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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第7話 捨てられた令嬢の再起動ーー色づいた世界と、最悪の再会


 〈影〉採用試験を受けると決めたあの日。

 マインラート邸で兄ノックスと共にお世話になることになった。


 兄は領地に帰っても良かったのだが、

「妹の将来を左右する試験です、最後までちゃんと結果を見届けたい」

と言い出した。


「それならば自分の屋敷で試験合格日までヴァービナス兄妹の面倒をみるよ」

 マインラートはそんな兄も快く引き受けてくれた。


 魔法使いなら誰しもが憧れるマインラート・ソシュール。


 彼と出会い、しかも今後はエレナの師匠として魔法を教えてくれるという。

 こんな機会は滅多にない。

(わたし、すごくついてる)


 ノックスも「これも日頃のエレナの行いがいいからだ」とこの幸運を喜んだ。


「エレナ嬢、早速だけど魔力量を隠す技を覚えようか。魔力制御っていうんだ」


 暴力的な王宮魔術師採用試験の翌日。

 マインラート・ソシュールから直々に魔法を教えてもらうことになった。


 エレナは身に余る光栄に胸が高鳴り、緊張でカチカチに固まる。


 そんなエレナを見て、マインラートはぷっと吹き出した。


「まずは肩の力を抜こうか。ほら、深呼吸して」


 言われたとおり、深く息を吸い込み、吐き出した。

 すると、不思議と気分が落ち着いた。


「君は試験の結果次第では、

〈影〉諜報部隊として活躍もしてもらうことになると思う」


 落ち着いた穏やかな声。

 マインラートのいつものおどけた様子はない。


「ただ、ここでひとつ懸念点があるんだ。

 君は魔力が凄まじいからね、

 魔法使い不足の近年だからこそ、

 魔力感知の鋭い者にはすぐ存在を察知されてしまう。

 諜報活動するには不向きなんだよ。

 

 だから、その魔力量を制御する訓練をする」


「魔力制御ですか」


 世の中には、あえて魔力を制御する人たちがいることは知っていた。


 けど、そんなことをしたら、

魔力のない弱い奴だとレッテルを貼られてしまうのに、

なぜわざわざ自分を弱く見せるのか、

エレナには不思議だった。


 魔力を放出しておくのは、エレナにとって自己防衛手段のひとつ。


 領地では魔物や山賊などの物盗りを牽制できたし、

エレナを見た目で判断して馬鹿にしてくる田舎貴族たちも

目に見えない圧迫感に怯えて距離をとってくれた。


 身を守るにはこの方法が一番楽チンで便利だった。


 首を捻るエレナに、マインラートは苦笑した。


「エレナ嬢、君は気付いていないかもしれないけど、

 ピーテル・リックランス様が言うように君、強すぎるんだ」


「はあ」


 そう言われてもエレナには実感が湧かない。

 これが通常なのだから。


「特にここ王都ではね、

 君が想像している以上の様々な人たちが生活している。

 その大半は魔法を使えない人だ。

 そんな中で君が魔力を垂れ流すのは逆に危険なんだよ」


「危険……なぜですか? わたしは危害を加えませんけど?」


 不思議そうにするエレナに、マインラートは苦笑した。


「エレナ嬢がそう思っていても、

 周囲がそう受け取ってくれるとは限らない。

 君のその魔力だけでも結構周囲は恐怖心を抱いちゃう。


 分かりやすく言えば、

 むやみに威張り散らす輩と同じになっちゃうんだよ」


 エレナは領地で見かけた粗野な冒険者たちを思い浮かべた。


 体格がよく顔に傷があって乱暴、礼儀もなっていない不作法な男たち。

 

 時々領内の酒場でそういう困った輩が暴れ、

兄のノックスが領主代行で自衛警備団を引きつれて

よく出向いて成敗していた。


(あんなのと同じ……。それは嫌だなあ)


 苦虫を嚙み潰したような表情をするエレナに

マインラートは優しく続ける。


「僕もね、友人とのつきあいに利害関係は持ち込みたくないけれど、

 こういう貴族社会にいるとそうもいかなくなるんだ。

 

