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JKホラー  作者: 牧屋へいり


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3.白蜘蛛様





 職員室に呼び出しを受けていたが、担任から授業を優先するよう武城は言われた。


 遅刻ギリギリだった上に、職員室は気絶した女子生徒の対応を巡ってバタバタしていたようで、武城を相手している場合ではないようだった。


 かといって昼は午前中のごたごたが片付いていないため、武城が出向いても追い返されてしまう。


 結局、彼女が職員室に行けたのは放課後だった。




「ひっろ……」




 職員室で少し話を聞くだけだと思っていた武城は、応接室に行くよう言われる。初めて入る部屋だ。


 本来生徒が入るような場所ではないのだろう、ソファもふかふかである。


 彼女が待っていると、学年主任の教員がやってくる。そして彼の後ろには副校長や教頭が一緒に居た。


 武城は混乱した。


 彼らに囲まれ事情聴取のように話が聞かれたが、武城は悪いことはしていない。


 むしろ人の命を助けたのだ。褒められるべき所業である。


 実際、先生たちは怒っているわけでなかった。


 怒っているわけではないが、武城の危険な行為を咎めていた。


 助けるためとはいえ、武城の身体は半分ほど遮断機の向こうに行っていた。一歩間違えば彼女ともども電車に激突していたことになる。


 彼らが言っているのはそのことである。


 なので、危険行為を発見したらすぐに先生へ連絡してほしい。大人が傍にいるのだから大人を頼って欲しい。


 武城は彼らの言っている意味は分かるし妥当だと思っている。だがあの瞬間に限れば間違いだと断言できる。


 あの瞬間、先生に話してどうなる。既に電車は来ているのだ。


 警報機の傍に立っている先生に「センセー女の子が線路に入りました危ないです」と言いに行っていたら、言い終わった瞬間に彼女は終わっている。


 それぐらい先生たちも分かっている――いや、分かっているのが半分だろうか。


 ほとんどの先生はその場で武城の行動を見ていない。教員たちから聞いた報告を元に彼女を指導しているだけだ。


 どこか食い違う丁寧で優しく、穏やかに高圧的な『お話』に、武城は苛立ちを隠せなかった。


 武城の見た目と態度はマイナスに働き、次第に今朝の事件とは関わりのない内容にまで踏み込まれる。


 話は一時間近くにも及び、武城はクタクタになってベッドにダイブした。




「まぢ病みなんですけどぉ!!」

「お疲れじゃん」




 武城は枕にボディーブローを入れるようにグーで殴り続けている。


 そんな彼女をカラカラと笑っていたのは玄河だ。




「疲れたよ。なんで人助けてなんか怒られる感じになってるの」

「怒られたの? アタオカじゃん」




 『アタオカ』とは人の名前ではない、『頭おかしい』の省略である。




「怒られちゃいないけどさあ、『職員室呼び出し』って時点でもうアレじゃん」

「理解」




 玄河はポリポリと食べていたお菓子で武城を指すと、胸の上に菓子くずが零れた。


 武城は胸に乗った菓子くずを見て、自分の胸を見る。胸の代わりにスカートが見える。


 武城は沈黙した。別に何かを思っているわけではないが沈黙した。




「だからってねー、ここはあなたたちの休憩室じゃないのよ」




 カーテンの向こう側から聞こえる声。シャッと開かれると、そこに白衣の女性が立っていた。


 黒縁眼鏡の明るい髪色をした背の高い美人。


 彼女は佐渡(さど)莉恩(りおん)。この学校の養護教諭だ。ここは学校の保健室である。


 玄河も武城も、まるで自室のベッドのように保健室を使っていたのであった。




「てんてーおつかれたまです」

「ほんっとお疲れ様ですよ。もう帰っていいかしら」

「良いんじゃね」

「良くないわよ」




 幼児語を使い、きゅるりんと可愛い笑顔を向けながら玄河が挨拶する。元気よく跳ねるものだから一緒に胸が揺れる。


 零れる菓子くず。汚れる床を見ながら佐渡は大きく溜息を吐く。


 彼女は今日、働き詰めである。


 午前中の騒動で朝から病院の付き添いをし、戻ってきたと思ったら管理職へ報告。そして放課後には彼女たちだ。


 踏切に飛び込もうとした女子生徒は、頭を打った様子もないが意識を失っていた。


 彼女が保健室に連れ込まれても目覚めることはなかった。


 そのため、救急車を呼び近隣の病院へ連れて行き、佐渡はその付き添いをしていた。


