13.魔族の料理
料理が並べられていく光景は、ロウクの予想を超える異様さだった。
大きな木製の盆の上には、焼き上げられた何かの肉が盛られていた。
表面は黒く焦げ、その焦げ目の隙間から赤い肉汁がにじんでいる。
肉の周囲には緑色の葉のようなものが敷き詰められていた。
その葉が時折ぴくりと動く。
まだ生きているのか、それとも魔力で動いているのか。
別の皿には、丸ごとの小動物が載せられている。
体長は三十センチほどで、体表には鱗のようなものが覆っており、頭部には短い角が生えていた。
目は閉じられ、口は半開きで鋭い牙がのぞいている。
調理されているのか、それともまだ生なのか。
その境目があまりにも曖昧で、ロウクは少しだけ視線をそらした。
村で食べていた食事とは、まったく違う。
だが、それでも食事は食事だ。
見た目が変わっているだけで、食べられないものではないはず。
料理が並べられるそばから、幹部達はすぐに食事を始めていた。
その様子は一様ではない。
テーブルの端では、他の幹部たちもそれぞれのやり方で食事を進めている。
細い脚のような指先で肉を裂き、糸でも紡ぐかのように整然と口へ運ぶ者。
光を避けるでもなく、むしろ灯りの揺らぎに合わせて、わずかに位置を変えながら、優雅な所作で果実を口にする者。
祈るように静かに手を組み、一口ごとに間を置きながら食事を進める者。
無駄のない動きで、決まった順序をなぞるように皿を空にしていく者。
何を口にしているのか判然としないまま、ただ摂取しているとしか見えない者。
周囲と距離を取り、他者と視線を交わさぬまま淡々と食事を続ける者。
食事に手を付けることなく、ただ静かに全体を観察している者もいた。
ロウクは、その光景をしばらく眺めていた。
動きに統一性はない。
だが、それぞれ勝手に振る舞っているはずの視線や気配が、気づけばロウクの周囲に引き寄せられているようにも見えた。
一方でヴァルガンは料理に手を付けずに、とある果実が机の上に並べられると、椅子から立ち上がる。
その手が、テーブルの中央に置かれた果実の一つをつかんだ。
大きな手のひらが、果実を軽々と持ち上げ、ロウクに向かって掲げる。
「主よ、これは鋼果と呼ばれる果実だ。俺が特に好きな果実でもある」
ヴァルガンの声は、どこか誇らしげだった。
鋼果、とロウクは頭の中で繰り返した。
名前からして硬そうだ。
ヴァルガンは、そのまま片手で果実を握り込んだ。
赤い鱗に覆われた手がわずかに力を込めただけで、果実の表面に亀裂が走る。
そして次の瞬間、ぱきんという音を立てて果実は真っ二つに割れた。
割れた断面からは透明な果汁があふれ出し、テーブルの上に滴り落ちる。
果汁がテーブルに触れた瞬間、小さな泡を立てて蒸発した。
ヴァルガンは、割った果実の片方をロウクの前に差し出した。
「さあ、食ってみてくれ」
言葉とは裏腹に、かなり至近距離で差し出されており、ほとんど押し付けに近かった。
その強い勧めを断るのはなかなか骨が折れそうだったので、ロウクは素直にその鋼果というものをヴァルガンから受け取る。
ロウクは割られた果実を見た。
断面は白と赤の層が交互に重なっており、中心部には小さな種のようなものがいくつも埋まっている。
鼻を刺すほど甘い匂いが漂っていた。
ロウクはその果実を恐る恐る口に運んだ。
すると意外にも、果肉は予想以上に柔らかい。
口の中で溶けるように広がり、甘みと酸味が同時に押し寄せてくる。
そしてその直後、舌の上にぴりりとした刺激が走った。
舌に刺激があるのは少し変わっている。
だが、それ以外は普通に美味い果実だった。
その刺激もそんなに不快だとは思わないし、むしろ甘みを引き立てる良いアクセントのように感じられる。
ロウクはそのまま鋼果を食べきった。
「さすがは主だ。鋼果を平然と食べられるとは。実はこの果実はな。俺みたいに保有魔力が高い者は好む傾向にあるんだが、果実の魔力が強すぎて、魔族の中でも苦手な者が多い。だが、主は何の抵抗もなく食べられている。これは紛れもなく、主が強者の資質を持っている証だ」