 顔を繋いでおかないとならない相手、

 定期的に接触しておかないといけない相手、

 味方でいなければならない相手、

 それからそういうのを周囲にアピールしておかないといけない相手などなど」


 マインラートはどこか遠くを見るように続けた。


「どうしても利害関係と交友関係が重なって来る。

 その際、生臭い関係にならないよう穏便に済ませる必要があってね。

 相手をむやみに怖がらせぬよう

 警戒心や猜疑心を抱かせないよう細心の注意を払っているんだ。

 相手に警戒心を抱かせると、

 本来スムーズにいくところが

 そうでもなくなってしまうことが多いからね」


 魔力が強い者ならではの言葉だ、エレナはそう思った。


(そっか。わたしは魔力に恵まれているけど、そうじゃない人もいるんだ)


 エレナはマインラート邸までの道のりを思い出す。


 汗水垂らして畑を耕す農村の人々。

 明るい笑顔で商売に打ち込む市井。

 元気に走り回る子どもたち。

 みんな魔力はエレナより少ない。


――だからこそ、魔力持ちの貴族が彼らの平和を守るんだよ。


 父が幼い頃からエレナに言い聞かせて来た事。


「相手に警戒心を抱かせないために魔力制御をする、ということですね」


「うん。

 ほら、僕の場合、おっとりした気の良いオジサンの方が

 周囲も無防備に情報を提供してくれるでしょ?」


 マインラートはおちゃらけた口調になる。


「かといって、舐められてもいけないから、その匙加減が難しいんだけどねぇ」


「ふふ、分かりました」


 その仕草に、なんとなくだけど、領地の屋敷に現れる猫たちが思い浮かんだ。


 シャーシャーと毛を逆なでて警戒心を剥き出しにする猫よりも

人懐っこい猫の方が、結局愛され、

美味しいものをたくさん恵んでもらっている。


 まあ、猫の場合は懐かない猫が時間をかけて懐いたりすると、

それもそれでなんともいえぬ達成感があったりするけど。


「じゃあ、これからずっと一日中魔力量を抑える練習をしようね。

 で、いざとなったとき、爆発的に使えるようにもするよ」


「む、難しい……」


「大丈夫、出来るよ。

 絶対、必ずやれるようになろうね」


 マインラートがにっこりと微笑んだ。


 その笑顔にぞくっとした。


 これは必ず習得しないと許されない。


 そんな圧を感じた。


「いいかい? 

 魔力制御の訓練をしていない人は、

 魔力を垂れ流しにしている状態だ。

 それを抑え込むイメージが一番大事だよ」


 マインラート・ソシュールの魔法の教え方は

とても丁寧で分かりやすかった。


「じゃあ、一度僕が見本を見せようかな」


 次の瞬間、凄まじい魔力量がマインラートから溢れ出た。


 恐怖心が爆発的に膨れ上がって、心臓がばくばく鳴った。


 血の気が引き、歯がガチガチ噛み合った。

 無限の不安。

 額に脂汗が滲み出た。


 エレナはまるで足場の感覚が喪失し、

スッと身体が落ちて、

その下には口を大きく開けた大蛇が潜んでいる、

そんな危うく、命の危険すら感じる心持ちになった。


 マインラート・ソシュールに強い畏怖の念を抱いた。


 それから、

マインラート・ソシュールはスルスルと魔力を抑え出し、

常人がようやく感じる程度まで落とす。


「こんな感じ、わかった?」


 にっこり微笑むマインラートに、エレナは何度も頷いた。



    ***



「……98,99,100。エレナ様、終了でございます」


 カシアが無機質な声で数字を刻み終えると、エレナに視線を飛ばす。


 エレナは全身が震え、

脂汗を滲ませ、

がっくりと床に膝をついた。


(し、しんどい……)


