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JKホラー  作者: 牧屋へいり


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【裏】2.踏切の現実





「現実の踏切に飛び込むまで『しばらく』この夢って続くわけじゃん?」

「いや無理」




 その瞬間見た白い靄はいつもより少し大きかった。


 どうしてだろうか。何か悪い影響がエリに出ているのだろうか。


 そう思ったのも束の間。日傘の内側でニンマリと笑顔を向けるエリの後ろに、顔面蒼白の女子生徒の姿が見えた。


 大きい白い靄。そう勘違いしたのも無理ない。


 ちょうどエリに重なるように、その女子生徒からも白い靄が溢れていたのだ。


 嫌な予感がする。


 カンカンカンと鳴り響く警報音。


 道路に書かれた白い線と止まれの字。車のルールに踏切前で一度必ず止まらなければいけないというものがある。


 それは踏切が降り始めたらすぐに止まれるようにだとか、遮断機の警報音が聞こえるようにだとか……とにかく運転手を守るためのルールである。


 踏切前では止まりなさい。踏切では気を付けなさい。


 当たり前だが車だけの話ではない。


 踏切で起こる悲しい事故は、ルールを守らない人たちだけに起こるものじゃないのだから。


 ルールを守っていても予期せぬ事態で事故になることだってある。


 杖を突いたら線路にはまり動かなくなった。ヒールが挟まった。ベビーカーが引っ掛かった。転んだ。踏切を理解しない幼児が迷い込んだ……。


 ルールを守らなければなおさらのこと。


 遮断機が降りる途中で走り滑り込む。スマホをいじりながら歩く。遮断機に寄りかかる。線路に石を置いた。


 後から調べたことだが、どうやら『自ら飛び込んだ場合』は踏切事故として扱われないそうだ。




 じゃあ、この場合はどうだろうか。




 蒼褪めた顔の女子高生。カタカタ震える肩と足。がちがち打ち鳴らす歯の音。


 暑い日差しに皆が眩んでいる中、少女だけは寒そうに踏切を見ていた。


 彼女は白い線を越える。


 ゆっくり歩いていたから先生も気づくのが遅れた。


 いつも声を荒げて注意しているのは遮断機が降りる直前だ。こうやって遮断機に封鎖されてから声を荒げることは今までなかった。


 駆け込む生徒に目を光らせていたからこそ、当たり前のように歩く生徒が視界に映らなかった。


 映っても理解するのが遅れてしまう。


 理解したとしても、監視に立っている位置から、彼女の歩く先まで距離がある。


 金属が擦り合わさり、鉄の塊が線路を踏み鳴らす轟音が聞こえて来た時、彼女が遮断機をくぐった。


 皆がゾッとした。




 カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン ……――




 踏切が上がると、生徒たちは歩き出す。


 ざわざわとどよめきながらも、日常から踏み外すこともできず、彼ら彼女たちは学校へ向かう。


 レールを走る電車のように、繰り返す日々から足を踏み外すことなく、歩いていく。


 喧噪の中、立ち止まろうとする人はいない。次に踏切が降りれば確実に遅刻するのだ。気になっても進むしかない。


 それでいい。それでいいんだ。日常は守らなければいけない。踏み外すことなく生きることが出来れば、それほど幸福なことはない。


 私は名も知らぬ女子高生を抱えて倒れている。


 かろうじて、私は何とか彼女と電車が衝突するのを止めることが出来た。




「おまっ! このっ! ばっ! おまっ! なにしとるんじゃあ!!」




 興奮気味で何を言おうとしているのか何を言いたいのか何を言っているのかもわからない教師の声。


 反対側からもう一人の監視の先生が走ってくる。


 そっちの先生はこっちの先生よりある程度冷静で、携帯電話かPHSか、小さな無線機のようなもので誰かを呼んでいる。


 女子高生は――まあ私も女子高生なのだが――気を失っていた。


 暑い陽射しの続いた日、半袖のワイシャツで登校するのが当たり前だが、今日ばかりは後悔する。


 彼女を抱えて踏切の外に飛び出して、地面に転がれば、当然コンクリートが牙をむく。


 ただでさえ弱い肌。日焼けすれば真っ赤に染まるような色白の薄い肌。


 擦りむいて、コンクリートの隙間に詰まった砂が傷口に混ざっている。


 先生が身体を支えてくれる。なんだか色々話してくるが、心臓がバクバクと五月蝿く鳴って、話が耳に入ってこない。


 どうやら彼女は先生が見てくれるようだ。すぐに担架を抱えた先生が走ってきた。




「大丈夫か」「一人で行けるか」「後で職員室に来い」




 かろうじて聞き取れた言葉がこれだ。内心ほっといてくれと思ったが、先生の立場上そうも行かないのだろう。


 踏切は、まだしばらく降りないようだ。


 風に吹かれ転がる日傘をエリがそっと拾う。黒い肌に金色の髪。私の日傘じゃ似合わない。


 くるくる日傘を回しながら、穏やかにエリが微笑みかける。


 視界がぼやけて彼女の表情が良く見えない。どっちだろうか。彼女はどっちのエリだろうか。


 どちらにせよ彼女は笑っている。いつものように優し気で不気味な笑顔を私に向けているのだろう。


 聞きたいことがある。

 これは『お前』がやったことなの?

 それとも『彼女の話』を聞かせただけなの?


 物語が先か、怪異が先か、いずれにせよ踏切の夢は本当の話だったのだろう。


 乙女のように嫋やかに、エリは私の前で膝を曲げる。




「えらいえらい」




 エリは私の頭を撫でた。


 悔しい。


 これがどっちのエリだったとしても、エリに褒められて喜ぶことしかできない自分が悔しかった。


 私は彼女の手にひかれ踏切を渡る。


 私の手を引く『アレ』の目的は分からない。


 踏切の彼女と一緒に殺すつもりだったのだろうか。それとも踏切の彼女を救うために私に話したのだろうか。


 それとも――ただ私が苦しむ顔を見て楽しみたいだけなのだろうか。


 垂直に上がった遮断機を横に、私は学校へ向かった。


 ああ、こうやって見ると、あの黄色と黒色の縞々の棒はまるで――




 カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン カ ン




 ――まるで遠目に見る火葬場の煙突の様じゃないか。





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