1.異常連
「おっぱいマジで重いんですけど」
「そんなに重いなら削ぎ落せばいんじゃね?」
「ちょっとバイオレンス過ぎね?」
「本当に嫌ならやりゃ良くね?」
「持たざる者には分からないもんね」
「ちょっとオモテ行かね?」
「オモテーので勘弁」
女子高生が二人、ファーストフード店のカウンターに腰掛けて、オフィス街を見下ろしていた。
一人は髪を金色に染めているが毛先は桃色に変化を付けたツインテール。
制服が弾けそうなほどの膨らみを胸に持つ。重たいのか、彼女はカウンターテーブルの上にそれを乗せていた。
金髪の彼女の名前は玄河エリ。日に焼けた肌が艶めいていた。
彼女と一緒にポテトを食べているのは黒髪の少女。
丁寧に切りそろえられた長い髪と色白の肌。玄河と違い彼女は胸に膨らみを持たなかった。
代わりに彼女のケツはデカい。腰掛けた椅子からはみ出んばかりの太腿がその付け根である臀部の膨らみを想像させる。
ポテトを口に入れるとき、一瞬だけ見える舌は二つに分かれており、枝分かれする根元に丸いパールのようなピアスを付けていた。
彼女の名前は武城マイ。ずっと携帯をいじっている。
放課後になったばかりであろう昼下がり。休憩に立ち寄った営業マンたちは、思わず彼女たちへ視線を注ぐ。
視線に気づいた武城は、その蛇のような目をギョロリと向け、舌打ちと共に男を睨みつける。
対する玄河は視線を気にせずハンバーガーを口にする。これで三つ目だ。
「あっ」
何かを思い出したのか、玄河がピョコンとツインテールを跳ねさせる。
彼女の「あっ」は、武城にとって良いモノではない。経験上、面白くない話を彼女がすることを知っている。
玄河が武城の肩をツンツンと突くが、武城はこれを無視する。
あからさまに無視をしているというのに、玄河は気にすることなく武城を突き続ける。
それでも頑として無視する武城。いわゆるガン無視である。
これで玄河が諦めるなら、武城も苦労はしないだろう。
玄河はソッと武城に顔を近づけると、フウーッと耳に息を吹きかける。
生暖かい息と玄河の吐息の音が武城の耳を責める。
背筋からゾクゾクと震えが込み上がり、武城は思わず声を上げた。
「ひゃンッ」
武城は振り返る。玄河がニンマリと笑っている。その笑顔を腹立たしく思った武城は、玄河の胸に水平チョップを打ち込む。
しかし胸の弾力が武城の腕を弾き、そのままチョップは武城の額に返ってくる。
「マイタケ何してんの」
「うるっさいなぁ!」
マイタケとは武城マイのニックネームである。と言っても玄河しか読んでない名前だ。
タケシロ・マイだから、マイタケ・シロである。
ちなみに玄河は自分をエリンギと呼ぶように言っているが、クラスでは浸透していない。
「で、なに」
観念したのか、武城は額を擦りながら玄河に舌打ちをする。
玄河は天使のような笑顔を浮かべ、指を一本立てる。
「バ先の先輩からチョー面白い話聞いたんだけど聞きたい?」
面白い話なわけがないと武城は知っている。玄河が持ってくる話が面白かった試しがない。
武城はすぐに「大丈夫」と断った。
「それがさ、先輩の前のバイト先の話なんだけどね」
「私の話聞いてた?」
「コンビニとかでもさ、いつも同じ時間同じもの買う人っているじゃん?」
玄河は武城の制止がなかったかのように話を続ける。
始まってしまったら終わるまで止まらない。それが玄河エリである。
武城も諦めて玄河の話を聞く体勢に入る。
◆◆◆異常連◆◆◆
聞く体勢といっても身体を半身彼女に向けるだけで、テーブルに頬杖をついて態度は最悪である。
彼女がどのような体勢であれ、玄河は聞いてくれるなら満足なようで、ニコニコと話を続ける。
「で、こっちも勝手に『チョメチョメさん』とか名前つけるじゃん」
「チョメチョメってなに?」
「人に言えないようなことだって、え何知んないの?」
「聞いたことない」
「とか言ってーマイタケってばムッツリなんだから本当は知ってるんでしょー」
ていていと玄河が武城の頬に指を突き当て、ぐりぐりとする。