 魔力を抑え込むのは想像以上に身体に負担がかかった。

 何よりもメンタル的にもハードできつい。


 マインラートから課せられた制御訓練は、

魔力の蛇口を限界まで絞り、数滴ずつ垂らすような精密なものだった。


 初めてマインラートやクロフォードと会ったあの時に覚えた違和感。


 あれは、魔力が巨大なのに魔力を制御していたからだ。


 普通なら数分で魔力が逆流して気絶するような負荷だ。


 けれど、エレナは元々身体が丈夫なことも相まって

一時間以上もその状態を維持できていた。


「はぁ、はぁ……、ど、どう? 今ので、大丈夫?」


「主様の話では、人間は20分で根を上げるそうです。

 エレナ様もその倍、

 40分でギブアップされるかと思っておられたようですが。

 結果、1時間半耐え、かつ、

 その間に一度も魔力の漏洩(リーク)を起こしませんでした。

 人間にしては驚異的です」


 抑揚なく、淡々と何気に上から目線で言うカシアに、エレナは苦笑を浮かべた。


 カシアは、表情が乏しく、不思議な空気を纏った美女だった。

 ヘーゼルナッツ色の髪を一つに結び、灰色の目。

 たぶんだけど、彼女は人ならざる者。精霊の何かの類だ。


 伝え聞いた話によると、

魔力が強い者の中には精霊を使役する者がいるらしい。


 そう考えると、彼女はマインラートの使い魔なのだろう。

 人型を形成し、人語を操る精霊使役できるマインラートは、やはりすごい。


(そんな凄い人、直々にスカウトされたわたし)

 未だ実感が湧かない。


「驚異的……そんなことないよ。

 きっと王都の人々はもっとすごいのよ。

 マインラート様もクロフォード様もあんなに余裕そうだったし」


 エレナは手の甲で汗を拭う。


「クロフォード様はさりとて、

 主様とご自分を比較するのはお勧めいたしません。

 あの人は人間を超越してますから」


 冗談か本気なのか分からない平坦なトーンでカシアは言い、

冷えたタオルをエレナに差し出した。


「ありがとう。ふふ、そうだね。烏滸がましかったね」


 エレナはひんやりするタオルを顔に当てる。

 冷たくて気持ちいい。


「いいえ。

 ですが、これで貴女様の魔力『隠蔽』は合格といっても過言ではないでしょう。

 並みの魔法使いでは貴女様の正体は分かりません」


 カシアのような精霊使い魔の“並みの魔法使い”とは、

どのレベルのことを言っているのかしら。


 精霊は、

人間が想像する以上に凄まじい魔力と妖力を兼ね揃えているという。


 エレナからしたら途方もない魔法使いも、

並みの魔法使いとひとまとめにされそうだ。


(まあ、とりあえずは合格なら、これでいいか)


 エレナがほっとしていると、カシアがじっとエレナを見る。


「エレナ様、これで出来たと高を括ってはなりません。

 常に意識することをゆめゆめお忘れなきよう」


 凄味のある無機質な表情にエレナはぎくりとした。

 なかなか手厳しい。


「さて、午後からは王立図書館でお勉強です」


 カシアの声がやけに無情に響く。



***


 王立図書館。

 シンメトリーで荘厳、石造りの巨大な矩形の建屋をエレナは啞然と見上げた。


 大きい……。


 王都内でも一際存在感を放ち、

侯爵領地の山一つがそのまますっぽり入りそうな規模だ。

重厚で厳かな建屋の迫力に気圧される。


「エレナ嬢、こちらへどうぞ」


 マインラートの侍女カシアがエレナを呼ぶ。


 王都に馴れていない人嫌いのエレナのお目付け役として、

カシアはぴったりだった。


 エレナはカシアに続いて歩き進め、図書館に踏み入れた。


 静謐な空気。

 そこには、巨大な空間が広がっていた。

 歴史と伝統、蓄積された知識を秘めた書物独特の匂い。


 楕円形の天井は高く、壁一面の窓から差し込む光。

 ゆったりと並ぶ本棚。

 国中から集められた書物が充実している。


 読書スペースが豊富だった。


 品の良い貴族の老若男女がソファに腰かけて本を読んでいる。

 貴族なら誰でも入ることができる知の殿堂だった。


 ここなら過去の官吏登用試験の問題も揃っていると、

クロフォードは言っていた。


 ただし、

持ち出し禁止の書庫に厳重に保管されているため、

毎日通って勉強するしかない。


 エレナは眼鏡をくいっと上げた。

(この眼鏡、本当よく見える)


