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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第6話 地味で不遇な令嬢の強制受験 ──甘い微笑みと、仕組まれた合格通知

〈影〉諜報部隊の試験内容は、


“官吏登用試験 試験当日に怪しい奴がいないかチェックすること”


「最近、敵国の思想に染まった手先のような貴族が

官吏登用試験(かんりとうようしけん)を突破することがあるんだ」


 クロフォードがテーブルに肘をついて、説明し出した。


「んで、正式な文官として王宮に入省した彼らの目的が、

 この国の機密情報を敵国に流して、

 なおかつ、

 自分が重鎮になったら敵国に有利なように

 この国の政治を内部から操る、

 いわば内部干渉だ。

 そういう魂胆らしいんだけどさぁ」


 内部干渉という不穏な単語にエレナは震え上がった。


「そそそそそ、

 そんな恐いことを考えている人がいるんですか?」


「うん、いるみたい」


 クロフォードは淡々と乾いた声で続ける。


 エレナにとってとんでもない策謀だが、

クロフォードにとってみたら日常茶飯事のことらしい。


「けど、まあ、たいてい下積み時代の、

 要職に就く前に何かしらやらかして

 懲戒免職になるパターンが多いかな。


 あとは、

 日頃の行動に不審さが目立って

 魔法騎士団に目つけられて御用となるとか」


(魔法騎士団に目をつけられるって、

 その時点で相当やらかしている状況じゃないの?)


 エレナはびくびくしながら静かに話に耳を傾ける。


「そういう奴らって、

 叩けばいくらでも埃がわんさか出るんだよね。

 こっちがびっくりするくらい。

 ただ、事情聴取をするにも捕縛するにも、

 いろいろ証拠集めが必要で、

 気付くと機密事項が漏洩した後だったりするんだよ」


「それは良くないですね」


「だろ? だから、やらかされる前に食い止める必要がある」


 クロフォードの若草色の瞳と目が合う。


「それに、

 魔法騎士団の上層部は冤罪をなんとしても避けたい用心深い御仁でさ、

 念には念を入れてそいつの同僚とか全関係者に聞き込みをするんだ。

 証拠を集めていざ処罰するにも、手間も時間もかかる。

 とにかく人工(にんく)と工数ばかりかかるんだよね。

 俺はいつもその証拠集めばっかりやらされる」


 うんざりするような表情をクロフォードは浮かべた。


「な、なるほど。

 試験受ける時点で怪しい連中を炙り出しておくのが

 手っ取り早いってことでしょうか?」


「そう、話が早くて助かるよ」


 クロフォードは含み笑いを洩らした。


「つまり、今回そういう採用試験内容にしたということは、

 すでにそういうケースが王宮内で多発して、

 関係者の方は辟易しているってことですかね、

 クロフォード様含めて」


 エレナが何気なく言うと、

一瞬クロフォードが意外そうに目を見開いた。


「驚いた。

 案外洞察力高いじゃん。

 その調子、気配り上手は仕事上手ってね」


 クロフォードはにこっと笑ってあどけないえくぼを作った。


 途端に、甘い何かが胸の中で弾けた。


(この笑顔には敵わないなぁ)


「ああ、それでさ、一応簡単な調査はしてあるから」


 クロフォードは話を続ける。


「そうなんですね」


 頷きながら、ふと思う。


(すでに調査済みなら、

 あえてわたしが調べる必要はないのではないだろうか?)