にやにやとセクハラ染みた笑顔を浮かべながら、玄河は上目遣いで覗いてくる。
少し視線を下げればユサリと彼女の豊満な二房の胸が揺れる。
前のめりに武城へちょっかいをかけてくるものだから、彼女の後ろに居る男性からは彼女の下着が見えそうになっているだろう。
眼鏡の男がチラチラとこちらを伺っているのが、武城の目に入る。
「ムッツリとチョメチョメ何が関係してんの」
「それは……秘密っ」
武城は「ムッツリ」を強調しながら玄河に返す。
ついでに玄河の死角から男に向けて中指を立てて威嚇した。
眼鏡の男はビクリとすると、そそくさとその場を離れて行った。
そんなことがあったのに気づないまま、玄河はポテトをつまみ、ドリンクのストローに口を付ける。
厚い唇がポテトの油で濡れ、窓から注ぐ陽光にテカリと反射する。
玄河は舌で自身の唇をペロリとすると、話を続けた。
「んで、先輩んとこにもいつも同じ時間同じ商品を同じ支払い方する人がいたわけね」
「ふうん……支払い方って?」
「交通系アイシーとかペペイペイとか」
「何その新しい呪文」
二次元コードを使った電子マネー決済の名前を適当に言うものだから、なにやら幼児向けアニメの魔法使いが使いそうな呪文になってしまう。
武城は蛇のように切れ長な目を細め、ジトリと玄河を見るが、天真爛漫な彼女は丸々とした瞳を輝かせ、ウインクをした。
「ペペペイペイ、ドーナッツになっちゃえ」
「はいはい」
武城は話を流す。
「んで、めっちゃ怖かったんだって」
「は?」
一瞬、自分が話を流した僅かな間にすべての話が終わったのかと思った。
いやいやいや、と頭の中を整理する。どう考えても話を飛ばしているのは玄河の方である。
「やばくね?」
「あんたの頭の方がやばいって」
「え、もうプリンしてるの? 先週染めたばっかなのにー」
ぴえんと悲しそうな顔をしながら玄河は自分の頭を隠す。
隠さずとも綺麗な金髪のままである。地毛が出てきてプリンのカラメル部分のように頭頂部が黒くなってはいない。
やばいと言うのは頭の中の話であって、毛の染め具合の話ではなかった。
「いまのどこが怖いの」
「うーわ、でたよ、マイタケの強がり」
「は?」
「ホントはマジビビリなんじゃないのー」
「は?」
「ウチなんかこれ聞いた日、夜中にトイレいけなくなっちゃったし」
「は?」
まるで完璧に怖い話をやり切ったかのように自信満々におちょくってくる玄河に、武城は苛立ちを積もらせる。
「危うく漏らすとこでした」
「あのさ、もう一回話してくんない?」
「あーだから、トイレいけないのに暑いからお茶がばがば飲んで漏らしそうになったの」
玄河は顔を赤らめ照れながら、モジモジと武城に耳打ちする。
そうじゃねえよと武城が彼女の顔を鷲掴みにする。もちもちの肌に指が埋まるが、お構いなしに顔を押し剥がす。
「いや、先輩の話」
「あ、それ」
「それしかないから」
トドメと言わんばかりに武城は玄河の額にデコピンを打ち込む。
次からはデコピン用の指輪でも持ってこようかと武城は考えたが、さすがに可哀想なので止めた。
「だから、いつも同じ時間同じ商品を同じ支払い方する人がいたわけね」
「うん」
そして何が起きたのか聞くべく、武城はジッと玄河を見つめる。
玄河は武城の真剣な眼差しにキョトンとしながら首を小さく傾け、頭にクエスチョンマークを浮かべた。
続く沈黙。Un ange passe. 天使が通る。
「え、終わり?」
武城は思わず軽くコケてしまう。
「怖くね」
「私はあんたが怖い」
「おーばーけーだーぞー」
これのどこが怖い話なのか全く理解できないというのに、玄河は自信満々にキメ顔をしていた。
むしろその玄河自身が恐怖の対象じゃないかと思ったが、両手を幽霊のように垂れ下げる彼女を見て「それはないな」と溜め息を吐く。
「お化けはあんたのすっぴんでしょ」
「表出る? 喧嘩なら買うよ」
武城の暴言にさすがの玄河もキレる。
先ほどまでの朗らかな雰囲気はどこに消えたのか、親指で表を指す玄河はヤンキーそのものだった。