――これ、エレナ嬢に。

 昨夜、クロフォードが予告なしでマインラート・ソシュール邸に現れた。


 マインラートは今後のことを考慮し、

兄にはクロフォード・ノーエランドと知り合いであることは

伏せておいた方がいいという。


 なので、屋敷の賓客室でこっそり会った。


 一応互いに貴族であり、未婚の男女だ。


 未婚の男女が同じ部屋にいるのは、本来許されない。


 中心部の王都では男女2人きりの空間にいても、

さほど咎められることもないようだが、

田舎育ちのエレナには婚約者でもない男性と2人きりで顔を合わせるというのは、

どうも落ち着かなかった。


 こんなことが祖母に知られたら、きっときつく叱られる。

 ここにはいない祖母の怒り狂う形相を思い出し、軽く身震いした。


 けれど、クロフォードはさすが都会っ子。


 全然気にする様子なく、挙動不審に陥るエレナとは対照的に落ち着いていた。


 マインラートやピーテルのようなイケオジに紛れると彼は単なる綺麗な青年だ。


 けど、単体で見ると、

クロフォードはかなりの中性的な美形で、

どちらかというと令嬢受けのいい容姿をしている。


 クロフォードに、婚約者がいるなどの艶めいた話を聞いたことはない。


 でも、この落ち着きようからすると、

女性とそういったお付き合いをした経験をしているのかもしれない。


「どう? 馴れた?」


「い、いえ、ま、まだ」


「まあ、そうだよね。城下町とか行ってみた?」


「い、いえ。み、道が分からなくて」


「行きたい店があればマインラート様にリクエストしておくといいよ。馬車手配してくれるはずだぜ」


「その行きたい店も分からなくて……」


 王都は領地では考えられないほど店の数が桁違いに多い。

 路肩で毎日開催されている庶民のマーケットも含めれば

目が回りそうなほどで、選択肢が広すぎて逆に分からなくなる。


「なんかないのか? 気になっている食べ物とか」


「チョ、チョコレートケーキ、食べたい、です」


「ああ、最近南の大陸から輸入されるようになった菓子のあれね。

 ホットチョコレートは王城で飲んでみたけど、ケーキはないなあ。

 俺も食べてみたいし…… 

 じゃあさ、今度王都に出掛けよう。

 令嬢たちに人気なカフェ」

 クロフォードは爽やかに笑った。


 クロフォードはエレナのどもる喋り方も、

挙動不審な動きも嫌がる様子なく自然に会話を続ける。


(イライラしないのかな)


 元婚約者はエレナの話し方にいつも苛立って不機嫌だった。


 マインラートの言うとおり口は悪いけど、クロフォードは面倒見がいい。

 

 話し上手で聞き上手。

 相槌のタイミングとかも抜群。

 女性が好みそうな会話をスラスラ口に出す。

 いつの間にか、人見知りで引っ込み思案のエレナは彼とふつうに話せていた。


 ふだん令嬢と2人きりで会うことに馴れているのかしら?


 そう思うと、何故だろう、なんとなく心の奥がもやっとした。


「これ、王宮魔術師合格のお祝いだ」


 クロフォードは真っ白なシルクに包まれたものをエレナに渡した。


 シルクをめくるとそこには、視力矯正の付与魔術を施した眼鏡があった。


「かけてみて」


「あ、ありがとうございます……」


 眼鏡を受け取って、エレナは驚いた。


 その眼鏡は、

いままでエレナがかけていた眼鏡とは比べ物にならないくらいレンズが薄く、

そしてとても軽かった。


 眼鏡をかけてみて、さらに驚く。


 全然違和感ない。

 それどころか、今まで不明瞭だったところまでとてもクリアに見える!

