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涙を知らない僕が、最後に泣いた日  作者: 大きい橋


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9/9

最終話 明日の方へ



葬儀の日、空はよく晴れていた。


青すぎる空だった。


どうしてこんな日に、と思う。

雨の方が似合うはずなのに、世界は何も変わらない顔をしている。


僕は式場の椅子に座り、ただ前を見ていた。


白い花。

静かな読経。

誰かのすすり泣き。


けれど、音が遠い。


現実のはずなのに、どこか別の場所にいるみたいだった。


遺影の中の彼女は、学校で見ていた笑顔のままだった。


あの日、病室で見た顔じゃない。

最後の、弱い呼吸の彼女でもない。


いつもの彼女だ。


――また明日ね。


そう言っていた彼女だ。


式が終わり、人が少なくなったあとも、僕は立てなかった。


足が動かないわけじゃない。


動こうとすると、何かが終わってしまう気がした。


本当に、いなくなってしまう気がした。


やがて、彼女の母親が近づいてきた。


「神谷くん……だよね」


小さく頷く。


彼女に似た、やさしい声だった。


「澪が、よく話してたよ」


胸が締めつけられる。


「学校でね、初めて友達ができたって、嬉しそうに」


友達。


僕は、何も返せなかった。


すると、彼女の母親は小さな箱を差し出した。


「これ、あなたにって」


震える手で受け取る。


中には、青いガラス玉のついた小さなストラップが入っていた。

海の色だった。


「海、行きたかったみたい」


言葉が出ない。


ただ、深く頭を下げた。


家に帰ってから、僕は初めて声を上げて泣いた。


静かにじゃない。

抑えきれないくらいに。


能力のせいで、たくさんの“悲しみ”を見てきた。

でもそれは全部、他人のものだった。


これは違う。


僕自身の痛みだった。


数日後、学校へ行った。


教室の席は、そのまま残っていた。


誰も座っていない机。

窓から入る光。


胸が苦しくなる。


でも、逃げなかった。


僕は席に座る。


前を見る。


黒板。

ノート。

日常。


世界は続いている。


昼休み、僕は屋上へ向かった。


扉を開ける。


風が吹く。


あの日と同じ場所に立つ。


フェンス越しの空は、変わらず広い。


僕はポケットから、あのストラップを取り出す。


光に透ける青い色が揺れる。


目を閉じると、思い出す。


屋上での会話。

川沿いの帰り道。

電話の声。

最後の手の温度。


そして、あの記憶。


――彼女の中で、僕と過ごした時間が一番強く残っていたこと。


僕は、ようやく理解した。


僕の能力は、過去を見る力じゃなかった。


人の中に残る“想い”を受け取る力だった。


これまで僕は、それを怖がっていた。

知ることは、傷つくことだと思っていた。


でも違う。


傷ついたからこそ、残るものがある。


空を見上げる。


青い。


「……白石」


名前を呼ぶ。


返事はない。


けれど、静けさは孤独じゃなかった。


彼女はもういない。

それでも、確かにここにいる。


僕の中に。


僕は歩き出す。


未来は分からない。

また誰かの想いを知ってしまうかもしれない。


それでもいいと思えた。


逃げないと決めたから。


あの日、彼女は言った。


――明日を迎えてほしい。


僕は階段を下りる。


教室へ向かう。


扉を開ける。


クラスのざわめきが耳に入る。


僕は席に着く。


ノートを開く。


ペンを持つ。


そして、初めて自分から隣の席の生徒に話しかけた。


「……次、どこからだっけ」


小さな会話。

それだけで十分だった。


窓の外の空は、今日も広い。


僕は、明日の方へ進む。


(終)

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