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涙を知らない僕が、最後に泣いた日  作者: 大きい橋


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第五話 触れてしまった答え


雨の日だった。


放課後、校舎の窓を打つ水の音がやけに大きい。

白石澪は、その日学校を休んでいた。


「体調不良らしいよ」


クラスメイトの何気ない一言で、胸がざわつく。


朝から嫌な予感がしていた。

理由はない。けれど、落ち着かなかった。


放課後、僕は気づけば駅前にいた。


来るつもりはなかった。

見舞いに行く理由もない。

住所だって知らない。


それでも足が止まらない。


雨の中を歩く。

行き先もないまま、ただ進む。


やがて大きな建物の前で立ち止まった。


――総合病院。


なぜここに来たのか、自分でも分からない。

けれど、胸の奥が言っている。


ここだ、と。


ロビーに入る。


白い床、消毒液の匂い、静かな足音。

その瞬間、確信に変わった。


僕は受付へ向かおうとして、足を止めた。


前方の廊下から、見覚えのある制服が見えた。


白衣の女性。

学校の保健室の先生だった。


思わず近づく。


「……すみません」


声をかけたとき、彼女が振り向く。


その拍子に、腕が触れた。


――視界が崩れる。


白い病室。

ベッド。

医師の低い声。


「進行が早いですね」


心臓のモニター音が規則的に鳴っている。


ベッドに横たわっているのは――


白石澪だった。


酸素マスク。

青白い顔。

細い腕。


保健室の先生が、ベッドの横で立っている。


「学校には……?」


「本人の希望で、可能な限り通わせています」


医師の声が続く。


「ですが、長くは……」


言葉は最後まで聞こえなかった。


景色が消える。


気づくと、僕は病院の廊下に立っていた。


呼吸がうまくできない。


耳鳴りがする。

足元が揺れる。


「……神谷くん?」


保健室の先生が何か言っている。

でも、内容が頭に入らない。


僕は後ずさった。


見てしまった。


知ってしまった。


彼女が隠していた理由。

明るく笑っていた理由。

急に遠くを見る目の意味。


――長くない。


雨の音が大きくなる。

外へ飛び出す。


傘も差さずに走る。

視界が滲む。


どうして、と思った。


どうして僕は、いつも“こうやって”知るんだ。


本人の言葉じゃない。

説明でもない。


ただ、触れてしまった記憶で。


信じられないわけじゃない。


むしろ、分かりすぎるほど分かる。


だから苦しい。


僕は立ち止まり、空を見上げた。


灰色の空から雨が落ちてくる。


胸の奥が痛い。

今まで感じたことのない感覚だった。


悲しい、という言葉では足りない。


怖い。


初めて思った。


彼女がいなくなる未来が、怖い。


僕はずっと、人と関わらないようにしてきた。


知ってしまうから。

失うのが分かるから。


なのに。


どうしてこの人だけ、こんなにも離れてほしくないと思うんだ。


雨の中、ポケットのスマホが震えた。


画面には、彼女の名前。


一瞬、指が止まる。


そして、通話ボタンを押した。


「……もしもし」


少しだけ弱い声。


僕は、何も言えなかった。


言えば壊れてしまう気がしたから。


数秒の沈黙のあと、彼女が小さく笑う。


「ねえ、神谷くん」


「……うん」


「今日、雨だね」


ただそれだけの言葉なのに、胸が締めつけられる。


僕はやっと声を出した。


「……明日、会える?」


間が空く。


そして彼女は答えた。


「うん。学校、行くよ」


その返事が、なぜか約束ではなく、

“願い”に聞こえた。


通話が切れる。


僕はその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。


知ってしまったのに、何も言えない。


それでも――


会いたいと思った。


ただ、明日、彼女に会いたいと。


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