 


「あっ、今、自分がやる必要ない、とか思っただろ⁉」


 クロフォードに図星を言われてエレナはぎくりとした。


「えっと……」


「本来なら受験者全員の身元を徹底的に調べるのが

 確実だと思うんだけど、

 それにはかなり骨が折れる。

 人員も時間も膨大な量を要する。


 ということで、コスパ、タイパ、効率重視。

 簡易調べをもとに試験会場当日、

 身元確かな奴1人潜り込ませて危険な奴らに

 目星をつけておきたいっていう計画。

 な、簡単だろ?」


「はあ……」


 エレナは生返事をしつつ、顔を強張らせた。


(全然簡単じゃないけど……)


 それに、そんな大それたことをわたしができるのだろうか。


 なんとなく背中にひんやりと冷や汗が走る。

 自信がない。


「まず、あんた……コホン、エレナ嬢」


 クロフォードは“あんた”からちゃんとエレナの名を改めて言う。

 

 さっき“あんた”と不躾な言葉を令嬢に言ったということで、

クロフォードはマインラートに叱られていたからだ。

 あの二人は師弟関係とのこと。

 クロフォードはマインラートに頭が上がらない。


「これに記載をして」 

 エレナはクロフォードから官吏登用試験の申込用紙を手渡された。


「や、やっぱり、わ、わわ、わたしも受けるんですね……」


「当然。

〈影〉に合格したら、

 仮初めの姿で女官として働いてもらうことになるんだ。

 だから怪しまれないために官吏登用試験は受けて」


「はひ……わかりました」


「今後のことを考慮してある程度の点数を

 取ってもらわないといけない。

 そうしないと、他の受験合格者に怪しまれるからね。

 怪しまれたら隠密の意味がない。

 

 合格者同士で『あの問題難しかったよな』なんて

 話が出たらどうするんだよ。

 話が合わないと怪しまれるだろ」


(ひょぇぇ……。やっぱり試験勉強は必須なのね)


 エレナは内心、情けない声を上げた。


「わ、わわわ私にはと、と友達なんてできないんで……

 し、試験受けなくても……」

 

 試験回避もしたいけれど、

それ以上に、“知らない人から話しかけられる”、

そう思うだけで足がすくみそうになる。


 クロフォードはちっちっちっ、と人差し指を振った。


「一緒に入省するんだ、

 もはやそれは友達越えて同期。

 多少の変わり者でも難関試験を共に突破した仲間になるんだから、

 今後も付き合いは続くぞ。


 彼らは情報源にもなるし、仲良くしておいた方が何かと便利だ」


 便利という言い方にエレナは引っ掛かりを感じつつ、尋ねる。


「ク、クロフォード様も同期、いるんですか?」


「え、俺はいないよ」


 あっけらかんと答えた。


「ほら、王宮魔術師はスカウト制だから」


「そっか」


「でも、ま、同時期に入った奴とはそれなりに仲は良い。

 互いに仕事の愚痴を言い合えるからな」


 クロフォードがテーブルに頬杖をついて、少しだけ柔らかく微笑む。


 エレナは目を見開いた。


 淡々として皮肉屋、

そのくせ意地悪そうな顔つきをするのに、こんなふうに微笑む。


 さっきのえくぼ付きの笑顔は心を打ち抜かれたようだった。


(こうしてみると、ちゃんとしたキラキラ美形貴族令息に見える)


 そんなクロフォードが笑顔を見せる同期。


 仲の良い友人がいないエレナは少し憧れる。


(わたしも合格したら、そんな同期が出来て、愚痴とか言い合ったりできるのかな)