 女子生徒の親に連絡はついたようで、病院に駆け付けた親に事情を説明しなければならないのだが、事情を簡単に結論付けられない。


 親の前で「あなたの娘が線路に飛び込もうとしていました」なんて簡単に言えるかと。


 そもそも佐渡はその現場を見ていない。飽くまで伝聞した内容だ。


 結局伝えることが出来たのは「踏切を待っている間に意識が混濁したようで、遮断機側に倒れそうになったところを他の生徒が助けたら、そのまま意識を失った」ということだ。


 熱中症で倒れた可能性を示唆したように伝えている。


 嘘は一つもついていない。


 おそらく学校側もこれを公式として発表するだろう。


 本当のところを言えば、女子生徒から聞き取り、メンタルケアをしたいところだが、佐渡にその権限はなかった。


 病院に預け、保護者に引き継いだらそれ以上のことは出来ない。


 佐渡は椅子に深く腰掛け、脚を組む。




「莉恩せんせー、私は精神ヒローすごいので正当な理由で休んでます」

「佐渡せんせー、私はマイタケの付き添いに来ているので正当な理由で休んでます」

「はいはい。授業はちゃんと出たんでしょ、えらいじゃないの」

「まじそれ。マジリスペクト」




 こんな口ぶりだが、佐渡は本当に感心していた。


 授業に出ていたことではない、人を助けるために飛び出したことにだ。


 それに対して、玄河が同意しているのは授業に出ていること。


 キリッと凛々しい顔付きで両手人差し指で武城を指す。二丁拳銃を構えるようなポーズだ。


 反射的に武城は、ンベッと蛇のような舌を出しながらピースを決める。




「あなたたち、その見た目で本当真面目よね。……ギャップ萌えってやつ?」

「違くね?」

「てか見た目で判断とかマジ差別じゃね?」

「教師が差別とかヤバくね」

「ッバー」




 片や金髪に染めたガングロ女子高生。もう一人は見えないところはピアスで穴だらけのスプリットタン女子高生。


 けれど二人が授業をサボっているところを佐渡は見たことがない。


 保健室は昇降口――学校の玄関口の近くにあるため、学校を出入りする生徒を見ることが出来る。


 遅刻する生徒、早退する生徒、サボりに抜け出す生徒。この学校はそういう生徒も多い。


 けれど、それらの生徒の中に彼女たちの姿はなかった。これだけ目立つ姿をしているのに、佐渡の記憶に彼女たちがサボる姿は存在していない。


 放課後になればこうして保健室に入り浸ることが多少あれど、授業中に彼女たちが来たこともない。




「はいはい、元気になったなら教室戻りなさーい」




 母親や姉のように、佐渡はフランクに退出を勧める。


 すると、校内放送が流れ、佐渡が呼び出された。


 どうやら電話があったようだ。至急事務室へ向かうように呼び出しがかかっている。




「呼ばれてるよ佐渡せんせー」

「たぶん病院からだわ。ちょっと出てくるね」

「うぃー」

「うぇーい」




 両手を腰に当てながらポリポリ頭を掻き溜息を吐く佐渡。


 束の間の休息は終わり。電話が終われば管理職とのお話が待っているだろう。


 女子高生二人に見送られ、佐渡は保健室を後にする。




「さて、私たちも帰る準備するか」

「えマイタケマジ? マジマイタケ? もう帰る?」

「マジエリ。帰るよそりゃ。夜バイトだし」

「ワークマンじゃん」




 武城は髪を指でかき上げながらベッドから降りようとする。


 シーツの隙間から覗く太く長い脚。日焼け防止用のタイツがはち切れそうだった。


 足をベッドから降ろし、上履きを履こうと屈むと、武城は叫んだ。




「ぎゃあ、虫ぃ!」




 猫がキュウリを見たときのように、そのままの姿勢で空中に跳ねる武城。


 着地と同時にシーツを頭まで被る。


 床を見ればそこに白か茶色か薄い色の小さな蜘蛛がテクテク歩いていた。




「あれ、マイタケ虫ダメ系?」

「無理無理無理無理」

「虫食べそうな舌してるのに?」

「そのための舌じゃないから! エリ大丈夫ならやっちゃってよ!」




 両膝を抱えながらしゃがんでいる玄河に、武城はぎゃんすか喚いた。


 蜘蛛視点から見れば玄河の豊満な胸と彼女の下着を同時に映るだろうが、蜘蛛は人間に対して性欲は持たない。


 もちろん玄河も蜘蛛にそういった感情を感じるわけではないが、興味深げに蜘蛛を眺めていた。




「やっちゃうって?」

「つ! ぶ! し! て!」




 シーツにくるまりながらシャーと声を上げる武城。猫なのか蛇なのか分からない。