 世界が一気に色づいた感じだった。

 月の形、星の輝き、雲の動き、木々の枝葉までくっきり見える。

 鮮やかで艶やかな世界。


「すごいっ! クロフォード様、よく見えます!」


 エレナは思わず椅子から立ちあがって、天井や窓の外を夢中で見た。


 目を輝かせて感謝するエレナに、

クロフォードは彼の頬が僅かに赤く染まって、はにかむように笑った。


「へへ、そこまで喜んでくれるなら贈った甲斐があったよ。

 これと同じものも何本かあった方がいいと思ったから、注文しておいたぜ」


「いえいえ、そんな! これだけで充分です」


「気にするなって。これから試験勉強するにも必要不可欠なものだろ?」


「そんな、申し訳ないです。お代金を支払わせてください」


「言っただろ? これは祝いだ」


 クロフォードがエレナの頭をぽんとした。


「エレナ嬢は今から勉強、頑張って」


 ふと顔が近くなるクロフォードにエレナはどきっとした。


「が、頑張りまふ」


 つい語尾を噛んでしまった。


「なんだそりゃ」


 クロフォードは豪快に笑った。




 そんなこんなで眼鏡が変わったからだろうか。

 気分が一気に明るくなって、前向きになれた。


 マインラートも、

クロフォードからプレゼントされた眼鏡姿のエレナに満足そうに頷き、

侍女たちに眼鏡に似合うようメイクを命じた。


 兄のノックスも「王都の令嬢の誰よりも可愛いぞ!」と

鼻息を荒げてシスコン発言をして褒めてくれた。

いつもなら鬱陶しい兄の大袈裟な誉め言葉も、

そのときばかりは嬉しかった。


「エレナ様。お部屋は2階でご用意しております」


 カシアが手を上に向けて、

無機質な足取りで迷いなく巨大な書庫の奥へ進んでいく。


 王宮図書館では、

元王宮魔術師筆頭マインラートの紹介もあり、

特別に個室を用意してもらった。


 人目が気になって勉強に身が入らないのは本末転倒。

 

 官吏登用試験を受けるような高尚な知り合いは、

生憎エレナにはいないけれど、

婚約破棄されたばかりの身としては誰とも会いたくない。


 エレナはいそいそとカシアの後を追いかけ、

吹き抜けになった階段を上る。


 そこの中央の踊り場に柱時計が置いてあった。

 随分とクラシカルな味のある柱時計だ。


「ヴィンテージものがお好きなんですか?」


 不意に声をかけられ、エレナはハッとして顔を上げた。


 ちょうど階段を昇って来たという素振りの、

淡いブルーの襟付きシャツを着た男がいた。


 エレナより少し年上の二十代はじめというところか、

服装は高級品らしくきちんとした雰囲気があって気品のある顔立ちだ。


 人見知りの引っ込み思案のエレナがびくついていると、男は苦笑した。


「突然声をかけてしまい申し訳ない。怪しい者ではないですよ。わたくし、ロシェ・ガルブレイスと申します。あなたは?」


「え、っと」


 エレナはおたおたする。


「わ、わたしはエレナ・ヴァービナスと申します。ロシェ・ガルブレイス様」


 エレナは軽く膝を曲げて会釈をした。


「エレナ・ヴァービナス……」


 ロシェという男は一瞬目を見開き、小さな声でエレナの名を復唱する。


 それから、まじまじと奇妙なものを見る目つきでエレナを見始めた。


「あの、何か?」


 居心地悪くなってエレナが訊くと、

ロシェはハッとして何かを誤魔化すよう苦笑した。


「いえ、あの、わたしの知人の元婚約者と同じ名前でしたので……」


「元婚約者?」


 エレナが目をぱちくりさせていると同時に、もう1人の男が階段から昇ってきた。




 エレナの目がその男を捕らえる。



 

 大きく見開いた。

 驚きと怒り、そして恐怖。


 男と視線が絡み合って、男も息を呑むのが分かった。


 足が震えた。


「行きましょう」


 カシアがエレナに声をかけた。


「そ、そうね。先を急ぎますので失礼致します」


 エレナは2人と目を合さないように視線を遠くに投げて、

彼らに背を向けて2階の個室へ向かった。


 まさか、こんなところで。


 彼の名は、ニコライ・イグナート。

 イグナート侯爵家の嫡男だ。


 長身で、がっしりした体格。

 ストロベリーブロンドの短く刈り上げた髪。

 やんちゃそうなまだあどけなさの残る整った顔立ち。


 彼が父親の仕事の一環でアカデミー卒業後、

ここ王都にいるのは知っていた。


 だが、こんなにすぐ再会するなんて。



 最悪。


 彼は、エレナの元婚約者だった男だ。

お読みいただきありがとうございました。

今週は21:00に毎日更新します!

ついに再会してしまった二人。明日はニコライ側の視点も少し混ざりつつ、物語が動きます。

また明日、お会いしましょう!


※本作は「カクヨム」にも『カァーム・ビュラクラト ―元引きこもり魔女王宮奮闘録―』というタイトルで掲載しております。


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