 ふとエレナは同世代の女の子たちが仲良くおしゃべりし合う姿を思い描いた。


 頑張ってみようかな、勉強。


「ああ、でも、メインは試験じゃないから」


「へ?」


「だから、

 試験会場で不審な動きをする者がいないかと確認するのが本題。

 受験生同士のおしゃべり、噂、実際本人の動向、

 何でもいい、エレナ嬢の感覚でおかしいと感じれば、

 それがヒントになるから」


 クロフォードが平然と付け足すように言うが、エレナは身震いした。


「で、でも、わたしの感覚がおかしいのかもしれないし……!」


「大丈夫。あんたの感覚はしっかりしていると思うよ」


「な、なんでそう言い切れるんですか?」


 エレナの質問にクロフォードはきょとんとする。


「だってあのマインラート・ソシュールが

 直接スカウトに行くような奴なんだぜ。

 あの人って人の本質を見抜くのが上手いんだよ。

 それに、これは〈影〉試験。

 あんた一人の所感だけで誰かを処罰するつもりはない。

 当然〈影〉試験の合否を判定する奴が試験会場に潜り込んでいて、

 そいつらの話や調査内容、

 エレナ嬢の所感で事実を確認して合否を出す」


「それならよかった」


 エレナはほっと胸を撫でおろした。


 自分の所感で誰かが罰せられるのは怖い。

 ましてやそれがエレナの勘違いだったら? 

 その人の一生を潰してしまうかもしれないのだ。


「そうそう、

 当日の試験会場には中立な立場にあると厳格に判断された

 試験官の官吏が立ち会う。

 受験生が不正しないか監視するんだよ。

 そこに協力者を紛れ込ませておくから」


「そそ、それは、心強いです」


 そう言いつつもエレナは不安だった。

 また知らない人と接触しなくてはいけない。


「それと、これは極秘情報。特別に教えるな」


 クロフォードの口角がニッと上がった。


魔法無効化結界アンチ・マジック・エリアとカンニング防止、

 それから替え玉受験防止の結界が試験会場の部屋には張ってあるから」


「え! そんな結界があるんですか?」

 知らない魔法、さっそく出てきた。

 エレナは目を輝かせて身を乗り出した。


 クロフォードは笑った。


「うん、あるよ。

 魔法無効化は文字通り、その空間にいる間魔法は使えないようにする。

 カンニング防止結界は、

 試験には不要なもの、紙切れ一枚すら持ち込めない魔法だ。

 持ち込もうとした場合、試験会場自体に入れないようになっている。

 それから替え玉受験防止については、そうだな……」


 クロフォードは少し逡巡してから答える。


「まず大前提として、この官吏登用試験は貴族しか受ける権利がない」


「はい、そうですね」


「あと、貴族の子女なら必ず十歳前後で行う洗礼式、

 そのときに教会内の聖なる水晶玉を触るだろ? 

 あの水晶に触ったときの手の指の紋様、

 指紋(しもん)というらしいんだが、

 その記録がずっと保管されていて、

 名前と指紋が一致しないと試験会場に入室を拒まれるようになっている」


「しもん……聞いたことあります。

 それは一人一人違うんですよね? 血縁関係なく双子でも全然違うとか」


「うん、そうなんだって。しかも成長しても変わらないっていうしね」


「へえ。魔力が人それぞれ異なるのと同じ構造になるんですかね」


「ああ、惜しい」


 素直に感心するエレナに、クロフォードは残念そうに顔をしかめた。


「魔力に関しては少々違う。

 年齢を重ねたり、婚姻したりすると変わるんだよ」


「え! そうなんですか?」


 初めて知った魔法知識にエレナは目を輝かせた。


「うん、指紋は生涯固定だ。

 けど、魔力は揺らぎやすく変化しやすいんだぜ。

 エレナ嬢ほど魔力感知が鋭いなら

 そのうちたくさんの人を見れば分かると思うけど、

 男女が深い仲になって睦み合うだけでも

 体内の魔力は変わるもんなんだぜ」


「むむむ、睦み合う?」


 つまり、閨事(ねやごと)。結婚した男女の営みだ。


 エレナは顔を赤く染め上げた。


 そんな初心なエレナの反応にクロフォードの方が焦る。


「おいおい。

 年頃の貴族なんだから閨事に何をやるかぐらいは知っているだろ?」


「え、っと、……はい」

 