 玄河は武城の叫びを聞いて露骨に嫌な顔をした。




「いや無理っしょ」

「なんでよ! そんな冷静なら出来るでしょ!」

「てか、むやみにセッションしたらヤバくね?」




 一瞬、武城の頭に玄河と蜘蛛がロックバンドをしている姿を浮かべた。Vo.玄河エリ、Drum.蜘蛛。




「セッションってなんなの! ミュージシャンじゃないんだから! 殺生でしょ!」

「あそれー、マジマイタケ博識。美人博識ってこのことじゃね? 四字熟語であるじゃん」

「博識じゃなくて薄命! 美人薄命! ――薄命じゃねえし! 美人ですけど? 知るか!! いいから! 早く!」




 こんなに騒いでいても玄河の天然ボケひとつひとつを拾う武城。根が真面目なのが良く分かる。




「あたし白蜘蛛様に怒られんのはちょっと無理じゃん?」

「白蜘蛛様ってなに! なんなの!」




 いま見つけたばかりの蜘蛛に様付けですか。と普段の武城なら付け加えて言っていただろうが、今の彼女にそんな余裕はない。


 対する玄河は、椅子に座り直しニッコリ笑顔を浮かべながら自身の膝で頬杖をつく。


 その不気味な微笑みを見て、武城は「あっ」と気づく。




「ちょ待って!」

「島根のばっちゃんがよく話してくれてたんだけど」

「いまから? このタイミングで? いまから話すの?」




◆◆◆白蜘蛛様◆◆◆




「虫にも色々いるわけ。わかる?」

「てか一日二回もそういう話勘弁してよ」

「人の身体や生活? 文化? に悪いことするガイチューと、良いことするピ●チュー」

「待って、それ虫じゃなくてネズミじゃね? 電気ネズミ」




 バクバク心臓を慣らしながら怯えるように身体を震わす武城。


 国民的黄色いネズミのキャラクターの名前がいきなり飛び出してきて無視することは出来ない。




「害虫と益虫でしょ」

「マイタケわかってんじゃん」




 いぇーいと指でハートサインを送る玄河。いわゆる「きゅんです」です。


 褒められて悪い気はしないもので、武城は恥ずかしそうに眼を逸らしながら口先を尖らせる。




「常識の範囲じゃね?」

「アタシ常識ないから」

「私それ否定できないけど?」

「裏切りじゃね?」

「端から味方してなくね?」




 『常識』とは『普通』という言葉と同じで人それぞれ価値基準が異なる。


 生まれ育って来た環境によって学習することは異なり、行動ひとつで経験も変わってくる。


 虫嫌いだからこそ、虫に関する言葉を耳にすることが多いのは皮肉な話である。




「んで、エキチューを殺しちゃったりすると、良くないわけじゃん」

「益虫かわかんないじゃん、害虫かもしれないじゃん」

「んでも蜘蛛ってだいたい路チューじゃん」

「急にデート始めないでくんない?」

「エキチューか」




 路チューとは路上駐車のことを指すことが多いが、この場合は路上キスのことだ。道端でチューだ。路チュー。


 ボケが分かりにくいならツッコミも分かりにくくなってしまいがちだが、そもそもこれは漫才ではない。


 誰かに聞かせるつもりで話していないため、彼女たちの間で意思疎通が出来れば何も問題ない。




「蜘蛛が益虫かどうかわかんないじゃん。セアカゴケグモとかハイイロゴケグモとかドクイトグモとかジュウサンボシゴケグモとかいるじゃん」

「なにそれめっちゃ詳しいじゃんウケる」




 突然並べられる名前の数。玄河はほとんど聞き取れなかった。


 名前が出てきた毒蜘蛛四匹の内、ドクイトグモとジュウサンボシゴケグモは国内で確認されていない。


 逆に言うと、セアカゴケグモとハイイロゴケグモは日本でも確認されてしまった危険外来生物である。


 玄河は、とりあえず聞き取れたセアカゴケグモを、笑いながら携帯で検索する。




「あでもほら見てみ」




 生物は名前を検索すればすぐに画像が出てくる。有名な生物であればなおのことだ。


 玄河が携帯の画面を武城に向けると、武城はシーツの中に隠れた。




「いーやーだー、蜘蛛見たくなーい」

「見るからにやばい奴じゃん」




 ころころした笑い声を上げながら、玄河は引き続きセアカゴケグモの画像を見ていた。


 そっと、武城がシーツから顔を覗かせると、隙アリと彼女の前に画面を突き付ける。


 プロの写真家が撮ったのだろう綺麗な写真だった。




「あ、お尻丸くて可愛い」




 意外や意外。蜘蛛の写真を見たら先ほどのように跳び上がるかと思ったが期待ハズレであった。


 玄河は少しがっかりとした様子でジトリと武城を見る。




「お尻丸いのだいたい毒蜘蛛じゃん」

