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涙を知らない僕が、最後に泣いた日  作者: 大きい橋


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第四話 知らないはずの景色



白石澪の様子がおかしいと気づいてから、数日が過ぎた。


学校では相変わらず明るい。

クラスの中心にいるわけじゃないけれど、誰とでも自然に話す。

笑っているし、冗談も言う。


――でも。


時々、ふっと静かになる瞬間がある。


窓の外を見ているとき。

階段を上がったあと。

体育の見学中、みんなが走っているのを眺めているとき。


そのときだけ、彼女の表情はどこか遠くを見る顔になる。


そして必ず、胸に手を当てる。


一瞬だけ。

誰にも気づかれないように。


昼休み、彼女は教室にいなかった。


珍しい。


無意識のうちに、僕は席を立っていた。


探すつもりはなかったはずなのに、足が動く。

廊下を歩き、階段を上がり――屋上へ向かう扉の前で止まる。


開ける前から分かっていた。


きっと、いる。


ドアを押す。


風が吹き込む。


そして、やはり彼女はいた。


フェンスのそばに座り、膝を抱えて空を見ている。


「……白石」


彼女が振り向く。

少し驚いた顔をしたあと、笑った。


「めずらしいね、神谷くんの方から来るなんて」


「……たまたま」


嘘だと分かる言い方だった。


僕は隣に座る。

少し間を空けて。


しばらく沈黙が続いた。


「ここ、好きなの?」


彼女が聞く。


「静かだから」


「私も」


前にもした会話だった。


だけど今日は、続きがあった。


「……学校の中で、一番“生きてる感じ”がする場所だから」


その言葉が引っかかる。


「教室は?」


「うーん」


彼女は少し考え、笑う。


「忙しいから」


意味が分からない。


学校が忙しい?

みんな同じはずだ。


僕は、思い切って聞いた。


「白石、病院……行ってる?」


彼女の表情が止まった。


ほんの一瞬。

けれど確かに、空気が変わった。


「どうして?」


「……なんとなく」


嘘だった。


見てしまったわけじゃない。

でも分かる。


これまで見てきた“記憶”の中で、何度も似た気配を感じたことがある。

無理に笑う人の、共通の静けさ。


彼女は少し黙ったあと、軽く笑った。


「定期検査だよ。体、弱いから」


それだけ言う。


けれど、僕の胸のざわつきは消えなかった。


なぜだろう。


僕は彼女の過去を見ていない。

証拠もない。


なのに確信に近い感覚がある。


そのとき、彼女が立ち上がろうとして、ふらついた。


反射的に、僕は腕を掴んだ。


彼女の体が倒れかかり、僕の肩に触れる。


――来る。


記憶が流れ込む。


そう思った。


だが、やはり何も見えない。


その代わり。


彼女の鼓動だけが、やけに弱く伝わってきた。


速いのに、力がない。

不規則で、頼りない。


「……大丈夫?」


「うん、ごめん」


彼女は離れ、いつもの笑顔を作る。


けれど顔色は明らかに悪い。


僕は初めて、はっきり思った。


この人は、普通じゃない。


帰り際、彼女が言った。


「ねえ神谷くん」


「なに」


「もしさ」


少し間を置く。


「急に会えなくなったら、どうする?」


胸が強く鳴った。


「……どうって」


「私のこと、忘れる?」


答えられなかった。


忘れる、という言葉が現実味を持ってしまうからだ。


僕は、代わりに言った。


「忘れない」


即答だった。


彼女は少し驚き、それから静かに笑った。


「そっか」


風が吹き、フェンスがかすかに揺れる。


夕焼けの光の中、彼女の横顔はやけに淡く見えた。


その瞬間、僕は理解した。


僕の能力は、人の“過去”を見せる。

けれど彼女には、見える過去がないんじゃない。


――見せる“時間が残っていない”。


理由はまだ分からない。

でも、胸の奥が確かに告げていた。


僕は、彼女の“終わり”に近づいている。


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