 少々のことは知っているけど、

それでもそれに関わる単語を口にするのは憚る。


「だって男女が交わるってことは、

 それによって魔力も混ざり合うってことと一緒なんだぜ。

 だから、俺は不倫してる奴ってすぐ分かるんだ」

 得意げなクロフォードにエレナは驚いた。


「すげぇだろ。

 夜会とか参加すると笑えるぐらい不倫カップルのオンパレードだぜ」


 クロフォードは声を低めて囁く。


「お高くとまっている上級お貴族様に

『ご無沙汰しております。今後とも末永くよろしくお願いします』なんて

 慇懃丁寧に挨拶する下級貴族と、

 実はその奥さんが不義の仲だったり、


 社交界を牛耳っているような貴婦人が

 若い騎士と深い仲だったり、

 すげえ様々」


 エレナは初めて知る社交界の暗部に、口をパクパクさせた。


 クロフォードはそれを見て、

ますます愉快そうに口の端を吊り上げる。


「最近の下級令嬢はそっちがお盛んなようで、

 案外いろんな男と乳繰り合っているから、

 そういうのも丸分かりだ。

 本人たちはバレていないと思っているけど、

 俺はちゃんと分かっているんだ」


(そういえば……)


 魔力の変わり目。

 言われてみればエレナも思い当たる節がある。


 元婚約者だ。


 すとんと、腹落ちした。


 婚約破棄になる少し前から

彼の魔力に変化があったことには気付いていた。

つまり、その頃から浮気相手の令嬢と睦み合っていた。


 わたしはそんなこと知らず、

一生懸命婚約者なのだからと彼に尽くそうとしていた。


 エレナはカッと顔が熱くなるのが分かった。


 もっと早くから彼に裏切られていたことを気づけなかった自分に、

ううん、薄々気づいていたのに、

自分が見て見ぬふりをしていた。

自分は愛されていなかった事実に。


 屈辱が寂しさに、寂しさが虚しさに変わった。


「あと、そうだなぁ。

 例えば小さいときは植物魔法が得意な奴が

 いつの間にか土魔法得意になっていたりすることもあるだろ?

 あれって魔法の性質が変わったんだ。

 そういうのも魔力の変化に関係あるんだよ」


「あの、そういう変化が見えるって、苦しくなったりすることはありませんか?」


「苦しく?」


 クロフォードは不思議そうな顔をして繰り返すように呟いた。

 しばらく考え込む。


「別に」


 ゆるりと首を振った。


「気にしたってしょうがないし、起きてしまった事実を素直に受け止めるだけだ」


「強いんですね」


「強い? そういう問題?」


 クロフォードは訝しげな顔をした。

 

「そもそも俺がいくら認めたくない、

 受け入れられないと否定しても、

 変わった事実は目の前にあるんだ。

 そこでいちいち一喜一憂していても意味がない。

 それこそ時間の無駄さ。

 問題はこの事実から目を背けずにどう次動くか。

 そこだろ?」


 クロフォードの眼光が鋭く光った。


「まあ幸いというべきか、

 こういうことに気付く魔法使いは少ないから、

 俺はこの情報を自分が有利になる交渉事のカードのひとつにしている。

 むしろ大歓迎。

 想像してみろよ、

 あっちはバレていないと思っていた関係が俺にはバレるんだぜ?

 それで二度と俺に逆らえないんだ」


 クロフォードは愉快そうに、くっくっと肩を揺らして笑った。


「あ、あ、あ、悪趣味です」


「そう?」


 エレナの批難も気にせず、クロフォードはけろっとする。 


「っていうか、

 本人たちは禁断の恋とかで周囲そっちのけで盛り上がっているけど、

 俺的にそっちの方が不誠実だし悪趣味だぜ? 

 許されない恋だからこそ燃え上がるのかもしんないけど、

 それに巻き込まれた方がいい迷惑だ」


「……まあ、うん、確かに」


 一理ある。


 元婚約者の浮気騒動で巻き込まれたエレナは、

社交界のいい笑い者になった。


「だろ?

 そもそも背徳感という甘い蜜に酔いしれて、

 人の倫理に背いているのはどこのどいつだって話だ。

 この国は皇帝陛下以外一夫一妻制だ。

 妾を持つにしても妻の許可が必要だ。

 それなのに浮気した奴が大きい顔してるのはなんか違くねぇ? 