「死! ね!」

「酷くね? えなに、マイタケ名前しか調べてない系?」




 どうやら武城が想像していた毒蜘蛛はタランチュラのように毛むくじゃらで腹の底から吐き気を催すような色合いのものだったらしい。


 確かに、それに比べればセアカゴケグモは可愛いかもしれない。感性は人それぞれである。


 可愛いと思ったものが毒蜘蛛だからと言ってすぐ嫌いになるのもそれぞれの感性である。




「なんでわざわざ嫌いなもん見に行こうと思う?」

「名前調べて覚えている時点で説得力なくね?」

「そうだね、もう調べない、はい虫の話は終わり」




 半泣きになりながら武城はベッドを叩く。ぽすと可愛らしい音が鳴るだけで、脅しにも何もならない。


 半分拗ねている武城を可愛いと思いながら、玄河は話を続ける。




「でそのエキチュー殺したらボスの白蜘蛛様が怒っちゃうんだって。激おこ」

「終わりって言ったよね?」




 飽くまで玄河が終わりにしたのはセアカゴケグモの話であり、白蜘蛛様の話は続く。




「白蜘蛛様チョー怖いからね。全長百メートルのでっけー蜘蛛」

「は?」

「身体は真っ白で雪のようにバリ白いの」

「ホワイトニング最強じゃん」

「そして空も飛べる」

「蜘蛛というか雲じゃん。その大きさで浮くになると」




 玄河は不服そうな顔をする。




「急に冷めるじゃん」

「だって嘘じゃん。全長百メートルとかありえないっつーの」

「まあ全長百メートルその他エトセトラは嘘だけど」

「嘘じゃん」




 先ほどまで山羊を前にした幼児のように怯えていた武城はシーツから身体全体を出していた。


 もはや恐怖など一ミリも感じていないような武城の振る舞いに、玄河はつまらなそうにツンとする。


 前のめりに腰掛けていた椅子を深く座り直し、背もたれもないのに船漕ぎを始める玄河。


 細い丸椅子の脚がギシギシと軋む。




「白蜘蛛様って姿見せないわけじゃん」

「いや知らんけど」

「だから誰も白蜘蛛様の姿わかんないわけ」

「あーただの信仰ってことね」

「漬物?」

「それはお新香」




 結局、玄河の話はどこにでもあるような地方の迷信であると、武城は結論付けた。


 夜中に口笛を鳴らすと蛇が出る。


 霊柩車の前で親指を見せると親の死に目に会えなくなる。


 そういった迷信――信仰と同じ要領で「蜘蛛を殺すと白蜘蛛様に怒られる」というのが伝わったのだろう。




「なんか白い生き物って神様の遣いとかいうじゃん」




 わざわざ白い蜘蛛の神様を祀るのも、信仰の一種だろう。




「じゃあマイタケ神様の遣いってこと」

「マジ私そんな肌綺麗?」

「神様も惚れるレベル」

「うぇーい」




 すっかり調子を取り戻した武城は、玄河に肌を褒められ調子に乗る。


 日々のスキンケアを怠らず、日焼けに細心の注意を払って美しい白い肌を保っている。努力の賜物である。


 玄河がいつもの笑顔を向け、武城もそれに応じて笑い返す。




「白い犬とか、白い蛇とか、白い狐とか、神様が遣わした神聖な生き物だって話じゃん。白い蜘蛛もそゆことじゃね?」

「なおさら白蜘蛛様怒らせるのヤバくね」

「神様相手じゃあねえ」




 神様は厄介である。少なくとも武城はそれを『体験』している。


 神様を怒らせず、絶えず機嫌を取るようにし、いつか気まぐれに解放してくれることを祈る。


 それは嵐の前に立つ人間同様。大いなる力に対して、個人は無力である。




「全身真っ白にされちゃう」

「えなにそれ意図グルグルになる的な奴?」

「マジそれ。全身雪が積もったみたいに真っ白になって中身ミイラになるんだって」

「……誰が」

「えだから白蜘蛛様怒らせたやつ」

「は?」




 思ったよりも具体的に不気味な殺し方が来たと武城は不意を突かれた。


 捕食されるのは嫌だが、ミイラも嫌である。




「っつーわけでマイタケ。あたしミイラは無理だからセッション勘弁ね」




 そう言うと、玄河は床を軽く指さした。それからスルリと華麗に立ち去っていく。


 武城も彼女を追いかけようとするが、玄河が立つ前に指さした個所を見てしまった。


 そこには両手を掲げる白い蜘蛛の姿。まるで武城に挨拶をするようだった。


 武城は涙目になる。怖い話よりも、今は目の前にいる虫の方が無理な話だった。




「だから殺生だって! ああ、置いてくなあ! 虫どかしてから行け! 待って。待ってぇ。降りれないよぉ」





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