ヴァルガンは鋼果を食べ切ったロウクの様子を見て、口元に笑みを浮かべる。
やはり俺の目に狂いはなかったと言わんばかりに、ヴァルガンの声には感心の響きがあった。
一方でヴァルガンとロウクのやりとりを見ていたルーファスが、静かに動いた。
狼人の灰色の体が、テーブルの脇に置かれていた皿に手を伸ばす。
その皿には綺麗に調理された肉の切り身が盛られていた。
表面には細かく刻まれた香草のようなものが散らされており、肉の周囲には色とりどりの野菜が添えられている。
他の料理に比べ、見た目はずっと整っていた。
ルーファスはその皿を両手で持ち上げ、ロウクの前に差し出した。
「主よ。こちらをお召し上がりください」
ルーファスの声は、丁寧だった。
感情の起伏が少なく、ただ静かに料理を献上している。
ロウクはその皿を見た。
肉の切り身は均等な大きさに切り分けられており、焼き加減も綺麗に揃っている。
見た目は奇妙だったが、味はおそらくロウクの好みに合うだろう。
ロウクは皿を受け取り、肉を一切れ口に運んだ。
肉は柔らかかった。
噛むと肉汁があふれ出し、口の中に広がる。
香草の香りが肉の味を引き立てている。
「とても美味しい」
ロウクは素直にそう言った。
すると、ルーファスの表情がわずかに緩む。
だが、すぐに元の冷静な表情に戻った。
ルーファスはヴァルガンの方をちらりと見る。
ルーファスの視線に、ヴァルガンは豪快に笑った。
「ルーファス、お前も主に気に入られたいのか? だが、主が最初に食べたのは俺が勧めた鋼果だ。俺の方が一歩先を行っているぞ」
ルーファスの表情がわずかに険しくなったが、何も言わない。
ただ、静かにヴァルガンを見つめていた。
その様子を見ていたガルドはテーブルの上に置かれた料理を見ながら、小さく舌打ちをした。
視線はヴァルガンとルーファスに向けられている。
一方でゼイルの指がテーブルの縁を軽く叩き始めた。
その音は小さく規則的で、何かを我慢しているような響きを持っていた。
ゼイルの視線もまた、ヴァルガンとルーファスに向けられている。
ガルドはそれから時折ロウクの方に視線を向けるが、すぐにそらす。
何かを言いたげだが、言えない。
ガルドやゼイルに注目されていることも気にせず、ヴァルガンが再び口を開いた。
「主よ、一つ聞いても良いか?」
ロウクはヴァルガンの方を見た。
「どうしたの?」
「主は、食べ物の好みはあるか? 苦手なものとか、好きなものとか」
ロウクは、少しだけ考える。
食べ物の好み……。
村で暮らしていた頃は、好き嫌いを言える立場ではなかった。
食べられるものを食べ続けて、なんとか今まで生き延びてきたので。
「特にないかな。食べられるものなら、何でも食べるよ」
ヴァルガンは、その答えを聞いて、少しだけ驚いたような顔をした。
「何でも食べるのか? 好き嫌いが一切ないと?」
「うん。昔から、食べ物を選ぶ余裕がなかったから」
ロウクは、淡々とそう答えた。
別に、特別なことでも何でもない。
貧乏だったから選べなかっただけで、王の器とか適応力とか、そんな大層な話ではない。
だが、ヴァルガンの表情がわずかに変わった。
驚きの色が、尊敬の色に変わる。
「なるほどな……。主は、そういう境遇を経てきたのか。それでいて、今こうして魔王の座に就いている。これは、まさに王の器という訳だ」
ルーファスもまた、わずかに表情を変えた。
「主は、どんな環境にも適応できる力をお持ちなのですね」
ガルドとゼイルも、それぞれの視線をロウクに向けた。
オルグレイは静かにロウクを見つめている。
その表情には何の感情も浮かんでいなかったが、思案の色が少しだけ深くなっていた。
ヴァルガンは、再び豪快に笑った。
「主は、本当に面白い。ますます気に入ったぞ」
ヴァルガンの声が部屋中に響き渡った。
ルーファスは静かにヴァルガンを見つめている。
ガルドの舌打ちがもう一度響いた。
ゼイルの指がテーブルを叩き続けている。
オルグレイは相変わらず静かにロウクを見つめていた。