 だから俺はその悪事を自分の切り札カードとして使うんだ」


 悪びれる様子のないクロフォードに、エレナは目をぱちくりさせた。


 自分と全然違う考え方だ。


 そういえば、

元婚約者たちはすっかり社交界に顔を出さなくなったエレナのことを

散々誹謗中傷し、自分たちは悲劇のヒロイン気取り。


 周囲から祝福されようと必死だ、

とそう兄から教えてもらった。


 本来被害者はエレナだ。

 だからこそ、兄や両親は腹を立てていた。


 上級貴族になればなるほど、

倫理観がしっかりしている人が多い。

 婚約者を差し置いて他所の女を妊娠させたことは、

不愉快極まりない話だと非難されるのに。


 それが分からないほど彼は愚かではないと思っていたけど。

 彼らはエレナを悪者に仕立てたいようだ。


(そうだよね、そもそもを考えれば、わたしは何も悪くない)


 クロフォードの発想は斜め上だけど、その考えは悪くない。


「それで話を戻すんだけど」


 クロフォードが改まった声を出した。


「試験当日こんな魔法があるから、使って欲しいんだ。

 解答用紙をすり替える奴を見つける方法」


「え、そんなことができるんですか?」


 エレナは身を乗り出して、目を輝かせてその話を聞く。


 ますますクロフォードが勝ち誇るような顔で

嬉しそうに魔法のことを話し出した。


     *


「ふうん、意外と気があっているようだね」


 若い二人をにこにこしながらマインラートは、

書類を記載するピーテルに話しかけた。


 ピーテルが記載している書類は、

エレナの〈影〉になるための推薦状だ。


「もともとエレナ嬢を見つけ出し

 君に彼女の実力を確認してほしいと

 ねだったのはクロフォードだ。

 

