったとき:決して相手を逃がさず、自身の信念を貫く/泣いたとき:涙を流しながら微笑む「笑い泣き」をする/甘え方:そっと相手の傍へ寄り添う
甘やかし方:優しく寄り添い、温かく見守る
■戦闘設定
武器:なし/戦闘スタイル:膨大な魔力を用いた戦闘
得意:魔力を扱うこと/苦手:魔力を用いない戦闘
魔法・特殊能力:魔力/必殺技:なし
■過去
出身:ラヴァラル王国
幼少期:天使の末裔として生まれる
最大の喪失:クカラースとの別れ
最大の幸福:クカラースとラディースと
共に過ごした日々
人生の転機:クカラースという我が子と
出会えたこと
■関係性/"母"
特に仲が良い人物:ラディース
最も甘える相手:ラディース
守りたい人物:ラディース、クカラース
救われた人物:ラディース、クカラース
■Untitled設定
希望を象徴するもの:ラディース
絶望を象徴するもの:ラヴィーン
幸福を象徴するもの:クカラース
生を象徴するもの:ラディース
死を象徴するもの:ラヴィーン
"ほんとうのこたえ":ラヴァラル
■キャラクターテーマ
「愛を遺し、命を繋いだ母」
天使の末裔として生まれ、自然と生命を何よりも愛した女性。彼女がクカラースへ遺した愛はラディースへ、そして『Untitled』という物語そのものへと受け継がれていく。彼女にとっての
“ほんとうのこたえ”は『ラヴァラル』という家族の名前であり、愛する者たちと紡いだ命の軌跡そのものである。
【バラナイスル(真名不明)】
■基本情報
名前:不明/通称:バラナイスル
性別:不明/年齢:不明/身長:不明/体重:不明
誕生日:8月31日/一人称:我/二人称:お前
イメージカラー:ホワイト
■外見
髪色:不明/髪型:不明/瞳の色:不明
服装:漆黒の装い/装飾品:不明
声の特徴:低く冷たい声/利き手:不明
■傷跡
位置:全身/由来:自然破壊によるもの
備考:全身を覆う傷跡は、世界そのものと深く関わる存在であることを示している
■性格・特徴
長所:不明/短所:不明/癖・口癖:不明
好きなもの:リランティーヌたちが存在する世界
苦手なもの:リランティーヌたちが存在しない世界
■感情表現
怒ったとき:感情をぶつけるのではなく、真正面から向き合う/泣いたとき:静かにその場から消える
甘え方:不明/甘やかし方:静かに寄り添う
■戦闘設定
武器:なし/戦闘スタイル:なし/得意な戦い方:なし 苦手な戦い方:なし/魔法・特殊能力:なし
必殺技:なし
■過去
出身:なし 幼少期:なし
最大の喪失:自らの力ではリランティーヌを
救うことができなかったこと
最大の幸福:リランティーヌという存在
人生の転機:リランティーヌとの出会い
■関係性
五人の物語における立ち位置:不明
特に仲が良い人物:不明/最も甘える相手:不明
守りたい人物:リランティーヌ
救われた人物:リランティーヌ
■Untitled設定
希望を象徴するもの:リランティーヌ
絶望を象徴するもの:リランティーヌ
幸福を象徴するもの:リランティーヌ
生を象徴するもの:リランティーヌ
死を象徴するもの:バラナイスル
"ほんとうのこたえ":バラナイスル
■キャラクターテーマ
「名前すら持たず、ただ一人を想い続ける存在」
バラナイスルは、生まれも過去も正体も明かされていない。彼(彼女)が唯一確かに持つものは
リランティーヌへの想いだけである。希望も、絶望も、幸福も、生も、そのすべてはリランティーヌという存在によって意味を持つ。だからこそ、
バラナイスル自身は『死』を象徴している。
『Untitled』において、バラナイスルは
「誰かを救いたかった存在」であり、
「救えなかったことを抱えたまま愛し続ける存在」
である。その真名は最後まで明かされることなく、
物語の始まりより前から終わりより先まで、静かにリランティーヌたちの世界を見守り続けている。