「いつも同じ時間同じ商品を同じ支払い方する人なんてどこにでもいるでしょ」
「いたから怖いんじゃね」
「は?」
「いつも同じ時間同じ商品を同じ支払い方する人が『毎日別の人』だったんだって」
「は?」
奇怪な話とはいつもそうである。日常の中に当たり前に忍び寄り、普通の顔してやってくる。
サイコロで四の目を出すことは変なことではないが、何度振っても四の目が出るサイコロは異常である。
「毎日同じ時間同じ商品を同じ支払い方で、毎日別の人が買いに来んだって。ろうにゃくにゃんにょ問わずにさ」
「老若男女ね」
「一回も同じ人を見たことないんだって。でも同じ時間に同じ商品を同じ支払い方するんだって」
全く以て不気味な話である。
毎日同じ時間同じ物を購入だけであれば、その人のルーティーンなだけである。
学校の時間、会社の時間、バイトの時間、習い事の時間、それらが決まっており、同じ時間に同じ道を使い、生活リズムを作っているからこそ生じること。
一人の人間が行うことであれば、何も不思議なことはない。
しかし、『毎日違う人』であれば話は変わる。
そのうえ老若男女問わずであれば、生活環境だってみんな違うはず。
それなのに、同じ時間、同じ物を買うことがあるだろうか。
「……たまたまでしょ」
「そうなの。たまたま偶然だって。ビックリじゃね?」
「なんだ偶然じゃん」
不安な気持ちを払拭するため、震える呼吸を見せないように強がって武城は言うと、玄河は肯定した。
武城はホッと息を吐くと、玄河がドリンクの残りを音を立てて吸う。
普段であればその音に苛立ちを覚える武城も、彼女の姿に『日常』を感じ安心する。
ジャラジャラと細かく砕かれた氷を混ぜながら、玄河は口を開く。
「そこでは有名なんだってさ、オープンからずーっと同じことが起きてんだって」
「は?」
「でも、偶然。ぜーんぶ偶然。買いに来た人に聞いても、『たまたま仕事で来た』とか『ちょうど切らしちゃってて』とか『おつかい頼まれたの』とかいろいろ」
「え待って、なにそれ」
武城がホッとしたのも束の間。そもそも彼女が想定していたのは『数日の偶然の出来事』である。
オープンからずっとであれば、話は全く異なる。
「先輩も二か月で耐えられなくなって辞めてきたんだって」
「マジ?」
「マ」
『マ』は『マジ』の『マ』。『マジ』は『真剣』もしくは『本当』の『マジ』。
二か月も耐えれば大したものだと思いたいが、他の社員は大丈夫なのだろうか。
武城は様々なことが気になったが、ひとまず、一番気になることを確認することにした。
「……あのさ、ちなみにその商品って、なに?」
「塩」
「しお……?」
たまたま同じ時間に、毎日誰かが塩を求めに来ると言う。
それはただの調味料である。
本来であれば何の変哲もない話だ。塩が売れるだけのこと。何も変なことはない。
おかしいのは毎日同じ時間に別の人が求めること、ただ一点。
玄河は窓ガラスの向こうを眺めながら蛇足気味に話を続ける。
「一回だけ最初のころ納品間に合わなくて品切れしたことあるんだって」
「え」
「その時間、そこに来た人、レジで滅茶苦茶怒鳴って激オコみたいでさ」
品切れに怒る人はどこにでもいる。無いものは無いのだから仕方ない。
けれど塩ならどこにでもあるだろう。すぐ近くのコンビニに行けば容易く手に入るはず。
「翌日は何とか仕入れたんだけど」
塩が頻繁に品切れになりかける店だって珍しいが、発注忘れてうっかりということもある。
店を切り盛りするのは人間なのだから、失敗は誰だって起こし得るものだ。
それなのに翌日にはしっかり仕入れる辺り、ちゃんとしている店なのだろう。
「そのうち警察が尋ねてきて、監視カメラ見せてくださいって」
武城はもう何も喋らなかった。何も言わず、ただ玄河の話に耳を傾けていた。
「で、映像見せたら『こいつだ』『この時間にここを出たか』って足取り追ってたみたいで」
「なにがあったんですかって店長が聞いてみたら」
「その人、塩が買えなかった日に人殺して自殺したんだって」
◇◇◇異常連◇◇◇