 彼女も元アカデミー生と言っていたから、

 その時から彼女の魔力量が気になっていたんだろな」


「僕は“気になる”の種類が違うと思うんですけどねえ」


 ニタニタしながらマインラートは言う。


「だって、僕たち二人の推薦状があれば、

 彼女、すべての試験に合格したようなものでしょ?」


「まあな」


 ピーテルは肩をすくめた。


 官吏登用試験は、すべて記述式の加点式だ。


 正解率、その解答内容に応じて、合格者を割り出す。


 それから自動的に専用魔道具が

合格者の適正を見定めて所属を決める流れだ。


 けれども、貴族社会は派閥社会であり、身分社会。


 大臣クラスになれば、

推薦状を書いておけば合格者を自分の部下として配属できる。


 特に王宮魔術師はマインラート・ソシュールのみ、

すべてをその合否を決定する権利を有している。


 そして、〈影〉においては、

特殊な国家機密を抱える任務ばかりなので、

一名以上の上級貴族の推薦と王宮魔術師の推薦が必要だ。


 すでにエレナはマインラート・ソシュールにスカウトされ、

ピーテル・リックランス公爵とクロフォード・ノーエランドが

推薦状を提出した時点で合格したも同然。


「それなのに、わざわざ彼女に

『〈影〉の試験だ。だから官吏登用試験を受けろ』なんて

 クロフォードが言い出すからびっくりしましたよ」


「同感だ」


 だが、本人はすでに合格したことを知らない。


 お世辞にも演技力があるとはいえない、まさに人畜無害な善人の令嬢だ。

 これくらい危機感があった方が周囲に怪しまれない。


「けれど、私個人、いい案だと思ったよ」


 ピーテルは書き終え、ペンを置く。


 あえてクロフォードが合格したエレナに、

ありもしない〈影〉採用試験を行おうと言い出したのは

エレナの腕試しもあるだろう。


 だが、それよりも少しでも彼女には

馴れてもらって即戦力にしたい想いがある。


「現に毎年新人の中に不穏な輩が紛れ込み、

 登用後騒ぎを起こすことが恒例化している。

 どこの省庁も頭を抱えている問題だ」


 すべての人事を司る宰相も不穏分子の入省は頭を痛めている問題のひとつだ。


 優秀な人材は手広く確保しておきたい。


 難関試験の官吏登用試験の点数でそれなりに炙り出せても、

不穏分子がお利口ちゃんぶった模範解答を記述していては、

その人格の本質までははっきり見分け出来ない。


 面接をして

実際に本人を見定めようとしていた時期もあったが、

それもなかなか難しい。

 

 高いスキルを備えていても、

人柄や思想に問題があると、

入省後馴染めず問題を起こす。


「クロフォード提案の事前に目星をつけておくというのは、

 こちらとしても非常にありがたい」


 ピーテルは悠然と長い脚を組んだ。


「エレナ嬢も試験を受けておいた方が、

 今後同期から有益な情報が貰える利点もあるしな」


「まあ、そうですね、モノは試しってとこですか。

 エレナ嬢のお手並み拝見といきましょう」


 マインラートはエレナに視線を投げた。


「どちらにしろ、

 あんなバケモノ級の魔力を持った魔法使いを

 みすみす手放すわけにはいかないしな」


 ピーテルの眼光が鋭く光った。


「あはは、それは同感です」


 マインラートも頷いた。


 数十年前。

 この国では魔法使いの数がぐんと減少した。

 同時に、国の軍事力は極端に落ちた。


 原因は、とある薬だ。


『スッキリする薬 楽しく人生を謳歌しよう!』


 というキャッチコピーで、とある栄養剤が爆発的に流行った。


 通称ホップラブソング(ホップ・ラブ・ソング)


 実際、飲めばたちまち多幸感に溢れ返り気分が良くなって、

爽快感もエネルギーも漲り、

薬が効いている間は

薬の謳い文句どおり頭がすっきりして冴え渡るのだ。


 皆最初は

風邪薬やポーションなどの栄養剤の一種かと思って

こぞって愛用した。


 だが、その薬は依存性が高く、

薬の効果がなくなればたちまち幻覚作用が現れ、

途方もない虚無感と絶望感や不安感が襲う。


 それが耐えられないほど強くなって、

しまいには情緒不安定になり、精神に異常をきたす。


 特に、魔法使いは、

一時的に気が大きくなり魔力も膨大化するが、その反動は大きい。


 魔力が多い者ほど廃人化しやすく、

魔法が枯渇し、最終的に魔法が使えなくなってしまう。


 やがて依存性の高いこの薬を手に入れるために

人々は資産を手放し、

家族やコミュニティを破壊させる者も現れた。


 国はこの薬を廃止した。


 この薬が流行ったのは、

隣国であり、敵国のマリュード皇国が

この国を乗っ取る侵略戦争をするために流通させたのでは?

 

 長期的な我が国への侵略計画だったのではないか? という陰謀説すら浮上した。


 現在その薬は禁忌とされ流通することはないというが、

その効能は密かに裏社会では出回っていると聞く。 


 強い魔法使いの育成、集結はこの国の急務である。

 エレナはその優秀人材確保の第一歩だ。


「マインラート、

 エレナ・ヴァービナス嬢の官吏登用試験の点数的に駄目でも、

 なんとしても王宮の人材として正式登用させるんだ」


「ええ。

 その辺はぬかりなく。

 僕が彼女を手放すわけないじゃないですか」


 屈託ない笑顔をマインラートは浮かべた。



第6話、最後まで読んでいただきありがとうございました!

クロフォードのえくぼに翻弄されつつ、過去の未練を少しだけ断ち切ったエレナ。

いよいよ次回、官吏登用試験が始まります。

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※同じ作品を「カクヨム」様でも『カァーム・ビュラクラト ―元引きこもり魔女王宮奮闘録―』というタイトルで掲載しております。

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